fc2ブログ

There Is No Spoon

W2ST-6.キリストってなに?

W2ST-6.キリストってなに?

ワークブックパート2から6「キリストとは何か」をご紹介します。キリストとはあなたのことです!が参考になると思います。キリストとは神の子のことです。神の子は、解離性同一性障害を患って天国で眠り込み、夢の中でこの幻想世界を作り出し、自らを無数に分裂させて多重人格である私たちを生み出しているので、本来、天国では無用の概念である、ばらばらに分裂した神の子の本来あるべき統一状態を指す“Sonship“という概念がこの...

2
T13-10 罪悪感からの解放

T13-10 罪悪感からの解放

今回はテキスト第十三章から「罪悪感からの解放」という一節をご紹介します。罪悪感から解放されることは可能なのか?もお読みいただければと思います。「13. Like you, my faith and my belief are centered on what I treasure. あなたと同じように、私も自分の大切にするものに信頼を寄せて信念を抱きます The difference is that I love only what God loves with me, and because of this I treasure you beyond the value ...

0
T13-7 真の世界の幕開け

T13-7 真の世界の幕開け

今回はテキスト第十三章から「真の世界への到達」という一節をご紹介します。逆さメガネというものがあります。上下逆転や左右反転の逆さメガネを装着すると直後は激しい混乱が生じ、嘔吐したりもするようですが、慣れてくると、装着したまま歩行したり自転車に乗ったりまでできるようになるそうです(ネットで逆さメガネで検索すると色々記事が出てきます)。そもそも、人間の眼球の奥の網膜には、角膜や水晶体というレンズを通し...

0
T12-2 神を思い出す方法

T12-2 神を思い出す方法

今回はテキスト第十二章から、「神を思い出す方法」という一節をご紹介します。2.「2. The light in them shines as brightly regardless of the density of the fog that obscures it. 病人たちの中にある光は、その光を覆い隠している霧の濃さにかかわらず、燦然と光り輝いています。 If you give no power to the fog to obscure the light, it has none. もしあなたがその霧に光を覆い隠す力を一切与えなければ、霧は何の力...

0
T15-11 犠牲の終わりとしてのクリスマス

T15-11 犠牲の終わりとしてのクリスマス

今回は、「犠牲の終わりとしてのクリスマス」という一節をご紹介します。8.「Let us join in celebrating peace by demanding no sacrifice of anyone, for so you offer me the love I offer you. 誰からも一切の犠牲を要求することなく、私たちで一緒に平安を祝いましょう。なぜなら、そうすることで、あなたは私が差し延べる愛を私に差し延べてくれることになるからです。 What can be more joyous than to perceive we are d...

0
T11-4 神の子が受け継いでいるもの

T11-4 神の子が受け継いでいるもの

今回は、テキスト第十一章から、「神の子が受け継いでいるもの」という一節をご紹介します。神の子が神から相続したものは、自分自身であると同時に自分が所有するものでもある王国そのものです。神が創造した光は神と一体のものです。神は実在するすべてであり、従って、神の子は実在すべてを受け継いでいます。それなのに、神の子は、分離幻想を抱いて、自分が何者かを忘れ、幻想の世界を作り出し、自分を分裂させて、世界の中に...

0
T12-8 愛の魅力

T12-8 愛の魅力

今回は、テキスト第十二章から、愛に対する愛の魅力という一節をご紹介します。エゴに従って愛を攻撃するために愛を探し求めるなら、愛は見つかりません。愛はすべてをひとつに結びつける作用であり、すべてを分かち合うことです。愛は実在しますが、恐れや攻撃は、愛の不在状態が生み出した影が形をとったものでしかありません。前に述べたように、恐れや攻撃は愛の不在であり、空間的な面での不在状態の極限である真空状態が不在...

0
T24-5 あなたの中にいるキリスト

T24-5 あなたの中にいるキリスト

今回はテキスト第二十四章からあなたの中のキリストという一節をご紹介します。1.「Wishing makes real, as surely as does will create. 願望が現実を作るのは、意図が創造するのと同じくらい確かなことだからです。 The power of a wish upholds illusions as strongly as does love extend itself. 愛が愛それ自体を拡張するのと同じように、願望の力が幻想を強力に支持するわけです。 Except that one deludes; the other ...

0
T25-Intro, 1 真理への絆

T25-Intro, 1 真理への絆

今回は、テキスト第二十五章の序文と真理への絆という一節をご紹介します。Introduction 2.「The son of man is not the risen Christ. 人の子が、よみがえったキリストであるわけではありません。 Yet does the Son of God abide exactly where he is, and walks with him within his holiness, as plain to see as is his specialness set forth within his body. しかし、神の子は人の子がいるまさにその場所に留まっており...

0
T13-1 罪がないということは死はないということ

T13-1 罪がないということは死はないということ

昨日の序論に続き、第十三章の第一節の「無罪性と不死性」をご紹介します。神は死を創造しませんでした。神は愛であり、神と同質の生命を創造することはできても、生命の不在に名前をつけた概念でしかなく実体を持たない死は創造しようがないからです。死は、神の子が拡張に原理を置く創造ではなく、二極対立に基づく投影を原理に作り出した幻想世界の中に「存在」するエゴ・身体にとってのみ生じうる状態です。身体でも体内の多く...

0
T31-2 キリストと歩む

T31-2 キリストと歩む

今回はテキスト第三十一章から「キリストとともに歩む」という一節をご紹介します。私たちには、他者との間で、自分が先導者になるか追随者になるかという選択肢しか見えていません。しかし、この選択肢は、お互いに足を引っ張り合い責任をなすりつけ合うだけで、神の下に至る旅路の目的からすれば、意味のない偽りの選択肢です。真の選択肢は、生命か死か、統合か分離か、聖霊かエゴか、愛か恐れか、という実在と実在の不在の間に...

0
T19-4Di 平安への障害4−2

T19-4Di 平安への障害4−2

テキスト第19章4節平安への障害から、今回は、第四の障害である「神への恐れ」の続きの「ヴェールをあげる」をご紹介します。今回は、キリストの顔の前にかけられたヴェールをあげることについて語られます。私たちがこのヴェールをあげる際には、私たちはひとりだけでなすのではなく、兄弟と一緒になすのだということです。それは、私たちが罪深い敵だとみなしている他者の中にキリストがいることに気づく、彼の罪を非難するの...

0
レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354です。「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。テキストの冒頭で、イェシュアは次のように語ります。「There is nothing about me that you cannot attain. 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつありま...

0
レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」

レッスン353です。「今日、私の目、私の口、私の手、私の足には、ただひとつの目的しかない。それは、キリストに渡して、この世界を奇跡で祝福するために使ってもらうことだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。P2-IV 病気のプロセスのエッセイが参考になると思います。自分の個性を生かして他者に奉仕し、赦しを実践して、他者の攻撃を助けを求める哀訴であると、また、自分を怒らせる他者は自分を解放し...

0
レッスン312「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」

レッスン312「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」

レッスン312です。「私はあらゆる物事を自分がそう見たいように見ている」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。幻想を見るために作り出されたがゆえに、知覚には価値判断に従って私たちの望みに奉仕する作用しか果たせません。そのため、私たちは、見ようとするもの、見ることを選択したものを必ず見ることになります。この知覚の仕組みは、エゴに従うかぎりはエゴに奉仕しますが、聖霊に委ねれば、...

0
W2ST-10.最後の審判ってなに?

W2ST-10.最後の審判ってなに?

今回は「最後の審判とは何か」です。参考に、「最後の審判」って恐ろしいものなの?をご覧ください。最後の審判は、この世界で知覚することが終わって最後に下される裁きです。「5. This is God's Final Judgment: "You are still My holy Son, forever innocent, forever loving and forever loved, as limitless as your Creator, and completely changeless and forever pure. Therefore awaken and return to Me. I am your Fa...

0
レッスン305「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」

レッスン305「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」

レッスン305です。「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。私たちは、知覚を用いて比較し、価値判断して裁くことによって、自他分離の錯覚を維持し、恐怖と非難、攻撃の応酬を生み出します。キリストのヴィジョンだけを用いるなら、すべては等しい価値を持つものと見えます。つまり、人体内のさまざまな細胞や臓器がそれぞれ異なる姿で異なる機能を...

0
レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」

レッスン304「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」

レッスン304です。「私の世界がキリストの視界を曇らせることがありませんように」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。「What you project or extend is real for you. あなたが投影したり拡張したりするものは、あなたにとっての現実となります。 This is an immutable law of the mind in this world as well as in the Kingdom. あなたが投影したり拡張するものがあなたの現実となるという...

0
P2-VII 理想的な患者とセラピストの関係とは?

P2-VII 理想的な患者とセラピストの関係とは?

今回は、心理療法から「理想的な患者とセラピストの関係」をご紹介します。1.の"God comes to him who calls, and in Him he recognizes Himself."の後半の文の"in Him"はHが大文字なので、コースの大文字小文字ルールに従うかぎり、神のことを指すことになります。"in Him"はUrtextでも大文字なので改訂によって当初小文字だったものが大文字に変わった箇所ではないようです。大文字として訳するなら、訳としては「神は、呼びか...

0
レッスン303「今日、私の中に聖なるキリストが誕生する」

レッスン303「今日、私の中に聖なるキリストが誕生する」

レッスン303です。「今日、私の中に聖なるキリストが誕生する」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。キリストの再臨とは、贖罪の達成、救済の実現を意味します。「今日、私の中に聖なるキリストが誕生する」というときの「私」はどのように想定したらよいのでしょう?神の子=キリストであり、神の子の中にキリストが誕生するという表現は変です。神の子が自分がキリストであることを受け入れずに...

2
レッスン291「今日は、静けさと安らぎの一日だ」

レッスン291「今日は、静けさと安らぎの一日だ」

レッスン291です。「今日は、静けさと安らぎの一日だ」が今日のテーマです。まず、真の世界とは何かをご覧ください。ARグラスをかけてメガネ越しに見ると、そこに映った人がゾンビや幽霊や妖怪や悪魔の姿に見えて、その人が笑顔を見せるとその顔は鬼の形相に、笑い声は恐ろしい魔物の咆哮に変換され、他者の善意の施しが悪意に満ちた攻撃として変換される罰ゲームアプリがあったとして、そのメガネをつけた状態で日常生活を送ら...

0
P2-III セラピストの役割

P2-III セラピストの役割

今回は、セラピストの役割についての一節をご紹介します。心理療法は患者とセラピストの相互作用なので、心理療法の成果である癒しは患者・セラピストの両者の持つ限界によって制限されます。したがって、心理療法というプロセスの目的は、この限界を克服することです。それは、本来、ひとつである生命が無数に自己を分裂させて、その分裂状態のほうが本当だと思い込んでいる狂気から正気に戻るプロセスです。私たちの本質である神...

2
T20-1 聖週間

T20-1 聖週間

テキスト第20章から、聖週間という一節をご紹介します。M28 復活とは何か、キリストの再臨ってなに?が参考になると思います。キリストの磔刑と復活は、エゴと聖霊の相違を象徴的に表しています。...

0
レッスン271「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」

レッスン271「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」

レッスン271です。「今日私が使うのはキリストのヴィジョンだ」が今日のテーマです。まず、キリストってなに?をご覧ください。世界とは、神の創造、光の拡張が、神の子が抱く錯覚である罪という障壁に遮られて影を投じて映し出された投影像です。世界は、神の子が闇の中で、実在しないちっぽけな生き物になりきって、その生き物が持つ肉眼でありもしないものが見えていると想像する夢の舞台であり幻想です。本来、神の子は神と...

0
レッスン270「私は今日、肉眼を用いないことにする」

レッスン270「私は今日、肉眼を用いないことにする」

レッスン270です。「私は今日、肉眼を用いないことにする」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。レッスン265では、見えるものは思考の反映であるということが述べられていました。「What is reflected there is in God's Mind.  世界に反映されているものは、神の大いなる心の中にある。 The images I see reflect my thoughts.  私の見る光景は、私の思いの反映だ。」本レッスンの最後の一文はこう述...

0
レッスン266「神の子よ、私の神聖な大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています」

レッスン266「神の子よ、私の神聖な大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています」

レッスン266です。「神の子よ、私の神聖な大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。2.「How many saviors God has given us!  神は、なんと数多くの救い主たちを私たちに授けてくれていることでしょうか。 How can we lose the way to Him, when He has filled the world with those who point to Him, and given us the sight to look on them? 神が、神...

0
レッスン229「私を創造した愛、それが私の本質だ」

レッスン229「私を創造した愛、それが私の本質だ」

レッスン229です。「私を創造した愛、それが私の本質だ」が今日のテーマです。レッスンに入る前に、特別解説1「赦しとは何か」をまずご覧ください。「Love, which created me, is what I am. 私を創造した愛、それが私の本質だ」この言葉には、私たちの神の子としてのアイデンティティーが凝縮されています。愛とはすべてをひとつに結び合わせた状態と作用を意味します。創造とは分かち合う方法によって愛が自らの想念を拡張...

0
レッスン181「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」

レッスン181「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」

レッスン181です。「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」が、今日のテーマです。今日のレッスンでは、知覚の焦点について語られます。私たちが兄弟の間違いに焦点を合わせると、過去の誤りを罪として忘れず、将来の報復を想定することとなり、意識は、過去と未来に奪われ、他者の罪を意識することで自分の罪も意識して、間違いの奥にある真理に気づくことができなくなります。だから、今日のレッスン...

0
T30-8 変わることのない現実

T30-8 変わることのない現実

テキストから、「変わることのない現実」という一節をご紹介します。このサイトでは、"Reality"の訳語として、奇跡講座その他で一般的に用いられている「実相」(生滅変化する仮の姿の奥にある真実)ではなく、「現実」という言葉を用いています。言葉本来の意味からすると「現実」とは目の前に事実として現れているもの、つまり、実相が形をとって具現化したものをいうので、どちらかというと、ヴァーチャルリアリティ的に目の前...

0
T25-5 無罪!

T25-5 無罪!

テキストから、無罪の心境という一節をご紹介します。私たちは自分の狭い了見でしか物事が見えないので、神には、わが子が自分自身に対して抱く憎しみになど影響されることなく、自ら創造した子を地獄の苦しみから救い出す力もないと、神を無力だとみなしたり、そもそも神なんていないと信じたりします。というのも、私たちが現に理不尽で恐怖に満ちた混沌たるこの世界に生きて塗炭の苦しみを味わっているというのに、神はといえば...

0
レッスン166「私は、神から贈り物を託されている」

レッスン166「私は、神から贈り物を託されている」

レッスン166です。「私は、神から贈り物を託されている」が今日のテーマです。4.「He does not realize that it is here he is afraid indeed, and homeless, too; an outcast wandering so far from home, so long away, he does not realize he has forgotten where he came from, where he goes, and even who he really is. 彼は、自分が本当に恐れているのはこの世界で、自分に帰る家がないのもこの世界にいるせいだとは...

0
レッスン165「私の心が、神の大いなる思いを拒みませんように」

レッスン165「私の心が、神の大いなる思いを拒みませんように」

レッスン165です。「私の心が、神の大いなる思いを拒みませんように」が今日のテーマです。レッスンでは、私たちが天国に到達できないのは、私たちがそれを拒んでいるせいだということが語られます。私たちは、本当は天国にいるのに、天国から遠く離れた異世界の地獄にいると思い込んでいます。私たちは、本当は神の子なのに、自分はこの世界の中で暮らす人間だと思い込んでいます。私たちは、本当はすべてを持っているのに、欠...

0
レッスン164「今こそ、私たちは、自分たちの大いなる源である神とひとつになる」

レッスン164「今こそ、私たちは、自分たちの大いなる源である神とひとつになる」

レッスン164です。「今こそ、私たちは、自分たちの大いなる源である神とひとつになる」が今日のテーマです。「8. Open the curtain in your practicing by merely letting go all things you think you want. 実習に際しては、単に自分が欲しいと思うすべての物事を手放すことによって、カーテンを開いてください。 Your trifling treasures put away, and leave a clean and open space within your mind where Christ can c...

0
レッスン161「聖なる神の子よ、私にあなたからの祝福を与えてください」

レッスン161「聖なる神の子よ、私にあなたからの祝福を与えてください」

レッスン161です。「聖なる神の子よ、私にあなたからの祝福を与えてください」が今日のテーマです。今日のレッスンでは、「ひとりの兄弟は、すべての兄弟なのです。一つひとつの心はすべての心を含んでいます。というのも、すべての心はひとつだからです。これこそ真理です。」に続けて、とはいえ、このような抽象的な言葉は、耳に心地よく情感として正しいような気分にさせてはくれても、根本的に理解されないし、理解すること...

0
レッスン160「私はわが家にいる。ここでは、恐れはよそ者だ」

レッスン160「私はわが家にいる。ここでは、恐れはよそ者だ」

レッスン160です。「私はわが家にいる。ここでは、恐れはよそ者だ」が今日のテーマです。本当の私たちは神の子であり、神の大いなる愛から創造された存在、つまり、愛そのものなので、愛の不在に名前を付けた影でしかない恐れとは相容れません。相容れないというのは、単に調和しないというだけにとどまりません。愛のある状態と愛のない状態なわけなので、相互に排斥し合う関係だし、有と無の関係なので、有が無を埋めることは...

0
レッスン159「私は、自分が受け取った奇跡を与える」

レッスン159「私は、自分が受け取った奇跡を与える」

レッスン159です。今日のテーマは「私は、自分が受け取った奇跡を与える」です。欠乏の世界であるこの世界では、誰もが欠乏マインドを抱き、あるものを与えると、その与えたものを失うと信じていますが、救済が教えようとするのは、与えた相手である他者と自分は分離しておらずひとつであることが真理であり、他者に与えることは自分がそれを持っていることに気づく方法であり、自他が分離しておらずひとつであることを思い出す...

0
レッスン158「今日、私は自分が受け取るように与えることを学ぶ」

レッスン158「今日、私は自分が受け取るように与えることを学ぶ」

レッスン158です。「今日、私は自分が受け取るように与えることを学ぶ」が今日のテーマです。今日のレッスンでは、「すべてはすでに書かれている」が出てきます。3.「Yet there is no step along the road that anyone takes but by chance. しかし、ただの一歩であろうと、この道を偶然によって踏み出すことはありません。 It has already been taken by him, although he has not yet embarked on it. その人がまだその道...

0
レッスン153「防衛しないことで、私は安全になる」

レッスン153「防衛しないことで、私は安全になる」

レッスン153です。今日のテーマは「防衛しないことで、私は安全になる」です。今日のレッスンでは、イェシュア自身が、この世界のことを恐怖のゲーム、物語として喩え、救済のことを幸せなゲームと表現しています。読み物としても面白いレッスンだと思います。防衛しないことの理解は本当に難しいものです。机上の空論としてであれば、いくらでも非武装、無防備と宣言できますが、具体的な事柄に引き直して考える場合にはなかな...

0
W2ST-13.奇跡ってなに?

W2ST-13.奇跡ってなに?

今回は、ワークブックパート2特別解説から、「奇跡とは何か」をご紹介します。奇跡の原理が参考になると思います(できれば、「奇跡の原理」は何度も何度も読み返していただきたいものです)。"Miracle"の訳語、「きせき」には、「奇蹟」と「奇跡」の漢字があてられ、奇跡には常識では起こりえない不思議な出来事という意味が、奇蹟には、神の意志と力による奇跡という意味合いが込められ、仏教でいう「霊験」に近い意味合いを持...

0
T22-4 分かれ道にぶつかった。どう進む?

T22-4 分かれ道にぶつかった。どう進む?

旅が進み、真理と幻想が大きく分岐する分かれ道を選ぶときがやってきます。これまでは、エゴ・カーナビが欠乏への恐怖心や身体の快楽からくる刹那的な欲求でコロコロ変わる目的地を設定して、あっちへ行きこっちへ行きの繰り返しでした。それはそれで苦しくもあり楽しいもので、この二元世界の味わいでもあるのでしょう。とことんエゴ・ナビに従って波乱万丈のドライブを楽しんでよいと思います。もっとも、無限にバリエーションが...

0
NO IMAGE

無条件の愛

今回は、「無条件の愛 キリスト意識を鏡として」(ポール・フェリーニ著 井辻朱美訳 ナチュラルスピリット)から、「兄弟」についての一節をご紹介します。無条件の愛―キリスト意識を鏡として(2002/03/03)ポール・フェリーニ商品詳細を見る...

0
T31-8 終着

T31-8 終着

テキスト第31章の最後の節「もう一度選びなさい」です。レッスン110で、次のように、テキストからの引用がなされていました。「For your five minute practice periods, begin with this quotation from the text: 5分間の実習時間を、テキストからの次の引用で始めてください。“I am as God created me. His Son can suffer nothing. And I am His Son.”『私は神に創造されたままの私だ。神の子は苦しむことなどできない。...

0
レッスン110「私は神が創造したままの私だ」

レッスン110「私は神が創造したままの私だ」

レッスン110です。今日のテーマは、「私は神が創造したままの私だ」です。このレッスンは、救済の鍵となるとても重要なレッスンです。レッスンを読んでいただければ、この言葉にこめられている解放の力がわかると思います。「6. For your five-minute practice periods, begin with this quotation from the text: 5分間の実習時間を、テキストからの次の引用で始めてください。I am as God created me.私は神に創造されたま...

2
C5 キリストとはあなたのことです!

C5 キリストとはあなたのことです!

あなたこそ、キリストです。あなたこそ、救世主です。あなたはこの結論を受け入れられますか?神を冒涜しているように感じるでしょうか?それでも、それが事実です。誇大妄想を抱くエゴは、こう言われることに誇大妄想的な快感と興奮を覚えて増長するかもしれません。あるいは、自分を卑下するエゴは、罪深い自分には荷が重過ぎるといって怯えて萎縮するでしょう。しかし、「あなた」とはこの風船のように膨らんだり萎んだりする不...

0
C1 Mind - Spirit 心-霊

C1 Mind - Spirit 心-霊

今回は、用語解説から「心と霊」についての一節をご紹介します。大いなる心(Mind)= 神と神の子キリストが共有する唯一の心小さな心(mind)= 大いなる心が分裂したとエゴが錯覚させている大いなる心の一区分。エゴと聖霊の2つの部分で構成される霊(spirit)= 魂(soul)正しい心の状態=聖霊に耳を傾ける心境間違った心の状態=エゴの声を聞く心境意識=聖霊とエゴのメッセージを受け取る受動的な心理機構「3. Spirit is th...

0
T11-8 問題と答え

T11-8 問題と答え

今回は、「問題と答え」についてのテキストの一節をご紹介します。1.「The end of the world is not its destruction, but its translation into Heaven. 世界の終わりとは、世界が破滅することではなく、世界が天国へと変容することです。」世界は幻想だというコースの主張は、インパクトがあるだけに、幻想は偽りだから、世界は消し去らねばならないという考え方を導き出し、世界を否認し、攻撃して破壊すべきという発想につな...

0
T3-7 悪魔と踊る

T3-7 悪魔と踊る

今回は、「悪魔」について触れる一節、テキスト第三章 七 「創造物 対 大いなる自己像」をご紹介します。奇跡のコースでは、「エゴ」と「魔術」(magic)についてはたくさん出てきますが、「悪魔」(devil)については、ほとんど出てきません。今回は、テーマがテーマですし、内容的にも、通常の考え方をひっくり返したような箇所もあり、不快に感じられる方もいらっしゃると思いますので、そもそも悪魔のことなど想像もしたくな...

0
レッスン62「赦すことが、世界の光としての私の役目だ」

レッスン62「赦すことが、世界の光としての私の役目だ」

レッスン62です。今日のテーマは「赦すことが、世界の光としての私の役目だ」です。昨日のレッスンでは、「私は世界の光だ」と、自分が世界の光であることを宣言しました。今日のテーマは、世界の光として私たちがこの世界で担うことになる役割が赦しであることが述べられます。赦しとは、罪が実在しない幻であることを見極めて、その認識通りに看過して手放すことでした。よく言われるように、「罪」とは「つつみ(包み)」を意...

0
レッスン59(レヴュー:レッスン41~45)

レッスン59(レヴュー:レッスン41~45)

レッスン59です。[序文の要約]注釈も含めて5つの考えを読むことから1日を始める。そのあと、それらの5つの考えと注釈について考える際に、特定の順番に従う必要はないが、少なくとも1回は、それぞれの考えを実習する。各実習時間には、2分以上は専念することにして、その考えと関連する注釈を読んだあと、それらについて考えてみる。1日の間に、この練習をできるだけ頻繁に行う。もし5つの考えのうちのどのひとつの考えで...

0
M4-10 神の教師の特性10(開かれた心)

M4-10 神の教師の特性10(開かれた心)

神の教師の特性の最後「開かれた心」をご紹介します。コースの学習が、この世界の学習とは逆で、「学習棄却」(Unlearning)、つまり、世界での学びによって刷り込まれた誤った学習成果を捨て去って忘れる、パソコンやスマホ等の端末を初期化するような作業だということが示されます。「It is the function of God's teachers to bring true learning to the world.  真の学びを世界にもたらすことが神の教師たちの役目です。 Pr...

0
    未分類 (12)
    奇跡のコース (5)
    書籍 (4)
    朗読 (1)
    映画 (2)
    アフォリズム (11)
    教材 (3)
    ネット (1)
    テキスト (262)
    ┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
    ┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
    ┣  レッスン11〜20 (10)
    ┣  レッスン21〜30 (10)
    ┣  レッスン31〜40 (10)
    ┣  レッスン41〜50 (10)
    ┣  レッスン51〜60 (11)
    ┣  レッスン61〜70 (10)
    ┣  レッスン71〜80 (10)
    ┣  レッスン81〜90 (11)
    ┣  レッスン91〜100 (10)
    ┣  レッスン101〜110 (10)
    ┣  レッスン111〜120 (11)
    ┣  レッスン121〜130 (10)
    ┣  レッスン131〜140 (10)
    ┣  レッスン141〜150 (11)
    ┣  レッスン151〜160 (10)
    ┣  レッスン161〜170 (10)
    ┣  レッスン171〜180 (11)
    ┣  レッスン181〜190 (11)
    ┣  レッスン191〜200 (10)
    ┣  レッスン201〜210 (11)
    ┗  レッスン211〜220 (10)
    ワークブック・パート② (158)
    ┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
    ┣  レッスン221〜230 (10)
    ┣  レッスン231〜240 (10)
    ┣  レッスン241〜250 (10)
    ┣  レッスン251〜260 (10)
    ┣  レッスン261〜270 (10)
    ┣  レッスン271〜280 (10)
    ┣  レッスン281〜290 (10)
    ┣  レッスン291〜300 (10)
    ┣  レッスン301〜310 (10)
    ┣  レッスン311〜320 (10)
    ┣  レッスン321〜330 (10)
    ┣  レッスン331〜340 (10)
    ┣  レッスン341〜350 (10)
    ┣  レッスン351〜360 (10)
    ┗  レッスン361〜365 (3)
    マニュアル (42)
    心理療法 (13)
    用語解説 (8)
    祈りの歌 (15)