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T31-7 救い主のヴィジョン

T31-7 救い主のヴィジョン

テキスト第31章から救い主のヴィジョンをご紹介します。本当の自分ではない偽りの自己でありたいという願望が誘惑であり、それは地獄にとどまって惨めなままでいたいという願望です。救い主のヴィジョンとは、自らの目と目にするものとの間に一切の自己概念を介在させることなく、自らの本質である光を当てて見るものを真にありのままの姿として見て、自分が目にするすべてのものの中に自らの潔白さを見ることによって、自分の目...

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T29-5 不変の住処

T29-5 不変の住処

今回はテキスト第二十九章から「不変の住処」という一節をご紹介します。「7. A dream is given you in which he is your savior, not your enemy in hate. その兄弟が憎しみに満ちたあなたの敵ではなく、あなたの救い主となる夢があなたに与えられます。 A dream is given you in which you have forgiven him for all his dreams of death; a dream of hope you share with him, instead of dreaming evil separate dreams of ...

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T27-2 癒されることへの恐怖

T27-2 癒されることへの恐怖

今回はテキスト第二十七章から「癒しに対する恐れ」という一節をご紹介します。本節の9.のあとの10.〜12.は、Original Edition以降FIP 1st Editionまでは削除されており、2nd Editionで戻されているもので、公開されている媒体によっては削除されたままのものや[ ]でUrtextを引用するものがあります。本稿では、[ ]で引用しています。「8. The "cost" of your serenity is his. あなたが安息を得るために支払う『代価...

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T24-7 出会いの場

T24-7 出会いの場

今回はテキスト第二十四章から「出会いの場」という一節をご紹介します。特別性は私たちから寵愛を受けていますが、特別性は私たちの寵愛を受けるに値しないばかりか、そのせいで、私たちの目は眩み、兄弟が敵に見えて、救い主を攻撃する狂気に陥っています。そこで、本来愛を捧げるべき相手に愛を注ぐことが必要です。2.「The holiness in you belongs to him. あなたの内なる神聖さは、その兄弟に属するものです。 And by your...

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T24-6 恐れからの救い

T24-6 恐れからの救い

テキスト第二十四章から「恐れからの救い」という一節をご紹介します。恐れからの救いというテーマなので、恐れの対極である愛が鍵となることは容易に想像がつくと思います。そして、愛と恐れは、二極に対立するように見えてはいても、実在するのは愛のみで、恐れは、愛の不在に名前を付けた対概念であって、真の意味で、愛と同等の実在性をもって拮抗する愛の対極ではなく、無でしかないということでした。つまり、恐れからの救い...

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T22-6 神聖な関係の光

T22-6 神聖な関係の光

今回はテキスト第二十二章から「神聖な関係の光」という一節をご紹介します。「8. You will see your value through your brother's eyes, and each one is released as he beholds his savior in place of the attacker who he thought was there. あなたは自分の兄弟の目を通して、自分の真価を理解するようになります。そして、自分を攻撃する者がいたと思いこんでいた相手の中に自分の救い主を見るようになるとき、一人ひとり...

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T20-8 潔白さのヴィジョン

T20-8 潔白さのヴィジョン

今回はテキスト第二十章から「潔白さのヴィジョン』という一節をご紹介します。前節では、目的と手段の不一致を、神聖な救済という目的にエゴの不浄な目的を割り込ませて揺るがせないことについて述べられました。神聖な関係の目的も手段も、私たちが作り出すものではなく、与えられるものであり、私たちは求めさえすれば、目的も手段も与えてもらえるのだから、私たちがなすべきことは、兄弟を罪なき者と見ようと望むことだけだと...

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T12-2 神を思い出す方法

T12-2 神を思い出す方法

今回はテキスト第十二章から、「神を思い出す方法」という一節をご紹介します。2.「2. The light in them shines as brightly regardless of the density of the fog that obscures it. 病人たちの中にある光は、その光を覆い隠している霧の濃さにかかわらず、燦然と光り輝いています。 If you give no power to the fog to obscure the light, it has none. もしあなたがその霧に光を覆い隠す力を一切与えなければ、霧は何の力...

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T22-2 あなたの兄弟に罪はない

T22-2 あなたの兄弟に罪はない

今回はテキスト第二十二章から「あなたの兄弟が無罪であること」という一節をご紹介します。「5. Both reason and the ego will tell you this, but what they make of it is not the same. 理性とエゴの両方があなたに、例外はありえないと教えようとします。ただし、例外がないことについての両者の解釈は同じではありません。」の”this”が何を指すのか、いまひとつわかりにくいと思います。 直前の4.の末尾の文章には、これ...

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T27-1 磔刑の絵

T27-1 磔刑の絵

今回は、テキスト第二十七章から「磔刑の絵」という一節をご紹介します。自分は被害者だという信念を抱くことで無意識に被害者としての行動をとってしまう「被害者アーキタイプ」(コリン・C・ティッピング著「人生を癒すゆるしのワーク」))がこの世界にはびこっています。この点については、ワークブックのレッスン31が参考になると思います。本節では、ふたつの絵が出てきます。ひとつ目は、エゴの描く私たちの肖像であり、...

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T25-9 天国の正義

T25-9 天国の正義

今回は、テキスト第二十五章から「天国の正義」という一節をご紹介します。たまに「7つの習慣」のスティーブン・R・コヴィー先生の本の用語を引用していますが、本節では、「7つの習慣」の”win-win or no deal””や「第三の案」という考え方に馴染む観点が出てきます。「3. Be certain any answer to a problem the Holy Spirit solves will always be one in which no one loses. 聖霊が問題を解決するために出す答えはつねに、...

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T1-2 啓示と奇跡はどう違うの?時間とはどんな関係にある?

T1-2 啓示と奇跡はどう違うの?時間とはどんな関係にある?

今回はテキスト第一章から、「啓示、時間そして奇跡」という一節をご紹介します。3.「There is nothing about me that you cannot attain. 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつありません。 I have nothing that does not come from God. 私の持つもので神に由来しないものは何ひとつありません。 The difference between us now is that I have nothing else. 今のところ、あなたたちと私と...

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T7-7 王国の全体性

T7-7 王国の全体性

今回は、テキスト第七章から王国の全体性という一節をご紹介します。8.の"Yet you cannot lose anything unless you do not value it, and therefore do not want it."については、直訳すると、「しかし、あなたがそれに価値を置かない、つまり、それを望まない場合でないかぎり、あなたは何も失うことはできません。」となりますが、"unless you do not value it, and therefore do not want it."が"unless"と"do not"の二重否定...

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T29-1 隙間を閉じる

T29-1 隙間を閉じる

今回は、テキスト第二十九章から、隙間を閉じるという一節をご紹介します。分離した神の子たちがお互いの間にあってほしいと望む隔たり、わずかな隙間というひとつの分離幻想が、時空となり、キリストの顔にかかる影となり(T26-8 救いはもう、済んでいる)、他者と離れたままでいたいと願い、この隔たりを保ったままでいたいとの願望を各自が抱き、その秘密の願望同士が暗黙裡に合意に達することによって、秘密の誓約が交わされ、...

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T25-6 特別な役目

T25-6 特別な役目

今回は、テキスト第二十五章から特別な役目という一節をご紹介します。前章の第24章でも、さんざん特別性が叩かれてきたので、コースは特別性を全否定していると捉えてしまうこともあるかもしれません。しかし、本節からもわかるように、コースは、特別性をエゴの観点から見たままでいちゃダメよとは言いますが、特別性を抹殺せよとは言いません。コースが求めるのは、聖霊の知覚するように特別性を見て、各自の持ち味を活かして...

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T9-7 ふたつの評価

T9-7 ふたつの評価

今回はテキスト第九章から、「ふたつの評価」という一節をご紹介します。前節で、自分を救う方法、自分を目覚めさせる方法は、他者を目覚めさせることだということが述べられました。つまり、私たちの救済の手段は兄弟たちであり、他者は世界の至る所にいるので、私たちは救いを遠くに探し求めずとも、いつでも自分を救う機会を与えられているということになります。「Is it possible that this is not also your will? 今、完全...

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T15-6 神聖な瞬間と神の法

T15-6 神聖な瞬間と神の法

今回はテキスト第十五章から神聖な瞬間と神の法という一節をご紹介します。T7-2 神の法、レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」を参考にしてください。この世界では、「自分の拡張するものが自分にとっての現実となる」という神の法は、「自分の投影するものを自分は信じる」というエゴの法則に変容しています。投影とは、光を透過する部分と...

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T31-3 自らを咎める者

T31-3 自らを咎める者

今回は、テキスト第三十一章から、自らを咎める者という一節をご紹介します。他者を咎めようとするのは、自責の念を抱く者だけです。罪という時限爆弾を抱えていると思うと、自分の手元に爆弾があることに耐えられず、他者に投げつけて楽になろうという衝動に駆られます。このような投影が非難の根拠だとすると、私たちは決して他者の罪を理由に彼を憎むわけではなく、ただ自分自身の罪のゆえに彼を憎むという心理作用が無意識に起...

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T9-6 えーっ!?人類皆兄弟って綺麗事じゃなくて真実だったの?

T9-6 えーっ!?人類皆兄弟って綺麗事じゃなくて真実だったの?

今回は、第九章から、兄弟の受容についての一節をご紹介します。キャッチーにするために変なタイトルをつけましたが、コースの言うところでは、人類皆兄弟どころか、他人に見えている人たちは自分自身であり、便宜上、同じ親である父なる神を持つ子として兄弟と呼びはしますが、より近しいものだということです。「5. You are not yet awake, but you can learn how to awaken. あなたはまだ目覚めてはいません。しかし、あなたは...

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T22-5 弱さと防衛

T22-5 弱さと防衛

今回はテキスト第二十二章から弱さと防衛という一節をご紹介します。真理と幻想は対立しません。なぜなら、真理は実在するけれど、幻想は実在しない影でしかないからです。影は形を持ち、見せかけだけは持っているので、虚無とは異なるように見えはしても、本質は、実在の不在であり、無でしかありません。したがって、真理は無である幻想から自らを防衛する必要はありません。真理は首尾一貫して一なるものです。一なるものとは、...

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T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

今回はテキストから、「神聖な瞬間と神の魅力」という一節をご紹介します。「1. As the ego would limit your perception of your brothers to the body, so would the Holy Spirit release your vision and let you see the Great Rays shining from them, so unlimited that they reach to God. エゴがつねに、あなたが自分の兄弟たちを身体としてしか知覚できないよう制限するのに対して、聖霊はいつでも、あなたのヴィジョン...

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T19-4Di 平安への障害4−2

T19-4Di 平安への障害4−2

テキスト第19章4節平安への障害から、今回は、第四の障害である「神への恐れ」の続きの「ヴェールをあげる」をご紹介します。今回は、キリストの顔の前にかけられたヴェールをあげることについて語られます。私たちがこのヴェールをあげる際には、私たちはひとりだけでなすのではなく、兄弟と一緒になすのだということです。それは、私たちが罪深い敵だとみなしている他者の中にキリストがいることに気づく、彼の罪を非難するの...

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レッスン360「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」

レッスン360「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」

レッスン360です。「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。1.「I am Your Son, forever just as You created me, for the Great Rays remain forever still and undisturbed within me.  私はあなたの子であり、永遠にまさにあなたが私を創造してくれた...

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レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351です。「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ひとつ前のレッスンでも、神の子が神を思い出して救済を達成するためには赦しがその鍵となることが示されていました。今日のテーマは、まさに私たちが兄弟を有罪と見るか無罪と見るかで、同じ兄...

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レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」

レッスン344「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」

レッスン344です。「今日、私は愛の法を学ぶ。それは、私が自分の兄弟に与えるものは自分に対する私からの贈り物だということだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。エゴの法則では、自他分離を前提とするので、「私が与えることによって兄弟が私から受け取る贈り物を私は失う」ということになります。これが錯覚であることは、これまでのレッスンで何度も繰り返してきたので、十分理屈ではわかってい...

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レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」

レッスン335です。「私は、自分の兄弟の潔白さを見ることを選ぶ」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。私たちの本質は、天国に神とともにいる神の子です。この神の子が分離幻想を抱いて自らを無数に分裂させて幻想世界の中に散らばらせて壮大な解離性同一性障害に陥った状態がこの世界であり、その多重人格の一人ひとりが私たちです。私たちは、自分が本当は神の子であることを忘れ、自分たちアバターが...

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レッスン324「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」

レッスン324「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」

レッスン324です。「私はただ従うだけだ。というのも、私は導くつもりはないからだ」が今日のレッスンです。まず、創造ってなに?をご覧ください。T9-4 赦しについての聖霊の計画、T7-10 苦しいのが気持ちいいってどういうこと?、コントロールを手放す(無条件の愛―キリスト意識を鏡として)が参考になると思います。今日のレッスンをより実践的なものにするために、以前のレッスン71「ただ神の救済の計画だけがうまくいく」...

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レッスン317「私は自分に定められた道に従う」

レッスン317「私は自分に定められた道に従う」

レッスン317です。「私は自分に定められた道に従う」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。「1. I have a special place to fill; a role for me alone.  私には就くべき特別な立場、私だけが持つ役目がある。 Salvation waits until I take this part as what I choose to do.  私が自ら果たすべきものと選んでこの役目を引き受けるときを、救済はずっと待っている。 Until I make this choice,...

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レッスン316「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン316「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン316です。「私が自分の兄弟たちに与える贈り物はすべて、私のものだ」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。冒頭の一文「As every gift my brothers give is mine, so every gift I give belongs to me.  私の兄弟たちが与える贈り物はすべて私のものなのだから、私が与えるすべての贈り物は私のものだ。」は、ジャイアンの名言「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの」に通じる真理で...

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レッスン315「私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン315「私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ」

レッスン315です。「私の兄弟たちが与える贈り物はすべて、私のものだ」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。今日のテーマほど、「はたらく細胞」の観点が威力を発揮するテーマはないでしょう。エゴと自己同一化したままの意識で素朴に考えると、自分以外のところで他者が他者に施しをしたところで、「よかったね」という感想は持つかもしれないとしても、自分にとっては何の関わりもないことでどう...

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P3-I 人生で出会う人たちの真の姿とは?

P3-I 人生で出会う人たちの真の姿とは?

今回は、心理療法から「3 心理療法の実践 1患者の選択」をご紹介します。前節では、心理療法の場では、各自が患者でもありセラピストでもあるということが述べられました。本節の冒頭では、私たちの許へと送られてくる人はみな私たちの患者だということが語られます。つまり、人生で私たちが出会うすべての人はお互いの癒しのために訪れるということであり、それは、私たちの出会う人はみな、私たちの患者であると同時に私たち...

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レッスン288「今日、私が自分の兄弟の過去を忘れられますように」

レッスン288「今日、私が自分の兄弟の過去を忘れられますように」

レッスン288です。「今日、私が自分の兄弟の過去を忘れられますように」が今日のテーマです。まず、聖霊とは何かをご覧ください。昨日のレッスン287では、神だけが本当の目的地であり、幻想世界の偶像の見せかけの価値に惑わされないこと、つまり目的地を見誤らないようにというのがテーマでした。今日のレッスン288では、目的地を見定めたとして、過去に惑わされて、その目的地に導いてくれる救い主である兄弟を敵に回し...

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レッスン274「今日は愛のものだ。私が恐れませんように」

レッスン274「今日は愛のものだ。私が恐れませんように」

レッスン274です。「今日は愛のものだ。私が恐れませんように」が今日のテーマです。まず、キリストってなに?をご覧ください。神の子は自分自身とも神ともひとつであることによる愛に満たされた神聖で潔白な存在です。それなのに、私たちは、自分を神から分離し、自分自身を無数の断片へと細分化して、自分が神聖で潔白な神の子であることを忘れ、反対に罪が実在するものと信じて、罪悪感を抱いてそれを投影して、非難し攻撃し...

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レッスン264「私は、神の大いなる愛によって包まれている」

レッスン264「私は、神の大いなる愛によって包まれている」

レッスン264です。「私は、神の大いなる愛によって包まれている」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。身体という囲いが自分を守ることになり、身体こそ自分だと思うことは夢であり、本当の自分は身体ではなく、神の大いなる愛に包まれた神の子であるというのが真理です。カプセル内視鏡の喩え(レッスン68「愛は一切の不平不満を抱かない」、レッスン261「神は、私を無事に保護して私の安全を保障して...

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レッスン263「私の聖なるヴィジョンは、あらゆるものを清らかなものとして見る」

レッスン263「私の聖なるヴィジョンは、あらゆるものを清らかなものとして見る」

レッスン263です。「私の聖なるヴィジョンは、あらゆるものを清らかなものとして見る」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。「1. Father, Your Mind created all that is, Your Spirit entered into it, Your Love gave life to it.  父よ、あなたの大いなる心が存在するすべてを創造し、あなたの大いなる霊がその中へと入りこみ、あなたの大いなる愛がそれに生命を与えたのです。」この一文は創造の仕組み...

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レッスン260「神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように」

レッスン260「神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように」

レッスン260です。「神が私を創造してくれたことを私が思い出せますように」が今日のテーマです。まず、罪とは何かをご覧ください。私たちがキリストのヴィジョンで見ることができなくなって肉眼を通してしかものが見えなくなったのは、自分の創始者が誰なのかという権威問題が生じたためです。すなわち、神は光であり、光の放射によって外に向けて拡張することが本質であり、その拡張が神の子です。光が拡張した光線は当然、光...

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T11-3 闇から光へ

T11-3 闇から光へ

テキストから、闇から光へという一節をご紹介します。私たちが闇の中で歩む道は険しく苦痛に満ちた孤独な道であり、私たちは、恐れと悲しみを同伴者として招き入れて、その道の上を進みます。しかし、闇の仲間たちも、闇の道自体もすべて光の不在によって見えているだけの幻です。そして、光の不在は、私たちが自分で障害を置いて生み出しているだけです。というのも、私たちの本質は神の子であり、光なのであり、エゴ・身体という...

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レッスン231「父よ、私はただあなたを思い出すことだけを意図します」

レッスン231「父よ、私はただあなたを思い出すことだけを意図します」

救済とは何かが、これからのレッスンの前に読む特別解説です。1.「Let me remember You.  私にあなたを思い出させてください。 What else could I desire but the truth about myself? 自分自身についての真理以外のいったい何を私が願い求めることができるでしょうか。」後半でいう「私が願い求める」ことは前半の「あなたを思い出」すことを指すので、これは後半の「自分自身についての真理」は前半の「あなた」とイコールと...

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T7-3 神の王国とは

T7-3 神の王国とは

今回は、テキストから王国の実像という一節をご紹介します。2.「Yet you are always teaching. それでも、あなたはつねに教えています。 You must, therefore, be teaching something else, even though the ego does not know what it is. そうだとすれば、たとえエゴにはそれが何なのかわかっていないとしても、あなたは何かほかのことを教えているに違いありません。 The ego, then, is always being undone, and does susp...

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レッスン195「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」

レッスン195「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」

レッスン195です。「愛こそが、私が感謝しながら歩む道だ」が今日のテーマです。レッスンの冒頭から、世界を誤解する者にとって感謝することを学ぶのは困難な課題であり、彼らにできるは、他者が自分よりも苦境にあるのを見て、それと比較して自分は他人よりもましだと思って満足することくらいだということが語られます。自分よりも恵まれない他者に想いを馳せて足ることを知り謙虚な気持ちを忘れないということはエゴとしての...

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レッスン193「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」

レッスン193「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」

レッスン193です。「すべてのことは、神が私に学ばせようとするレッスンだ」が今日のテーマです。神が私たちに学ばせようとしている優しさに溢れるレッスン、すべてのレッスンに通じる中核のレッスンは次のようなものだと述べられます。3.「It is this: その中身とはこれです。Forgive, and you will see this differently.赦しなさい。そうすれば、あなたはこのことを違ったように見るでしょう。」それは、すべての苦悩は許...

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レッスン191「私は、神自身の聖なる子だ」

レッスン191「私は、神自身の聖なる子だ」

レッスン191です。「私は、神自身の聖なる子だ」が今日のレッスンです。「4. Yet what is it except a game you play in which Identity can be denied?  しかし、こんなことは、あなたが本当の自分ではなくなることができる振りをして遊んでいるだけではないでしょうか。 You are as God created you.  あなたは、神が創造したままのあなたです。 All else but this one thing is folly to believe.  自分が神に創造され...

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T3-3 知覚と知識ってどう違うの?

T3-3 知覚と知識ってどう違うの?

今回はテキスト第三章から、知覚と知識について述べる一節をご紹介します。一般的な用語としての「知識」は、物事を認識することによって得られた成果を指し、外部から取り込まれた情報を活用できる形で体系的に身につけた観念のことを意味します。これに対して、コースでいう知識は、知識を持つ主体が神の子であることから、一般的な語法とは相違が出てきます。神の子はもともと神に完全に創造されているので、知識を得たり失った...

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レッスン181「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」

レッスン181「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」

レッスン181です。「私は、自分の兄弟たちを信頼する。彼らは私とひとつなのだから」が、今日のテーマです。今日のレッスンでは、知覚の焦点について語られます。私たちが兄弟の間違いに焦点を合わせると、過去の誤りを罪として忘れず、将来の報復を想定することとなり、意識は、過去と未来に奪われ、他者の罪を意識することで自分の罪も意識して、間違いの奥にある真理に気づくことができなくなります。だから、今日のレッスン...

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T30-8 変わることのない現実

T30-8 変わることのない現実

テキストから、「変わることのない現実」という一節をご紹介します。このサイトでは、"Reality"の訳語として、奇跡講座その他で一般的に用いられている「実相」(生滅変化する仮の姿の奥にある真実)ではなく、「現実」という言葉を用いています。言葉本来の意味からすると「現実」とは目の前に事実として現れているもの、つまり、実相が形をとって具現化したものをいうので、どちらかというと、ヴァーチャルリアリティ的に目の前...

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ワークブックレビュー5 序文

ワークブックレビュー5 序文

お疲れ様でした!5回目の復習に入ります。これからの復習への取り組み方を述べる序文です。...

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T25-5 無罪!

T25-5 無罪!

テキストから、無罪の心境という一節をご紹介します。私たちは自分の狭い了見でしか物事が見えないので、神には、わが子が自分自身に対して抱く憎しみになど影響されることなく、自ら創造した子を地獄の苦しみから救い出す力もないと、神を無力だとみなしたり、そもそも神なんていないと信じたりします。というのも、私たちが現に理不尽で恐怖に満ちた混沌たるこの世界に生きて塗炭の苦しみを味わっているというのに、神はといえば...

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T29-3 神の証人

T29-3 神の証人

今回は、テキストから神の証人についての一節をご紹介します。2.「Deny Him not His witness in the dream His Son prefers to his reality. 神の子が本当の自分を差し置いて愛着している夢の中で、神の完全性を証明する証人となることを神に拒んでいてはなりません。 He must be savior from the dream he made, that he be free of it. 神の子が自分の作り出した夢から自由になるには、彼自身がその夢からの救い主にならなけ...

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T30-7 自分で書いてるつもりの人生の脚本を捨てられる?

T30-7 自分で書いてるつもりの人生の脚本を捨てられる?

テキスト第三十章から「新たなる解釈」という一節をご紹介します。私たちは、自分で恐怖の台本を書いておいて、その台本どおりの出来事が舞台上で起こるたびに恐怖に怯えるということを繰り返しています。そして、舞台上の出来事に、あるときはこの意味、あるときは別の意味を見いだし、舞台の景色や出来事も、自分を含めた登場人物もころころと転変して移り変わってゆきます。これは、分離の幻想を抱き、みんなが各自に違った目的...

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レッスン155「私は一歩引き下がって、聖霊に先導してもらうことにする」

レッスン155「私は一歩引き下がって、聖霊に先導してもらうことにする」

レッスン155です。「私は一歩引き下がって、聖霊に先導してもらうことにする」が今日のテーマです。自分たちが本当は神のひとり子であるという真理に目を背けていられる幻の場所を探し求めている魂たちは、そこで幻の生き物になりきることができるこの世界に訪れる選択をすることになります。このようにそもそも自ら進んで幻に惑わされるために訪れるのだから、誰もがエゴの導きに喜んで従います。エゴは、分離意識によって生ま...

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    テキスト (262)
    ┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
    ┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
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