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There Is No Spoon

T30-3 あらゆる偶像を越えて

T30-3 あらゆる偶像を越えて

今回はテキスト第三十章から「あらゆる偶像を越えて」という一節をご紹介します。1.「Idols are limits. 偶像とは制限です。 They are the belief that there are forms that will bring happiness, and that, by limiting, is all attained. 偶像とは、幸せをもたらすさまざまな形が存在するので、制限することによってのみ幸せを得られるという信念です。 It is as if you said, "I have no need of everything. This little...

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T21-3 信頼、信念、そしてヴィジョン

T21-3 信頼、信念、そしてヴィジョン

今回はテキスト第二十一章から「信頼、信念、そしてヴィジョン」という一節をご紹介します。エゴの目的は罪であり、聖霊の目的は神聖さです。エゴに従う私たちは、神の子が本来持っている確信を忘れて見失って、罪を見つけるために、知覚、信念、信頼という手段を作り出し、エゴに従って、知覚と信念と信頼を心から身体へと与えていました。身体の五感を通して他者を身体だと知覚することで、価値判断して他者を罪深い存在だと裁い...

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T18-8 小さな庭園

T18-8 小さな庭園

今回はテキスト第十八章から「小さな庭園」という一節をご紹介します。身体は、本来無限なものである愛に制限を課すために生み出された柵であり、エゴは、天国全体からただ柵で囲んで断片化しただけのこのごく小さな一区分を、神ですら入りこめない自分の王国だと宣言して過酷な暴政を敷きます。エゴは、私たちに、このちっぽけな断片を守るために全宇宙と対峙して格闘するよう命じます。本当は、宇宙の一部であるのに、宇宙から切...

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T8-7 コミュニケーションの手段としての身体

T8-7 コミュニケーションの手段としての身体

今回はテキスト第八章から「コミュニケーションの手段としての身体」という一節をご紹介します。聖霊の手にかかると、この世界の中のどんな物事も救済のための道具に変わります。3.「The Holy Spirit does not see the body as you do, because he knows the only reality of anything is the service it renders God on behalf of the function he gives it. 聖霊はあなたが見ているように身体を見てはいません。なぜなら、聖霊...

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T27-3 あらゆる象徴を越えて

T27-3 あらゆる象徴を越えて

今回はテキスト第27章から、あらゆる象徴を越えてという一節をご紹介します。「3. The picture of your brother that you see means nothing. あなたが見ているあなたの兄弟の肖像画は、何も意味していません。 There is nothing to attack or to deny; to love or hate, or to endow with power or to see as weak. そこには何ひとつ攻撃したり否認したりすべきものはないし、愛したり憎んだり、あるいは力を授けたり、弱い...

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T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

T15-9 神聖な瞬間と神の魅力

今回はテキストから、「神聖な瞬間と神の魅力」という一節をご紹介します。「1. As the ego would limit your perception of your brothers to the body, so would the Holy Spirit release your vision and let you see the Great Rays shining from them, so unlimited that they reach to God. エゴがつねに、あなたが自分の兄弟たちを身体としてしか知覚できないよう制限するのに対して、聖霊はいつでも、あなたのヴィジョン...

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レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320です。「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。神は全能なので、無限の存在です。神の子は神の拡張であり、神の属性をそのまま承継しているので、同じく無限の存在です。「His holy will can never be denied, because his Father shines upon his mind, and lays before it all the strength and love in earth and Heaven.  神の子の聖な...

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レッスン319「私は、世界の救済のために来た」

レッスン319「私は、世界の救済のために来た」

レッスン319です。「私は、世界の救済のために来た」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。「Only the ego can be limited, and therefore it must seek for aims which are curtailed and limiting.  制限されうるのはエゴだけなので、エゴは切り詰められて制限された目的を追い求めざるをえない。 The ego thinks that what one gains, totality must lose.  エゴは、ある者が得るものを全体は...

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レッスン280「私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう」

レッスン280「私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう」

レッスン280です。「私が神の子にどんな制限を課しうるというのだろう」が今日のテーマです。まず、キリストってなに?をご覧ください。ここ一連のレッスンでは、神の子が自由であること、その自由意志を間違って用いることによって自縄自縛に陥ることができてしまうこと、そうだとしても、神の子の自由意志は不死なる神の子の永遠の属性として与えられたものなので、神の子に不自由になる自由があるといってもそれはそう信じる...

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T28-6 秘密の誓約

T28-6 秘密の誓約

今回はテキストから「秘密の誓約」という一節をご紹介します。秘密の誓約とは、私たちが兄弟みんなとの間で交わした約束であり、お互いに自分たちを分離した他者であると認識し、お互いに攻撃し、それに対する報復として攻撃し返すことを誓うことです。以前にも分離した神の子たちがお互いの間にあってほしいと望む隔たり、わずかな隙間というひとつの分離幻想が、時空となり、キリストの顔にかかる影となることを学びました(T26-...

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レッスン199「私は身体ではない。私は自由だ」

レッスン199「私は身体ではない。私は自由だ」

レッスン199です。「私は身体ではない。私は自由だ」が今日のテーマです。自分は身体だと思うことによって自分がさまざまな制約を受けていることは、私たちにもよくわかります。もし私たちが身体なら、行動範囲は身体の所在する時空間に制限され、できることも身体の能力に制限され、活動できる時間も身体が持つ寿命によって制限されます。したがって、身体にアイデンティティーを置く私たちが正直に実感するところから帰結され...

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T30-8 変わることのない現実

T30-8 変わることのない現実

テキストから、「変わることのない現実」という一節をご紹介します。このサイトでは、"Reality"の訳語として、奇跡講座その他で一般的に用いられている「実相」(生滅変化する仮の姿の奥にある真実)ではなく、「現実」という言葉を用いています。言葉本来の意味からすると「現実」とは目の前に事実として現れているもの、つまり、実相が形をとって具現化したものをいうので、どちらかというと、ヴァーチャルリアリティ的に目の前...

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T11-6 悪夢からの目覚め

T11-6 悪夢からの目覚め

テキスト第十一章から、救済への目覚めという一節をご紹介します。1.「That is what I meant when I said, "Blessed are ye who have not seen and still believe," for those who believe in the resurrection will see it. これが、私が『見ずしてなお信じる者は幸いである』と述べたときに意味したことです。なぜなら、復活を信じる者たちは復活を目にすることになるからです。」「見ずしてなお信じる者は幸いである」はヨハネ...

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レッスン114(レッスン97と98の復習)

レッスン114(レッスン97と98の復習)

レッスン114です。レッスン97と98の復習です。[97] I am spirit. 私は霊だ。[98] I will accept my part in God’s plan for salvation. 私は、救済のための神の計画における私の役割を引き受けることにする。【序文】1.今日から、3回目の復習が始まります。私たちは、これから続く10日間の実習で、最近学んだ考えを毎日ふたつずつ復習します。私たちは、これからの実習期間のための特別な形式について、これから概観し...

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レッスン103「神は、愛であるがゆえに、また幸せでもある」

レッスン103「神は、愛であるがゆえに、また幸せでもある」

レッスン103です。今日のテーマは「神は、愛であるがゆえに、また幸せでもある」です。「Love has no limits, being everywhere. 愛には限界はなく、愛は至るところにあります。 And therefore joy is everywhere as well. だから、喜びも同じように、どこにでも無限にあります。 Yet can the mind deny that this is so, believing there are gaps in love where sin can enter, bringing pain instead of joy. しかし、...

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M4-9 神の教師の特性9(誠実さ)

M4-9 神の教師の特性9(誠実さ)

神の教師の特性の続きです。今回は「誠実さ」です。「It is to Them that faithfulness in the true sense is always directed.  真の意味で誠実さがつねに向けられているのは、神と神の子に対してです。 Toward Them it looks, seeking until it finds.  誠実さは、神と神の子のほうに目を向けて、自分が見つけるまで探し続けます。」「Faithfulness is the teacher of God's trust in the Word of God to set all things righ...

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ワークブック レビュー序文

ワークブック レビュー序文

お疲れさまでした。ワークブックのレッスン50までが終わりました!毎日よく継続していただきました!自分の中での変化を実感されていらっしゃる方も多いと思います。レッスン51以降では、これまでのレッスンの復習が始まります。復習に入る前の心構えを述べる序文をご紹介します。...

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T18-6 身体という牢獄

T18-6 身体という牢獄

今回は、テキスト 第十八章 六 「身体を越えて」という一節をご紹介します。この一節では、身体は牢獄にたとえられます。たしかに、エゴの見る世界では、他人は自分とは隔絶した身体であって、自分は身体という可動式の独房の中に閉じこめられていて、五感という小さな窓を介してしか外を見ることができない寂しい囚人であるということになります。独房に収容されていることに気づくようになる前の記憶は消去され、ここに来る前...

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レッスン30「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」

レッスン30「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」

レッスン30です。今日のテーマは「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」です。「あなたの拡張するものはあなたにとって現実となる」という神の法は、「あなたの投影するものをあなたは信じる」という世界の法則に変容されるということでした。天国では、光源である神から生じる光線である神の子は光を拡張させて、神の現実を増大させます。この世界は、神の子が神に背いたと罪悪感を抱...

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レッスン28「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」

レッスン28「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」

レッスン28です。今日のテーマは「何にもまして私は物事をこれまでと違ったように見たいと望む」です。今日のテーマは、「何をおいても、私は見ることを望む」という昨日の考えをより具体的にしたものです。具体的な対象物、部屋で目の前にあるテーブルや椅子、テレビ等を用いて、「何にもまして私はこのテーブルをこれまでとは違ったように見たいと望む」と言う形で使うことになります。このように言うことは、以前のレッスンで...

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M26 直接、神に到達することはできるのか?

M26 直接、神に到達することはできるのか?

今回は、マニュアルから神への到達についての一節をご紹介します。この節では、神に到達し神の子の自覚を得て解脱を遂げながら、肉体を去った後も私たち後進を指導するために居残ってくれている偉大な霊である「神の教師たちの偉大なる教師」について触れられています。彼らは、もはや目に見える存在ではないけれど、必要に応じて姿を現したり、言葉を伝えたりしてくれるということです。当然、イェシュアもそのような存在のひとり...

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    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
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    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
    ┣  レッスン11〜20 (10)
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    ワークブック・パート② (158)
    ┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
    ┣  レッスン221〜230 (10)
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    ┗  レッスン361〜365 (3)
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