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There Is No Spoon

T29-5 不変の住処

T29-5 不変の住処

今回はテキスト第二十九章から「不変の住処」という一節をご紹介します。「7. A dream is given you in which he is your savior, not your enemy in hate. その兄弟が憎しみに満ちたあなたの敵ではなく、あなたの救い主となる夢があなたに与えられます。 A dream is given you in which you have forgiven him for all his dreams of death; a dream of hope you share with him, instead of dreaming evil separate dreams of ...

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T24-Intro 自分の価値観を疑ってみる

T24-Intro 自分の価値観を疑ってみる

今回はテキスト第二十四章の序論をご紹介します。コースを学ぶ目的は、神を思い出す条件である平安な境地に達するためです。神の属性は平安であり、神は子を平安なる存在として創造しているので、ありのままの私たちは平安であるはずです。この平安がない状態に私たちがあるのは、分離幻想に囚われて、罪悪感と恐怖という幻想に心を奪われているせいです。つまり、平安に至るには、自分の外から何かを学び取らなければならないわけ...

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T19-1 癒しと信頼

T19-1 癒しと信頼

今回はテキスト第十九章から「癒しと信頼」という一節をご紹介します。「癒し」というと、私たちは身体の癒しをイメージしがちです。コースも癒しの成果として身体の癒しが起こることは否定しませんが、それは心が癒された結果でしかありません。身体の健康と病気は、心が身体をどう知覚するかに完全に依存しているので、身体を癒しの対象と捉えることは意味がなくその必要はないということです。「The body is healed because you...

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T13-11 天国の平安

T13-11 天国の平安

今回は、テキスト第13章から「天国の平安」という一節をご紹介します。天国には平安のみがあります。しかし、平安の対極としての葛藤や紛争が絶えないこの世界では、天国の平安は想像もつきません。天国には光のみがあります。しかし、この世界では、光を遮る障害が影を作り、光の対極である闇があるように見え、光のみの世界は想像もできません。光を遮る障害が影を投ずるように、心が分離幻想を抱きエゴに寄生されると、平安の...

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T13-7 真の世界の幕開け

T13-7 真の世界の幕開け

今回はテキスト第十三章から「真の世界への到達」という一節をご紹介します。逆さメガネというものがあります。上下逆転や左右反転の逆さメガネを装着すると直後は激しい混乱が生じ、嘔吐したりもするようですが、慣れてくると、装着したまま歩行したり自転車に乗ったりまでできるようになるそうです(ネットで逆さメガネで検索すると色々記事が出てきます)。そもそも、人間の眼球の奥の網膜には、角膜や水晶体というレンズを通し...

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T7-6 警戒から平安へ

T7-6 警戒から平安へ

今回は、テキスト第七章から「警戒から平安へ」という一節をご紹介します。「7. If you will keep in mind what the Holy Spirit offers you, you cannot be vigilant for anything but God and his kingdom. もし聖霊が自分に差し延べてくれるものをあなたが心に保ち続けようとするなら、あなたはただ神と神の王国にのみ注意を払うようにせずにはいられないはずです。」で、少し前の節T6-5C 神と神の王国にのみ注意を向けるが出...

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T23-1 相容れない信念

T23-1 相容れない信念

今回はテキスト第二十三章から「相容れない信念」という一節をご紹介します。本節の3.では、神とエゴ、私たちとエゴが出会うことは絶対に不可能だということが述べられます。私たちは、自分が身体に宿っているエゴであると信じています。つまり、私たちは、自分をエゴと同一視する状態にあり、仮に自分がエゴと別だとしても、少なくとも自分がエゴと同盟関係を結んでいるのは確かだと思っているので、私たちがエゴと出会うのは絶...

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T6-5C 神と神の王国にのみ注意を向ける

T6-5C 神と神の王国にのみ注意を向ける

今回は、テキスト第六章 第五節 聖霊のレッスンCの「神と神の王国に対してのみ注意深くありなさい」という一節です。6.では、A、B、Cの各ステップが整理してまとめられます。「6. You learn first that having rests on giving, and not on getting. あなたはまず、所有することは手に入れることによるのではなく、与えることに基盤を置くものだと学びます。 Next you learn that you learn what you teach, and that you...

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T8-4 自由という贈り物

T8-4 自由という贈り物

今回は、テキスト第八章から、自由という贈り物という一節をご紹介します。コースを学び始めると、神が全能なら、そもそも神の子が狂気に陥るように創造しなかったはずなんじゃないの?とか、神の子が狂気に陥って幻想を見ている状態からわが子を救出することなんて容易なはずなのに、それすらできないなんて、それで神だといえるの?とか、全能の神ならいくらでも容易に助けられるはずなのに、愛しているはずのわが子が狂気に苦悩...

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T12-8 愛の魅力

T12-8 愛の魅力

今回は、テキスト第十二章から、愛に対する愛の魅力という一節をご紹介します。エゴに従って愛を攻撃するために愛を探し求めるなら、愛は見つかりません。愛はすべてをひとつに結びつける作用であり、すべてを分かち合うことです。愛は実在しますが、恐れや攻撃は、愛の不在状態が生み出した影が形をとったものでしかありません。前に述べたように、恐れや攻撃は愛の不在であり、空間的な面での不在状態の極限である真空状態が不在...

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T29-1 隙間を閉じる

T29-1 隙間を閉じる

今回は、テキスト第二十九章から、隙間を閉じるという一節をご紹介します。分離した神の子たちがお互いの間にあってほしいと望む隔たり、わずかな隙間というひとつの分離幻想が、時空となり、キリストの顔にかかる影となり(T26-8 救いはもう、済んでいる)、他者と離れたままでいたいと願い、この隔たりを保ったままでいたいとの願望を各自が抱き、その秘密の願望同士が暗黙裡に合意に達することによって、秘密の誓約が交わされ、...

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T14-11 真理テスト

T14-11 真理テスト

今回はテキスト第十四章から真理のテストという一節をご紹介します。「6. The test of everything on earth is simply this; "What is it for?" この地上にあるすべてのものの意義を見極めるテストは次のとおりです。それは単純に『これは何のためのものだろうか』と問うことです。 The answer makes it what it is for you. その答えが、あなたにとってそれが何であるかを決めることになります。」(T24-7 出会いの場)それが...

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T16-3 教えの報い

T16-3 教えの報い

テキスト第十六章から教えの報いという一節をご紹介します。コースは 教えることは、手本となって実証することであり、教えることは学ぶことに等しいと言います。「The course, on the other hand, emphasizes that to teach < is > to learn, so that teacher and learner are the same. これに対して、このコースは教えることは学ぶことと「同義」であり、それゆえ、教師と生徒は同じであると力説します。 It also emphasizes...

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T9-7 ふたつの評価

T9-7 ふたつの評価

今回はテキスト第九章から、「ふたつの評価」という一節をご紹介します。前節で、自分を救う方法、自分を目覚めさせる方法は、他者を目覚めさせることだということが述べられました。つまり、私たちの救済の手段は兄弟たちであり、他者は世界の至る所にいるので、私たちは救いを遠くに探し求めずとも、いつでも自分を救う機会を与えられているということになります。「Is it possible that this is not also your will? 今、完全...

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T24-5 あなたの中にいるキリスト

T24-5 あなたの中にいるキリスト

今回はテキスト第二十四章からあなたの中のキリストという一節をご紹介します。1.「Wishing makes real, as surely as does will create. 願望が現実を作るのは、意図が創造するのと同じくらい確かなことだからです。 The power of a wish upholds illusions as strongly as does love extend itself. 愛が愛それ自体を拡張するのと同じように、願望の力が幻想を強力に支持するわけです。 Except that one deludes; the other ...

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T19-4Di 平安への障害4−2

T19-4Di 平安への障害4−2

テキスト第19章4節平安への障害から、今回は、第四の障害である「神への恐れ」の続きの「ヴェールをあげる」をご紹介します。今回は、キリストの顔の前にかけられたヴェールをあげることについて語られます。私たちがこのヴェールをあげる際には、私たちはひとりだけでなすのではなく、兄弟と一緒になすのだということです。それは、私たちが罪深い敵だとみなしている他者の中にキリストがいることに気づく、彼の罪を非難するの...

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T19-4D 平安への障害4

T19-4D 平安への障害4

テキスト第十九章 第四節 平安への障害の続きです。今回は第四の障害である「神への恐れ」です。死への恐怖が去ると、平安は、最後の障害に直面することになります。それは、キリストの顔の前にヴェールのようにかかっている神への恐怖です。神への恐れこそが究極の障害であり、罪悪感の魅力も苦痛の魅力も死の魅力も、神への恐れが決して除去されないようにするためのものであり、エゴや死は自分がキリストと心をひとつに結び付...

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T19-4C 平安への障害3

T19-4C 平安への障害3

今回は、テキスト第十九章から平安への障害の続きをご紹介します。第三の障害、死の魅力です。死に対する恐怖の本質は、実は死の魅力だということが冒頭で述べられます。罪悪感は恐ろしいものだというふうに考えられていますが、罪悪感に対する恐怖も、実は罪悪感の魅力であり、罪悪感の魅力に惹きつけられて罪悪感を追求する者にしか支配力を及ぼすことができないという仕組みであり、死の魅力もこれとまったく同じだということで...

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レッスン361から365「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」

レッスン361から365「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」

レッスン361から365です。「この神聖な瞬間を私はあなたに捧げようと思います。あなたが舵取りしてください。というのも、私は、あなたの導きが私に平安を与えてくれると確信して、あなたに従うつもりだからです」が今日からのレッスンです。これから5日間、同じレッスンの同じ文章を毎日読むことになりますが、それを契機とする日々の体験はさまざまなものとなるでしょう。...

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T19-4B 平安への障害2

T19-4B 平安への障害2

テキスト第十九章から、平安への障害の続きで、第二の障害までをご紹介します。本節では、第二の障害として、身体が提供するものゆえに身体は価値を持つという信念について語られます。本節では、前回出てきた恐れの使者と愛の使者が引き続き登場します。恐れの使者と愛の使者は別の存在ではなく、同じ知覚がエゴと聖霊のどちらを主人とするかによって、罪悪感と平安のいずれを目的とするかが変わり、恐れを目的として自分を身体と...

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レッスン360「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」

レッスン360「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」

レッスン360です。「聖なる神の子である私に平安がありますように。私とひとつである私の兄弟に平安がありますように。私たちを通して、全世界が平安で祝福されますように」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。1.「I am Your Son, forever just as You created me, for the Great Rays remain forever still and undisturbed within me.  私はあなたの子であり、永遠にまさにあなたが私を創造してくれた...

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レッスン359「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」

レッスン359「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」

レッスン359です。「神の答えは、何らかの形で平安をもたらします。あらゆる苦痛は癒され、すべての悲惨さは喜びに置き換えられます。牢獄の扉はすべて開け放たれます。そして、どんな罪も単にひとつの間違いでしかないと理解されます」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。「And we rejoice to learn that we have made mistakes which have no real effects on us.  だから、私たちは、次のことを学べる...

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レッスン355「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」

レッスン355「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」

レッスン355です。「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ワークブックでは、今日のレッスンと同じように、つねに救済が「今日」達成されると語ってきました。救済はすでに成就しており、私たちは記憶媒体に保管されている動画ファイルを...

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レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」

レッスン354です。「平安の中で目的を確信して、キリストと私はふたり一緒に立っています。そして、キリストが私の中にいるように、キリストの中にはキリストの創造主が在ります」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。テキストの冒頭で、イェシュアは次のように語ります。「There is nothing about me that you cannot attain. 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつありま...

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レッスン352「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」

レッスン352「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」

レッスン352です。「裁きと愛とは正反対です。裁きからは、この世界のあらゆる悲しみが生じます。しかし、愛からは、神自身の平安が訪れます」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。今日のテーマでは、裁きと愛が対置されています。裁きは物事の価値判断を行う心理作用であり、「なす」ことであるのに対して、(愛には「愛する」という動詞の意味もありますが)愛は他者と自分がひとつに結びついている一体性...

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レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」

レッスン351です。「私の罪のない兄弟は、私を平安へと導く案内役だ。私の罪深い兄弟は、私を苦痛に導く案内役だ。そして、私は自分が見ることを選んだほうを見ることになる」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。ひとつ前のレッスンでも、神の子が神を思い出して救済を達成するためには赦しがその鍵となることが示されていました。今日のテーマは、まさに私たちが兄弟を有罪と見るか無罪と見るかで、同じ兄...

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レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」

レッスン346です。「今日、神の平安が私を包みこむ。そして、私は神の大いなる愛以外のすべてを忘れる」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。本当にあるのは天国に実在する愛だけです。この大いなる愛は神であり、光であり、生命であり、平安であり、永遠の神聖さです。分離が真実だという錯覚によって生まれたこの世界は幻の世界ですが、愛の不在である恐れや生命の不在である死のような、実在の不在で...

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レッスン345「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらいたいからだ」

レッスン345「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらいたいからだ」

レッスン345です。「私は今日、奇跡だけを与えることにする。というのも、私はその奇跡を自分の許へと戻してもらいたいからだ」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。昨日のレッスンの愛の法によって、私たちが兄弟に与えるものは自分自身への贈り物となります。今日のレッスンは、この与えるものとして、奇跡だけを与えられるようにとの祈りです。「私はその奇跡を自分の許へと戻してもらいたいからだ」...

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レッスン343「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」

レッスン343「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」

レッスン343です。「私は、神の慈悲と平安を見出すために犠牲を払うことを求められてはいない」が今日のレッスンです。まず、奇跡ってなに?をご覧ください。M13 犠牲の真の意味とは?、T15-7 必要のない犠牲、レッスン323「私は喜んで、恐れを『犠牲』にする」が参考になると思います。神の子がすべてでありすべてを持っているというのが真理であり、すべてのうちの砂粒のようにごく小さな一部が自分だという錯覚から真理を...

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レッスン337「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」

レッスン337「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」

レッスン337です。「私の潔白さが、あらゆる害悪から私を守ってくれる」が今日のレッスンです。まず、エゴってなに?をご覧ください。レッスン332「恐れがこの世界を束縛している。赦しがこの世界を解放する」のエッセイで、不二一元論に立つかぎり、間違った状態を解消するには、その対象を攻撃するのではなく、赦す、錯覚だと見極めて去らせるという方法になるということをお話ししました。神の子が神によって幸福に創造さ...

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レッスン334「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」

レッスン334「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」

レッスン334です。今日のレッスンは「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」です。まず、エゴってなに?をご覧ください。1.「Illusions are all vain, and dreams are gone even while they are woven out of thoughts that rest on false perceptions.  幻想はすべて空疎なものであり、間違った知覚に基づく思考から夢が紡ぎ出されるまさにその合間にすら、夢は消え去ってしまいます。 Let me not accept s...

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レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」

レッスン320です。「私の父は、私にすべての力を授けてくれている」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。神は全能なので、無限の存在です。神の子は神の拡張であり、神の属性をそのまま承継しているので、同じく無限の存在です。「His holy will can never be denied, because his Father shines upon his mind, and lays before it all the strength and love in earth and Heaven.  神の子の聖な...

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レッスン314「私は、過去とは違う未来を求める」

レッスン314「私は、過去とは違う未来を求める」

レッスン314です。「私は、過去とは違う未来を求める」が今日のレッスンです。まず、最後の審判とは何かをご覧ください。旧来の知覚は、過去の罪が未来を処罰で束縛して、過去から未来へと連続する時間の再生を確立し、未来は過去と同じものとなります。新たな知覚によって、現在が解放され、過去の間違いが未来を規定することはなくなり、未来は現在の拡張でしかなくなります。...

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レッスン305「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」

レッスン305「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」

レッスン305です。「キリストが私たちに授けてくれる平安が存在する」が今日のテーマです。まず、キリストの再臨とは何かをご覧ください。私たちは、知覚を用いて比較し、価値判断して裁くことによって、自他分離の錯覚を維持し、恐怖と非難、攻撃の応酬を生み出します。キリストのヴィジョンだけを用いるなら、すべては等しい価値を持つものと見えます。つまり、人体内のさまざまな細胞や臓器がそれぞれ異なる姿で異なる機能を...

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レッスン287「わが父よ、あなたこそ私の目的地です。ただあなただけが」

レッスン287「わが父よ、あなたこそ私の目的地です。ただあなただけが」

レッスン287です。「わが父よ、あなたこそ私の目的地です。ただあなただけが」が今日のテーマです。まず、聖霊とは何かをご覧ください。本当の自分が誰だかわからなくなって、自分で作り出した夢の世界の中の生物が自分自身だと信じ込み、そんな偽物の自分の抱く欲望や恐怖に突き動かされて右往左往しているのが私たちです。私たちはどうしても気づけばエゴに意識を乗っ取られて、神ではなく幻想世界の偶像を追い求めてしまって...

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レッスン286「天国の静けさが今日、私の心を満たす」

レッスン286「天国の静けさが今日、私の心を満たす」

レッスン286です。「天国の静けさが今日、私の心を満たす」が今日のテーマです。まず、聖霊とは何かをご覧ください。神の中ではすべての葛藤や問題が解決済みで平安のみが行き渡っているのだとすれば、私たちが平安な状態にないのは、私たちが自分が幻想の中の小さな生き物になりきって自分の力で物事をコントロールして生き延びなければならないと考えて幻想の嵐に飲み込まれているからです。したがって、神の平安の静けさで心...

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T20-1 聖週間

T20-1 聖週間

テキスト第20章から、聖週間という一節をご紹介します。M28 復活とは何か、キリストの再臨ってなに?が参考になると思います。キリストの磔刑と復活は、エゴと聖霊の相違を象徴的に表しています。...

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レッスン267「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」

レッスン267「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」

レッスン267です。「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。今日のテーマは、身体を救済の道具、すなわち、私たちが正気を取り戻して自分が神の子であることに気づけるようになるための道具として位置づけるものです。奇跡のコースには、何かを抹殺して消去しようという観点がありません。分離幻想を維持する手段が悪さをする作用を発揮できないようにするための表現と...

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レッスン262「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」

レッスン262「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」

レッスン262です。「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。「今日こそ、私がいかなる相違も知覚しませんように」という今日のテーマのいう「相違」をどのように捉えるかが今日のレッスンではとても重要です。これは、この世界にある多様性を全否定して、各自の個性や役割も否定して相違を知覚しないようにせよという意味でしょうか。ひとつ前のレッスン26...

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レッスン261「神は、私を無事に保護して私の安全を保障してくれる」

レッスン261「神は、私を無事に保護して私の安全を保障してくれる」

レッスン261です。「神は、私を無事に保護して私の安全を保障してくれる」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。今日のレッスンでは、私たちが自分を安全で強く思わせるものに自己同一化しようとすることが示されます。私たちの現状は、危険極まる世界の中でエゴ・身体を維持することが自分を安全にすると思っているので、私たちはエゴ・身体というアバターに自己同一化して、他者を攻撃することで自分が平安...

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レッスン255「今日、私は完璧な平安の中で過ごすことを選ぶ」

レッスン255「今日、私は完璧な平安の中で過ごすことを選ぶ」

レッスン255です。「今日、私は完璧な平安の中で過ごすことを選ぶ」が今日のテーマです。まず、罪とは何かをご覧ください。「Let me this day have faith in Him Who says I am God's Son.  私が神の子だと言う神のことを、今日こそ私に信頼させてください。 And let the peace I choose be mine today bear witness to the truth of what He says.  そして、今日、私が自分のものだと選択するその平安に、神が言うことが真...

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レッスン251「私に必要なのはただ真理だけだ」

レッスン251「私に必要なのはただ真理だけだ」

レッスン251です。「私に必要なのはただ真理だけだ」が今日のテーマです。まず、罪とは何かをご覧ください。私たちはさまざまな物事を欲して苦心して追い求め、ようやく望みを実現しても、思っていたような満足は得られず、今度こそ間違いなく幸せになれると、また別の物事を追い求めます。何かを得ようと望むには、自分がその対象物とは別の分離した存在であることを前提に、自分の支配下にその対象物がないという分離状態+欠...

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レッスン245「父よ、あなたの平安が私とともにあるので、私は安全です」

レッスン245「父よ、あなたの平安が私とともにあるので、私は安全です」

レッスン245です。「父よ、あなたの平安が私とともにあるので、私は安全です」が今日のテーマです。まず、世界とは何かをご覧ください。今日のテーマは昨日のレッスン「私は、世界のどこにいようとも危険にさらされることはない」の延長です。自分の本来の居場所で自分が神とともにいるという自覚は、この世界でのエゴ・身体というアバターを神の平安を兄弟たちに運び届けるための乗り物として位置付けます。ゲーム世界のような...

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レッスン234「父よ、今日、私は再びあなたの子となります」

レッスン234「父よ、今日、私は再びあなたの子となります」

レッスン234です。「父よ、今日、私は再びあなたの子となります」が今日のテーマです。まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。今日のレッスンでは、私たちは、本当の自分が誰かを忘れ、自分がいない時間と空間のある架空の世界の中で本当の自分とはかけ離れた卑小な生き物になっている夢を見ているだけで、神の現実においてはほんの一瞬の出来事であったに過ぎないということが語られます。幻想は幻想で...

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レッスン230「今、私は神の平安を求め、そして、見出す」

レッスン230「今、私は神の平安を求め、そして、見出す」

レッスン230です。「今、私は神の平安を求め、そして、見出す」が今日のテーマです。レッスンに入る前に、特別解説1「赦しとは何か」をまずご覧ください。奇跡のコースは、コース=学習課程という名前を持ってはいますが、この世界での学びとはまったく違う学びについて教えています。この世界では、無能力で何もできず、何も持っていない未成熟な者が自分の外から有益な情報を獲得して自分の中に取り込んで、体系的に自分のス...

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レッスン225「神は私の父だ。そして、神の子は神を愛している」

レッスン225「神は私の父だ。そして、神の子は神を愛している」

レッスン225です。「神は私の父だ。そして、神の子は神を愛している」が今日のテーマです。レッスンに入る前に、特別解説1「赦しとは何か」をまずご覧ください。神の大いなる愛に神の子が報いることが語られます。報恩というと、人間の子が親に孝行するようなイメージですが、神と子の本質である光の属性に照らして考えると、光の性質は外に向かっての拡張であり、拡張先である子の第一の役目は、光の放射を遮らずに自らが生み...

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レッスン221「わが心に平安あれ。私のすべての思いが静まりますように」

レッスン221「わが心に平安あれ。私のすべての思いが静まりますように」

レッスン221です。今日からの特別解説1は「赦しとは何か」です。レッスンに入る前に一読してください。レッスンでは、1.での「私」は、個別の心としての私たちを指し、2.での「私」は、イェシュアの一人称としての私を指します。1.で、私たちは、個として神へのコミットメントを語り、2.で、私たちと神とを媒介するイェシュアの語りを介して神にアプローチします。...

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レッスン220(レッスン200の復習)

レッスン220(レッスン200の復習)

レッスン220です。今日はレッスン200の復習です。【序文】1.これからの復習では、私たちは毎日ひとつの考えだけを取りあげて、その考えをできるだけ頻繁に実践します。朝と夜に15分以上の時間を捧げるほかに、1日を通して1時間ごとにその日の考えを思い出すだけでなく、それらの合間にもできるかぎり、その考えを用いるようにしてください。これらの考えのうちの一つひとつだけでも、もしそれを真に学ぶことができたなら...

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レッスン208(レッスン188)

レッスン208(レッスン188)

レッスン208です。今日は、レッスン188の復習です。【序文】1.これからの復習では、私たちは毎日ひとつの考えだけを取りあげて、その考えをできるだけ頻繁に実践します。朝と夜に15分以上の時間を捧げるほかに、1日を通して1時間ごとにその日の考えを思い出すだけでなく、それらの合間にもできるかぎり、その考えを用いるようにしてください。これらの考えのうちの一つひとつだけでも、もしそれを真に学ぶことができたな...

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レッスン205(レッスン185)

レッスン205(レッスン185)

レッスン205です。今日は、レッスン185の復習です。【序文】1.これからの復習では、私たちは毎日ひとつの考えだけを取りあげて、その考えをできるだけ頻繁に実践します。朝と夜に15分以上の時間を捧げるほかに、1日を通して1時間ごとにその日の考えを思い出すだけでなく、それらの合間にもできるかぎり、その考えを用いるようにしてください。これらの考えのうちの一つひとつだけでも、もしそれを真に学ぶことができたな...

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    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
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    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
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    ワークブック・パート② (158)
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