fc2ブログ

There Is No Spoon

S2-3 救いのための祈り

S2-3 救いのための祈り

本節では、救いのための赦しは、私たちエゴではなくキリストがなすものなので、私たちがキリストの役割を奪わないように、キリストに全権を委ねる必要があることが語られます。助けや赦しが求められて必要な場面で私たちがなすべきことは、ただ「あなたの聖なる子である彼のために、私は何をすべきなのでしょうか。」と質問することだけです。兄弟から求められた助けに応え、また、その奥底で愛を求めながらも、彼が攻撃や非難とい...

2
T26-7 癒しの法則

T26-7 癒しの法則

今回は、テキスト第二十六章から「癒しの法則」という一節をご紹介します。すべての病気は分離を起源とする罪という想念から生じるので、分離が否認されれば、病気をもたらしていた罪という想念が癒されて正気に取って代わられるので、病気は消え去ります。病気という結果の原因は罪ですが、この因果関係に理性の光が当たって原因と結果とみなされないまま注意深く温存されるように、その関連性は自覚から隠されたまま保たれていま...

0
T26-2 多様な形態へのたったひとつの修正

T26-2 多様な形態へのたったひとつの修正

今回は、テキスト第二十六章から「多様な形態、たったひとつの修正」という一節をご紹介します。今回のテーマは「問題の解決」です。聖霊の解決の仕方は、知覚の仕方の誤りを修正するというやり方です。エゴは、間違って知覚したものを基盤にして、その土俵の上で解決を探そうとします。土台そのものが誤っているので、決して真の解決にはたどり着きません。これに対して、聖霊のやり方は、「問題」は知覚の仕方が間違っていたため...

0
T27-4 静かな答え

T27-4 静かな答え

今回はテキスト第二十七章から「静かな答え」という一節をご紹介します。本節では、すべての問題に対する答えは神聖な瞬間の中にあることが述べられます。この世界の問題はすべて分離幻想を根源に生まれます。そして、分離幻想に対する唯一の答えは、神の大いなる答えだけです。しかし、この世界は、分離幻想を維持するためにあるので、この世界の中でいかなる問題や疑問を抱いて解決策となる答えを探そうとも、真の答えからはぐら...

0
T31-2 キリストと歩む

T31-2 キリストと歩む

今回はテキスト第三十一章から「キリストとともに歩む」という一節をご紹介します。私たちには、他者との間で、自分が先導者になるか追随者になるかという選択肢しか見えていません。しかし、この選択肢は、お互いに足を引っ張り合い責任をなすりつけ合うだけで、神の下に至る旅路の目的からすれば、意味のない偽りの選択肢です。真の選択肢は、生命か死か、統合か分離か、聖霊かエゴか、愛か恐れか、という実在と実在の不在の間に...

0
T6-4 唯一の答え

T6-4 唯一の答え

今回はテキスト第六章から唯一の答えという一節をご紹介します。エゴとは分離によって生まれた想念であり、神に創造されて神と一体のままの神の子が、自分は創造主から分離して神の大いなる心の外にいる存在となったと信じ、自分が神とは分離した個別の隔絶した心だと信じる心の部分を代弁します。神の子が分離という錯覚によって自らの源から自分を切り離す狂気によって生み出した存在であるがゆえに、エゴには何も知ることができ...

0
ワークブック・エピローグ

ワークブック・エピローグ

ワークブックのエピローグです。お疲れさまでした!1日1レッスンの原則をちゃんと守ってこられた方はもちろん、まとめ読みをした方も、得るところはあったはずです。奇跡のコースは、1回読了したらそれでお終いという本ではありません。ワークブックをやり遂げたみなさんなら、多少は実感されていると思いますが、コースの思考体系は、この世界の物事、問題を快刀乱麻を断つがごとくにバッサバッサと解決してしまう痛快さを備え...

4
レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」

レッスン356です。「病気は罪の別名にほかならない。癒しは神の別名にほかならない。したがって、奇跡とは神に呼びかけることだ」が今日のレッスンです。まず、私とは何かをご覧ください。T26-7 癒しの法則が参考になると思います。実在するのは愛のみであり、愛の対概念は愛の不在に名前をつけた恐れです。実在する一者である大いなる愛を多様な側面から見ることで、切り取り方によって多様なその切り口次第で、神と呼んだり、...

0
レッスン267「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」

レッスン267「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」

レッスン267です。「私の胸は、神の平安の中で鼓動している」が今日のテーマです。まず、身体とは何かをご覧ください。今日のテーマは、身体を救済の道具、すなわち、私たちが正気を取り戻して自分が神の子であることに気づけるようになるための道具として位置づけるものです。奇跡のコースには、何かを抹殺して消去しようという観点がありません。分離幻想を維持する手段が悪さをする作用を発揮できないようにするための表現と...

0
レッスン232「わが父よ、一日中、私の心の中にいてください」

レッスン232「わが父よ、一日中、私の心の中にいてください」

レッスン232です。「わが父よ、一日中、私の心の中にいてください」が今日のテーマです。まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。私たちの本質である神の子は神とひとつであり、私たちは神の大いなる思いとして神の中にいます。したがって、そもそも本当の私たちには、神と異なる思いを心に抱くことなど不可能です。けれど、私たちは、エゴに従って個別の心が神とは違う意志を抱いて異なる思考をしている...

0
レッスン90「レッスン79と80の復習」

レッスン90「レッスン79と80の復習」

レッスン90です。今日のテーマは次のふたつです。[79] "Let me recognize the problem so it can be solved."「問題を解決できるように、私に問題を認識させてください」[80] "Let me recognize my problems have been solved."「私の問題はすでに解決されていると認識させてください」[序文]1.前回の復習期間後のレッスンについて毎日ふたつずつの考えを復習します。毎日の前半は、その二つのうちの一つの考えに、その日の後半...

0
C2 エゴ ー 奇跡

C2 エゴ ー 奇跡

用語解説から、「エゴー奇跡」をご紹介します。エゴは狂気の産物で幻想でしかない無なので、定義する必要もなければ、定義しようもないということが語られます。エゴは、すべての幻想と同じく、実在の不在に名前を付けた影でしかありません。ひとつの実在である愛をいろんな側面から見て、それを生命、平安、真理、知識等と呼びますが、主体的な側面からみると、実在するのは一なる霊である大いなる自己となります。この大いなる自...

0
レッスン80「私が自分の問題がすでに解決されていることを認識できますように」

レッスン80「私が自分の問題がすでに解決されていることを認識できますように」

レッスン80です。「私が自分の問題がすでに解決されていることを認識できますように」が今日のテーマです。昨日のレッスンから、文章の時制のことが気になっている方もいらっしゃると思います。問題は「すでに」解決されている、救済は「すでに」完了しているというふうにです。コースでは、すでに永遠においては神の子の救済は完了しているといいます。私たちは、恐怖映画や小説をハラハラドキドキしながら観たり読んだりします...

0
レッスン72「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ」

レッスン72「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ」

レッスン72です。今日のテーマは「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ」です。今日のレッスンでは、エゴの救済計画は、神の座を奪うためのもので、身体を道具として、個別の心が身体の中に幽閉されているように幻惑し、神の子の真の姿が見えないようにする計画であるということが丁寧に解説されています。かなり長いですが、しっかり読んでいただければと思います.今日のレッスンの中に出てくる重要な一...

0
レッスン27「何をおいても、私は見ることを望む」

レッスン27「何をおいても、私は見ることを望む」

レッスン27です。今日のテーマは「何をおいても、私は見ることを望む」です。ここで「見る」というのは、肉眼で見ることではなく、visionで見ることです。visionについては、そのまま「ヴィジョン」という訳語を使っていますが、肉眼に対応させる趣旨では「心眼」という呼び方も適切でしょう。「何をおいても、私は見ることを望む」というと、肉眼で見ることとの区別がつきにくいので、「何をおいても、私は真に見ることを望む」...

0
    未分類 (12)
    奇跡のコース (5)
    書籍 (4)
    朗読 (1)
    映画 (2)
    アフォリズム (11)
    教材 (3)
    ネット (1)
    テキスト (262)
    ┣  テキスト第1章(奇跡の意味) (7)
    ┣  テキスト第2章(分離と贖罪) (8)
    ┣  テキスト第3章(潔白な知覚) (7)
    ┣  テキスト第4章(エゴという幻想) (8)
    ┣  テキスト第5章(癒しと完全性) (8)
    ┣  テキスト第6章(愛のレッスン) (8)
    ┣  テキスト第7章(王国の贈り物) (11)
    ┣  テキスト第8章(戻りの旅路) (9)
    ┣  テキスト第9章(贖罪の受容) (8)
    ┣  テキスト第10章(病の偶像) (6)
    ┣  テキスト第11章(神かエゴか) (9)
    ┣  テキスト第12章(聖霊のカリキュラム) (8)
    ┣  テキスト第13章(罪なき世界) (12)
    ┣  テキスト第14章(真理のための教え) (11)
    ┣  テキスト第15章(神聖な瞬間) (11)
    ┣  テキスト第16章(幻想を赦す) (7)
    ┣  テキスト第17章(赦しと神聖な関係) (8)
    ┣  テキスト第18章(夢の消滅) (9)
    ┣  テキスト第19章(平安の達成) (9)
    ┣  テキスト第20章(神聖さのヴィジョン) (8)
    ┣  テキスト第21章(理性と知覚) (9)
    ┣  テキスト第22章(救いと神聖な関係) (7)
    ┣  テキスト第23章(自分自身との戦い) (5)
    ┣  テキスト第24章(特別であるという目標) (8)
    ┣  テキスト第25章(神の正義) (9)
    ┣  テキスト第26章(移行) (10)
    ┣  テキスト第27章(夢を癒す) (8)
    ┣  テキスト第28章(恐れを取り消す) (7)
    ┣  テキスト第29章(目覚め) (9)
    ┣  テキスト第30章(新たなる始まり) (8)
    ┗  テキスト第31章(最後のヴィジョン) (8)
    ワークブック・パート① (238)
    ┣  レッスン1〜10 (10)
    ┣  レッスン11〜20 (10)
    ┣  レッスン21〜30 (10)
    ┣  レッスン31〜40 (10)
    ┣  レッスン41〜50 (10)
    ┣  レッスン51〜60 (11)
    ┣  レッスン61〜70 (10)
    ┣  レッスン71〜80 (10)
    ┣  レッスン81〜90 (11)
    ┣  レッスン91〜100 (10)
    ┣  レッスン101〜110 (10)
    ┣  レッスン111〜120 (11)
    ┣  レッスン121〜130 (10)
    ┣  レッスン131〜140 (10)
    ┣  レッスン141〜150 (11)
    ┣  レッスン151〜160 (10)
    ┣  レッスン161〜170 (10)
    ┣  レッスン171〜180 (11)
    ┣  レッスン181〜190 (11)
    ┣  レッスン191〜200 (10)
    ┣  レッスン201〜210 (11)
    ┗  レッスン211〜220 (10)
    ワークブック・パート② (158)
    ┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
    ┣  レッスン221〜230 (10)
    ┣  レッスン231〜240 (10)
    ┣  レッスン241〜250 (10)
    ┣  レッスン251〜260 (10)
    ┣  レッスン261〜270 (10)
    ┣  レッスン271〜280 (10)
    ┣  レッスン281〜290 (10)
    ┣  レッスン291〜300 (10)
    ┣  レッスン301〜310 (10)
    ┣  レッスン311〜320 (10)
    ┣  レッスン321〜330 (10)
    ┣  レッスン331〜340 (10)
    ┣  レッスン341〜350 (10)
    ┣  レッスン351〜360 (10)
    ┗  レッスン361〜365 (3)
    マニュアル (42)
    心理療法 (13)
    用語解説 (8)
    祈りの歌 (15)