There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

レッスン80「私が自分の問題がすでに解決されていることを認識できますように。」

レッスン80です。今日のテーマは「私が自分の問題がすでに解決されていることを認識できますように。」です。昨日のレッスンから、文章の時制のことが気になっている方もいらっしゃると思います。問題は「すでに」解決されている、救済は「すでに」完了しているというふうにです。コースでは、すでに永遠においては神の子の救済は完了しているといいます。私たちは、恐怖映画や小説をハラハラドキドキしながら観たり読んだりしま...
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レッスン79「問題が解決できるように、私に問題を認識させてください。」

レッスン79です。今日のテーマは「問題が解決できるように、私に問題を認識させてください。」です。今日のレッスンは、分離という問題は本当はすでに解決しているのに、私たちが問題が解決されているということに気づいておらず、問題が認識されていないために、解決法も認識されていないといいます。この分離という唯一の問題が多様な形をとって現れていて、私たちには、その問題の一つひとつがまったくバラバラの別個の問題に...
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レッスン78「奇跡がすべての不平不満に取って代りますように。」

レッスン78です。今日のテーマは「奇跡がすべての不平不満に取って代りますように。」です。今日のレッスンは、インパクトがあるレッスンになると思います。自分を悲しませてきた不平不満を抱いている自分の敵だと思っている人物が自分の救い主だというのです。その人の経験してきたこと次第では、このレッスンはとてつもなく重いレッスンになることと思います。強い心の抵抗が生じるかもしれませんが、無理はせず、それでも、が...
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レッスン77「私には奇跡を受け取る資格がある。」

レッスン77です。今日のテーマは「私には奇跡を受け取る資格がある。」です。...
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レッスン76「私は、ただ神の法の下にある。」

レッスン76です。今日のテーマは「私は、ただ神の法の下にある。」です。この世界で、私たちが救われようとして信奉する「法則」は、身体を保護することに役立ちそうな法則です。このような法則によって、私たちは、雁字搦めになり、救済がありもしない場所で、それを探す羽目になります。このレッスンでは、身体の苦しみは、心が自分で自分自身を殺そうと攻撃して自分自身の敵になっていることを覆い隠すものであり、自分を身体...
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レッスン75「光がやってきた。」

レッスン75です。今日のテーマは、「光がやってきた。」です。今日のレッスンは、読んでいるだけで希望に満ち溢れてくるようなレッスンです。「光がやってきた」と単に言葉で理解しようとするのではなくて、実際に光が自分の心の底から輝きはじめて心を覆っていた闇や雲が強烈な光で蒸発するように消え去っていく様をイメージしてみるとよいと思います。形があったほうがイメージしやすいという場合は、このレッスンで「光」は聖...
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レッスン74「神の意志以外の意志などない。」

レッスン74です。今日のテーマは「神の意志以外の意志などない。」です。...
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レッスン73「私は光があるようにと意図する。」

レッスン73です。今日のテーマは「私は光があるようにと意図する。」です。...
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レッスン72「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ。」

レッスン72です。今日のテーマは「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ。」です。エゴの救済計画は、神の座を奪うためのもので、身体を道具として、個別の心を身体に幽閉されているように幻惑し、神の子の真の姿が見えないようにする計画であるということが丁寧に解説されています。かなり長いですが、しっかり読んでいただければと思います.今日のレッスンの中で重要な一文を抜粋します。「To be withou...
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レッスン71「ただ神の救済の計画だけがうまくいく。」

レッスン71です。今日のテーマは「ただ神の救済の計画だけがうまくいく。」です。救済のための計画には、神の計画とエゴの計画があるということが示されます。当然ながら、エゴの計画は成功しないように仕組まれていて、神の計画は成功します。ここ一連のレッスンで、不平不満がテーマになっていますが、エゴの計画は、不平不満を機軸に据えて、自分の外に救済を探すように目を向けさせて、期待が外れたら、その落ちた偶像を非難...
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