There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

M23 イエス・キリストの名前

今回は、マニュアル第23節をご紹介します。イェシュア、「イエス・キリスト」は癒しにおいて特別の役割を持つのかというテーマです。結論は、当然のことながら、「イエス」です。...
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レッスン32「私は自分の見ている世界をでっちあげた」

レッスン32です。今日のテーマは「私は自分の見ている世界をでっちあげた」です。私たちは、自分の外にある世界と自分の心の中(内側の世界)を別物として捉えています。これに対して、今日のレッスンは、両方とも、自分の想像の中に存在しているという考えを導入します。...
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レッスン31「私は、自分の見ている世界の被害者ではない」

レッスン31です。今日のテーマは「私は、自分の見ている世界の被害者ではない」です。ここ一連のレッスンは世界に関する知覚を逆転させようとするものです。昨日のレッスン30は、自分の好ましくないものを外に投影するのをやめて、自分の心の中に見つけたいものを外に見ようとするという新しい投影を用いようとしているということが説明されました。「神が自分の中にいる」という考えによって、エゴのスライドを外して、外の世...
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「師」アシュターヴァクラ・ギーター

今回は、アシュターヴァクラ・ギーターから、「師」という詩をご紹介します。...
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レッスン30「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ」

レッスン30です。今日のテーマは「神は、私の見るすべてのものの中にいる。なぜなら、神は私の心の中にいるからだ。」です。...
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T12-6 キリストのヴィジョン

ワークブックの参考にテキストから、キリストのヴィジョンについての一節をご紹介します。’the real world’は「実相の世界」という呼び方が一般的ですが、「真の世界」としてみました。しっくりこない方は「実相の世界」「本当の世界」「世界の真の姿」「現実の世界」等と置き換えてみてください。真の世界は、あくまでも神の現実ではない幻想のひとつですが、投影によって曇った誤った知覚によるこの幻想世界の背後にある正しい知...
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レッスン29「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」

レッスン29です。今日のテーマは「神は、私の見るあらゆるものの中にいる」です。今日の考え方は、明らかに汎神論的な宣言です。コースを学ばれている方には、神は、この幻想世界を創造しなかったし、この世界は神の子が悪夢として誤創造した瞬間に取り消してしまっているので、この世界と神とは関わりを持たないはずなんじゃないの?それなのに、世界の森羅万象の中に神が宿っているというのは、矛盾するんじゃないの?と疑問を...
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赦しってなに?

今回は、ワークブック第2部から赦しについての解説をご紹介します。「赦し」は奇跡のコースの概念の中でも、なかなか本当に理解することの難しいもののひとつです。赦しは、贖罪を実現するための手段です。贖罪も、赦しと同じように、その言葉が従来から持っている意味合いによる影響からの脱却が困難な概念です。赦しについて理解するうえで、赦しが手段として奉仕する目的である「贖罪」についての理解は欠かせません。参考に、...
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レッスン28「何にもまして私は物事を違ったように見たいと望む」

レッスン28です。今日のテーマは「何にもまして私は物事を違ったように見たいと望む」です。...
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復活2

マニュアル第28節「復活とは何か」の参考にテキストからいくつか抜粋してご紹介します。...
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レッスン27「何をおいても、私は見ることを望む」

レッスン27です。今日のテーマは「何をおいても、私は見ることを望む」です。...
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M28 復活とは何か

マニュアルから第28節の復活についてです。...
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レッスン26「私の攻撃的な思いが、私の傷つきようのない性質を攻撃している」

レッスン26です。今日のテーマは、「私の攻撃的な思いが、私の傷つきようのない性質を攻撃している。」です。今日のレッスンは、私たちが攻撃によって傷つきうる存在なのか、それとも、攻撃によっても傷つきようのない存在なのかを決めるのは、私たち自身の思いの結果であるということを理解することを目標にします。他者を攻撃することが可能であると信じると、自分を通して影響を及ぼせるものは、逆に、自分に対しても影響を及...
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「スピリット・ジャンキー―ミラクルワーカーとして生きる」 ガブリエル・バーンステイン

スピリット・ジャンキー―ミラクルワーカーとして生きる(2013/07/13)ガブリエル・バーンスティン商品詳細を見る新刊案内(7月13日) スピリット・ジャンキー―ミラクルワーカーとして生きる [単行本(ソフトカバー)]ガブリエル・バーンスティン (著), 香咲 弥須子 (翻訳), ティケリー裕子 (翻訳) ワークブックのシリーズの香咲さんたちの訳ということなので、期待できます。米アマゾンでKindle版とAudibleでの朗読音声が出てます...
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M26 直接、神に到達することはできるのか?

今回は、マニュアルから神への到達についての一節をご紹介します。マニュアルの紹介もだいぶ進んで、残すところ、あと数節だけになってきました。この節では、「神の教師たちの教師」について触れられています。彼らは、もはや目に見える存在ではないけれど、必要に応じて姿を現したり、言葉を伝えたりしてくれるということです。当然、イェシュアもそのような存在のひとりです。私たちのすべての存在のことを彼らは気づいており、...
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レッスン25「私は、何であれ物事が何のためにあるのかわかっていない」

レッスン25です。今日のテーマは「私は、何であれ物事が何のためにあるのかわかっていない」です。昨日のレッスンの自分にとっての最善の利益を知覚していないというテーマの続きです。現在のところ、エゴの観点から私たちが世界に割り当てている「個人的な」利益のせいで、私たちには、世界や世界の中の物事が何のためにあるのかわからなくなってしまっています。そこで、自分がエゴと一体化してしまっているせいで、このエゴの...
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レッスン24「私は、自分の最善の利益を知覚していない」

レッスン24です。今日のテーマは「私は、自分の最善の利益を知覚していない」です。解決を要する状況において、自分にとってどのような解決が最善か、私たちはわかっているようでいて、実はわかっていません。今回のレッスンのテーマには、「価値判断の重圧から解放されるには?」が参考になると思いますので、読んでみていただければと思います。...
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M3 教えることの段階とは?

マニュアルから第3節をご紹介します。教えのレベルとして、3つの段階が説明されています。1番目のレベルは、もっとも素朴なもので、電車で誰かの足を踏んでしまったというような出会いです。2番目のレベルは、教えることによって学ぶという関係がある程度の期間継続する場合です。3番目のレベルは、一生続く関係です。そして、このレベルについても、奇跡に序列がないのと同じく、程度差はなく、教えにレベルがあるという概念...
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レッスン23「攻撃的な思いを放棄することによって、私は自分の見ている世界から逃れられる」

レッスン23です。今日のテーマは「攻撃的な思いを放棄することによって、私は自分の見ている世界から逃れられる」です。...
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M2 生徒とは誰か

今回は、教師のためのマニュアルから第2節の生徒とは誰かについてをご紹介します。「God's Teacher speaks to any two who join together for learning purposes. 神の大いなる教師は、学ぶ目的のために一緒に結びついているどのような二人に対してであっても、語りかけます。」の「God's Teacher」(Tが大文字)は聖霊のことを、「two who join together for learning purposes」は神の教師と生徒を指しています。...
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レッスン22「私が見ているのは、復讐のひとつの形だ」

レッスン22です。今日のテーマは「私が見ているのは、復讐のひとつの形だ」です。...
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M22 癒しと贖罪は別のもの?

マニュアルから癒しに関連する最後の一節をご紹介します。癒しと贖罪の関係についての一節です。言葉のイメージとしては、癒しと贖罪は違うもののように感じますが、結論としては、癒しと贖罪は同じものだということです。赦すことが癒すことになると。そして、癒しは、誰が癒しを必要としているのか、それを神の教師が気づく結果として起こるということです。その誰かというのは、目の前の病人として見えているその人ではなく、教...
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レッスン21「私は、物事を違ったように見ることに決める」

レッスン21です。今日のテーマは「私は、物事を違ったように見ることに決める」です。冒頭の実習時間の指示のところが少しわかりにくいと思います。「This time, however, specific mind-searching periods are necessary, in addition to applying the idea to particular situations as they may arise.  とはいえ、今回は、特定の状況が起こるたびに、今日の考えをあてはめることに加えて、具体的に心の中を検索する時間を設...
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レッスン20「私は見ることに決める」

レッスン20です。今日のテーマは「私は見ることに決める」です。今日から、レッスンを実習する時間についての規律がこれまでよりも明確に定められるようになってきます。スマホのリマインダー・アプリなどを使って、指定された時間にポケットでアラーム機能で知らせてくれるように設定するなどするとやりやすいかもしれません。iPhoneを使っている方には、ACIM REMINDERがおススメです。その日のレッスンの指示するインターバル...
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M1 神の教師とは誰のことなのか?

今回は、教師のためのマニュアルから、神の教師は誰のことなのかというテーマについての一節をご紹介します。結論は、自分でそうなると決めた人であれば、誰でも神の教師になるということです。ただし、単なる自称「神の教師」ではなく、ただひとつの要件があるといいます。それは、次のようなものです。「His qualifications consist solely in this; somehow, somewhere he has made a deliberate choice in which he did not se...
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レッスン19「私の思考の結果を体験するのは、私だけではない」

レッスン19です。今日のテーマは「私の思考の結果を体験するのは、私だけではない」です。このブログを読んでくださっているみなさんのうち、ワークブックを実践されている方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?ブログ記事の中でも、読み物としては、ワークブックのレッスンは一見、面白みに欠けるのはたしかだと思います(もっとも、それは、レッスンを実際にやってみていないからで、実践してみると自分の心が変わる感覚を...
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M21 癒しにおける言葉の役割とは?

教師のためのマニュアルから、第21節をご紹介します。癒しにおける言葉の役割についての説明です。癒しを引き起こす要因は祈りであるので、内容的には、祈りにおける言葉の意味の説明にもなっています。この一節では、コースはこう言っているとして、引用されることの多い「They are thus twice removed from reality. したがって、言葉は、現実から二重に引き離されているのです。」との一文が出てきます。言葉と心の中での祈...
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レッスン18「私が見ることの結果を体験するのは私だけではない」

レッスン18です。今日のテーマは「私が見ることの結果を体験するのは私だけではない。」というものです。...
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