There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T31-5 二つの顔

Kinoさん、ご質問ありがとうございました。正しい自己中になるにはどうすればよい?についてのご質問です。質問:「①今回のテーマはとても身近に思えますが、本記事では『正しい意味で自己中心的になること』=『正しいセンタリング、すなわち、自分のアイデンティティーを真の自分である大いなる自己に置き直すこと』とあり、所謂この世界における『自己中』の定義(ワガママ)とは関連が一切ないようにも読め、掴みあぐねていま...
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レッスン48「恐れることなど何もない」

レッスン48です。今日のテーマは「恐れることなど何もない。」です。...
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テキストの通読が苦痛という場合

奇跡講座テキスト編、予想に違わず素晴らしい仕上がりですね(訳者の加藤 三代子さん、澤井 美子さん、本当にありがとうございます!!)とはいえ、意気込んで冒頭から読み始めたものの、ページ数に圧倒されて、読むのが苦しくなっている方もいらっしゃるかもしれません。一節ごとに関心を持って読めば、楽しくすら感じるものなのに、律儀に通読義務を自分に課してしまうと、苦行になってしまいかねません。このブログを読んでくだ...
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M4-8 神の教師の特性8(我慢強さ)

神の教師の特性の続きです。「我慢強さ」です。...
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レッスン47「神は力強い。神の力強さを私は信頼する」

レッスン47です。今日のテーマは「神は力強い。神の力強さを私は信頼する。」です。...
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M4-7 神の教師の特性7(寛大さ)

今回は、神の教師の特性の7つ目、「寛大さ」です。...
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レッスン46「神は大いなる愛だ。神の愛の中で私は赦す。」

レッスン46です。今日のテーマは「神は大いなる愛だ。神の愛の中で私は赦す。」です。...
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M4-6 神の教師の特性6(無防備)

今回は、神の教師の特性の続きで「無防備であること」です。...
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レッスン45「神は大いなる心だ。その神の心で私は考える。」

レッスン45です。今日のテーマは「神は大いなる心だ。その神の心で私は考える。」です。...
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M4-5 神の教師の特性5(喜び)

今回は、神の教師の特性の5つ目です。「喜び」です。...
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レッスン44「神は光であり、その光の中で私は見る。」

レッスン44です。...
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M4-4 神の教師の特性4(優しさ)

マニュアル第4節の続きです。「優しさ」です。...
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レッスン43「神は私の大いなる源だ。私は神から離れて見ることはできない。」

レッスン43です。...
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M4-3 神の教師の特性3(寛容)

マニュアル第4節の続きです。3つめの特性は「寛容」であることです。価値判断の重圧から解放されるには?が参考になると思います。...
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レッスン42「神は私の力だ。ヴィジョンは神からの贈り物だ」

レッスン42です。...
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M4-2 神の教師の特性2(正直さ)

今回は、昨日に続いて、教師のためのマニュアル第4節から、神の教師の特性の一つで、信頼に続く2つめの「正直さ」をご紹介します。StampGirl / Shutterstock.com...
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レッスン41「私がどこへ行こうとも、神が私と一緒に行ってくれる」

レッスン41です。...
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M4-1 神の教師の特性1(信頼)

今回は教師のためのマニュアルから第4節の一部をご紹介します。第4節は、神の教師の特性についての一節です。神の教師の備える次のような10の特性について説明されてゆきます。信頼 Trust正直さ Honesty寛容 Tolerance優しさ Gentleness喜び Joy無防備であること Defenselessness寛大さ Generousity我慢強さ Patience誠実さ Faithfullness開かれた心 Open-mindedness今回は、冒頭部分と最初の「信頼」をご紹介します。...
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レッスン40「私は神の子として祝福されている」

レッスン40です。今日のテーマは「わたしは神の子として祝福されている」です。...
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正しい自己中になるにはどうすればよい?

自己中心的というのは、一般的には悪いイメージで捉えられます。しかし、正しい意味で自己中心的になることは、むしろ必要なことです。レコードは円盤の中心に穴が開いているからこそ安定して回転します。私たちも、正しくセンタリングしない限り、ずれた穴を中心にして回転するレコード盤のようにブレてひずみ、エキセントリックな振る舞いが平気でできてしまうようになってしまいます。夢の主人公で述べましたが、私たちが、世界...
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レッスン39「私の神聖さは、私の救済だ」

レッスン39です。今日のテーマは「私の神聖さは、私の救済だ。」です。...
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レッスン38「私の神聖さにできないことなど何もない」

レッスン38です。今日のテーマは「私の神聖さにできないことなど何もない。」です。...
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真の探求者

今回は、アシュターヴァクラ・ギーターから「真の探求者」についての一節をご紹介します。まず、テキストから真理の探求についての箇所を抜粋します。...
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レッスン37「私の神聖さが世界を祝福する」

レッスン37です。...
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レッスン36「私の神聖さは、私の見る全てのものを包み込んでいる」

ワークブックのレッスン36です。今日のテーマは「私の神聖さは、私の見るすべてのものを包み込んでいる。」です。昨日のテーマは「私の心は神の心の一部だ。私はとても神聖だ」です。見る主体である私たちの心が神の一部である、そして、神の一部だけが有罪であるということはあり得ないのだから、私たちは神聖である、そして、私たちが神聖であるなら、私たちが物事を見る視覚も神聖なはずである、そうだとすれば、エゴがスライ...
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T18-6 身体という牢獄

今回は、テキスト 第十八章 六 「身体を越えて」という一節をご紹介します。この一節では、身体は牢獄に譬えられます。たしかに、エゴの見る世界では、他人は自分とは隔絶した身体であって、自分は身体という可動式の独房の中に閉じ込められていて、五官という小さな窓を介してしか外を見ることができない寂しい囚人であるということになります。独房に収容されていることに気づく前の記憶は消去され、自分が誰なのか、何の咎め...
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レッスン35「私の心は神の大いなる心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」

レッスン35です。今日のテーマは「私の心は神の大いなる心の一部だ。私はとても神聖な存在だ」です。今日のレッスンは、直接的に、私たちの自己イメージの修正を試みるものです。自分の中にある自分はこういう人間だという自己イメージを表す出来事や状況を言葉や文で表現して(たとえば、「私は、電車でお年寄りに席を譲りたくても恥ずかしくてそれができない臆病者だ」)、それに続けて、「そうだとしても、私の心は神の心の一...
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レッスン34「私は、これを見る代わりに、平安を見ることができる」

今日のレッスンは、昨日の「この世界を見る別の見方がある」の発展形です。...
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M-Intro 教師のためのマニュアル序文

今回は、教師のためのマニュアルの序文をご紹介します。この世界の常識では、教育とは、教師が一方的に生徒に教えを授けるものであって、教師の方が優れていて、劣っている生徒を引き上げてやるという関係性として考えられています。これに対して、マニュアルは、このような世界の常識は、本当の役割とは逆になっているといいます。この点は、すでに「神の教師とは誰のことなのか」「生徒とは誰か」において、教えることで学ぶ教師...
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レッスン33「この世界を見る別の見方がある」

レッスン33です。今日のテーマは「この世界を見る別の見方がある」です。...
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