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There Is No Spoon

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レッスン58(レビュー:レッスン36〜40)

レッスン58です。





今日は、レッスン36から40の復習です。

復習に入る前に日々のレッスンに取り組んでいた際には、その日のテーマが似た形で徐々に変化していることには気づかれてはいたとしても、各テーマのつながりまでは、はっきりとは意識されていなかったと思います。


レビューに入って、各テーマの補足説明の文と併せて読んで、復習に入るまでは、バラバラで結びついてはいなかった日々のレッスンが一連のレッスンとして見えてきて、こんなふうにつながっていたのか!と、改めて小さな感動を味わっていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。



一見、地味に思えてしまうワークブックへの取り組みですが、意気込んで取り組みはじめたはよいものの、ペースがつかめず、分量に圧倒されて、挫折してしまいがちなテキストに比べて(ここは以前にお話ししたような感じで、気負いすぎずにやればテキストも楽しくこなせるはずです)、1日1レッスンと推奨されるペースを守ることに決めさえすれば、たいした負担ではなくなります。

それはつまり、時間を味方にしたということです。

やることに決めたことを毎日欠かさずやりさえすれば、あとは、日々が過ぎて行くために私たちが何かをがんばるということはありません。

なんとか明日をやってこさせるために、明日を探しに狩りに出る必要も、おまじないをする必要もありません。

気がつけば、365日のレッスンは終わっていることでしょう。

そのころに、どれほど気づきが深まっているかは、そのときのお楽しみです。
淡々と肩の力を抜いて行きましょう。



では、復讐の序文からです。

[序文の要約]

注釈も含めて5つの考えを読むことから1日を始める。

そのあと、それらの5つの考えと注釈について考える際に、特定の順番に従う必要はないが、少なくとも1回は、それぞれの考えを実習する。

各実習時間には、2分以上は専念することにして、その考えと関連する注釈を読んだあと、それらについて考えてみる。

1日の間に、この練習をできるだけ頻繁に行う。

もし5つの考えのうちのどのひとつの考えであれ、ある考えがほかの考えよりも自分に訴えかけてくるように感じるなら、そのひとつの考えに集中する。

しかし、その日の終わりには、忘れずにそれら5つの考えのすべてをもう一度おさらいする。



実習時間には、一つひとつの考えに続く注釈を文字どおりに、あるいは、完全にこなそうとする必要はありません。

むしろ、その中核となるポイントを押さえて、そのポイントに関連する考えもそのテーマとなっている考えの復習の一部として考える。

考えと関連する注釈を読んだあとは、可能なら、ひとりきりになれる静かな場所で、目を閉じて練習する。




学びの目的は、自分が静寂をもたらせるようになり、苦悩や混乱を癒せるようになることなのだから、苦悩や混乱を避けて自分ひとりでいられる逃げ場を探し求めていたのでは、このような目的を達成することはできない。

したがって、すでに問題が収束した状況よりも、現に狼狽させられる状況でこそ、自分の学びを生かせるはずだ。




私たちはやがて、平安が自分の一部であり、自分の置かれたいかなる状況においても、その状況をまるごと受け入れる必要があるだけだと学び、そして、最終的には、自分のいる場所には一切の制約が存在しないので、自分がいるところならどこであれ、自分は平安でいられると学ぶことになる。



考えのいくつかは、復習の効果を上げるために、その元のレッスンで示されたままの形とは変えられているが、示されている形のまま使い、元の言葉に戻す必要はないし、元のレッスンの際に提案された通りに考えを適用する必要もない。



Workbook Lesson 58



Review of Lessons 36 – 40
レッスン36から40の復習



These ideas are for review today:
今日は、次のような考えを復習します。



1. [36]
 My holiness envelops everything I see.
 私の神聖さが私の見るものすべてを包みこんでいる。



 From my holiness does the perception of the real world come.
 私の神聖さから、真の世界の知覚が訪れる。

 Having forgiven, I no longer see myself as guilty.
 すでに赦しているので、私はもはや自分自身を有罪とはみなさない。

 I can accept the innocence that is the truth about me.
 私は、私が潔白であるという真理を受け入れることができる。

 Seen through understanding eyes, the holiness of the world is all I see, for I can picture only the thoughts I hold about myself.
 思いやりのこもった目を通して見ることで私に見えるのは、世界神聖さだけだ。というのは、私には、自分自身について抱く自分の思いしか描き出すことができないからだ。



2. [37]
 My holiness blesses the world.
 私の神聖さが世界を祝福する。



 The perception of my holiness does not bless me alone.
 私の神聖さを知覚することで、祝福されるのは私だけではない。

 Everyone and everything I see in its light shares in the joy it brings to me.
 神聖さの光の中で私の見るすべての人やすべての物事が、神聖な光が私にもたらしてくれる喜びを分かち合っている。

 There is nothing that is apart from this joy, because there is nothing that does not share my holiness.
 この喜びから切り離されているものなど何もない。なぜなら、私の神聖さを共有しないものなど何ひとつないからだ。

 As I recognize my holiness, so does the holiness of the world shine forth for everyone to see.
 私が自分の神聖さに気づくにつれて、世界の神聖さも、誰にでも見えるように輝き出す。



3. [38]
 There is nothing my holiness cannot do.
 私の神聖さにできないことは何もない。



 My holiness is unlimited in its power to heal, because it is unlimited in its power to save.
 私の神聖さには、無限に癒す力がある。なぜなら、私の神聖さは無限に救う力を持っているからだ。

 What is there to be saved from except illusions?
 幻想以外の何から救い出される必要があるだろうか。

 And what are all illusions except false ideas about myself?
 そして、あらゆる幻想は、私自身についての偽りの想念以外の何だというのだろうか。

 My holiness undoes them all by asserting the truth about me.
 私の神聖さが、私についての真理を宣言することによって、それらの幻想をすべて取り消してくれる。

 In the presence of my holiness, which I share with God Himself, all idols vanish.
 私が神自身と分かち合う私の神聖さを前にして、すべての偶像は消え去る。



4. [39]
 My holiness is my salvation.
 私の神聖さこそが、私の救済だ。



 Since my holiness saves me from all guilt, recognizing my holiness is recognizing my salvation.
 私の神聖さが私をあらゆる罪悪感から救ってくれるので、自分が神聖だと認めることは自分が救われることを承認することなのだ。

 It is also recognizing the salvation of the world.
 自分の神聖さを認めることはまた、世界救済されることを承認することでもある。

 Once I have accepted my holiness, nothing can make me afraid.
 ひとたび私が自分の神聖さを受け入れたなら、何ものも私を脅かすことはできなくなるからだ。

 And because I am unafraid, everyone must share in my understanding, which is the gift of God to me and to the world.
 そして、私が恐れないがゆえに、誰もが、この私の理解を分かち合うに違いない。それは神から私と世界への贈り物なのだ。



5. [40]
 I am blessed as a Son of God.
 私は、神の子として祝福されている。



 Herein lies my claim to all good and only good.
 私が神の子として祝福されていることにこそ、私にすべての善良なもの、ただ善きものだけを求める資格がある理由だ。

 I am blessed as a Son of God.
 私は、神の子として祝福されている。

 All good things are mine, because God intended them for me.
 すべての良い物事は私のものだ。なぜなら、それらが私のものとなることを神が意図したからだ。

 I cannot suffer any loss or deprivation or pain because of Who I am.
 私は神の子であるがゆえに、私には、どのようなものであれ、何かを無くしたり、奪われたり、痛みを味わったりして悩み苦しむということはできない。

 My Father supports me, protects me, and directs me in all things.
 私の大いなる父は、私を支え、私を守り、そして、万事において私を導いてくれる。

 His care for me is infinite, and is with me forever.
 神は限りなく私のことを気にかけてくれており、神の配慮は永遠に私とともにある。

 I am eternally blessed as His Son.
 私は、神の子として、永遠に祝福されている。


名称未設定

それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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