There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

母の日

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もうすぐ、母の日です。

こうしたイベントごとに振り回されるのを嫌う人もいますが、聖霊が時間や世界を学習の道具として活用するように、何事も学びの機会として用いることができます。

普段から親しいし、却って気を遣わせるからいいという方もいるでしょう。
また、折り合いが悪く疎遠だという方や中には幼いころに傷を負う思いがあって接点を持ちたくないという方もいらっしゃるでしょう。
また、贈りたくても既に他界されているという方もいらっしゃるでしょう。

気持ちが追いついていかなくても、とにかく何かしてみるということは変化を起こす第一歩です。
電話一本かけるなり、お花を贈るだけでも十分です。

抵抗感を感じるなら、聖霊に贈り物をするために、お母さんの中にいる聖霊に捧げるという通路を使わせてもらうと考えてもよいでしょう。

亡くなったお母さんを思い出して、楽しかったことを思い浮かべたり、お仏壇に好きだった何かをお供えするだけでも立派な贈り物です。

※テキスト 第二十二章 六 神聖な関係の光
「9. あなたの父が愛しているものを、思いやりをもって見つめることは、ただ、万物を祝福するということにならないでしょうか。

 赦しを拡張することは聖霊の役目です。

 これは聖霊に任せればいいのです。

 あなたは拡張してもらえるものを聖霊に渡すことだけを心掛けるようにしてください。

 聖霊には使えないような暗い秘密を守ろうとせずに、聖霊がどこまでも拡張できるような小さな贈り物を捧げることです。

 聖霊はその一つひとつを、平安への有効な力としてくれることでしょう。

 聖霊が、それに祝福を与えずにいることはないし、どのようにも制限するようなことはありません。

 聖霊は神に授けられた力を全てそれに加え、小さな愛の贈り物を一つ残さず、みんなを癒すための源とするつもりです。

 あなたが兄弟に小さな贈り物を差し延べる度に、それがこの世界を明るくするのです。

 闇のことを心配せずに、そこから目を背けて自分の兄弟の方を見てください。

 そして、光を知る存在に闇など追い払ってもらいなさい。そうして、信頼と自信に満ちた静かな微笑みをその光でそっと照らしてもらった上で、兄弟を祝福するがよいでしょう。」

※テキスト 第七章 七 王国の全体性
「1. あなたがある兄弟を祝福することを拒む度に、あなたは自分が拒絶されたように感じます。なぜなら、拒絶することは愛することと同じく、全面的なことだからです。

 神の子の一部の者だけを拒むことは、部分的に愛することが不可能なのと同じように不可能なことです。

 同じように、ある時だけ全面的に愛するということも不可能です。

 あなたは、時々、全面的に身を投じるということはできないのです。

 拒否することそれ自体には何の力もありません。しかし、あなたは、限界のない自分の心の力を拒否することに与えることができます。

 もしあなたがその力を現実を否定するために使えば、あなたにとっては現実はなくなります。

 現実を、部分的にだけ認識するということはできません。

 だから、いかなる部分であれ現実を少しでも否定すれば、それは、あなたが現実についての自覚を全面的に喪失したことを意味します。

 しかし、拒絶は防御なので、拒絶は否定的に用いられることができるのと同じように、肯定的に用いられることもできます。

 拒絶は、否定的に使われると破壊的になります。なぜなら、拒絶が攻撃のために使われるようになるからです。

 しかし、拒絶が聖霊に奉仕するときには、拒絶は、あなたが現実の一部を見分けることを助け、それによって、あなたが現実全体の真価を認めることを助けてくれます。

 心は極めて強力であるがゆえに、心が排除されることはありません。

 あなたは自分の思いから自分自身を排除することなど絶対にできないのです。」

※テキスト 第十二章 一 聖霊の審判
「10. もしあなたがこの世界の現実である愛を見たいなら、愛に逆らう防衛の一つひとつの裏側には愛への哀訴が潜んでいると気付くこと以上によい方法などあるでしょうか。

 そして、愛の実在について学ぶために、愛を求める訴えに愛を与えることによって答える以上によく学べる方法などあるでしょうか。

 恐れについての聖霊の解釈が、恐れを払拭します。というのも、真理についての自覚が否認されるはずがないからです。

 かくして、聖霊は、恐れを愛に置き換え、誤りを真理へと翻訳します。

 また、そうすることで、あなたは聖霊から、あなたの分離の夢を統一という真実に置き換えるやり方を学ぶことになります。

 というのは、分離は、統一を単に否認することにすぎないので、分離が正しく解釈されれば、統一こそが真実であるという、あなたの永遠の知識を立証することになるからです。」


※テキスト 第二十章 三 適応という罪
「11. あなたが自分の兄弟に贈り物を与えたことで、私たちが一つに結ばれる時は近いと私は確信しました。

 だから、私とこの確信を分かち合い、この確信が正しいということを知ってもらいたいのです。

完璧な愛には恐れなどありません。なぜなら、完璧な愛は罪を知らないし、そして、自らを見るように他の者をも見るに相違ないからです。

 その内面を思いやりをもって見つめるなら、外において何を恐れることがあるでしょうか。

 潔白な者は安全だと分かっているし、心が清らかな者は、神の子の中に神を見て、神の子が自分たちを父の許へ導いてくれるものと頼りにします。

 そして、彼らの行き着く先が、彼らの望んだ場所以外であるということなどあり得ません。

 今こそ、あなたは自分の兄弟と共に、他の者を父の許へと導くことになります。それは神が子を神聖に創造し、その神聖さをそのまま保ったのと同じくらい確かなことです。

 あなたの兄弟の内にこそ、あなたが不滅であるという神の永遠の約束を示す光があります。

 兄弟のことを罪のない者として見てください。そうすれば、あなたには何も恐れることなどないでしょう。」


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