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レッスン63「私の赦しを通じて、世界の光がすべての心に平安をもたらす」

レッスン63です。

今日のテーマは「私の赦しを通じて、世界の光がすべての心に平安をもたらす」です。




4「Remember that God's Son looks to you for his salvation.
 神の子は自分の救いのために、あなたを頼みにしていることを忘れないでください。

 And Who but your Self must be His Son?
 そして、あなたの真の自己以外のほかの誰が神の子だというのでしょうか。」

奇跡のコースが私たちに学ばせようとしている(正確には、間違って学んだこの世界での学習成果を捨て去って忘れることによって、本来の状態を思い出すこと)のは、私たちが神の子であるということです。

どうしても、私たちは、これまでこの世界で教え込まれて身につけてきた、自分の外にある情報を自分の内に取り入れて自分の思考体系の一部に組み込むという学び方にとらわれてしまいます。


別の記事でも触れましたが、エミュレーション、仮想マシン(VM:Virtual Machine(バーチャル・マシーン))が参考になります。エミュレーションとは、ある装置やソフトウェア、システムの挙動を別のソフトウェアなどによって模倣し、代替として動作させることを言います。
例えば、Mac OSでエミュレーション用のアプリを用いて、ウインドウズ OSを作動させるようなことです。

高性能なコンピュータにはこのような仮想は容易にでき、屋上屋を架すようにして、何層も仮想することすらできます。

私たちは、本来の自己である神の子が自分を細分化して作り出したアバターの中に隠れんぼしているわけですが、このアバターVMのように自分を分離したエゴ・身体であると堅く確信したままで、奇跡のコースという自分の外部の本から来た、みんなが一体となった神の子が自分の本質であるという情報を記憶の中に堅持するまで学習することはできます。

人の心はコンピュータほど厳密な論理性、規則性はないので、コンピュータのVMのように、入れ子構造の内側の箱の中で起こる出来事は絶対に外側の箱には影響しないという理屈通りには働きません。
ですので、鰯の頭も信心からというように、最初は単なる外部から情報を取り込むというスタンスであっても、徹底的に繰り返していくと、効果が生じないではありません。

すなわち、自分の心の中の真理の上に虚偽の自己像のかさぶたが被さっていて、真理の描く模様とは違う表面のかさぶたの模様が本物のように見えているというイメージでいうと、そのかさぶたの上にさらに、かさぶたの下の真理の模様と同じ模様を描く膜を被せるような感じでVMを行うと、ぷよぷよで同じ色の玉が重なると上下の球が消滅するような感じで、真理と適合するエミュレーションを行った分野について、かさぶたが剥がれ落ちるようなこともあり得なくはないように思います。

けれども、この世界の外部から情報を取り込むスタンスでの学習で自分たちの本質が神の子であるという情報を繰り返して頭に叩き込むことは多くの場合は無意味で徒労に終わるし、少なくとも、効率的ではないでしょう。

むしろ学習の概念をコースの言うように逆転させて、すべてを忘れるために学ぶという心構えをとることです。その心構えそれ自体が、自分だと思い込んでいる自分は、自ら作り出した偽の自己であると見極め、エゴ・身体に自己同一化している状態を解消することになります。


さて、本レッスンで「Remember that God's Son looks to you for his salvation.
 神の子は自分の救いのために、あなたを頼みにしていることを忘れないでください。」
というときの「あなた」とは、エゴ・身体としての私たち、個別的自己としての個人を指します。

この個人としての人格であるアバターである人間の「あなた」の「真の自己」が神の子であり、神の子の救いは人間としてのあなた次第だということです。

けれども、そう言われても、私たちは、自分と同じ人間が何十億人もいて、ちっぽけな自分に神の子の救いがかかっているわけがないし、仮に自分たち全員に責任があるとしても、自分たちの中の誰か、自分よりも能力や意欲が勝る誰かがやってくれるはずで、自分はそんな面倒なことには関わりたくない、というように感じます。

まるで、政治問題なんて政治家に任せておけばいい、選挙に行ったって、自分の一票なんてたくさんの票の中に埋もれるだけで、民主主義なんて民衆に政治参加しているという錯覚を与えるための幻想でしかないと嘯いている若者のようです。

でも、自分が大衆の中に埋もれて自分の相対的重要性が希釈されてしまうように感じる感覚は正しいのでしょうか。
分母が大きくなればなるほど、自分の価値は低下するのでしょうか。

世界が100人しかいない村だったら、その中の一人である自分には価値があるけれど、地球上に70億人いたら、100人の場合よりも、個人の価値は小さくなるということが言えるのでしょうか。

この自己の断片化、細分化は、確かに、分離幻想、エゴにとっての強力な武器ではあります。

けれど、幻想、錯覚でしかないなら、幻が100個だろうが70億個だろうが、それが幻で意味がないことはどちらも同じです。
意味が違うことになるのは、それらを比較する場となる世界、これまた幻想ですが、世界という幻想が確固として存在することを前提事実として受け入れた場合だけです。

したがって、100分の1の私であろうと、70億分の1の私であろうと、分母がどれだけ大きな数になるかはまったく意味はないということになります。

それに対して、その分母となる人数が何人であろうと、各人がまったく同じように「私」という現象を体験しており、この私現象が各人のアバターというかさぶたのフィルターを通して多様な作用を果たしはするものの、どの「私」にも自らの真の自己が神の子であることを思い出す力があることには大いに意味があります。







Workbook Lesson 63

The light of the world brings peace to every mind through my forgiveness.
私の赦しを通じて、世界の光がすべての心に平安をもたらす。





The light of the world brings peace to every mind through my forgiveness.
私の赦しを通じて、世界の光がすべての心に平安をもたらす。



1. How holy are you who have the power to bring peace to every mind!
 すべての心に平安をもたらす力を持っているとは、あなたはなんと神聖な存在なのでしょう。

 How blessed are you who can learn to recognize the means for letting this be done through you!
 自分を通じてみんなの心に平安がもたらされるようにする方法を学べるというのだから、あなたはなんと祝福されていることでしょう。

 What purpose could you have that would bring you greater happiness?
 あなたにこれ以上すばらしい幸せをもたらすような、どんな目的がありうるでしょうか。



2. You are indeed the light of the world with such a function.
 あなたは本当にそのような役目を持った世界の光なのです。

 The Son of God looks to you for his redemption.
 神の子は、自らの救済をあなたに託しています。

 It is yours to give him, for it belongs to you.
 救済はあなたのものなので、あなたは自分の救済を神の子に与えることができます。

 Accept no trivial purpose or meaningless desire in its place, or you will forget your function and leave the Son of God in hell.
 救済の代わりに、取るに足らない目的や意味のない願望を何ひとつ受け入れてはなりません。さもないと、あなたは自分の役目を忘れて、神の子を地獄に置き去りにすることになってしまいます。

 This is no idle request that is being asked of you.
 このようにあなたに求めることは、無意味な頼みではありません。

 You are being asked to accept salvation that it may be yours to give.
 救済を受け入れることがあなたに求められているのは、あなたが救済を得て与えられるようになるためなのです。



3. Recognizing the importance of this function, we will be happy to remember it very often today.
 救済を受け入れるというこの役目の重要性を認めて、私たちで今日は、本当に頻繁にこのことを喜んで思い出しましょう。

 We will begin the day by acknowledging it, and close the day with the thought of it in our awareness.
 救済を受け入れるという役目の重要性を承認することで1日を始め、そして、その思いを自覚しながら1日を終えましょう。

  And throughout the day we will repeat this as often as we can:
 そして、1日を通して、次の言葉をできるだけ頻繁に繰り返すことにします。


The light of the world brings peace to every mind through my forgiveness.
私の赦しを通じて、世界の光がすべての心に平安をもたらす。

I am the means God has appointed for the salvation of the world.
私こそが、世界の救済のために神が任命した使者なのだ。



4. If you close your eyes, you will probably find it easier to let the related thoughts come to you in the minute or two that you should devote to considering this.
 1、2分をこの考えのために費やすに際しては、目を閉じたほうが、おそらく関連する思いが自分の中に浮かんでくるのが容易になるとわかるでしょう。

 Do not, however, wait for such an opportunity.
 とはいえ、そのような機会が訪れるのを待っていてはなりません。

 No chance should be lost for reinforcing today's idea.
 今日の考えをより確固たるものにする機会を決して逃さないようにしてください。

 Remember that God's Son looks to you for his salvation.
 神の子は自分の救いのために、あなたを頼みにしていることを忘れないでください。

 And Who but your Self must be His Son?
 そして、あなたの真の自己以外のほかの誰が神の子だというのでしょうか。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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Comments 1

Kino

[赦し]の意義読解はそう困難ではなかったですけど、ワークブックでの落とし込みとなると、とたんに心が抵抗しているのが分かります。欠乏感が、[光]を、前の記事でいう[偶像]に思わせてしまう感じです。kenさん、アドバイス頂けないでしょうか?

2013-08-15 (Thu) 16:30 | EDIT | REPLY |   

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