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There Is No Spoon

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レッスン68「愛は一切の不平不満を抱かない」

レッスン68です。

今日のテーマは「は一切の不平不満を抱かない」です。







分裂している私たち個別の心にとってはすべてが不満です。

この不平不満を抱くことが、私たちに本当の自分を忘れさせたままにさせていることに気づき、不平不満を去らせるようにするのが今日のレッスンです。

によって創造された神のひとり子には他者というものがなく、完全で欠けるところなく、満ち足りていて、不平不満を抱きようがありません。

しかし、この神の子は、自分を無数に断片化し、エゴ・身体というアバターが自分であると偽りのアイデンティティーを抱いて自らこの幻想世界に囚われています。


私たちは、自分が楽に歩く邪魔になるなら、植物や虫を踏み潰してもまったく気にすることすらありません。動物でも同じように扱ってしまえる人も多くいます。

人間でも、赤の他人であれば、積極的に自分に害を加えてこなくても、ただ顔や雰囲気が気に入らないというだけで、平気で非難したり見捨てたりできてしまいます。

情をかけている友人・知人・家族であれば、多少迷惑をかけられても、世話を焼いてあげられます。

自分の児ともなれば、自分に対して怒って攻撃してきても受け流して情を注ぐことができます。

自分の体となれば、隣で見知らぬ誰かが死にかけていても、自分の小指の傷のほうを心配します。

エゴ・身体というアバターへの同一化を踏まえれば、このように感じることはきわめて自然なことですし、この世界でよりよくアバターを維持するためには、必要なことでもあります。

コースのサンシップについての捉え方次第では、みんなが一体となったものが神の子なのだから、万人を自分とみなさなければならない、と考えて、他者よりも自分を優先するのは間違っていると発想して、自分を犠牲にしてでも、自分と他者を区別しない博主義者として振る舞おうとする人もいるでしょう。

けれども、人として健康に生きているかぎり、自分のアバターと他のアバターとの区別がつくのがむしろ健全な個人意識であり、本気で自分と他者との重要性の区別がつかない状態にあるとすれば、それは、究極の自己欺瞞状態か、精神疾患のひとつである現実感消失症等の何らかの病んだ状態に陥っているということです。

それでも、イェシュアをはじめとする聖者たちが博主義的な発想、行動を当たり前のこととしてとっていたというのもまた紛れもない事実です。

イェシュアは病気や狂気だったのでしょうか?

この世界の評価で言えば、イェシュアはマトリクスで言うアノマリーであり、当然、病気で狂気の極致のような存在ということになります。

たしかに、現実感消失症の患者に劣らないどころか、それ以上徹底的に、イェシュアには自他の区別は存在しませんでした。

ただし、イェシュアの自他一体感は、世界についての真理、自己についての真理に裏打ちされた究極の現実認識に基づくものであり、病、歪曲、誤りとは正反対の真の正気、健康、公正、正確さを表すものです。

すなわち、はたらく細胞で言えば、イェシュアは、自分が出会う赤血球や血管壁、緒臓器といった自分を取り巻く世界が構成する人体を持つ魂が自分たちの本質であると気づいた1白血球細胞のような存在だったのであり、魂にとっては、自分の持つ人体内を覗く覗き窓、カプセル内視鏡のような位置づけになります。

この1白血球細胞からすれば、人体内の他の細胞たちは、一様に、同じひとつの魂を平等に分かち合って宿す尊い存在です。

しかし、他の細胞たちが自分たちがバラバラの生命を個別に持ち、利害もバラバラで競争する敵同士であると唱導する思想に染まってがん細胞化しはじめている局面では、1白血球細胞にとっては、自分と同じような真実を知る細胞たちが力を合わせて、がんの蔓延を食い止めることが使命となります。

自分のアバターと他のアバターの区別がつかなくなることには、自分のアバターが白血球なのか赤血球なのか判別もつかず、自分の持って生まれた才能を発揮して使命を果たすことはままなりません。

このような幻想世界内での自分の立ち位置を見失わないためにも、アバターとしての自他の区別をつける感覚を失うわけにはいきません。

ただし、それはあくまでも使命を果たすために道具としてのアバターを活用するためであって、自分の本質はアバターではなく、人体にとっての魂、この世界の人間にとっての神の子であるというアイデンティティーの感覚は、とことん徹底したものであらねばなりません。

それは、マトリックスでエージェント・スミスがマトリックス内の住人の誰にでも憑依できたのと同じくらい、神の使者としての役目を果たすためのアバターとして代わりになるアバターはいくらでもいるという冷徹な事実を、むしろ福音として受け入れられるくらいの境地であるべきでしょう。

つまり、イェシュアその人はたしかに素晴らしい存在であることは紛れもない事実であるとしても、イェシュアを神格化するのではなく、むしろ万民がイェシュアと同じようにキリストとしての本質を顕現しうると捉えるくらいでなければ、アバターの中でも真理へのアクセス能力に上下の序列が存在すると捉えていることになります。

とても入り組んだ説明で混乱してしまうと思いますが、端的に言えば、表面的に博愛精神を実践するのは、浅薄な自己欺瞞で悪平等を実践する偽善でしかなく、人体に置き換えれば、がん細胞になるのと変わりがない、むしろ、万民が兄弟で本質が神の子として自分自身であるという真理を認識しつつも、健全な自他の区別は弁えて、自他の内なる聖霊の声が響きあうように各自のなすべきことをなすということです。






Workbook Lesson 68


Love holds no grievances.
は一切の不平不満を抱かない。





Love holds no grievances.
は一切の不平不満を抱かない。



1. You who were created by love like itself can hold no grievances and know your Self.
 によってと同じものとして創造されたがゆえに、あなたは、少しでも不平不満を抱くなら、自分の真の自己を知ることはできません。

 To hold a grievance is to forget who you are.
 不平不満を抱くことは自分が誰なのか忘れることだからです。

 To hold a grievance is to see yourself as a body.
 不平不満を抱くことは、自分自身を身体として見ることだからです。

 To hold a grievance is to let the ego rule your mind and to condemn the body to death.
 不平不満を抱くことは、エゴが自分の心を支配することを許して、身体を死に追いやることだからです。

 Perhaps you do not yet fully realize just what holding grievances does to your mind.
 たぶんあなたは、不平不満を抱くことが自分の心にどんな影響を及ぼすのか、まだ完全には理解していないはずです。

 It seems to split you off from your Source and make you unlike Him.
 不平不満を抱くことは、あなたを自らの大いなる源から切り離し、あなたを自らの源である神とは似ても似つかぬものへと変えてしまうように見えます。

 It makes you believe that He is like what you think you have become, for no one can conceive of his Creator as unlike himself.
 不平不満を抱くことで、あなたは、自分が成り果てたとあなたが思っているものと神は同じようなものだと信じるようになります。というのも、自分の創造主のことを自分自身と似ても似つかぬ存在として想像することは、誰にもできないからです。



2. Shut off from your Self, which remains aware of Its likeness to Its Creator, your Self seems to sleep, while the part of your mind that weaves illusions in its sleep appears to be awake.
 あなたの大いなる自己は、自らの創造主と自分が同じであることを自覚し続けているのですが、この大いなる自己から切り離されると、あなたの大いなる自己は眠りこんで、反対に、あなたの大いなる自己の眠りの中で幻を紡ぐあなたの心の一部分のほうが目を覚ましているように思えます。

 Can all this arise from holding grievances?
 不平不満を抱くことで、このようなことすべてが生じうるというのでしょうか。

 Oh, yes!
 もちろん、その通りです。

 For he who holds grievances denies he was created by love, and his Creator has become fearful to him in his dream of hate.
 なぜなら、不平不満を抱くその人は、彼がによって創造されたことを否認し、彼の見る憎しみの中で、彼の創造主は彼にとって恐ろしい存在となってしまっているからです。

 Who can dream of hatred and not fear God?
 誰が憎しみを見ながら、神を恐れずにいられるでしょうか。



3. It is as sure that those who hold grievances will redefine God in their own image, as it is certain that God created them like Himself, and defined them as part of Him.
 不平不満を抱く者たちが、神を自分自身の姿に似せて定義し直そうとするのは間違いありません。それは、神が彼らを神自らに似せて創造し、彼らを神の一部として定義したのと同じくらい確かなことです。

 It is as sure that those who hold grievances will suffer guilt, as it is certain that those who forgive will find peace.
 不平不満を抱く者が罪悪感に悩み苦しむのは間違いありません。それは、赦す者が平安を見出すのと同じくらい確かなことです。

 It is as sure that those who hold grievances will forget who they are, as it is certain that those who forgive will remember.
 不平不満を抱く者たちが自分が誰なのか忘れてしまうのは間違いありません。それは、赦す者たちが自分が誰なのか思い出すことになるのと同じくらい確かなことです。



4. Would you not be willing to relinquish your grievances if you believed all this were so?
 もしこれらが本当にその通りだと信じられたとしたら、あなたは喜んで自分の不平不満など手放す気になるのではないでしょうか。

 Perhaps you do not think you can let your grievances go.
 おそらくあなたは自分には、自らの不平不満を去らせることなどできないと思っているかもしれません。

 That, however, is simply a matter of motivation.
 しかしながら、それは単純に意欲の問題でしかありません。

 Today we will try to find out how you would feel without them.
 今日、私たちは、不平不満を持たなければ、自分がどのように感じるか見出すことを試みます。

 If you succeed even by ever so little, there will never be a problem in motivation ever again.
 もしあなたが、これまでよりほんのわずかでも成功したら、もう二度とやる気の面で問題が生じることはなくなるでしょう。



5. Begin today's extended practice period by searching your mind for those against whom you hold what you regard as major grievances.
 今日の長いほうの実習時間は、自分の心の中で、自分が最も大きな不平や不満を抱いていると考えている人物を探すことから始めてください。

 Some of these will be quite easy to find.
 このような不平不満なら、実に簡単にいくらでも見つけられるはずです。

 Then think of the seemingly minor grievances you hold against those you like and even think you love.
 それから、あなたの好きな人やしていると思ってすらいる人たちに対して、あなたが抱いている表面的には些細に見える不平不満について考えてみてください。

 It will quickly become apparent that there is no one against whom you do not cherish grievances of some sort.
 すぐに、自分が何かしらの不平不満を抱いていない人物など、誰ひとりいないことが明らかになるでしょう。

 This has left you alone in all the universe in your perception of yourself.
 あなたが誰に対しても不平不満を抱くことが、あなたに自分自身のことを、全宇宙の中でひとりきりの孤独な存在だと思わせてきたのです。



6. Determine now to see all these people as friends.
 今こそ、これらの人物たち全員を友人として見ることに決めてください。

 Say to them all, thinking of each one in turn as you do so:
 一人ひとりのことを順に思い浮かべながら、次のように全員に告げてください。


I would see you as my friend, that I may remember you are part of me and come to know myself.
私はあなたのことを友として見たいと思います。そうすれば、私は、あなたが自分の一部であることを思い出して、自分自身のこともわかってくるはずです。


 Spend the remainder of the practice period trying to think of yourself as completely at peace with everyone and everything, safe in a world that protects you and loves you, and that you love in return.
 残りの実習時間は、あなたのことを愛して守ってくれて、あなたもそれに応えて愛する世界の中で安全に、自分自身がすべての人たちやすべての物事とともに完全に平安な状態にあるものとして考えるようにして過ごしてください。

 Try to feel safety surrounding you, hovering over you and holding you up.
 安全が自分の周りを取り囲んで、あなたを覆い、支えてくれているのを感じるようにしてください。

 Try to believe, however briefly, that nothing can harm you in any way.
 たとえ短い時間でもかまわないので、いかなる方法をもってしても、何ものも自分を傷つけることなどできないと信じるようにしてみてください。

 At the end of the practice period tell yourself:
 実習時間の終わりには、次のように自分に言い聞かせてください。


Love holds no grievances.
愛は一切の不平不満を抱かない。

When I let all my grievances go I will know I am perfectly safe.
私が自分の不平不満のすべてを去らせたとき、私は自分が完全に安全だと知るだろう。



7. The short practice periods should include a quick application of today's idea in this form, whenever any thought of grievance arises against anyone, physically present or not:
 短いほうの実習では、物理的にその人物が目の前にいようがいまいが、誰かに対して何らかの不平不満の思いが生じるたびに、すぐに今日の考えを次のような形で適用するようにしてください。


Love holds no grievances.
愛は一切の不平不満を抱かない。

Let me not betray my Self.
私が自分の真の自己を裏切ることがありませんように。


 In addition, repeat the idea several times an hour in this form:
 これに加えて、1時間に数回、次のような形で今日の考えを繰り返してください。


Love holds no grievances.
愛は一切の不平不満を抱かない。

I would wake to my Self by laying all my grievances aside and wakening in Him.
私は、自分の不平不満をすべて手放すことによって自分の真の自己に目覚め、神の中へと目覚めるのだ。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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