There Is No Spoon

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レッスン72「不平不満を抱くことは、救済のための神の計画に対する攻撃だ。」

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レッスン72です。

今日のテーマは「不平不満を抱くことは、救済のための計画に対する攻撃だ。」です。





エゴ救済計画は、の座を奪うためのもので、身体を道具として、個別の心を身体に幽閉されているように幻惑し、の子の真の姿が見えないようにする計画であるということが丁寧に解説されています。

かなり長いですが、しっかり読んでいただければと思います.

今日のレッスンの中で重要な一文を抜粋します。


「To be without a body is to be in our natural state.
身体なしの状態にあることは、私たちの本来の状態にあるということです。」


では、レッスンに入りましょう。



Workbook Lesson 72

Holding grievances is an attack on God's plan for salvation.
不平不満を抱くことは、救済のための計画に対する攻撃だ。





Holding grievances is an attack on God's plan for salvation.
不平不満を抱くことは、救済のための計画に対する攻撃だ。


1. While we have recognized that the ego's plan for salvation is the opposite of God's, we have not yet emphasized that it is an active attack on His plan, and a deliberate attempt to destroy it.
 私たちはもう、エゴ救済計画計画とは正反対だということを認識しました。しかし、私たちはまだ、エゴ計画は、計画への積極的な攻撃であり、の計画を台無しにしようとする意図的な試みだということまではしっかりとは見ていません。

 In the attack, God is assigned the attributes which are actually associated with the ego, while the ego appears to take on the attributes of God.
 その攻撃の中では、実際にはエゴに関連する属性がに割り当てられ、他方で、神の属性をエゴが引き受けているように思えます。




2. The ego's fundamental wish is to replace God.
 エゴの根本的な願望は、神に成り代わることです。

 In fact, the ego is the physical embodiment of that wish.
 実際に、エゴというのは、神に取って代わりたいという願望を物質的に体現したものです。

 For it is that wish that seems to surround the mind with a body, keeping it separate and alone, and unable to reach other minds except through the body that was made to imprison it.
 この願望によって、心は周囲を身体で取り囲まれているように見えており、心は分離させられたままで孤立し、心を幽閉するために作られた身体を通して以外には、他の心に触れることもできないようになっています。

 The limit on communication cannot be the best means to expand communication.
 コミュニケーションに制限をかけることが、コミュニケーションを拡張する最善の手段になるわけがありません。

 Yet the ego would have you believe that it is.
 それでも、エゴは、制限することでコミュニケーションを拡張できるとあなたに信じ込ませようとします。




3. Although the attempt to keep the limitations that a body would impose is obvious here, it is perhaps not so apparent why holding grievances is an attack on God's plan for salvation.
 ここでは、身体が押しつけようとしているのは制限を維持することであるのは一目瞭然ですが、おそらく、不平不満を抱くことが、なぜ神の救済の計画に対する攻撃となるのかは、それほど明白とはいえません。

 But let us consider the kinds of things you are apt to hold grievances for.
 しかし、私たちで、あなたがどのような事柄について不平不満を抱きがちなのか、よく考えてみることにしましょう。

 Are they not always associated with something a body does?
 それらの不平不満は、つねに、ある身体がする何かに関連しているのではないでしょうか。

 A person says something you do not like.
 ある人があなたの気に入らないことを何か言ったであるとか。

 He does something that displeases you.
 彼が、あなたを不快にさせる何かをしたとか。

 He "betrays" his hostile thoughts in his behavior.
 彼が、うっかり自分の振る舞いによって、自分の敵意のこもった思いを「さらけ出し」てしまったとかということです。




4. You are not dealing here with what the person is.
 このとき、あなたは、その人物の本当の姿について考えているわけではありません。

 On the contrary, you are exclusively concerned with what he does in a body.
 それどころか、あなたはもっぱら、ひとつの身体の中で彼が何をしているかということだけに注意を向けていているのです。

 You are doing more than failing to help in freeing him from the body's limitations.
 あなたは、身体の制限から彼を解放する手助けをするのに失敗しているだけではありません。

 You are actively trying to hold him to it by confusing it with him, and judging them as one.
 あなたは積極的に、身体と彼を混同し、彼と身体がひとつのものだと価値判断をすることによって、彼を身体に束縛しようと努めているのです。

 Herein is God attacked, for if His Son is only a body, so must He be as well.
 このようにして、神への攻撃がなされているのです。というのは、もし神の子が身体でしかないなら、神も同じように身体に違いないということになるからです。

 A creator wholly unlike his creation is inconceivable.
 自らの創造物にまったく似ても似つかない創造主など想像もできません。




5. If God is a body, what must His plan for salvation be?
 もし神が身体であるなら、神の救済の計画はどのようなものになるでしょうか。

 What could it be but death?
 神の救済の計画は死以外の何ものでもありえないのではないでしょうか。

 In trying to present Himself as the Author of life and not of death, He is a liar and a deceiver, full of false promises and offering illusions in place of truth.
 自らを死ではなく生命の創始者であると見せようとするなら、神は、数々の間違った約束を交わし、そして、真理の代わりに幻想を差し出すような、嘘つきの詐欺師だということになります。

 The body's apparent reality makes this view of God quite convincing.
 身体が見たところ現実であるように見えることが、このような見方で神を捉えることをきわめて説得的なものにします。

 In fact, if the body were real, it would be difficult indeed to escape this conclusion.
 事実、もし身体が本当のものなら、この結論を回避することはとうていできないはずです。

 And every grievance that you hold insists that the body is real.
 そして、あなたが不平不満を抱くたびに、不平不満は身体が本物であると強調します

 It overlooks entirely what your brother is.
 不平不満は、完全に、あなたの兄弟が何者であるかということを見落としてしまっています。

 It reinforces your belief that he is a body, and condemns him for it.
 不平不満を抱く心は、兄弟が身体であるとの信念を強化することになり、そして、身体について兄弟を非難することになります。

 And it asserts that his salvation must be death, projecting this attack onto God, and holding Him responsible for it.
 そして、不平不満を抱く心は、兄弟の救済は死であるに違いないと主張し、この攻撃を神に投影して、神に攻撃の責任を負わせようとします。





6. To this carefully prepared arena, where angry animals seek for prey and mercy cannot enter, the ego comes to save you.
 こうするために、念入りに闘技場が準備されます。そこでは、猛り狂う獣たちが餌食を追い求めていて、情け容赦の入り込む隙もありません。そこへ、エゴがあなたを救いに来たと称して、言うのです。

 God made you a body.
 神はお前を身体として作り出したんだって?

 Very well.
 いいだろう

 Let us accept this and be glad.
 我々で、このことを受け入れて、喜ぼうじゃないか

 As a body, do not let yourself be deprived of what the body offers.
 お前は、一個の身体として、身体が自分に提供するものを何も奪われないように気をつけなければならない

 Take the little you can get.
 お前の手にすることのできるわずかなものを取っておくがいい

 God gave you nothing.
 神はお前に何も与えてくれなかったのだから。

 The body is your only savior.
 身体だけがお前の唯一の救い主なんだ。

 It is the death of God and your salvation.
 身体こそ、神の死であり、お前の救済なんだ、と。




7. This is the universal belief of the world you see.
 あなたの見ている世界で一般的に信じられているのは、こんなことなのです。

 Some hate the body, and try to hurt and humiliate it.
 ある者は、身体を忌み嫌い、身体を傷つけ、辱めようとします。

 Others love the body, and try to glorify and exalt it.
 他の者たちは、身体を愛し、身体を褒め称え、祭り上げようとします。

 But while the body stands at the center of your concept of yourself, you are attacking God's plan for salvation, and holding your grievances against Him and His creation, that you may not hear the Voice of truth and welcome It as Friend.
 しかし、身体があなた自身についての自己概念の中核に位置する限り、あなたは神の救済の計画を攻撃しているのであり、神と神の創造物に対して不平不満を抱いているのす。そのせいで、あなたには真理の声は聞こえないだろうし、真理の声を友として歓迎しようとすることもないでしょう。

 Your chosen savior takes His place instead.
 あなたの選んだ救い主が聖霊に代わって、その座を奪い取ります。

 It is your friend; He is your enemy.
 身体があなたの友となり、聖霊はあなたの敵となってしまいます。




8. We will try today to stop these senseless attacks on salvation.
 今日、私たちは、救済に対するこのような無意味な攻撃を止めるように努めます。

 We will try to welcome it instead.
 私たちは、攻撃する代わりに救済を歓迎します。

 Your upside-down perception has been ruinous to your peace of mind.
 あなたの上下が逆転した知覚はあなたの心の平安を荒廃させてきました。

 You have seen yourself in a body and the truth outside you, locked away from your awareness by the body's limitations.
 あなたは自分自身を身体の中にあるものと見て、そして、真理を自分の外側にあるものとして見てきました。そのために、あなたは、身体の持つ制約によって、真理を自分の自覚から締め出して閉じ込めてしまっています。

 Now we are going to try to see this differently.
 今、私たちは、これを違ったふうに見ようとしているのです。





9. The light of truth is in us, where it was placed by God.
 真理の光が私たちの中にあります。真理は神によってそこに置かれたのです。

 It is the body that is outside us, and is not our concern.
 私たちの外側にあるのは身体のほうなのです。もっとも、身体は私たちの関心事ではありません。

 To be without a body is to be in our natural state.
 身体なしの状態にあることは、私たちの本来の状態にあるということです。

 To recognize the light of truth in us is to recognize ourselves as we are.
 自分たちの中に真理の光があると認めることは、自分たちを本来の姿として認識することです。

 To see our Self as separate from the body is to end the attack on God's plan for salvation, and to accept it instead.
 私たちの大いなる自己を身体とは別のものとして見ることは、神の救済の計画に対して攻撃することを止めて、代わりにそれを受け入れることです。

 And wherever His plan is accepted, it is accomplished already.
 そして、神の計画が受け入れられるところであればどこでも、救済はすでに成し遂げられているのです。





10. Our goal in the longer practice periods today is to become aware that God's plan for salvation has already been accomplished in us.
 今日の長いほうの実習での私たちの目標は、神の救済計画は自分たちの中ですでに成就していると自覚するようになることです。

 To achieve this goal, we must replace attack with acceptance.
 この目標を達成するには、私たちは、攻撃を受容に置き換えなければなりません。

 As long as we attack it, we cannot understand what God's plan for us is.
 私たちが神の計画を攻撃しているかぎり、私たちには神の計画が自分たちにとって何であるのか理解することはできません。

 We are therefore attacking what we do not recognize.
 したがって、私たちは、自分たちの理解できないものに対して攻撃していることになります。

 Now we are going to try to lay judgment aside, and ask what God's plan for us is:
 今、私たちは、価値判断を脇に置いて、神の計画が自分たちにとって何であるのか尋ねてみることにしましょう。


What is salvation, Father?
父よ、救いとは何なのでしょうか?

I do not know.
私にはわかりません。

Tell me, that I may understand.
どうか私に理解できるように、私に教えてください。


 Then we will wait in quiet for His answer.
 それから、私たちは、静寂の中に神の答えを待ちます。

 We have attacked God's plan for salvation without waiting to hear what it is.
 私たちは、神の救済の計画とは何であるのか聞くために待つこともしないで、それを攻撃してきました。

 We have shouted our grievances so loudly that we have not listened to His Voice.
 私たちはあまりに大声で不平不満を叫んできたので、私たちには神の声が聞き取れなかったのです。

 We have used our grievances to close our eyes and stop our ears.
 私たちは、不平不満を自分たちの目を閉じて、耳を塞ぐ道具にしてたのです。



11. Now we would see and hear and learn.
 今、私たちは、見て聞いて、そして学びます。

 "What is salvation, Father?"
 「父よ、救いとは何なのしょうか」

 Ask and you will be answered.
 尋ねれば、あなたは答えてもらえます。

 Seek and you will find.
 探せば、あなたは見出します。

 We are no longer asking the ego what salvation is and where to find it.
 私たちは、もはや救済が何であるかとか、それをどこで探せばよいかをエゴに尋ねることはしません。

 We are asking it of truth.
 私たちは、救済について真理に尋ねることにします。

 Be certain, then, that the answer will be true because of Whom you ask.
 それゆえ、自分が尋ねる大いなる存在のゆえに、その答えは本物であることを確信しなさい。




12. Whenever you feel your confidence wane and your hope of success flicker and go out, repeat your question and your request, remembering that you are asking of the infinite Creator of infinity, Who created you like Himself:
 あなたが自分の確信が弱まるように感じたり、成功への希望が揺らいで消えてしまいそうに感じるときはいつでも、あなたの質問と請願を繰り返し、あなたを自分自身に似せて創造した無限なるものの無限の創造主に自分は求めているのだということを思い出すようにしてください。


What is salvation, Father?
父よ、救いとは何なのでしょうか。

I do not know.
私にはわかりません。

Tell me, that I may understand.
どうか私に理解できるように、私に教えてください。


 He will answer.
 神は答えてくれます。

 Be determined to hear.
 聞く決心をしておいてください。



13. One or perhaps two shorter practice periods an hour will be enough for today, since they will be somewhat longer than usual.
 今日は、短いほうの実習は、1時間に1回か2回くらいで十分です。なぜなら、今日の実習はいつもよりもいくらか長くかかるはずだからです。

 These exercises should begin with this:
 これらの実習は、次のように始めてください。


Holding grievances is an attack on God's plan for salvation.
不平不満を抱くことは、神の救済の計画を攻撃することだ。

Let me accept it instead.
攻撃する代わりに、私に神の計画を受け入れさせてください。

What is salvation, Father?
父よ、救いとは何なのでしょうか。


 Then wait a minute or so in silence, preferably with your eyes closed, and listen for His answer.
 それから、できれば目を閉じて、静かに1分くらい待って、神の答えに耳を澄ませてください。


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