There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T4-2 エゴの起源

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今回は、テキストから「エゴと間違った自律」という一節をご紹介します。





豊穣さの代用として生み出されたエゴの基盤である欠乏の原理と、「欲望」という何かを「手に入れる」メカニズムがエゴの中に組み込まれた背景が説明されます。

ワークブックのレッスン参考になると思います。


テキスト 第四章 

II. The Ego and False Autonomy
二 エゴと間違った自律




1. It is reasonable to ask how the mind could ever have made the ego.
 どのようにして心がエゴを作り出すことができたのか、と問うのは理に適っています。

 In fact, it is the best question you could ask.
 実際、これこそあなたが尋ねることのできる一番よい質問です。

 There is, however, no point in giving an answer in terms of the past because the past does not matter, and history would not exist if the same errors were not being repeated in the present.
 しかし、心がいかにしてエゴを作り出したのかという質問に、過去の観点から答えることには意味がありません。なぜなら、過ぎ去ったことなど重要ではないし、それに、もし現在においても過去と同じ誤りが繰り返されているのでなければ、歴史は存在しなかったはずだからです。

 Abstract thought applies to knowledge because knowledge is completely impersonal, and examples are irrelevant to its understanding.
 知識は完全に没個性的なものなので、知識には抽象的な思考があてはまります。したがって、知識を理解するために実例を持ち出すのは筋違いです。

 Perception, however, is always specific, and therefore quite concrete.
 しかしながら、知覚は、つねに特定のものに向けられるので、きわめて具体的です。



2. Everyone makes an ego or a self for himself, which is subject to enormous variation because of its instability.
 誰もがみな、エゴという自分自身のための個別の自己を作ります。このエゴは、その不安定さゆえに、目まぐるしい変化にさらされます。

 He also makes an ego for everyone else he perceives, which is equally variable.
 また、彼は、自分の知覚する他者全員のためにも、それぞれのエゴを作り上げますが、それらのエゴも同じように変転するものです。

 Their interaction is a process that alters both, because they were not made by or with the unalterable.
 あなたのエゴと他者のエゴとの相互作用は双方を変えるプロセスです。なぜなら、エゴは不変なる存在によって作られたものでも、不変なる存在を元にして作られたものでもないからです。

 It is important to realize that this alteration can and does occur as readily when the interaction takes place in the mind as when it involves physical interaction.
 こうした変化は、身体同士のやりとりが変化を容易に起こすのと同じように、心の中で相互作用が起こるときにも、実に容易に起こりうるし、現に起こっているということを理解することが重要です。

 There could be no better example that the ego is only an idea and not a fact.
 エゴはただの想念にすぎず、事実ではないことを示す実例として、これに優るものはないでしょう。

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3. Your own state of mind is a good example of how the ego was made.
 あなた自身の心の状態は、どのようにしてエゴが作られたのかを示すよい実例です。

 When you threw knowledge away it is as if you never had it.
 あなたが知識を投げ捨ててしまったとしたら、あなたはまるで一度も知識を持ったことなどなかったかのようになってしまうはずです。

 This is so apparent that one need only recognize it to see that it does happen.
 このことはきわめて明白なので、誰でもただこのことに気づきさえすれば、それが現に起こっていることなのだとわかるはずです。

 If this occurs in the present, why is it surprising that it occurred in the past?
 もし知識を投げ捨てて自分がかつて知識を持っていたことを忘れてしまうということが現在でも起こっているなら、同じことが過去に起こっていたとしても、驚くには値しないはずです。

 Surprise is a reasonable response to the unfamiliar, though hardly to something that occurs with such persistence.
 未知の出来事について驚くのは当然の反応ですが、ずっと繰り返し起こっていることに対して驚くのは、とうてい当然の反応とはいえません。

 But do not forget that the mind need not work that way, even though it does work that way now.
 しかし、今のところは、心がそのように反応してしまうのは確かだとしても、心をそんなふうに働かせる必要はないのだということを忘れないようにしておいてください。




4. Think of the love of animals for their offspring, and the need they feel to protect them.
 動物がわが子に対して愛情を抱き、わが子を守らねばならないと感じることについて考えてみてください。

 That is because they regard them as part of themselves.
 動物が愛情を抱くわが子を守ろうとするのは、動物が子供のことを自分の一部だとみなしているからです。

 No one dismisses something he considers part of himself.
 誰も自分自身の一部であるとみなすものを排除しようとはしません。

 You react to your ego much as God does to his creations . . . with love, protection and charity.
 あなたは自分のエゴに対して、神が自らの創造物を愛し、守り、思いやって反応するのとほとんど同じように反応します。

 Your reactions to the self you made are not surprising.
 自分が作り出した小さな自己に対するあなたの反応の仕方は驚くに値しません。

 In fact, they resemble in many ways how you will one day react to your real creations, which are as timeless as you are.
 それどころか、このようなあなたの反応の仕方は、色々な点で、あなたと同じように時間を超越しているあなたの真の創造物たちに対して、いつの日かあなたが示すはずの反応に似たところがあります。

 The question is not how you respond to the ego, but what you believe you are.
 問題は、あなたがエゴに対してどのように反応するかではなくて、あなたが自分のことを何者であると信じるかです。

 Belief is an ego function, and as long as your origin is open to belief you are regarding it from an ego viewpoint.
 信じることはエゴの働きです。だから、あなたの素性についてあれこれと信じる余地が残っているかぎり、あなたは自分が何者であると信じるかという問題をエゴの観点から見ていることになります。

 When teaching is no longer necessary you will merely know God.
 教えがもはや必要でなくなったとき、あなたは、ただ単に神を知ることになります。

 Belief that there is another way of perceiving is the loftiest idea of which ego thinking is capable.
 ほかにも知覚の仕方があると信じることは、エゴの思考でも抱くことができる最も高尚な想念といえます。

 That is because it contains a hint of recognition that the ego is not the self.
 その理由は、ほかにも知覚の仕方があると信じることには、エゴが真の自己ではないということに気づくためのヒントが含まれているからです。

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5. Undermining the ego's thought system must be perceived as painful, even though this is anything but true.
 たとえそれが真実ではないとしても、エゴの思考システムを土台から徐々に掘り崩していくことは苦痛に満ちたものとして知覚されるに違いありません。

 Babies scream in rage if you take away a knife or scissors, although they may well harm themselves if you do not.
 あなたに包丁や鋏を取り上げられると、赤ん坊は怒って激しく泣き喚きます。とはいえ、もしあなたが包丁や鋏を取り上げないでおいたなら、赤ん坊が自分を傷つけてしまうことは目に見えています。

 In this sense you are still a baby.
 この意味で、あなたはまだ赤ん坊なのです。

 You have no sense of real self-preservation, and are likely to decide that you need precisely what would hurt you most.
 あなたは本当の自己防衛の意味するところがまったくわかっていないばかりか、最も自分を傷つけてしまうようなものこそが、まさしく自分が必要としているものだと決めつけてしまいがちです。

 Yet whether or not you recognize it now, you have agreed to cooperate in the effort to become both harmless and helpful, attributes that go together.
 けれども、あなたが今それに気づいているかどうかは別として、あなたは、危害を加えることも被ることも免れていながらも防衛に役立つ存在となれるように努力し協力することに同意してくれているのです。この無害性と有用性とは必ず両立する属性です。

 Your attitudes even toward this are necessarily conflicted, because all attitudes are ego-based.
 とはいえ、あなたが無害性と有用性のいずれにも等しい態度で臨もうとすると、どうしても葛藤を生じてしまうはずです。なぜなら、どのような態度もみなエゴに基づくものだからです。

 This will not last.
 しかし、この葛藤がいつまでも続くことはありません。

 Be patient a while and remember that the outcome is as certain as God.
 いましばらく辛抱して、その成果は神のごとくに確実なものだと覚えておいてください。




6. Only those who have a real and lasting sense of abundance can be truly charitable.
 自分が豊かに満ち足りていると実感し、その感覚を持続できる者のみが真に慈悲深くなることができます。

 This is obvious when you consider what is involved.
 あなたが、真に慈悲深くあるためには何が必要なのか考えてみれば、このことは明白なはずです。

 To the ego, to give anything implies that you will have to do without it.
 エゴにとっては、何かを与えることは、あなたがその分だけ自分の持ち分無しでやっていかなければならないことを意味します。

 When you associate giving with sacrifice, you give only because you believe that you are somehow getting something better, and can therefore do without the thing you give.
 あなたが与えることを犠牲と結びつけるとき、あなたは、とにかく自分がより良いものを手に入れることができるのであれば、自分が与えるもの無しでもやっていけると信じるがゆえに与えるにすぎません。

 "Giving to get" is an inescapable law of the ego, which always evaluates itself in relation to other egos.
 「手に入れるために与える」というのは、つねに他のエゴとの関係において自らを評価しているエゴが逃れることのできない法則です。

 It is therefore continually preoccupied with the belief in scarcity that gave rise to it.
 つねに他のエゴとの関係で自らを評価しているせいで、エゴは絶え間なく、エゴを生じさせた欠乏に対する信念に心を奪われています。

 Its whole perception of other egos as real is only an attempt to convince itself that it is real.
 あるエゴが他のエゴが実在すると知覚することがあるとしても、それはすべて、単にそのエゴが、自分が確かに実在すると自分自身を納得させようとして試みることでしかありません。

 "Self-esteem" is always vulnerable to stress, a term which refers to any perceived threat to the ego's existence.
 「自尊心」は、つねにストレスに対して脆弱です。このストレスとは、エゴの存在を脅かすように知覚されるあらゆるものを指します。

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7. The ego literally lives by comparisons.
 エゴは、文字どおり比較することによって生きています。

 Equality is beyond its grasp, and charity becomes impossible.
 平等であることは、エゴの理解の及ばない概念です。ゆえに、エゴが思いやり深くなることなどありえないことになります。

 The ego never gives out of abundance, because it was made as a substitute for it.
 エゴは、決して豊かさで満ち足りているとの思いから与えることはありません。なぜなら、エゴは豊かさの代用として作り出されたものだからです。

 That is why the concept of "getting" arose in the ego's thought system.
 この理由から、「手に入れる」という概念がエゴの思考システムの中に生じたのです。

 Appetites are "getting" mechanisms, representing the ego's need to confirm itself.
 本能的な欲望は「手に入れる」ためのメカニズムであり、自分自身を承認したいというエゴの欲求を表しています。

 This is as true of body appetites as it is of the so-called "higher ego needs."
 この自分を承認したいとのエゴの欲求は、いわゆる「高次の自我の心理的欲求」についてと同じように、肉体的な本能的欲求についてもあてはまります。

 Body appetites are not physical in origin.
 肉体の本能的欲求は身体的なものがその根源なわけではないのです。

 The ego regards the body as its home, and tries to satisfy itself through the body.
 エゴは身体を自らの住み処とみなしているので、身体を通して自らを満足させようとします。

 But the idea that this is possible is a decision of the mind, which has become completely confused about what is really possible.
 とはいえ、本当にエゴが身体を通して満足を得ることが可能であると考えるかどうかは心が決めることですが、当の心は、何が本当に可能なのか完全に混乱してしまっているのです。


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8. The ego believes it is completely on its own, which is merely another way of describing how it thinks it originated.
 エゴは、完全に自分は独力で存在していると信じ込んでいます。これは単に、エゴが自分がいかにして誕生したと思っているのかを違ったふうに描写しているだけです。

 This is such a fearful state that it can only turn to other egos and try to unite with them in a feeble attempt at identification, or attack them in an equally feeble show of strength.
 孤独の中に生れ、ひとりきりで存在するということはあまりに恐ろしい状態なので、エゴはただ他のエゴに頼ることしかできません。だから、エゴは、一体感を持ちたいという思いから、痛ましくも他のエゴと結びつこうと試みるか、または、同じく痛々しいばかりの見せかけの力強さを誇示して他のエゴを攻撃しようとすることになります。

 It is not free, however, to open the premise to question, because the premise is its foundation.
 しかし、エゴには自分が完全に独立しているとの前提を気安く疑問にさらすことができません。なぜなら、その前提こそがエゴの土台だからです。

 The ego is the mind's belief that it is completely on its own.
 エゴとは、分離した心が抱く、自分は完全に独力で存在しているという信念です。

 The ego's ceaseless attempts to gain the spirit's acknowledgment and thus establish its own existence are useless.
 エゴは絶えず、の承認を獲得して自らの存在を確立しようと試みますが、徒労に終わります。

 Spirit in its knowledge is unaware of the ego.
 自らの知識の中にあるは、そんなエゴに気づきもしません。

 It does not attack it; it merely cannot conceive of it at all.
 がエゴを攻撃することはありません。は単にエゴのことをまったく想像することすらできないだけです。

 While the ego is equally unaware of spirit, it does perceive itself as being rejected by something greater than itself.
 他方で、エゴも同じようにのことを意識することはできません。ただし、エゴは自分が自分自身よりも偉大な何ものかに拒絶されていると知覚していることは確かです。

 This is why self-esteem in ego terms must be delusional.
 これこそ、エゴの言うところの自尊心が妄想であるに違いない理由です。

 The creations of God do not create myths, although creative effort can be turned to mythology.
 神の創造物たちが神話を創造することはありません。とはいえ、創造的な作用が神話に転じてしまうことはありえます。

 It can do so, however, only under one condition; what it makes is then no longer creative.
 しかし、創造的な作用が神話に転化することがありうるとしても、それはたった一つの条件の下でしか起こりえません。その条件とは、その時点で神の創造物たちが生み出すものがもはや創造的ではなくなっているということです。

 Myths are entirely perceptual, and so ambiguous in form and characteristically good-and-evil in nature that the most benevolent of them is not without fearful connotations.
 神話は全面的に知覚によるものです。したがって、神話の形態はきわめて曖昧で多義的だし、本来的な特徴として、善悪の物語となります。それゆえ、最も慈悲深い神話でさえ、恐ろしい暗示的な意味合いを含んでいない神話はないのです。


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9. Myths and magic are closely associated, since myths are usually related to ego origins, and magic to the powers the ego ascribes to itself.
 神話と魔術は、密接に関連しています。というのも、神話は決まってエゴの起源と関連づけられ、魔術はエゴが自分に属すると考えている力と関連づけられるからです。

 Mythological systems generally include some account of "the creation," and associate this with its particular form of magic.
 神話の体系は一般的に、「天地創造」に関する何らかの物語を含んでおり、この物語は神話に特有の形式で魔術に結びつけられています。

 The so-called "battle for survival" is only the ego's struggle to preserve itself, and its interpretation of its own beginning.
 いわゆる「生存競争」とは、ただ、エゴの自己保存のためのあがきであり、自分自身の起源に関するエゴなりの解釈にすぎません。

 This beginning is usually associated with physical birth, because it is hard to maintain that the ego existed before that point in time.
 エゴの起源は通常、身体の誕生と結びつけられます。なぜなら、時間の中では身体の誕生の時点以前にエゴが存在していたと主張するのが困難だからです。

 The more "religiously" ego-oriented may believe that the soul existed before, and will continue to exist after a temporary lapse into ego life.
 もっとも、より「信心深い」エゴ志向の者は、魂は身体の誕生以前にも存在していたし、また霊魂は一時的に身体に堕落してエゴとして生きたあとも、存在しつづけると信じるかもしれません。

 Some even believe that the soul will be punished for this lapse.
 中には、こうして堕落したことに対して霊魂が罰を受けることになると信じる者すらいます。

 However, salvation does not apply to spirit, which is not in danger and does not need to be salvaged.
 しかしながら、救済が霊に対して適用されることはありません。そもそも霊は危険にさらされてなどおらず、救われる必要などないからです。



10. Salvation is nothing more than "right-mindedness," which is not the one- mindedness of the Holy Spirit, but which must be achieved before one- mindedness is restored.
 救済とは「心が正しい状態にあること」でしかありません。それは聖霊の一なる心の状態とは異なるものです。しかし、心を一なる状態に回復させるには、その前にまず、心の正しい状態が獲得されていなければなりません。

 Right-mindedness leads to the next step automatically, because right perception is uniformly without attack, and therefore wrong-mindedness is obliterated.
 心の正しい状態は、自動的に次のステップに導きます。なぜなら、正しい知覚は総じて攻撃することがないので、心の間違った状態が消去されるからです。

 The ego cannot survive without judgment, and is laid aside accordingly.
 エゴは、価値判断して裁くことなしには生きながらえることができません。だから、裁くことがなくなれば、エゴは捨て去られことになります。

 The mind then has only one direction in which it can move.
 そうなれば、心はただ一つの方向にしか進むことができなくなります。

 Its direction is always automatic, because it cannot but be dictated by the thought system to which it adheres.
 心が向かう方向はいつも自動的に定まります。なぜなら、心は、自らが信奉する思考システムによる導きを受けずにはいられないからです。

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11. It cannot be emphasized too often that correcting perception is merely a temporary expedient.
 知覚を修正することは単なるその場凌ぎの方便でしかないことは何度でも繰り返して強調しておかなければなりません。

 It is necessary only because misperception is a block to knowledge, while accurate perception is a steppingstone towards it.
 知覚の修正が必要となるのは、単に、誤った知覚が知識への障害となっているので、正確に知覚することが知識に向かう足がかりとなるからにすぎません。

 The whole value of right perception lies in the inevitable realization that all perception is unnecessary.
 正しい知覚が持つ価値は、あらゆる知覚が必要ないということを理解することを余儀なくさせてくれる点に尽きます。

 This removes the block entirely.
 このあらゆる知覚が不要であるという認識が、障害となるものを全面的に取り除いてくれます。

 You may ask how this is possible as long as you appear to be living in this world.
 あなたはたぶん、自分がこの世界の中に生きているように思えるかぎりは、すべての知覚が不要だと理解することなど、どうして可能になるだろうかと訝しむことでしょう。

 That is a reasonable question.
 それは理に適った疑問です。

 You must be careful, however, that you really understand it.
 しかし、本当に一切の知覚が不要だと理解するために、あなたは注意深くならなければなりません。

 Who is the "you" who are living in this world?
 さて、この世界の中に生きている「あなた」とは、いったい誰のことなのでしょうか。

 Spirit is immortal, and immortality is a constant state.
 霊は不滅です。そして、不滅とは絶え間なく不変である状態をいいます。

 It is as true now as it ever was or ever will be, because it implies no change at all.
 霊が不滅であることは、今も真実であり、これまでもそうであったのと同じく、これからもずっと真実です。なぜなら、不滅性はまったく変化しないことを意味するからです。

 It is not a continuum, nor is it understood by being compared to an opposite.
 不滅であることは、時間的に連続するものでもなければ、反対のものと比べることによって理解できるものでもありません。

 Knowledge never involves comparisons.
 知識は、決して比較することを必要とはしません。

 That is its main difference from everything else the mind can grasp.
 知識が決して比較を必要としないことこそ、心の把握できる他のあらゆるものと知識との最大の相違点です。


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