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T1-6 欠乏感はどうしてなくならない?

2013年10月15日
テキスト第1章(奇跡の意味) 0

今回は、テキストから必要性という幻想についての一節をご紹介します。






私たちは、つねに何かが必要だという思いを抱いています。

ある人は経済的な必要性、ある人は、健康面での必要性、ある人は人間関係面での必要性と、お金がほしい、健康がほしい、友達がほしい、恋人がほしい、地位や肩書きがほしい、というように、客観的に見ると、何かをほしがり、それを追い求めることが人生の目的であるというふうにすら思えてきます。

この必要性、つまり、何かが自分に欠けているという思いは、エゴがこの幻想世界を存続させて、私たちに寄生するために用いる原理でした。

必要性欠乏は、恐れに直結します。

自分には大切な何かが欠落しているという思いは、それを自分に与えてくれるはずだと期待する特別な関係にある他者への非難につながり、また、自分の持たないその何かを持っている他者への嫉妬心、敵愾心を生み出します。

この欠落感を埋め合わせしようと、人は、特別な愛憎関係に惹きつけられて、その関係に入ってゆくことになります。

このように、エゴが私たちを虜にする欠乏の原理は、私たちが自分を本来の大いなる自己から、多様な個性を持つ無数の断片である小さな自己へと縮小して、自分には欠落があり、必要なものがあるという幻想を抱くことに依拠しています。

必要性の序列があるという想念は、自他分離幻想と同義だといえます。

この欠乏の原理=自他分離の錯覚の解決策は、次のように、神からの分離の感覚の解消だということが述べられます。


「3. The idea of orders of need, which follows from the original error that one can be separated from God, requires correction at its own level before the error of perceiving levels at all can be corrected.
 必要性に序列があるという想念は、自分は神から分離できるという原初の誤りに引き続いて起こりました。したがって、少しでも必要性に序列があると知覚するレベル誤りを修正できるようになるためには、その前に、この誤りの元である神からの分離が可能だという原初の誤りレベルで修正がなされる必要があります。

 You cannot behave effectively while you function on different levels.
 あなたがそれとは違うレベル(必要性の序列=自他分離幻想)に働きかけているかぎり、あなたは効果的に行動することができません。

 However, while you do, correction must be introduced vertically from the bottom up.
 しかしながら、あなたがそのようにしているかぎりは、根底から表層に向けて、修正を垂直に取り入れていかなければなりません。

 This is because you think you live in space, where concepts such as 'up' and 'down' are meaningful.
 それは、あなたが『上昇』や『下降』といった概念に意味があるとする空間に自分が生きていると思いこんでいるからです。」

私たちは、どうしても、神からの分離が可能だという錯覚に手を付けずに、個々の人の子の分離が錯覚だと気づこうとしてしまいがちですが、幻想世界はすでに貴賤の価値観が支配し、神に到達するにしても、人の子の間には上下の階層があるという考えに毒されて、自他分離から抜け出すことは困難です。

そこで、このように、どうしても私たちが神からの分離という根本的なレベルに真正面から切り込めないとしても、その場合には、「根底から表層に向けて、修正を垂直に進めていかなければなりません。」とアドバイスがされます。

それでは、「根底から表層に向けて、修正を垂直に進めていかなければなりません。」というのは、どのような意味でしょうか?(JACIM Q&A)




この点に関連する2つのパラグラフを引用します。

「12. This world is full of miracles.
 この世界は奇跡で満ち溢れています。

 They stand in shining silence next to every dream of pain and suffering, of sin and guilt.
 奇跡は苦痛と苦しみの夢や罪と罪悪感の夢の一つひとつの隣りで、静かに輝いています。

 They are the dream's alternative, the choice to be the dreamer, rather than deny the active role in making up the dream.
 奇跡は夢に取って代わるものです。夢を作り出すうえでの積極的な役割を否定するよりも、むしろ夢を見る側になることを選択することです。

 They are the glad effects of taking back the consequence of sickness to its cause.
 奇跡は、病気の結果をその原因に返すことに伴う喜ばしい結果です。

 The body is released because the mind acknowledges 'this is not done to me, but I am doing this'.
 心が『これは私にされたのではなく、私がしていることなのだ』と承認するので、身体は解放されます。

 And thus the mind is free to make another choice instead.
 こうして、心は代わりに自由に別の選択をすることができます。

 Beginning here, salvation will proceed to change the course of every step in the descent to separation, until all the steps have been retraced, the ladder gone, and all the dreaming of the world undone.
 ここから始まって、救いは分離に向かって下降してきたすべての足取りの方向を変えて進み、ついにすべての足取りを引き返したとき、その階段はなくなり、夢の世界はすべて取り消されるのです。」(テキスト第二十八章、2 II. Reversing Effect and Cause 二結果と原因の逆転

「1. What waits in perfect certainty beyond salvation is not our concern.
 救済の向こう側で、確実さの中で待ち受けているものが何なのかということは私たちの心配すべきことではありません。

 For you have barely started to allow your first, uncertain steps to be directed up the ladder separation led you down.
 というのは、あなたが分離に導かれて降りてきた階段を、上に向かって不確かな足取りで最初の一段をかろうじて踏み出したばかりだからです。

 The miracle alone is your concern at present.
 今のところは、奇跡のことだけ気にしていればよいでしょう。

 Here is where we must begin.
 私たちはここから始める必要があります。

 And having started, will the way be made serene and simple in the rising up to waking and the ending of the dream.
 そして、出発したからには、目を覚まして夢を終わらせるために上昇していく道のりは、穏やかで容易なものにしてもらえます。

 When you accept a miracle, you do not add your dream of fear to one that is already being dreamed.
 あなたが奇跡を受け入れるとき、あなたは自分の恐ろしい夢を、それまでに見ていた夢に加えることをしなくなります。

 Without support, the dream will fade away without effects.
 あなたが支持しなければ、そんな夢は影響を及ぼすことなく次第に消え去ってしまいます。

 For it is your support that strengthens it. 」(テキスト第二十八章、III. The Agreement to Join 三心を一つにすると同意する

ここでは、分離を上昇・下降でいう下降で喩え、下降した幻想世界から、真の世界へと上昇していくイメージを表現しています。

もっとも、このことと、
根底から表層に向けて、修正を垂直に進めていかなければなりません。」というときの根底表層と上昇・下降は同義ではありません。つまり、根底というのは、下降した幻想世界のことではなく、表層というのは、上昇した先の真の世界ではありません。

というのも、
「3. The idea of orders of need, which follows from the original error that one can be separated from God, requires correction at its own level before the error of perceiving levels at all can be corrected.
 必要性に序列があるという想念は、自分は神から分離できるという原初の誤りに引き続いて起こりました。したがって、少しでも必要性に序列があると知覚するレベル誤りを修正できるようになるためには、その前に、この誤りの元である神からの分離が可能だという原初の誤りのレベルで修正がなされる必要があります。」とあるように、
知覚できるのは、「表層」として必要性に序列があるように顕現している幻想世界であり、知覚できる誤りは、表面的な雑草のようなもので、地下にある根っこを絶やさなければ、対症療法にしかならず、形を変えて誤りは出てくるだけだからです。

つまり、この「根底」というのは、幻想世界のことではなく、この幻想世界の必要性の序列という誤りを生み出す根源である根本的な神からの分離幻想のことを指すということです。

図式化すると、神からの分離幻想が根源であり、人の子同士の分離幻想=必要性の序列のある世界がその顕現であり、神からの分離の解消に働きかけることが本来的には必要だが、それができずに表面的な働きかけをしてしまう、それでも、人の子同士の分離が錯覚であることを、神の子として同じ親を持つ同胞としてつなぐ観点を持つことで、神への距離に上下があるという観念に妨げられずに分離の解消に働きかけることができるという感じになります。

「根底から表層に向けて」というのは、知覚できる表面的に現れている誤りそれ自体に対処するのではなく、表面上の誤りを、その根本にある神からの分離という私たちの必要性に程度があるように思わせている根本原因とリンクさせて、その根本原因が幻想世界に発現しているものとして見る、つまり、地中の球根から地上の葉っぱまでを垂直に見据えるということです。

これをしないかぎり、間違った表面的なレベルに働きかけるにすぎないことになり、
「You cannot behave effectively while you function on different levels.
 あなたがそれとは違うレベルに働きかけている間は、あなたは効果的に行動することができません。」


そして、いかに深い幻想に迷いこんでいようと、幻想であること自体においては、いかなる幻想も一様に等しいものであり、幻想として現れている表層から掘り進めて行くしかないというわけではないし、逆に、表層から取り組もうとすると、幻想の難易度に捕われてしまう危険すらあります。


特別な関係と神聖な関係が参考となると思いますので、ご一読ください。


テキスト第一章 

VI.The Illusion of Needs
六 必要性という幻想



1. You who want peace can find it only by complete forgiveness.
 平安を得たいと望むなら、あなたは、ただ完全な赦しによってのみ平安を見つけることができます。

 No learning is acquired by anyone unless he wants to learn it and believes in some way that he needs it.
 何を学ぶにせよ、その人がそれを学びたいと望み、多少なりとも、自分にそれが必要だと信じないかぎり、誰も学んだことを自分のものにはできません。

 While lack does not exist in the creation of God, it is very apparent in what you have made.
 神の創造物には不足などありません。しかし、あなたの作り出したものに不足があることは歴然としています。

 It is, in fact, the essential difference between them.
 実のところ、これこそが両者の間の本質的な違いです。

 Lack implies that you would be better off in a state somehow different from the one you are in.
 不足は、自分が今置かれている状況とは少しでも違った境遇に置かれていたなら、自分はもっとましな状態にあるはずなのに、という思いを暗に示しています。

 Until the "separation," which is the meaning of the "fall," nothing was lacking.
 「堕落」を意味する「分離」が生じるまでは、何も不足することはありませんでした。

 There were no needs at all.
 それまでは、必要性などまったくなかったからです。

 Needs arise only when you deprive yourself.
 必要性は、ただあなたが自分自身から何かを取りあげて欠乏させるときにだけ生じるのです。

 You act according to the particular order of needs you establish.
 あなたは、自分で定めた具体的な必要性の序列に応じて行動します。

 This, in turn, depends on your perception of what you are.
 これは、言い方を変えれば、あなたが自分のことを何者だと知覚するかによって、あなたの行動は左右されるということです。

名称未設定

2. A sense of separation from God is the only lack you really need correct.
 神からの分離の感覚こそ、あなたが真に修正しなければならない唯一の不足です。

 This sense of separation would never have arisen if you had not distorted your perception of truth, and had thus perceived yourself as lacking.
 この分離感は、もしあなたが真理についての自分の知覚を歪めることによって自分自身のことを欠乏している存在だと知覚することがなかったなら、絶対に生じなかったはずのものです。

 The idea of order of needs arose because, having made this fundamental error, you had already fragmented yourself into levels with different needs.
 必要性に序列があるとの想念が生じたのは、神から分離して自分が欠乏しているというこの根本的な過ちを犯すことによって、あなたがすでに異なった必要性がある多様なレベルへと自分自身を断片化してしまっていたからです。

 As you integrate you become one, and your needs become one accordingly.
 あなたが断片化した自分を統合すると、あなたはひとつになり、それに伴って、あなたの必要性もひとつになります。

 Unified needs lead to unified action, because this produces a lack of conflict.
 必要性が統一されると、行動も統一されるようになります。なぜなら、必要性が統一されることで葛藤のない状態が生み出されるからです。



3. The idea of orders of need, which follows from the original error that one can be separated from God, requires correction at its own level before the error of perceiving levels at all can be corrected.
 必要性に序列があるという想念は、自分は神から分離できるという原初の誤りに引き続いて起こりました。したがって、少しでも必要性に序列があると知覚するレベル誤りを修正できるようになるためには、その前に、この誤りの元である神からの分離が可能だという原初の誤りレベルで修正がなされる必要があります。

 You cannot behave effectively while you function on different levels.
 あなたがそれとは違うレベルに働きかけているかぎり、あなたは効果的に行動することができません。

 However, while you do, correction must be introduced vertically from the bottom up.
 しかしながら、あなたがそのようにしているかぎりは、根底から表層に向けて、修正を垂直に取り入れていかなければなりません。

 This is because you think you live in space, where concepts such as "up" and "down" are meaningful.
 それは、あなたが「上昇」や「下降」といった概念が意味を持つ空間に自分が生きていると思いこんでいるからです。

 Ultimately, space is as meaningless as time.
 究極的には、時間と同じように、空間には意味がありません。

 Both are merely beliefs.
 時間も空間も両方とも、単なる信念にすぎないからです。

名称未設定

4. The real purpose of this world is to use it to correct your unbelief.
 この世界の真の目的は、それを使ってあなたの信頼の欠如を正すことです。

 You can never control the effects of fear yourself, because you made fear, and you believe in what you made.
 あなたは、恐れの結果を自分でコントロールすることは決してできません。なぜなら、恐れを作ったのはあなたであり、そして、あなたは自分の作ったものを信じているからです。

 In attitude, then, though not in content, you resemble your Creator, Who has perfect faith in his creations because he created them.
 この点において、内容は違っていますが、考え方においては、あなたは創造主に似ています。あなたの創造主は、自らの創造物たちに対して、自らが創造したがゆえに完全な信頼を抱いているからです。

 Belief produces the acceptance of existence.
 信じることが、信じるものの存在を受け入れさせます。

 That is why you can believe what no one else thinks is true.
 これが、あなたが、ほかには誰も真実だと思わないことでも信じることができる理由です。

 It is true for you because it was made by you.
 あなたがそれを作ったがゆえに、それはあなたにとっては真実になるのです。



5. All aspects of fear are untrue because they do not exist at the creative level, and therefore do not exist at all.
 どの側面から見ようとも、恐れは虚構にほかなりません。なぜなら、恐れは創造のレベルにおいて存在していないがゆえに、まったく存在しようがないからです。

 To whatever extent you are willing to submit your beliefs to this test, to that extent are your perceptions corrected.
 この恐れが存在しないというテストに、あなたがどれほど意欲的に自分の信念を差し出すか、その程度に応じて、あなたの知覚は修正されることになります。

 In sorting out the false from the true, the miracle proceeds along these lines:
 間違いを真実から選別するに際して、奇跡は次の順序で進みます。


Perfect love casts out fear.
完全な愛は、恐れを取り除きます。

If fear exists,
もし恐れが存在するなら、

Then there is not perfect love.
そのとき、そこに完全な愛はないということです。

But:
しかし、

Only perfect love exists.
存在するのはただ完全な愛だけです。

If there is fear,
もしそこに恐れがあるなら、

It produces a state that does not exist.
その恐れは、存在しない状態を生み出しているということです。


 Believe this and you will be free.
 このことを信じなさい。そうすれば、あなたは自由になれるでしょう。

 Only God can establish this solution, and this faith is his gift.
 ただ神だけが、このような解決法を定めることができるのであり、この信条は神からの贈り物なのです。


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 松山 健 Ken Matsuyama
この記事を書いた人:  松山 健 Ken Matsuyama

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ワークブック・パート② (158)
┣  ワークブック・パート②特別解説 (15)
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