There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T24-1 愛の代用としての特別性

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テキストから、の代用としての特別性についての一節をご紹介します。




私たちは、特別という言葉に弱いものです。

人とは違う特別な存在になりたい、特別なものを得たい、平々凡々では満足なんかできないと。

たしかに、自分が特別だと感じたり、扱われたりするととても気分がよいもので、エゴがよだれを垂らして喜ぶのがよくわかります。

しかし、特別性は、全体の中のひとかけらにだけ、よいものや悪いものが偏っているという状態であり、特別性が存在すると見ることは、分離があると見ることだし、特別性に価値を置くことは、価値判断をして裁くことを正当化し、争いによる分離の拡大を助長することになります。

特別性は神の子の真の姿を不明瞭にする攻撃です。

自分が特別な存在だと思う人が、自分よりも劣った存在である誰かのことを兄弟として、そして、自分自身として認識することなどありえないことです。

特別であろうとすることは全宇宙に闘いを挑むことです。


特別性の代用であって、特別であることに価値があるというのは錯覚であるということに気づいて、目標を分かち合う存在として兄弟を捉え直し、兄弟とし、そして、自分と同じものであるとみなす必要があるということです。


テキスト 第二十四章 

I. Specialness as a Substitute for Love 
の代用としての特別性


1. Love is extension.
 は拡張することです。

 To withhold the smallest gift is not to know love's purpose.
 最も小さな贈り物であっても、それを与えないでおくことは、の目的がわかっていないということです。

 Love offers everything forever.
 はあらゆるものを永遠に差し延べます。

 Hold back but one belief, one offering, and love is gone, because you asked a substitute to take its place.
 ただの一回でも信じることや差し延べることを控えたりしたら、は去ってしまいます。なぜなら、あなたはひとつの代用にに取って代わるよう求めたことになるからです。

 And now must war, the substitute for peace, come with the one alternative that you can choose for love.
 そうなると必ず、愛の代用としてあなたが選んだものに伴って、平安の代用である戦いが訪れることになります。

 Your choosing it has given it all the reality it seems to have.
 あなたが愛の代用を選んだことで、争いは本当に本物らしく思えるものとなってしまいます。





2. Beliefs will never openly attack each other because conflicting outcomes are impossible.
 ある信念と別の信念が公然と相互に攻撃し合うことは決してありません。なぜなら、矛盾する結論を出すことは不可能だからです。

 But an unrecognized belief is a decision to war in secret, where the results of conflict are kept unknown and never brought to reason, to be considered sensible or not.
 しかし、自分で信念に気づかずにいることは、密かに戦う決心をすることだといえます。その秘密の戦いでは、争いの結末はわからないままにされ、道理に適うことかどうか考慮するために理性の下にもたらされることは決してありません。

 And many senseless outcomes have been reached, and meaningless decisions have been made and kept hidden, to become beliefs now given power to direct all subsequent decisions.
 こうして数多くの愚かな結論に到達したり、無意味な決断の数々が下されて隠されたままにされて、今度は、それらが、その後のすべての決断を方向づける力を与えられた信念となります。

 Mistake you not the power of these hidden warriors to disrupt your peace.
 この気づかれていない信念という隠れた戦士が持つあなたの平安をかき乱す力を見損なってはなりません。

 For it is at their mercy while you decide to leave it there.
 というのは、あなたがそれらを放置しておこうと決断しているかぎりは、平安はその戦士たちのなすがままになってしまうからです。

 The secret enemies of peace, your least decision to choose attack instead of love, unrecognized and swift to challenge you to combat and to violence far more inclusive than you think, are there by your election.
 愛の代用として攻撃を選ぶあなたの小さな決断である、それらの平安の秘密のは、あなたにそうとは気づかせず、速やかに、あなたが思うよりずっと包括的に、あなたを闘いや暴力に駆り立てますが、あなたは自分の選択によってこのをそこにいさせているのです。

 Do not deny their presence nor their terrible results.
 それらのの存在を否認したり、それらのの及ぼすひどい影響を否認したりしないことです。

 All that can be denied is their reality, but not their outcome.
 否認することができるのはそれらの実在性だけであって、それらの結果ではないのです。


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3. All that is ever cherished as a hidden belief, to be defended though unrecognized, is faith in specialness.
 気づかれないにもかかわらず、守られるべき、隠れた信念としてこれまで大事にされてきたのは、特別であることに対する信頼だけです。

 This takes many forms, but always clashes with the reality of God's creation and with the grandeur that He gave His Son.
 この特別性への信頼は、様々な形態をとりますが、つねに神の創造したものの真実の姿や、神が子に授けた壮大さと衝突することになります。

 What else could justify attack?
 こんな衝突以外の何が攻撃を正当化できるでしょうか。

 For who could hate someone whose Self is his, and Whom he knows?
 相手の真の自己が自分の自己でもあり、しかも自分がその大いなる自己を知っているとしたら、いったい誰が、その相手のことを憎んだりできるでしょうか。

 Only the special could have enemies, for they are different and not the same.
 ただ特別な者だけがを持つことが可能となります。というのも、彼らは異なっており、同じではないからです。

 And difference of any kind imposes orders of reality, and a need to judge that cannot be escaped.
 そして、どんな違いも、実在性に序列を押しつけ、逃れようのない価値判断を必要にしてしまいます。





4. What God created cannot be attacked, for there is nothing in the universe unlike itself.
 神が創造したものが攻撃を受けることなど不可能です。というのは、宇宙には、それ自体と同じでないものは何ひとつ存在しないからです。

 But what is different calls for judgment, and this must come from someone "better," someone incapable of being like what he condemns, "above" it, sinless by comparison with it.
 しかし、異なるものがあるとすれば、価値判断が必要となります。そして、その価値判断は、「よりよい」誰か、自分の非難する相手のようにはなりえない誰かで、非難する相手より「高みにいる」誰か、非難する相手に比べて罪のない誰かによってなされなければなりません。

 And thus does specialness become a means and end at once.
 こうして特別であることが手段であると同時に目的になります。

 For specialness not only sets apart, but serves as grounds from which attack on those who seem "beneath" the special one is "natural" and "just. "
 なぜなら、特別だということは、区別するだけでなく、特別な者に「劣っている」ように見える者を攻撃することが「当然」で「正当」なことだという根拠を与えることになるからです。

 The special ones feel weak and frail because of differences, for what would make them special is their enemy.
 特別な者たちは違いのゆえに、自らを弱くて脆いと感じます。というのも、自分たちを特別な存在たらしめているのは自分たちのが存在するからこそだからです。

 Yet they protect its enmity and call it "friend. "
 それでも、特別な者たちは、自らの抱く敵意を保護して、それを「」と呼びます。

 On its behalf they fight against the universe, for nothing in the world they value more.
 そして、彼らは、特別性のために、全宇宙を相手に戦おうとします。なぜなら、この世界で、彼らが特別であること以上に価値を見出せるものは何もないからです。


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5. Specialness is the great dictator of the wrong decisions.
 特別であろうとすることが間違った決断に導く大きな強制力となります。

 Here is the grand illusion of what you are and what your brother is.
 ここにこそ、あなたと兄弟の本来の姿についての最大の錯覚があります。

 And here is what must make the body dear and worth preserving.
 そして、このことが、身体を大切で保護する価値があるものにしているに違いありません。

 Specialness must be defended.
 特別であることは守られるべきものとなります。

 Illusions can attack it, and they do.
 幻想は特別であることを攻撃できるし、現に攻撃します。

 For what your brother must become to keep your specialness is an illusion.
 というのは、あなたが特別であり続けるためには、あなたの兄弟たちはひとつの幻想とならなければならないからです。

 He who is "worse" than you must be attacked, so that your specialness can live on his defeat.
 あなたより「悪い」者は攻撃されるべきだし、その相手の敗北の上にあなたはいつまでも特別でいることができるわけです。

 For specialness is triumph, and its victory is his defeat and shame.
 というのも、特別であることは勝利であり、特別性の勝利は相手の敗北であり恥辱だからです。

 How can he live, with all your sins upon him?
 あなたの罪をすべて背負わされて、その相手はどうして生きていけるでしょうか。

 And who must be his conqueror but you?
 そして、その相手を征服した者とは、あなたにほかならないのです。





6. Would it be possible for you to hate your brother if you were like him?
 もしあなたが自分の兄弟と同じものであるとすれば、あなたにとって彼を憎むことは可能でしょうか。

 Could you attack him if you realized you journey with him, to a goal that is the same?
 もしあなたが自分はその兄弟とともに同じ目標に向かって旅をしているのだと理解したなら、あなたに彼を攻撃することなどできるでしょうか。

 Would you not help him reach it in every way you could, if his attainment of it were perceived as yours?
 もし兄弟目標を達成することが自分が目標を達成することだと知覚するなら、あなたは自分にできるかぎりの手立てを講じて、彼が目標を達成できるように手助けしようとするのではないでしょうか。

 You are his enemy in specialness; his friend in a shared purpose.
 特別であろうとするなら、あなたは兄弟の敵となり、目的を分かち合うなら、あなたは兄弟のとなります。

 Specialness can never share, for it depends on goals that you alone can reach.
 特別である状態は決して分かち合うことはできません。というのは、特別であることはあなただけが到達できる目標の上に成り立っているからです。

 And he must never reach them, or your goal is jeopardized.
 そうすると、兄弟は決して目標を達成すべきではないということになります。さもないと、あなたの目標が危険にさらされてしまうからです。

 Can love have meaning where the goal is triumph?
 勝利が目標とされるようなところで、愛が意味を持つことなどできるでしょうか。

 And what decision can be made for this that will not hurt you?
 勝利という目標に向けて決断することで、あなたを傷つけずに済むようなどんな決断を下せるというのでしょうか。

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7. Your brother is your friend because his Father created him like you.
 あなたの兄弟はあなたのです。なぜなら、その兄弟の大いなる父は、彼をあなたと同じものとして創造したからです。

 There is no difference.
 あなたと兄弟には、何の違いもありません。

 You have been given to your brother that love might be extended, not cut off from him.
 あなたが兄弟に与えられたのは、兄弟から愛を切り離すためではなく、愛を拡張するためです。

 What you keep is lost to you.
 あなたが自分のものとして保とうとするものは失ったも同然です。

 God gave you and your brother Himself, and to remember this is now the only purpose that you share.
 神は、あなたと兄弟に神自身を与えてくれたのであり、今や、このことを思い出すことだけが、あなたと兄弟の分かち合う唯一の目的です。

 And so it is the only one you have.
 だから、それがあなたの持つ唯一の目的です。

 Could you attack your brother if you chose to see no specialness of any kind between you and him?
 もしあなたが自分と兄弟の間に何の特別性もまったく見ないことを選んだなら、あなたに兄弟を攻撃することができるでしょうか。

 Look fairly at whatever makes you give your brother only partial welcome, or would let you think that you are better off apart.
 あなたに自分の兄弟を全面的に歓迎する気にさせないもの、あるいは、兄弟から離れていたほうがましだと思わせるものがあるなら、それが何であれ、それを虚心坦懐に見つめてください。

 Is it not always your belief your specialness is limited by your relationship?
 それはつねに、自分が関係を結ぶことによって、自分の特別さが制限されてしまうというあなたの信念ではないでしょうか。

 And is not this the "enemy" that makes you and your brother illusions to each other?
 そして、この信念こそが、あなたと兄弟を相互に幻想の存在にしてしまう「敵」なのではないでしょうか。





8. The fear of God and of your brother comes from each unrecognized belief in specialness.
 神と自分の兄弟に対する恐れは、特別であることについての信念をそうとは気づかずに抱くたびに生じます。

 For you demand your brother bow to it against his will.
 というのも、あなたは兄弟に、あなたが特別だという信念に彼の意に反して従うように要求しているからです。

 And God Himself must honor it or suffer vengeance.
 そして、神自身もあなたが特別であることを尊重するか、復讐を容認するに違いないというのです。

 Every twinge of malice, or stab of hate or wish to separate arises here.
 悪意の疼きや憎しみの刺すような痛みや分離したいという願望の数々が、ここで生じてきます。

 For here the purpose that you and your brother share becomes obscured from both of you.
 というのは、ここにおいて、あなたと兄弟とが分かち合う目的は、あなたにも兄弟にもともに不明瞭になってしまうからです。

 You would oppose this course because it teaches you you and your brother are alike.
 このコースは、あなたと兄弟は同じだとあなたに教えようとするので、あなたはこのコースに反対しようとするでしょう。

 You have no purpose that is not the same, and none your Father does not share with you.
 同じではない目標や、大いなる父があなたとともに分かち合っていない目標など、あなたはひとつも持っていません。

 For your relationship has been made clean of special goals.
 というのは、すでにあなたの関係からは、特別な目標は一掃されているからです。

 And would you now defeat the goal of holiness that Heaven gave it?
 あなたは今になって、天国があなたの関係に与えてくれた神聖さという目標を挫くつもりなのでしょうか。

 What perspective can the special have that does not change with every seeming blow, each slight, or fancied judgment on itself?
 自分が攻撃されているように思えたり、自分が侮辱と受けたと感じたり、自分が裁かれたと想像したりするつど、ころころと視点が変転してしまうような視座以外のどのような視座を特別である者が持つことができるでしょうか。


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9. Those who are special must defend illusions against the truth.
 特別だと思う者たちは、真理に逆らって幻想を守らなければなりません。

 For what is specialness but an attack upon the Will of God?
 というのは、特別であろうとすることは、神の大いなる意志に対する攻撃以外の何ものでもないからです。

 You love your brother not while it is this you would defend against him.
 あなたが兄弟に反対し、自分が特別であることを守ろうとしているかぎり、あなたは兄弟を愛しているとはいえません。

 This is what he attacks, and you protect.
 あなたが特別であることを兄弟は攻撃し、そして、あなたは自分が特別であることを守ろうとすることになります。

 Here is the ground of battle which you wage against him.
 ここにこそ、あなたが兄弟に対して戦いをしかける根拠があります。

 Here must he be your enemy and not your friend.
 ここでは、彼はあなたの敵であり、味方ではないに違いありません。

 Never can there be peace among the different.
 異なる者同士の間では、決して平安はありえません。

 He is your friend because you are the same.
 しかし、あなたたちは同じものなのだから、その兄弟はあなたの味方なのです。


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