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There Is No Spoon

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レッスン133「私は、無価値なものに価値を置かないことにする」


レッスン133です。

今日のテーマは「私は、無価値なものに価値を置かないことにする」です。




今回は、世界は幻想だというような規模の大きな事柄ではなく、私たちの実際上の関心事、自分たちの利益という観点で考えてみるということが冒頭で述べられます。



おっ!イエス直伝で、引き寄せの法則でも教えてくれるのか?と期待してしまいますが、残念ながらそうではありません。


そうではありませんが、そんなものよりもはるかに価値のあるものを与えてくれます。

それは、私たちがこの世界の差し出す偽りの満足に欺かれることなく、真の利益を享受できるように、自分の欲しいと思うものが自分にとって真に値打ちのあるものかどうか判定する基準を教えてくれるということです。


もし本当に、自分の願いがきっちりそのまま何でも引き寄せられる力を身につけたとしたら、はたしてそれは本当にすばらしいことでしょうか?

そもそも、エゴレベルでの思い通りの人生というのは、裏技を使って敵モードでプレイするゲームのようなもので、単純に言ってとてもつまらない人生でしかないはずです。

それだけでなく、エゴにとらわれた自分の狭い了見での願望や欲望に憑依されているような今の自分が抱く思いをすべて即座に引き寄せてしまったとしたらと思うと、怖くならないでしょうか?

大混乱を引き寄せずにいる自信がある人はどれだけいるでしょうか。

それほど自分の思うことは信頼できるでしょうか、自分の心は自分の意のままに働いてくれるでしょうか。

大切な人とちょっとしたけんかをして一瞬殺意を抱いたら、即座にそれが現実になってしまうし、大いなる自己の観点からすれば、魂にこびりついた知覚の歪みを修正するためにどうしても必要なレッスンをエゴの観点ですっ飛ばしてしまっていいのでしょうか。

今以上にエゴの束縛でがんじがらめになるばかりで、その度合いに拍車がかかり、熱病のような喜怒哀楽は快楽というよりも苦痛でしかないはずです。


おそらく霊魂としての私たち(魂も究極的には存在しない幻想ですが)が「あの世」にいるときの状態は、究極の引き寄せ状態のはずです。
それは思考したことがなんの抵抗もなく瞬時に実現する世界です。

思考によって想念を作り出すことを経験やスキルを要する技能として捉えるなら、上級者は愛に満ちた素晴らしい想念を作り出して保つことができるのに対して、初心者やいつまで経っても上達しない下手くそな魂は、動機が愛であっても憎しみに満ちた想念を作り出してしまい、悪循環でそこから抜け出せなくなるはずです。

思いが即座にその通りになる状態に置かれたら、なかなか思いを上手に描く能力が発達しない、つまり、地獄にいる状態から脱出できないことになります。

この世界では、時空や他者の存在によって思いが実現するまで抵抗が作用して想念の思い直しができ、少しずつ正しく思考する訓練ができるので、この世界は魂の成長のための学校のようなものだという見方にも一理あると思います。世界は未熟な魂が思考に上達するための安全装置が整備された託児所のようなものだということです。

この観点で見ると、一見思い通りの人生に見えている順風満帆な人生は魂の観点では成長の機会に見放された失敗続きの敗北の人生であり、苦境に喘ぎ塗炭を舐めるような人生ほど魂にとって順調な人生ということになります。

愛の法則(=引き寄せの法則)は、絶対の法則であるとしても、それを上手に使いこなせないからこそ、この世界で思いが実現するまでに時空の制約というバッファーを入れて練習しているのだとしたら、裏技を使ってバッファーを外してしまえる状態を実現することは学校でカンニングをしてテストでいい点を取るようなもので、得をしているつもりで実は損をしている、かえって自分の首を絞めるだけの結果になります。

思いを即座に実現することに執着するよりも、はたして自分が正しく思えているのか見極めることに意識を切り替えたほうが真の幸せにつながるはずです。


今日のレッスンでは、本当に自分にとって価値あるものとは何かを教えてくれる基準を教えてくれるというのであり、きっと何よりの宝になると思います。


最後に、自分にとって価値あるものか判定するための基準をまとめておきます。

第一の基準:もしあなたが永遠に続かないような物事を選択するなら、あなたの選んだものに価値はありません。

第二の基準:もしあなたがほかの誰かから何かを取りあげることを選択するなら、あなたの許には何も残らないでしょう。

第三の基準:もしあなたが自分の選択について何らかの罪悪感を抱くなら、あなたは真のふたつの選択肢の間にエゴの目標が入りこむのを許したのです。



表面的にエゴが喜ぶような思い通りの人生の虚しさについて考える参考になると思いますので、M8 簡単な奇跡と難しい奇跡ってあるの?でも紹介している「苦悩する者のための信条」を貼り付けておきます。


A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED
苦悩する者のための信条


I asked God for strength, that I might achieve
私は、自分が何かを成し遂げられるようにと、神に力を求めたが、

I was made weak, that I might learn humbly to obey...
私は、謙虚に神に従うことを学ぶようにと、弱き者とされた



I asked for health, that I might do greater things
私は、偉大なことをなしうるようにと、健康を求めたが、

I was given infirmity, that I might do better things...
私は、より良いことをなしうるようにと、病弱を授かった



I asked for riches, that I might be happy
私は、自分が幸福になれるようにと、富を求めたが、

I was given poverty, that I might be wise
私は、賢明になれるようにと、貧しさを授かった



I asked for power, that I might have the praise of men
私は、人々からの賞賛を得られるようにと、力を求めたが、

I was given weakness, that I might feel the need of God...
私は、神が必要だと感じられるようにと、弱さを授かった



I asked for all things, that I might enjoy life
私は、私が人生を謳歌できるようにと、すべてのものを求めたが、

I was given life, that I might enjoy all things...
私は、私が万物を喜ばせられるようにと、生命を賜った



I got nothing I asked for-but everything I had hoped for;
私は自分が表向きに求めたものは何ひとつ得られなかったが、私が心の底で望んだものはすべて得られた

Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
まるで不本意とも言うべき形で、私の魂からの祈りは聞き入れられたのだ



I am, among all men, most richly blessed!
私は、どこの誰よりも、最も豊かに祝福されているのだ



Lesson 133


I will not value what is valueless.
私は、無価値なものに価値を置かないことにする。



1. Sometimes in teaching there is benefit, particularly after you have gone through what seems theoretical and far from what the student has already learned, to bring him back to practical concerns.
 ときに、授業の中で、生徒を実際的な関心事に引き戻すことは役に立つものです。とくに、理論的で、それまで生徒が習得していたものからはるかにかけ離れているように思えることを学習したあとはそうだといえます。

 This we will do today.
 今日、私たちは、これを行います。

 We will not speak of lofty, world-encompassing ideas, but dwell instead on benefits to you.
 私たちは、世界を包摂する想念のような高尚なことを語るのではなく、その代わりに、あなたにとっての利益について考えてみることにします。



2. You do not ask too much of life, but far too little.
 あなたは人生に多くを求めすぎているわけではありません。それどころかむしろ、あまりにわずかしか求めていないのです。

 When you let your mind be drawn to bodily concerns, to things you buy, to eminence as valued by the world, you ask for sorrow, not for happiness.
 あなたが自分の心を身体にまつわる関心事であるとか、自分の買うものであるとか、この世界で重きを置かれる高い地位や名声を得るというようなことに引き寄せられるままにするとき、あなたは幸福ではなく悲嘆を求めているのです。

 This course does not attempt to take from you the little that you have.
 このコースは、あなたの持つわずかばかりのものをあなたから取りあげようとしているわけではありません。

 It does not try to substitute utopian ideas for satisfactions which the world contains.
 このコースは、この世界から得る満足の代わりに夢想的な想念で置き換えようとするわけでもありません。

 There are no satisfactions in the world.
 そもそもこの世界に満足など存在しないのです。



3. Today we list the real criteria by which to test all things you think you want.
 今日、私たちは、自分が欲しているとあなたが思っているすべての物事をテストできる真の基準をリストアップします。

 Unless they meet these sound requirements, they are not worth desiring at all, for they can but replace what offers more.
 それらの物事がこの基準の堅固な要件をクリアしないかぎり、それらの物事を切望する値打ちなどまったくありません。というのも、それらの物事は、より多くをもたらすものの場所を奪うことしかできないからです。

 The laws that govern choice you cannot make, no more than you can make alternatives from which to choose.
 選択を左右する法則を作り出すことはあなたにはできないし、選ぶべき選択肢を作り出すこともあなたにはできません。

 The choosing you can do; indeed, you must.
 ただし、選択することであれば、あなたにもできるし、まさしくあなたがすべきなのは選択です。

 But it is wise to learn the laws you set in motion when you choose, and what alternatives you choose between.
 しかし、自分が選択する際に作用する法則を学び、そして、自分がどのような選択肢から選択するのかを学んでおくのは賢明なことです。



4. We have already stressed there are but two, however many there appear to be.
 私たちはすでに、たくさんの選択肢があるように見えてはいても、ふたつの選択肢しかないことをしっかり確認しました。

 The range is set, and this we cannot change.
 選択の範囲は決まっており、これを私たちが変更することはできません。

 It would be most ungenerous to you to let alternatives be limitless, and thus delay your final choice until you had considered all of them in time; and not been brought so clearly to the place where there is but one choice that must be made.
 選択肢制限であったなら、それほどあなたに酷なことはなかったでしょう。選択肢数にあるとすれば、あなたがすべての選択肢を時間の中で熟慮し終えて、もうこれしか選択肢は残されていないとはっきりするところに到達するまで、あなたが最終的な選択をなすのが遅れることになってしまうからです。



5. Another kindly and related law is that there is no compromise in what your choice must bring.
 選択に関してのもうひとつの優しい法則は、あなたの選択がもたらすものには何の妥協もないということです。

 It cannot give you just a little, for there is no in between.
 あなたの選択があなたにほんのわずかだけ与えるということはできません。というのは、両者の中間の選択肢はないからです。

 Each choice you make brings everything to you or nothing.
 あなたが下すいかなる選択も、すべてをあなたにもたらすか、あるいは、すべてをに帰すかのどちらかです。

 Therefore, if you learn the tests by which you can distinguish everything from nothing, you will make the better choice.
 それゆえ、もしあなたがすべての物事をから識別できるテストを学ぶなら、あなたはよりよい選択をするようになるでしょう。



6. First, if you choose a thing that will not last forever, what you chose is valueless.
 第一の基準はこうです。もしあなたが永遠に続かないような物事を選択するなら、あなたの選んだものに価値はありません。

 A temporary value is without all value.
 一時的な価値には、まったく価値がないからです。

 Time can never take away a value that is real.
 時間は、決して本物からその真価を奪い去ることはできません。

 What fades and dies was never there, and makes no offering to him who chooses it.
 衰えて死ぬようなものは、一度も存在してはいないので、それを選択する者に何も与えてはくれません。

 He is deceived by nothing in a form he thinks he likes.
 それを選択する者は、自分の気に入った形をしたによって欺かれているだけなのです。



7. Next, if you choose to take a thing away from someone else, you will have nothing left.
 次の基準はこうです。もしあなたがほかの誰かから何かを取りあげることを選択するなら、あなたの許には何も残らないでしょう。

 This is because, when you deny his right to everything, you have denied your own.
 それは、あなたがすべてのものを得る権利をその人が持っていることを否定するとき、あなたは自分が同じ権利を持っていることを否定していることになるからです。

 You therefore will not recognize the things you really have, denying they are there.
 それゆえ、あなたは、自分が本当に持っているものがそこにあることを否認しているので、自分が真に所有するものに気づかないままになります。

 Who seeks to take away has been deceived by the illusion loss can offer gain.
 他人のものを取りあげようとする者は、誰かの損失が自分に利益をもたらすことができるという錯覚に騙されているのです。

 Yet loss must offer loss, and nothing more.
 しかし、損失は損失以外の何ものをも差し出さないに違いありません。



8. Your next consideration is the one on which the others rest.
 あなたが次に考えることになる基準は、それ以外の残りの基準が依拠する土台となる基準です。

 Why is the choice you make of value to you?
 なぜ、あなたがなす選択はあなたにとって価値を持つのでしょうか。

 What attracts your mind to it?
 何があなたの心をそれに引きつけるのでしょうか。

 What purpose does it serve?
 それは、どんな目的に役立つのでしょうか。

 Here it is easiest of all to be deceived.
 ここが、何にもまして誤解しやすいポイントです。

 For what the ego wants it fails to recognize.
 というのも、エゴは自分が何を望んでいるのか識別できないからです。

 It does not even tell the truth as it perceives it, for it needs to keep the halo which it uses to protect its goals from tarnish and from rust, that you may see how "innocent" it is.
 エゴは、真理を自らがそれを知覚したまま告げることすらしません。というのも、エゴは、自らの目標がいかに「清らか」なものかあなたに見せつけるために、その目標が汚れて変色して曇ったり、錆びついたりしているのが見えないように、後光を射させて保っておかなければならないからです。



9. Yet is its camouflage a thin veneer, which could deceive but those who are content to be deceived.
 しかし、エゴの偽装工作は薄っぺらなうわべだけの虚飾であり、思い違いした状態に満足しているような者を騙すことくらいしかできません。

 Its goals are obvious to anyone who cares to look for them.
 それを真に見ようと注意を払う者であれば誰にとっても、エゴが何を目標にしているかは見え透いています。

 Here is deception doubled, for the one who is deceived will not perceive that he has merely failed to gain.
 ここに、二重の欺瞞があります。というのも、騙されている者は、自分が単に利益を獲得し損ねただけだとは知覚したがらないからです。

 He will believe that he has served the ego's hidden goals.
 彼は、自分がエゴの秘めた目標に奉仕できたと信じようとするのです。



10. Yet though he tries to keep its halo clear within his vision, still must he perceive its tarnished edges and its rusted core.
 しかし、彼がエゴの後光を自分の視界の中に明白に保とうとしても、どうしても、エゴの目標の縁が汚れて曇っていたり、エゴの目標の中核部分が錆びついているのに気づいてしまいます。

 His ineffectual mistakes appear as sins to him, because he looks upon the tarnish as his own; the rust a sign of deep unworthiness within himself.
 彼は汚れて曇っているのは自分のほうであり、錆のことを自分自身の根深い無価値さの印だとみなしてしまうので、彼には無力なはずの自分の間違いが罪であるように見えてしまいます。

 He who would still preserve the ego's goals and serve them as his own makes no mistakes, according to the dictates of his guide.
 依然としてエゴの目標を維持し、自分自身の目標として、その目標に奉仕しようとする彼は、彼のガイドの指示に従うかぎりにおいては、何の間違いも犯してはいません。

 This guidance teaches it is error to believe that sins are but mistakes, for who would suffer for his sins if this were so?
 このエゴの導きは、罪が単に間違いでしかないと信じるのは誤りだと教えます。というのも、もし罪が単なる間違いでしかなかったら、自らの罪に悩み苦しむ者は誰もいなくなってしまうからです。



11. And so we come to the criterion for choice that is the hardest to believe, because its obviousness is overlaid with many levels of obscurity.
 したがって、次の選択の基準は、最も信じがたいものとなります。なぜなら、何層もの曖昧さによって覆われてその明白さがわからなくなってしまっているからです。

 If you feel any guilt about your choice, you have allowed the ego's goals to come between the real alternatives.
 その基準はこういうものです。もしあなたが自分の選択について何らかの罪悪感を抱くなら、あなたは真のふたつの選択肢の間にエゴの目標が入りこむのを許したのです。

 And thus you do not realize there are but two, and the alternative you think you chose seems fearful, and too dangerous to be the nothingness it actually is.
 こうして、あなたはふたつしか選択肢がないことに気づかなくなり、自分が選んだと思っている選択肢が恐ろしく見えたり、本当は無でしかないにしてはあまりに危険すぎるように思えてきます。



12. All things are valuable or valueless, worthy or not of being sought at all, entirely desirable or not worth the slightest effort to obtain.
 すべての物事は、価値があるか価値がないか、いやしくも探求する値打ちがあるかないか、完全に望ましいものであるかそれを得るために少しでも努力を払う価値もないかのいずれかです。

 Choosing is easy just because of this.
 選択が容易なのは、まさにこの理由によります。

 Complexity is nothing but a screen of smoke, which hides the very simple fact that no decision can be difficult.
 複雑さは、いかなる決断も困難ではありえないという、実にシンプルな事実を隠すための煙幕にすぎません。

 What is the gain to you in learning this?
 これを学ぶことであなたに何の得があるでしょうか。

 It is far more than merely letting you make choices easily and without pain.
 それには、単にあなたの選択を簡単で痛みの伴わないものにしてくれるということをはるかに上回るメリットがあります。



13. Heaven itself is reached with empty hands and open minds, which come with nothing to find everything and claim it as their own.
 天国そのものには、空っぽの手と開かれた心で到達します。何も持たずに来てこそ、すべてを見出し、それを自らのものと宣言できます。

 We will attempt to reach this state today, with self-deception laid aside, and with an honest willingness to value but the truly valuable and the real.
 私たちは今日、自己欺瞞を捨てて、真に尊い本物だけに価値を置くという偽りのない意欲をもって、この状態に到達することを試みます。

 Our two extended practice periods of fifteen minutes each begin with this:
 2回の長いほうの実習では、それぞれ15分間をかけて次のように始めてください。


I will not value what is valueless, and only what has value do I seek, for only that do I desire to find.
私は、無価値なものに価値を置かないことにする。だから、ただ価値あるものだけを私は探し求める。というのも、ただ価値あるものだけが私が見出すことを切望するものだからだ。



14. And then receive what waits for everyone who reaches, unencumbered, to the gate of Heaven, which swings open as he comes.
 それから、天国の門に近づく者たちみんなを待ち受けているものを受け取ってください。重荷を降ろしてその人が近づけば、門の扉は開きます。

 Should you begin to let yourself collect some needless burdens, or believe you see some difficult decisions facing you, be quick to answer with this simple thought:
 自分が負う必要のない重荷を集めたり、自分が困難な決断を迫られていると信じたりしそうになったら、速やかに次のようなシンプルな考えでそれに応ずるようにしてください。


I will not value what is valueless, for what is valuable belongs to me.
私は無価値なものに価値を置かないことにする。なぜなら、私にふさわしいのは価値あるものだからだ。


名称未設定

それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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Comments 3

Kino

07

こんにちは。kenさんの短評、ドラえもんの「独裁スイッチ」というお話を思い出しました。
http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/hujiko.html
何でも思い通りになる世界が、エゴ存在にとって滅びの魔術になり得るのも、その通りだと思います。知らず知らずに児童作品などで示唆的なお話に触れていたのは、なんだか素敵ですね。

2013-11-10 (Sun) 00:30 | EDIT | REPLY |   

ken

ありがとうございます

Kinoさん、ありがとうございます。
ドラえもんの「独裁スイッチ」、知らなかったですが、貼付けてもらったサイトのあらすじを読んで、私たちはのび太なんだなあと思いました。
ドラえもんはのび太にしかいませんが、聖霊はみんなについいてくれるんですから、私たちみんなのび太のような幸せ者だということができますね。
紙屋研究所さんhttp://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/面白いですね。紹介ありがとうございます。

2013-11-10 (Sun) 14:04 | EDIT | REPLY |   

Kino

07

インターネットの出現だって、こりゃ4次元ポケットだと感じたことがありますよ。ひみつどうぐを出して助けてくれつつ、のび太的エゴ性を本人に気付かせて修正していってくれる聖霊。。なんとなく分かる気がしますよ!
検索して引っ張っただけでしたが、紙屋研究所さん面白いですね。kenさんいつも有難うございます!

2013-11-10 (Sun) 14:48 | EDIT | REPLY |   

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