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レッスン135「もし私が自分自身を防衛しようとするなら、私は攻撃されることになる。」

レッスン135です。

今日のテーマは「もし私が自分自身を防衛しようとするなら、私は攻撃されることになる。」です。





今日は、計画について語られます。

私たちは、未来をあれこれと案じて、過去を教訓として計画を自分なりに立てようとします。

けれど、このレッスンでは、計画を立てることは、防衛であり、幻想に幻想を重ねることであり、修正をいっそう困難にするものだといいます。

なかなか納得はしがたいところです。

ですが、計画を立てることで究極的に何を守ろうとしているのか考えてみると、それは身体でしかないということがわかるはずだといいます。

そして、身体を防衛しようとするとき、私たちは、自分の心を攻撃することになるといいます。

それは、自分を身体と同一視して真の自分に対抗することだからです。

分量的にも読み応えがあると思います。じっくり読んでみてください。


Lesson 135


If I defend myself I am attacked.
もし私が自分自身を防衛しようとするなら、私は攻撃されることになる。






1. Who would defend himself unless he thought he were attacked, that the attack were real, and that his own defense could save himself?
 自分が攻撃されたのであり、その攻撃は現実のことであり、そして、自分が防衛することで自分自身を助けられると思わないかぎり、誰が自分自身を守ろうとするでしょうか。

 And herein lies the folly of defense; it gives illusions full reality, and then attempts to handle them as real.
 そして、ここにこそ防衛の愚かさを見出すことができます。防衛は、幻想に全面的な現実味を付与した上で、幻想を現実として扱おうと試みます。

 It adds illusions to illusions, thus making correction doubly difficult.
 防衛は、幻想を幻想につけ加え、そうして、修正を二重に困難なものにします。

 And it is this you do when you attempt to plan the future, activate the past, or organize the present as you wish.
 そして、あなたが将来の計画を立てたり、過去を再生したり、現在を自分の望むように秩序立てようとしたりするとき、あなたがしているのはこんなことなのです。




2. You operate from the belief you must protect yourself from what is happening because it must contain what threatens you.
 あなたは、自分に起こっている出来事は自分を脅威にさらすものを含んでいるに違いないので、自分に起こっていることから自分自身を守らなければならないと信じて行動します。

 A sense of threat is an acknowledgment of an inherent weakness; a belief that there is danger which has power to call on you to make appropriate defense.
 脅威を感じることは、内なる弱さを承認することです。それは、あなたに適切に防衛しなければならないと思わせるだけの力を持つ危険が存在すると信じることです。

 The world is based on this insane belief.
 この世界は、この狂気の信念に基盤を置いています。

 And all its structures, all its thoughts and doubts, its penalties and heavy armaments, its legal definitions and its codes, its ethics and its leaders and its gods, all serve but to preserve its sense of threat.
 そして、この世界を構成するすべてのもの、この世界のすべての思いや疑念、世界の刑罰や重々しい軍備、世界の法律上の定義や法典、世界の倫理や指導者や神々、それらすべては、世界の脅威の感覚を維持するためだけに奉仕しています。

 For no one walks the world in armature but must have terror striking at his heart.
 というのは、鎧をつけてこの世界を歩む者はみんな、胸を突き刺すような恐怖を抱いているに違いないからです。






3. Defense is frightening.
 防衛することは、恐れおののくことです。

 It stems from fear, increasing fear as each defense is made.
 防衛は、恐怖から派生し、防衛策を講じるたびに、恐怖は増大します。

 You think it offers safety.
 あなたは、防衛が安全性を提供してくれると思っています。

 Yet it speaks of fear made real and terror justified.
 しかし、防衛することは、恐れが本物とされて恐怖に怯えるのが当然だとされたことを物語っています。

 Is it not strange you do not pause to ask, as you elaborate your plans and make your armor thicker and your locks more tight, what you defend, and how, and against what?
 あなたが入念に計画を立てて、自らの武装をより重厚なものとし、鍵を厳重に掛けながら、自分が何を守ろうとしており、何に対して防衛しようとしているのか、あなたが立ち止まって尋ねようとしないのは奇妙なことではないでしょうか。





4. Let us consider first what you defend.
 まず、あなたは何を守ろうとしているのか考えてみましょう。

 It must be something that is very weak and easily assaulted.
 あなたの守ろうとするものは、とても弱くて簡単に攻撃されてしまう何かであるに違いありません。

 It must be something made easy prey, unable to protect itself and needing your defense.
 それは、やすやすと餌食にされてしまうもので、自分自身を守ることができず、あなたに防衛してもらうことを必要としているものであるに違いありません。

 What but the body has such frailty that constant care and watchful, deep concern are needful to protect its little life?
 そんなにも脆弱で、つねに注意して警戒し、そのちっぽけな生命を守るためにひどく心配することが必要なのは、身体以外には何があるでしょうか。

 What but the body falters and must fail to serve the Son of God as worthy host?
 神の子にふさわしい宿主として、神の子に奉仕するには弱くて頼りなく、満足に奉仕し損ねるに違いないのは身体以外にはないのではないでしょうか。





5. Yet it is not the body that can fear, nor be a thing of fear.
 しかし、恐れることができるのは身体ではないし、身体は恐ろしいものになることもできません。

 It has no needs but those which you assign to it.
 身体には、あなたが身体に割り当てる必要性しかありません。

 It needs no complicated structures of defense, no health-inducing medicine, no care and no concern at all.
 身体は、複雑な防衛機構を必要としないし、健康を増進させる薬品も、何の世話も気遣いもまったく必要ありません。

 Defend its life, or give it gifts to make it beautiful or walls to make it safe, and you but say your home is open to the thief of time, corruptible and crumbling, so unsafe it must be guarded with your very life.
 身体の生命を守ったり、身体を美しくする贈り物や身体を安全にする壁を身体に与えるとき、あなたは単に、自分の家は、時間という泥棒が自由に入り込めるために朽ちて崩壊していく本当に安全とはいえないものなので、まさに命がけでわが家である身体を守らなければならないと言っているのです。





6. Is not this picture fearful?
 この光景は恐ろしいものではないでしょうか。

 Can you be at peace with such a concept of your home?
 自分の家をこんなふうに思いながら、あなたは心安らかでいられるでしょうか。

 Yet what endowed the body with the right to serve you thus except your own belief?
 しかし、このようにあなたに奉仕する権利を身体に授けたのは、ほかならぬあなた自身の信念なのではないでしょうか。

 It is your mind which gave the body all the functions that you see in it, and set its value far beyond a little pile of dust and water.
 身体にあなたが身体の中に見ているそのすべての機能を与え、そして、ただの塵と水の塊をはるかに超えたものとしての価値を身体に置いているのは、あなたの心なのです。

 Who would make defense of something that he recognized as this?
 このことに気づいたなら、いったい誰がそんなものを防衛しようとするでしょうか。





7. The body is in need of no defense.
 身体は、何の防衛も必要としていません。

 This cannot be too often emphasized.
 身体が防衛を必要としないことは、本当に何度でも強調しておかねばなりません。

 It will be strong and healthy if the mind does not abuse it by assigning it to roles it cannot fill, to purposes beyond its scope, and to exalted aims which it cannot accomplish.
 もし心が、身体の許容範囲を越えた用途であるとか、身体には成し遂げることのできないような崇高な目的といった身体には果たすことのできないような役割を身体に割りつけることによって身体を乱用しないなら、身体は強壮で健康であり続けるでしょう。

 Such attempts, ridiculous yet deeply cherished, are the sources for the many mad attacks you make upon it.
 馬鹿げてはいるものの深く大切にされているそんな試みこそが、あなたが身体に対して行う数多くの狂気の攻撃の源なのです。

 For it seems to fail your hopes, your needs, your values and your dreams.
 というのも、身体は、あなたの希望や必要性、あなたの価値観や夢の数々を果たし損ねるように思えるからです。



8. The "self" that needs protection is not real.
 保護を要する「小さな自己」は本当にあるものではありません。

 The body, valueless and hardly worth the least defense, need merely be perceived as quite apart from you, and it becomes a healthy, serviceable instrument through which the mind can operate until its usefulness is over.
 無価値でほんのわずかでも防衛する値打ちすらない身体は、単に、あなたとはまったくかけ離れたものとして知覚される必要があるだけです。そのように知覚されれば、身体は、それを通じて、身体の有用性が尽きるまで心が操作できる健康で長く役に立つ道具となります。

 Who would want to keep it when its usefulness is done?
 いったい誰が、身体の有用性が尽きたときにまで、身体をなおも保ちたいと意図するでしょうか。






9. Defend the body and you have attacked your mind.
 身体を防衛しようとするなら、あなたは自分の心を攻撃してしまったのです。

 For you have seen in it the faults, the weaknesses, the limits and the lacks from which you think the body must be saved.
 というのも、あなたは身体のことを、身体がそれから救われなければならないと思うような、不完全で、脆弱で、制限されて欠落したものとして見てしまっているからです。

 You will not see the mind as separate from bodily conditions.
 あなたは、身体的な条件とは無関係のものとして心を見ようとはしないでしょう。

 And you will impose upon the body all the pain that comes from the conception of the mind as limited and fragile, and apart from other minds and separate from its Source.
 だから、あなたは、制限されて脆弱で、他の心から隔絶し、その源からも切り離されているものとしての小さな心という概念に由来するすべての苦痛を身体に押しつけることになります。






10. These are the thoughts in need of healing, and the body will respond with health when they have been corrected and replaced with truth.
 これらこそが、癒しを必要とする思いであり、これらの思いが修正され、真理に置き換わったとき、身体は健やかに反応するようになります。

 This is the body's only real defense.
 これが、身体の唯一の真の防衛となります。

 Yet is this where you look for its defense?
 それなのに、あなたはここに身体の防衛を見出そうとはしていません。

 You offer it protection of a kind from which it gains no benefit at all, but merely adds to your distress of mind.
 あなたは身体に、身体にはまったく何の益にもならず、単にあなたの心に痛みを加えることにしかならないような種類の防衛を差し出しているのです。

 You do not heal, but merely take away the hope of healing, for you fail to see where hope must lie if it be meaningful.
 あなたは癒すどころか、単に癒しの希望を取り去っているだけなのです。というのも、あなたは、希望が意味を持つためにどこに希望を見出すべきか見誤っているからです。





11. A healed mind does not plan.
 癒された心は計画を立てることをしません。

 It carries out the plans that it receives through listening to wisdom that is not its own.
 癒された心は、自分自身のものではない英知に耳を傾けることを通して自分が受け取る計画を実行します。

 It waits until it has been taught what should be done, and then proceeds to do it.
 癒された心は、自分が何をなすべきか教えられるまで待ち、それから、その計画を実行に移します。

 It does not depend upon itself for anything except its adequacy to fulfill the plans assigned to it.
 癒された心は、自分に割り当てられた計画を果たすことに自分が適任であること以外は何も自分自身に頼ることはありません。

 It is secure in certainty that obstacles can not impede its progress to accomplishment of any goal that serves the greater plan established for the good of everyone.
 癒された心は、全員のためになるように定められたより偉大な計画に奉仕する目標を達成するための前進をいかなる障害も妨げることができないことを固く確信しています。。




12. A healed mind is relieved of the belief that it must plan, although it cannot know the outcome which is best, the means by which it is achieved, nor how to recognize the problem that the plan is made to solve.
 たとえいずれが最善の成果なのか知ることができず、それを達成する手段も、その計画が解決しようとしている問題をいかに識別するのかも知ることができないとしても、癒された心は、自分が計画を立てなければならないという信念から解放されています。

 It must misuse the body in its plans until it recognizes this is so.
 心は、自分は計画を立てなくてよいということがその通りであると気づかないかぎり、自分の計画によって身体を誤用せざるをえません。

 But when it has accepted this as true, then is it healed, and lets the body go.
 しかし、自分は計画を立てなくてよいということを本当のこととして受け入れたとき、心は癒され、身体を解放することになります。





13. Enslavement of the body to the plans the unhealed mind sets up to save itself must make the body sick.
 癒されていない心が自分自身を救おうとして計画を立てて身体を使役するなら、身体は病気になるに違いありません。

 It is not free to be the means of helping in a plan which far exceeds its own protection, and which needs its service for a little while.
 その身体は、任意に、身体そのものを保護することをはるかに凌駕する計画に役立つ道具となることはできませんが、この計画では、しばらくの間、身体が奉仕することを必要としています。

 In this capacity is health assured.
 この計画に奉仕するかぎりにおいて、健康は保証されます。

 For everything the mind employs for this will function flawlessly, and with the strength that has been given it and cannot fail.
 というのも、心がこの計画のために用いるものであれば何事も完全に機能し、与えられた力で働き、失敗することはありえないからです。





14. It is, perhaps, not easy to perceive that self-initiated plans are but defenses, with the purpose all of them were made to realize.
 おそらく自分で立てる計画は防衛でしかなく、それも計画のすべてが防衛を実現することだけを目的とするものだと知覚することは容易ではないでしょう。

 They are the means by which a frightened mind would undertake its own protection, at the cost of truth.
 それらの計画は、恐れる心が、真理を犠牲にしてまでも、自分自身を守ろうと企てる手段です。

 This is not difficult to realize in some forms which these self-deceptions take, where the denial of reality is very obvious.
 このような自己欺瞞が用いられるような形の中でも、現実を否認しようとすることが非常に明白な場合には、このことに気づくのはさして困難なことではありません。

 Yet planning is not often recognized as a defense.
 しかし、計画することが防衛であることは、なかなか気づかれることはありません。




15. The mind engaged in planning for itself is occupied in setting up control of future happenings.
 自分自身のために計画を立てようとする心は、将来起こる出来事をコントロールしようとすることで頭がいっぱいになっています。

 It does not think that it will be provided for, unless it makes its own provisions.
 そんな心は、自分で自分の準備をしないかぎり、何も供給されることはないと考えています。

 Time becomes a future emphasis, to be controlled by learning and experience obtained from past events and previous beliefs.
 時間は、未来志向となり、過去の出来事とそれまでの信念から得られた学びや経験によってコントロールされることになります。

 It overlooks the present, for it rests on the idea the past has taught enough to let the mind direct its future course.
 そんな心は現在を見落としてしまいます。というのも、その心は、心が未来の道筋を決めるために必要なことは過去が十分に教えてくれているという考えに依拠しているからです。





16. The mind that plans is thus refusing to allow for change.
 したがって、計画を立てようとする心は、変化を容認することを拒んでいるのです。

 What it has learned before becomes the basis for its future goals.
 その心が以前に学んだことは、その心の将来の目標の基盤となります。

 Its past experience directs its choice of what will happen.
 その心が過去に経験したことが、これから何が起こるのかに関して、その心の選択を方向づけます。

 And it does not see that here and now is everything it needs to guarantee a future quite unlike the past, without a continuity of any old ideas and sick beliefs.
 だから、その心は、いかなる古い考えや病んだ信念も持つことなく、過去とはまったく違う未来の到来を確かなものにするために自分が必要とするすべてが今ここにあるということがわからないのです。

 Anticipation plays no part at all, for present confidence directs the way.
 未来を予想することは何の役にも立ちません。というのも、現在の確信が進路を決めるからです。





17. Defenses are the plans you undertake to make against the truth.
 防衛は、あなたが真理に逆らって立てようとする計画です。

 Their aim is to select what you approve, and disregard what you consider incompatible with your beliefs of your reality.
 防衛の狙いは、自分がよいものと承認するものを選んで、自分の真の姿としてあなたが信じていることと相容れないとあなたが考えるものを無視することです。

 Yet what remains is meaningless indeed.
 しかし、そこに残るのは実に無意味なものです。

 For it is your reality that is the "threat" which your defenses would attack, obscure, and take apart and crucify.
 というのも、あなたの防衛策が攻撃し、覆い隠し、ばらばらに解体して、磔にしようとする「脅威」は、あなたの真の姿だからです。





18. What could you not accept, if you but knew that everything that happens, all events, past, present and to come, are gently planned by One Whose only purpose is your good?
 もしあなたが、過去現在そして未来のすべての出来事、つまり、起こりうることすべてが、あなたにとってよいことだけを目的とする一なる存在によって優しく計画されているということを知ってさえいたら、あなたに受け入れられないものなどあるでしょうか。

 Perhaps you have misunderstood His plan, for He would never offer pain to you.
 おそらくあなたは、神の計画を誤解してきたのです。というのは、神は、決してあなたに苦しみを差し出そうとはしないからです。

 But your defenses did not let you see His loving blessing shine in every step you ever took.
 しかし、あなたの防衛が、神の愛に溢れる祝福があなたの歩む一歩一歩に輝いていることをあなたに見せないようにしていたのです。

 While you made plans for death, He led you gently to eternal life.
 あなたが死についての計画を立てている間も、神は、あなたを優しく永遠の生命に導いてくれていたのです。




19. Your present trust in Him is the defense that promises a future undisturbed, without a trace of sorrow, and with joy that constantly increases, as this life becomes a holy instant, set in time, but heeding only immortality.
 あなたが現在において神を信頼することこそ、悲しみの面影もなく、増して行くばかりの喜びとともに、何ものにも揺るがされない未来を約束してくれる防衛です。あなたが現在において神を信頼することで、この人生は、時間の中に定められつつも、ただ不滅であることのみに気づく聖なる瞬間となります。

 Let no defenses but your present trust direct the future, and this life becomes a meaningful encounter with the truth that only your defenses would conceal.
 あなたが現在を信頼するという防衛だけに未来を決めてもらいなさい。そうすれば、この人生は、あなたの防衛だけが隠そうとしている有意義な真理との出会いの場となるでしょう。




20. Without defenses, you become a light which Heaven gratefully acknowledges to be its own.
 防衛しようとしなければ、あなたは天国が感謝とともに自らのものと承認する一条の光となります。

 And it will lead you on in ways appointed for your happiness according to the ancient plan, begun when time was born.
 そして、その光は、時が生まれたときに始動した太古の計画に従って、あなたの幸福のために定められた道に沿ってあなたを導くでしょう。

 Your followers will join their light with yours, and it will be increased until the world is lighted up with joy.
 あなたに続く者たちは、彼らの光をあなたの光に加えることでしょう。そして、この光は、この世界が喜びで光り輝くようになるまで、増大し続けるでしょう。

 And gladly will our brothers lay aside their cumbersome defenses, which availed them nothing and could only terrify.
 そして、私たちの兄弟たちは、ただ恐怖を生み出すばかりで、彼らのために何の役にも立たなかった自分の邪魔なだけの防衛を喜んで放棄することになります。




21. We will anticipate that time today with present confidence, for this is part of what was planned for us.
 私たちは、今日、現在を確信して、その時の到来を待ち受けます。というのも、これは私たちのために計画されたことの一部だからです。

 We will be sure that everything we need is given us for our accomplishment of this today.
 私たちは、今日このことを自分たちが成し遂げるために、自分たちが必要とするすべてが自分たちに与えられていることを確信します。

 We make no plans for how it will be done, but realize that our defenselessness is all that is required for the truth to dawn upon our minds with certainty.
 私たちは、それがどのようになされるのかについて計画を立てることは一切しません。ただ、自分たちが防衛しようとしないことだけが、真理が自分たちの心に確信とともに姿を現すために必要なことなのだと気づくようにします。




22. For fifteen minutes twice today we rest from senseless planning, and from every thought that blocks the truth from entering our minds.
 今日は、2回、それぞれ15分間をとって、私たちは、無意味な計画を立てるのをやめて、真理が私たちの心に入るのを妨げている全ての思いから、心を引き下げて安らぎます。

 Today we will receive instead of plan, that we may give instead of organize.
 今日、私たちは、計画を立てることの代わりに、計画を受け取ることにします。そうすれば、私たちは準備しようとする代わりに与えることができます。

 And we are given truly, as we say:
 そして、私たちが次のように言うにつれて、本当に与えられることになります。


If I defend myself I am attacked.
もし私が自分自身を守ろうとするなら、私は攻撃されることになる。

But in defenselessness I will be strong, and I will learn what my defenses hide.
しかし、防衛しないなら、私は強くなり、そして、私は自分の防衛が隠していたものを知ることになるだろう。




23. Nothing but that.
 たったこれだけです。

 If there are plans to make, you will be told of them.
 もし立てるべき計画があるなら、あなたにはそれらが告げられるでしょう。

 They may not be the plans you thought were needed, nor indeed the answers to the problems which you thought confronted you.
 その計画は、あなたが必要だと思っていたような計画ではないかもしれないし、それどころか、自分が直面していると思っていた問題の答えでもないかもしれません。

 But they are answers to another kind of question, which remains unanswered yet in need of answering until the Answer comes to you at last.
 しかし、それらは、別の種類の質問に対する答えなのです。それは、いまだに答えられないままでありながら、最後に答えがあなたに訪れるまでには、必ず答える必要があるものです。




24. All your defenses have been aimed at not receiving what you will receive today.
 あなたのすべての防衛は、あなたが今日受け取ることになるものを受け取らないようにすることを狙いとしてきました。

 And in the light and joy of simple trust, you will but wonder why you ever thought that you must be defended from release.
 そして、純粋な信頼という光と喜びの中において、あなたはただ、なぜこれまで、自分は解放されることから身を守ろうとしなければならないと思っていたのか不思議に思うばかりでしょう。

 Heaven asks nothing.
 天国は何も求めてはいません。

 It is hell that makes extravagant demands for sacrifice.
 途方もない犠牲を要求しているのは地獄のほうです。

 You give up nothing in these times today when, undefended, you present yourself to your Creator as you really are.
 今日、自分を防衛せずに、ありのままの姿で自分自身を自らの創造主に捧げるこれらの実習では、あなたは何も手放すことにはなりません。




25. He has remembered you.
 神はあなたのことを覚えています。

 Today we will remember Him.
 今日、私たちは、神のことを思い出します。

 For this is Eastertime in your salvation.
 というのも、今日は、あなたの救済における復活を祝う時だからです。

 And you rise again from what was seeming death and hopelessness.
 だから、あなたは死と絶望のように見えたものから再び甦るのです。

 Now is the light of hope reborn in you, for now you come without defense, to learn the part for you within the plan of God.
 今こそ、希望の光があなたの中に再生します。というのも、今、あなたは防衛することなく神の計画における自分の役割を学ぶために進んでいるからです。

 What little plans or magical beliefs can still have value, when you have received your function from the Voice for God Himself?
 あなたが自分の役割を神の声自身から受け取ったとき、どんな取るに足りない計画や魔術的な信念が依然として価値を持つことができるというのでしょうか。




26. Try not to shape this day as you believe would benefit you most.
 今日という日を、あなたが自分に最も利益になるはずだと信じように方向づけようとはしないでください。

 For you can not conceive of all the happiness that comes to you without your planning.
 というのも、あなたには、自分で計画しないときに、自分にどれほどの幸せが訪れるのか想像することもできないからです。

 Learn today.
 今日、それを学んでください。

 And all the world will take this giant stride, and celebrate your Eastertime with you.
 そうすれば、全世界がこの大きな進歩を遂げ、あなたの復活の日をあなたとともに祝うことでしょう。

 Throughout the day, as foolish little things appear to raise defensiveness in you and tempt you to engage in weaving plans, remind yourself this is a special day for learning, and acknowledge it with this:
 1日を通して、馬鹿げた取るに足りない物事があなたの中の防衛本能に訴えかけるように現れては、計画を立てようという思いに駆り立てるとき、自分自身に今日は学びのための特別な日であると思い出させて、次のような言葉とともにそのことを承認してください。

This is my Eastertime.
今日こそ私の復活を祝う日だ。

And I would keep it holy.
だから、私は、この日を神聖なものとして保ちたい。

I will not defend myself, because the Son of God needs no defense against the truth of his reality.
私は、自分自身を防衛しないことにする。なぜなら、神の子は自分の真の姿に逆らって防衛する必要など何もないからだ。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。




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Comments 2

Kino

07

計画はずっとしてきた様に思います。うまく行っても行かなくてもジレンマを運んできて、さらに計画を上積みして、鎧をまとおうと。身に覚えしかありません。防衛=計画と突きつけられると、唸ります。このレッスンは特に「うしろの正面だーれ」ですね。。

2013-11-12 (Tue) 00:08 | EDIT | REPLY |   

ken

Re: 07

Kinoさん、コメントありがとうございます。
このレッスンは、本当に「非常識」ですよね(笑)。でも、実践できれば重圧から解放されて気楽になれそうですよね。今日のエントリーは防衛がテーマで今日のレッスン153もこのテーマですが、ちょうどコメントをいただいたこのレッスンも防衛についての示唆がありましたので、このレッスンの言葉も引用できました。ありがとうございました。

2013-11-12 (Tue) 13:26 | EDIT | REPLY |   

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