There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T20-3 適応という罪

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今回は、テキスト第二十章から、適応という罪という一節をご紹介します。


テキスト第二十章 

III. Sin as an Adjustment
三 適応という罪


1. The belief in sin is an adjustment.
 罪を信じることは、適応することです。

 And an adjustment is a change; a shift in perception, or a belief that what was so before has been made different.
 そして、適応することは変化することです。それは、知覚が変化するとか、以前にそう思っていたものが違うものになったと信じることです。

 Every adjustment is therefore a distortion, and calls upon defenses to uphold it against reality.
 したがって、すべての適応は歪曲であり、その歪みを現実に逆らって支持するために防衛が必要となります。

 Knowledge requires no adjustments and, in fact, is lost if any shift or change is undertaken.
 知識は何ものにも適応する必要がありません。それどころか、もし何らかの移行や変化を試みると、知識そのものが失われてしまいます。

 For this reduces it at once to mere perception; a way of looking in which certainty is lost and doubt has entered.
 というのも、そうした試みによって知識はすぐに単なる知覚に成り下がり、確信は失われ、疑念が入り込んでしまうからです。

 To this impaired condition are adjustments necessary, because it is not true.
 このように損なわれた状況は本当のことではないので、この状況に適応することが必要になってしまいます。

 Who need adjust to truth, which calls on only what he is, to understand?
 真理を理解するためには、ただ本来の自分である必要があるだけだというのに、いったい誰が真理に適応する必要があるというのでしょうか。

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2. Adjustments of any kind are of the ego.
 いかなる種類の適応であろうと、適応はエゴのすることです。

 For it is the ego's fixed belief that all relationships depend upon adjustments, to make of them what it would have them be.
 というのは、すべての関係を自分の思いどおりの関係にできるかどうかは、適応できるかどうかにかかってるとエゴは固く信じているからです。

 Direct relationships, in which there are no interferences, are always seen as dangerous.
 直接的な関係には、障害となるものが何も無いので、つねに危険なものだとみなされます。

 The ego is the self-appointed mediator of all relationships, making whatever adjustments it deems necessary and interposing them between those who would meet, to keep them separate and prevent their union.
 エゴは、すべての関係調整役を自任しており、エゴが適応するために必要だと思うことを何でも調整し、出会うことになっている者たちの間に調整を挟んでは、両者を離れたままにして彼らがひとつに結びつくのを妨害しようとします。

 It is this studied interference that makes it difficult for you to recognize your holy relationship for what it is.
 あなたが自分の神聖な関係をありのままに認めることを困難にしているのは、このようなエゴの計算ずくの干渉なのです。





3. The holy do not interfere with truth.
 神聖な者が真理を妨害することはありません。

 They are not afraid of it, for it is within the truth they recognize their holiness, and rejoice at what they see.
 神聖な者は真理を恐れません。なぜなら、神聖な者は、真理の中に自らの神聖さを認識し、自分たちの見るものを喜ぶからです。

 They look on it directly, without attempting to adjust themselves to it, or it to them.
 神聖な者たちは、自分たちを真理に適応させようとしたり、真理を自分たちに適応させようと調整することもなく、真理を直接に見つめます。

 And so they see that it was in them, not deciding first where they would have it be.
 だから、神聖な者たちは、まず真理をどこに置きたいかということを決めないことによって、真理が自分たちの中にあったことを理解するのです。

 Their looking merely asks a question, and it is what they see that answers them.
 神聖な者たちの眼差しは、ただひとつの問いを発するだけです。そして、彼らの見ている真理がその問いに答えてくれます。

 You make the world and then adjust to it, and it to you.
 あなたはこの世界を作っておいて、それから、その世界に適応し、そして、その世界を自分に適応させようとします。

 Nor is there any difference between yourself and it in your perception, which made them both.
 あなた自身と世界の両方を作り出したあなたの知覚においては、あなた自身と世界の二つの間には何の違いもないのです。


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4. A simple question yet remains, and needs an answer.
 簡単な質問がひとつまだ残っています。そして、その質問には答える必要があります。

 Do you like what you have made? --a world of murder and attack, through which you thread your timid way through constant dangers, alone and frightened, hoping at most that death will wait a little longer before it overtakes you and you disappear.
 それは、あなたは自分の作ったもののことを気に入っているのか、という質問です。それは、殺し合いと攻撃の世界であり、絶えることのない危険にさらされる細い小道を、孤独に怯えながら臆病に恐るおそる通り抜け、せいぜい、死が突然遅いかかってきて自分が消え去る時期を少しでも待ってもらえないだろうかと願う程度の世界です。

 You made this up.
 あなたがそんな世界を作り上げたのです。

 It is a picture of what you think you are; of how you see yourself.
 これこそあなたが自分だと思っている姿であり、あなたが自分自身をどのように見ているかを描写する光景です。

 A murderer is frightened, and those who kill fear death.
 殺人者は怯えているのであり、殺そうとする者は死を恐れています。

 All these are but the fearful thoughts of those who would adjust themselves to a world made fearful by their adjustments.
 これらすべては、自ら適応することによって恐ろしいものとした世界に、自分自身を適応させようとする者が抱く恐ろしい思いでしかありません。

 And they look out in sorrow from what is sad within, and see the sadness there.
 そして、彼らは、悲しみを秘めた内面から、悲しみを抱きながら外部を見渡すので、そこに悲しみを見出すことになります。





5. Have you not wondered what the world is really like; how it would look through happy eyes?
 あなたはこれまで、この世界は、本当はどんなところなのだろうかとか、幸せな目で見たら世界はどんなふうに見えるのだろうか、と考えてみたことはないでしょうか。

 The world you see is but a judgment on yourself.
 あなたの見ている世界は、あなたが自分自身に下した裁きでしかありません。

 It is not there at all.
 あなたの見ている世界はまったく存在してもいないのです。

 Yet judgment lays a sentence on it, justifies it and makes it real.
 けれども、裁きはこの世界に判決を宣告し、判決を正当化し、そうして、この世界を本物にしてしまいます。

 Such is the world you see; a judgment on yourself, and made by you.
 こんなものが、あなたの見ている世界であり、自分自身に対する裁きであり、あなたによって作られた世界なのです。

 This sickly picture of yourself is carefully preserved by the ego, whose image it is and which it loves, and placed outside you in the world.
 こんな吐き気を催させるようなあなたの自画像がエゴによって大切に保存されています。これこそエゴの愛するエゴの肖像であり、エゴはこの肖像をこの世界の中であなたの外側に置いたのです。

 And to this world must you adjust as long as you believe this picture is outside, and has you at its mercy.
 そして、こんな絵が自分の外にあってその絵が自分の命運を握っているとあなたが信じているかぎり、あなたは自分をこの世界に適応させるほかなくなります。

 This world is merciless, and were it outside you, you should indeed be fearful.
 この世界は実に無慈悲であるし、もしそれがあなたの外側にあるとすれば、あなたは確かに怯えて当然です。

 Yet it was you who made it merciless, and now if mercilessness seems to look back at you, it can be corrected.
 しかし、この世界を無慈悲な場所に仕立てあげたのはあなただったのです。だから、もし今、その無慈悲さがあなたのことを見つめ返しているように見えるとしても、世界を修正することは可能なのです。

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6. Who in a holy relationship can long remain unholy?
 神聖な関係にある者が、いつまで神聖でない状態のままでいられるでしょうか。

 The world the holy see is one with them, just as the world the ego looks upon is like itself.
 神聖である者に見える世界は、彼らと一体の同じものであり、それはちょうどエゴの見る世界はエゴそのものに似ているのと同じことです。

 The world the holy see is beautiful because they see their innocence in it.
 神聖である者の見ている世界は美しいものです。それは、彼らが世界に自らの潔白さを見ているからです。

 They did not tell it what it was; they did not make adjustments to fit their orders.
 神聖な者たちは、世界に向かって、世界が何であるのか告げなかったし、自分たちの要求に沿うように適応させようともしませんでした。

 They gently questioned it and whispered, "What are you? "
 神聖な者たちは、優しく世界に問いを囁きました。「あなたは何なのか」と。

 And he Who watches over all perception answered.
 すると、すべての知覚するものたちを見守っている存在が答えてくれました。

 Take not the judgment of the world as answer to the question, "What am I? "
 この世界が「私は何なのか」という問いに対して下した判決を、答えとして受け取ってはなりません。

 The world believes in sin, but the belief that made it as you see it is not outside you.
 この世界は罪を信じています。しかし、その世界をあなたの見ているように作り上げた信念は、あなたの外側にあるわけではありません。





7. Seek not to make the Son of God adjust to his insanity.
 神の子を、彼が陥っている狂気の状態に適応させようとしてはなりません。

 There is a stranger in him, who wandered carelessly into the home of truth and who will wander off.
 神の子の中に異質なものが存在しています。その者は真理の家に不用意にも迷い込んでいますが、いずれ出て行くことになります。

 He came without a purpose, but he will not remain before the shining light the Holy Spirit offered, and you accepted.
 その闖入者は目的を持たずにやってきましたが、聖霊が差し延べ、あなたが受け入れた輝く光の前に留まることはできないでしょう。

 For there the stranger is made homeless and you are welcome.
 というのも、真理の家では、その異質なものは宿無しとされ、あなたは歓迎されるからです。

 Ask not this transient stranger, "What am I?"
 こんな流浪のよそ者に、「私は何なのか」と尋ねたりしてはなりません。

 He is the only thing in all the universe that does not know.
 全宇宙で、その答えを知らないのは彼だけだからです。

 Yet it is he you ask, and it is to his answer that you would adjust.
 ところが、あなたはそんな異邦人に尋ねて、彼の答えに合わせて自分を適応させようとしているのです。

 This one wild thought, fierce in its arrogance, and yet so tiny and so meaningless it slips unnoticed through the universe of truth, becomes your guide.
 このひとつの見当外れな想念は、甚だしく傲慢でありながらも、あまりに矮小で無意味すぎるために、真理の宇宙から気づかれもせずにすべり抜けてあなたのガイドとなってしまっています。

 To it you turn to ask the meaning of the universe.
 あなたはそんなガイドを頼りにして、彼に宇宙の意味を尋ねようとするのです。

 And of the one blind thing in all the seeing universe of truth you ask, "How shall I look upon the Son of God?"
 そして、真理の宇宙の中で目の見えている者たち全員の中で唯一の目の見えないその者に対して、あなたは「私は神の子をどのように見るべきだろうか」と尋ねるのです。


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8. Does one ask judgment of what is totally bereft of judgment?
 完全に判断力に欠ける者に、価値判断を頼もうとする者がいるでしょうか。

 And if you have, would you believe the answer, and adjust to it as if it were the truth?
 それにもし、あなたがそんな者に価値判断を頼んだとしても、あなたはその答えを信じて、まるでその答えが真理であるかのように自らを適応させようとなどするでしょうか。

 The world you look on is the answer that it gave you, and you have given it power to adjust the world to make its answer true.
 あなたの見ている世界は、そんな判断力を持たない者があなたに与えた答えなのです。そして、あなたはそんな判断力を持たない者に、その答えを本物にするために世界を調整する力まで与えてしまっています。

 You asked this puff of madness for the meaning of your unholy relationship, and adjusted it according to its insane answer.
 あなたは、こんな狂気が膨れ上がっただけのものに、自分の神聖でない関係の意味を尋ね、その狂気の答えに沿うように関係を調整したのです。

 How happy did it make you?
 そんな関係があなたをどれほど幸せにしたでしょうか。

 Did you meet with joy to bless the Son of God, and give him thanks for all the happiness that he held out to you?
 あなたは、神の子を祝福する喜びを抱いて兄弟に接し、彼があなたに差し出してくれた幸せのすべてについて彼に感謝を捧げたでしょうか。

 Did you recognize your brother as the eternal gift of God to you?
 あなたは、その兄弟こそが、神が自分に授けてくれた永遠の贈り物だったことに気づいたでしょうか。

 Did you see the holiness that shone in both of you, to bless the other?
 あなたは、神聖なるものがお互いに祝福し合うために、自分と兄弟の二人の中に輝いていたのを見たでしょうか。

 That is the purpose of your holy relationship.
 このようなことこそが、あなたの神聖な関係の目的なのです。

 Ask not the means of its attainment of the one thing that still would have it be unholy.
 いまでも関係を神聖でない関係にしておこうとする唯一のものに、神聖な関係の目的を達成するための手段を尋ねたりしないでください。

 Give it no power to adjust the means and end.
 そんなものに、手段と目的を調整する力を一切与えてはなりません。





9. Prisoners bound with heavy chains for years, starved and emaciated, weak and exhausted, and with eyes so long cast down in darkness they remember not the light, do not leap up in joy the instant they are made free.
 囚人たちは何年も重い鎖につながれ、飢えに苦しんでやせ衰え、衰弱して疲弊しきっており、あまりに長い間、闇の中で目を伏せていたので、彼らは光を覚えておらず、解放された瞬間でさえ、すぐに飛び上がって喜ぶようなことはありません。

 It takes a while for them to understand what freedom is.
 彼らが、自由が何であるのかを理解するには、しばらく時間がかかります。

 You groped but feebly in the dust and found your brother's hand, uncertain whether to let it go or to take hold on life so long forgotten.
 あなたは砂埃の中を力なく手探りして、自分の兄弟の手を探り当てましたが、その手を放したほうがよいのか、それとも、あまりに長い間忘れ去っていた生命を握り締めたほうがいいのかわからず思いあぐねています。

 Strengthen your hold and raise your eyes unto your strong companion, in whom the meaning of your freedom lies.
 その手を強く握り締め、目を上げて自分の力強い仲間を見てください。そうすれば、自分の自由の意味を彼の中に見出せるはずです。

 He seemed to be crucified beside you.
 彼は、あなたの傍で十字架に磔にされているように見えていました。

 And yet his holiness remained untouched and perfect, and with him beside you, you shall this day enter with him to Paradise, and know the peace of God.
 それでも、彼の神聖さは、損なわれることなく完全なまま残っていたのです。だから、彼が自分の傍にいれば、あなたは今日、彼と一緒に楽園に入り、神の平安を知ることになるでしょう。


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10. Such is my will for you, and for each of you for one another and for himself.
 このようにすることこそ、私があなたとあなたたちのために願うことであり、そしてまた、あなたたち各自が互いに、そして自分自身のために願ってほしいと望んでいることです。

 Here there is only holiness and joining without limit.
 ここにあるのは、ただ神聖さと限りない結びつきだけです。

 For what is Heaven but union, direct and perfect, and without the veil of fear upon it?
 というのは、天国は、恐れのヴェールのかかっていない、直接かつ完璧な結合以外の何ものでもないからです。

 Here are we one, looking with perfect gentleness upon each other and on ourselves.
 ここで私たちはひとつになります。私たちは、完璧な優しさでお互いを見つめ合い、そして、自分自身を見つめます。

 Here all thoughts of any separation between us become impossible.
 ここでは、私たちの間を分離しようとするどんな思いを抱くことも、まったく不可能となります。

 You who were prisoners in separation are now made free in Paradise.
 分離状態において囚われの身になっていたあなたが、今、楽園の中で解放されたのです。

 And here would I unite with you, my friends, my brothers and my Self.
 だから、私は、私の友であり、私の兄弟であり、私の真の自己であるあなたたちと、ここにおいてひとつに結ばれるつもりです。





11. Your gift unto your brother has given me the certainty our union will be soon.
 あなたの兄弟にあなたが捧げた贈り物が、私たちがひとつに結ばれる時が近いことを私に確信させてくれました。

 Share, then, this faith with me, and know that it is justified.
 だから、私とこの確信を分かち合い、この確信が正しいということを知ってもらいたいのです。

 There is no fear in perfect love because it knows no sin, and it must look on others as on itself.
 完全な愛には恐れなどありません。なぜなら、完全な愛は罪を知らないし、そして、自分を見るように他の者をも見るに相違ないからです。

 Looking with charity within, what can it fear without?
 慈悲をもって内面を見つめる完全な愛が、外側の何を恐れるというのでしょうか。

 The innocent see safety, and the pure in heart see God within his Son, and look unto the Son to lead them to the Father.
 潔白な者は安全を見るし、心が純真な者は神の子の中に神を見るので、自分たちを大いなる父の下へ導いてくれるものとしてその神の子のことを頼りにします。

 And where else would they go but where they will to be?
 そして、彼らが、自分たちが居たいと望む場所以外のどこに行こうとするというのでしょうか。

 Each of you now will lead the other to the Father as surely as God created his Son holy, and kept him so.
 今こそ、あなたたちは互いに、相手を大いなる父の下へと導いていくことになります。それは、神が神の子を神聖に創造し、神の子の神聖さをそのまま保ってきたのと同じくらい確実なことです。

 In your brother is the light of God's eternal promise of your immortality.
 あなたの兄弟の内にこそ、あなたが不滅であることを永遠に約束する神の光があります。

 See him as sinless, and there can be no fear in you.
 兄弟のことを罪なき者として見てください。そうすれば、あなたの中には、恐れは存在しえません。


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