There Is No Spoon

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T25-5 無罪!

テキストから、のない状態という一節をご紹介します。





テキスト第二十五章 


V. The State of Sinlessness
五 のない状態



1. The state of sinlessness is merely this: The whole desire to attack is gone, and so there is no reason to perceive the Son of God as other than he is.
 のない状態とは、単に次のようなものです。すなわち、攻撃したいとの欲求がすべて去ってしまい、それゆえに、神の子をありのままの姿以外の姿として知覚する必要がなくなるということです。

 The need for guilt is gone because it has no purpose, and is meaningless without the goal of sin.
 罪悪感の必要もなくなります。なぜなら、という目標がなければ、罪悪感には何の目的もなくなり、無意味なものになるからです。

 Attack and sin are bound as one illusion, each the cause and aim and justifier of the other.
 攻撃はひとつの幻想として結びついており、それぞれが原因と目的となり、他方を正当化する根拠となります。

 Each is meaningless alone, but seems to draw a meaning from the other.
 攻撃も罪も、片方だけでは無意味ですが、お互いに相手から意味を引き出すように思えます。

 Each depends upon the other for whatever sense it seems to have.
 一方がどのような意味を持っているように見えようとも、攻撃と罪は相互依存関係にあります。

 And no one could believe in one unless the other were the truth, for each attests the other must be true.
 そして、一方が真理でないかぎり、誰も他方を信じることはできはしません。なぜなら、双方が互いに相手方は真理に違いないと証明するからです。


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2. Attack makes Christ your enemy, and God along with Him.
 攻撃は、キリストをあなたの敵にすることであり、それに伴って神にも敵対することになります。

 Must you not be afraid with "enemies" like these?
 これほどの相手を「敵」に回したあなたが恐れを抱いたとしても、それは当然のことではないでしょうか。

 And must you not be fearful of yourself?
 そして、あなたは、自分自身にも恐れを抱くに違いありません。

 For you have hurt yourself, and made your Self your "enemy. "
 というのも、あなたは自分自身を傷つけ、自らの真の自己を「敵」にしてしまったからです。

 And now you must believe you are not you, but something alien to yourself and "something else," a "something" to be feared instead of loved.
 そして今や、あなたは自分が自分ではなく、自分自身とは異質の何かであると信じざるをえなくなります。そして、その「他の何か」とは、愛される代わりに恐れられるべき「何か」だというのです。

 Who would attack whatever he perceives as wholly innocent?
 いったい誰が、相手に全面的に罪がないと知覚しながら、攻撃しようとするでしょうか。

 And who, because he wishes to attack, can fail to think he must be guilty to maintain the wish, while wanting innocence?
 そして、たとえ彼が潔白であることを望んでいたとしても、その人が攻撃したいと望むかぎり、攻撃への願望を保ち続けるために、自分は有罪に違いないと思わずにはいられないでしょう。

 For who could see the Son of God as innocent and wish him dead?
 なぜなら、神の子を罪のない者として見ておきながら、彼の死を願うことのできる者などいないからです。

 Christ stands before you, each time you look upon your brother.
 あなたが自分の兄弟を見つめるたびに、あなたの目の前にはキリストが立っています。

 He has not gone because your eyes are closed.
 あなたの目が閉じているからといって、キリストが去ってしまったわけではありません。

 But what is there to see by searching for your Savior, seeing Him through sightless eyes?
 しかし、自らの救い主を探し出そうとするにしても、見えない目で見ようとしていたのでは、何も見ることはできません。





3. It is not Christ you see by looking thus.
 あなたが、このようにして見ることになるのはキリストではありません。

 It is the "enemy," confused with Christ, you look upon.
 キリストと混同して区別がつかなくなってしまった「敵」をあなたは見ているのです。

 And hate because there is no sin in him for you to see.
 そして、あなたが彼の中に罪を見ようにも見えないために、あなたは憎むようになります。

 Nor do you hear his plaintive call, unchanged in content in whatever form the call is made, that you unite with him, and join with him in innocence and peace.
 しかも、彼はあなたに自分と心をひとつに結び合わせて、潔白さと平安の中で自分に加わってほしいと、その呼び声がどのような形をとろうとも、内容そのものは変わらないまま呼びかけているというのに、あなたは彼の悲しげな呼び声に耳を貸そうとはしません。

 And yet, beneath the ego's senseless shrieks, such is the call that God has given him, that you might hear in him His Call to you, and answer by returning unto God what is His Own.
 それでも、エゴの無意味な金切り声に隠れているものの、これこそが神が彼に託した呼びかけなのです。その呼びかけは、あなたが彼の中に自分を呼ぶ神の大いなる声を聞いて、そして、神自身のものを神に戻すことによって、神の呼びかけに答えてくれるようにと求めているのです。

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4. The Son of God asks only this of you; that you return to him what is his due, that you may share in it with him.
 神の子は、ただ次のことだけをあなたに求めています。それは、神の子が当然受け取るべきものを、あなたも彼と一緒に分かち合えるように、その神の子に戻してほしいということです。

 Alone does neither have it.
 あなたと兄弟のどちらも、自分だけではそれを持つことができません。

 So must it remain useless to both.
 だから、それはどちらにとっても役に立たないままになってしまいます。

 Together, it will give to each an equal strength to save the other, and save himself along with him.
 あなたと兄弟が一緒なら、それは、どちらにも相手を救うために同等の力を与えてくれるので、自分自身と共に相手を救うことができます。

 Forgiven by you, your savior offers you salvation.
 あなたから赦されるなら、あなたの救い主はあなたに救いを差し延べてくれます。

 Condemned by you, he offers death to you.
 あなたから有罪の宣告を受けるなら、彼はあなたに死を差し出すことになります。

 In everyone you see but the reflection of what you choose to have him be to you.
 神の子の一人ひとりの中に、あなたはただ、自分にとってその人にこうあってほしいと選んだものが映し出された姿だけを見るのです。

 If you decide against his proper function, the only one he has in truth, you are depriving him of all the joy he would have found if he fulfilled the role God gave to him.
 もしあなたが、彼にふさわしい役目、つまり真に彼が持つ唯一の役割に逆らった判断をするなら、あなたは、神が彼に与えた役割を彼が果したときに彼が見出せるはずの喜びのすべてを彼から奪ってしまうことになります。

 But think not Heaven is lost to him alone.
 ただし、天国が失われるのは、その人にとってだけだとは思わないことです。

 Nor can it be regained unless the way is shown to him through you, that you may find it, walking by his side.
 しかも、あなたが自分も天国を見つけられるようにと彼の傍らを歩むことで、自らを通してその道を彼に示すようになるまでは、天国を取り戻すことはできないのです。





5. It is no sacrifice that he be saved, for by his freedom will you gain your own.
 兄弟が救われるために必要なのは、犠牲になることではありません。なぜなら、彼が自由になることによって、あなたも自由を得ることになるからです。

 To let his function be fulfilled is but the means to let yours be.
 彼が役目を果せるようにすることは、あなたの役目が果されるようにするための手段にすぎません。

 And so you walk toward Heaven or toward hell, but not alone.
 だから、あなたは天国に向かうにしても地獄に向かうにしても、ひとりきりで歩むわけではないのです。

 How beautiful his sinlessness will be when you perceive it!
 彼の罪のなさをあなたが知覚するとき、彼の潔白な姿は何と美しく見えることでしょう。

 And how great will be your joy, when he is free to offer you the gift of sight God gave to him for you!
 そして、彼があなたのためにと神から授かった視界という贈り物を惜しみなくあなたに差し延べてくれたなら、あなたはどんなに大喜びすることでしょうか。

 He has no need but this; that you allow him freedom to complete the task God gave to him.
 彼に必要なのは次のことだけです。それは、神が彼に授けた任務を完了できるように、あなたが彼を自由にしてあげることです。

 Remembering but this; that what he does you do, along with him.
 次のことだけを覚えておいてください。それは、彼が行なうことは、あなたが彼と一緒にすることだということです。

 And as you see him, so do you define the function he will have for you, until you see him differently and let him be what God appointed that he be to you.
 そして、あなたがそれまでとは違う見方をするようになって、あなたにとって神が定めた通りの姿で彼のことを見るようになるまでは、あなたは自分にとって彼が持つ役目を自分の見たいように定めてしまうでしょう。


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6. Against the hatred that the Son of God may cherish toward himself, is God believed to be without the power to save what He created from the pain of hell.
 神の子が自分自身に対して抱きかねない憎しみに対抗して、自ら創造したものを地獄の苦しみから救い出す力すら神は持たないのだと信じられてしまっています。

 But in the love he shows himself is God made free to let His Will be done.
 しかし、神の子が自分自身に示す愛の中において、神は自由に自らの意志がなされるようにします。

 In your brother you see the picture of your own belief in what the Will of God must be for you.
 自分の兄弟の中に、あなたは、自分に対する神の大いなる意志はこれに違いないと自分が信じて描き出した姿を見ています。

 In your forgiveness will you understand His Love for you; through your attack believe He hates you, thinking Heaven must be hell.
 あなたが赦すことを通じて、あなたは神のあなたに対する大いなる愛を理解するようになります。反対に、あなたが攻撃することを通じて、あなたは神が自分を憎んでいると信じ、天国は地獄に違いないと思い込んでしまいます。

 Look once again upon your brother, not without the understanding that he is the way to Heaven or to hell, as you perceive him.
 あなたがその兄弟をどう知覚するか次第で、その兄弟が天国への道にもなれば地獄への道にもなると理解したうえで、もう一度あなたの兄弟をよく見てください。

 But forget not this; the role you give to him is given you, and you will walk the way you pointed out to him because it is your judgment on yourself.
 ただし、次のことは忘れないでください。それは、あなたが兄弟に与える役割は自分に与えられることになるということ、そして、あなたが兄弟にある道を指し示すなら、それはあなた自身に裁きを下したことになるので、あなたもその道を歩まざるをえなくなるということです。

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