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レッスン237「今、私は、神に創造されたままの私になることにする」

レッスン237です。

今日のテーマは、「今、私は、に創造されたままの私になることにする」です。

まず、救済とは何かに目を通してから、レッスンに入りましょう。




私たちは、個別の心を持つの分霊たるです。

道の考え方で「一霊四魂」という概念があります。

一霊四魂説のもっとも一般的な解釈は、や人には荒(あらみたま)・和(にぎみたま)・幸(さきみたま、さちみたま)・奇魂(くしみたま)の四つの魂があり、それら四魂を直霊(なおひ)という一つの霊がコントロールしているというものである[1]。和魂は調和、荒魂は活動、奇魂は霊感、幸魂は幸福を担うとされる[1]。」(ウィキペディア(Wikipedia))


インド哲学の二元論のサーンキヤ学派では、プルシャという観賞者と現象世界を作り替えていく心の根本資質プラクリティを対置し、プルシャの観賞を契機としてプラクリティはトリグナ(3つの性質)、サットヴァ善性、ラジャス動性、タマス暗性のバランスが崩れて多様な世界が生滅変化するとします。

いずれも、観賞する主体的存在として直霊、プルシャがあり、四魂やトリグナの混じり具合による多様な個性の発現という仕組みについて説明するものです。

私たち人間というエゴ・身体のアバターはは各自が個性を持っています。

奇跡のコースでは、エゴをあえて私たちから独立した存在、生き物のように表現してエゴを取り消すことについて語ります。

エゴが悪者でエゴとは個別の心が持つ個性と同義であるように感じるために、個性から発する事柄はすべてエゴで抹殺すべき悪であるというふうに解釈してしまう嫌いがありますが、特別な関係についても特別な関係を聖な関係に昇華させるようにと述べるように、コースは決してこの世界で具体性を帯びる事柄を否定しろと言っているわけではありません。

この世界で具体的、個別的であることは世界という幻想の性質上当然のことなので、それを否定するのではなく、個性や関係性がエゴに導かれるのやめて聖霊に導かれるようにせよと求めているのです。

したがって、自分が個性的であることを否認すべきことと捉える必要はありません。

むしろ、個性があるのは客観的には動かしがたい事実として受け入れることです。

個性への光の当たり方によって影ができますが、この影のことをエゴと呼んでいるわけです。

影は光が斜めから当たることで生じます。

その個別の心が、自らの特性に即した適切な役割を果たせる直霊、プルシャのいる中心に立てば、個性はあるままですが、すべての側面が等しく光に照らされて影ができることはありません。

したがって、個人にとって自分の持つ属性、個性をしっかり把握して、自分持ち味を存分に活かせる場所、自分にとっての中心を見つけて自分をそこに位置付けることは何よりも重要な人生の課題だと言えるでしょう。




Lesson 237



Now would I be as God created me.
今、私は、に創造されたままの私になることにする。



1. Today I will accept the truth about myself.
 今日、私は自分自身についての真理を受け入れることにする。

 I will arise in glory, and allow the light in me to shine upon the world throughout the day.
 私は栄光の中に身を起こし、私の中にある光が1日を通して世界を照らすようにする。

 I bring the world the tidings of salvation which I hear as God my Father speaks to me.
 私はこの世界に救済の便りをもたらす。その救済の便りは、父であるが私に語りかける通りに私が聞いたものだ。

 And I behold the world that Christ would have me see, aware it ends the bitter dream of death; aware it is my Father's Call to me.
 そして、私は、キリストが私に見せようとしてくれる世界を見て、その世界が過酷な死の夢を終わらせることを自覚し、その世界が父から私への呼びかけであることを知る。



2. Christ is my eyes today, and He the ears that listen to the Voice for God today.
 今日、キリストが私の目となり、キリストがに代わって語る声を聞く耳となります。

 Father, I come to You through Him Who is Your Son, and my true Self as well.
 父よ、私は、あなたの子であり、私の真の自己でもあるキリストを通して、あなたの下へと参ります。

 Amen.
 アーメン。


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それでは、ブリトニーさんのレッスンです。




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