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M15 「最後の審判」って恐ろしいものなの?

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今回は、教師のためのマニュアルから「最後の審判」についての一節をご紹介します。


最後の審判は、一般的には、世界の終末に神によって執り行われる個々の魂への裁きとして受け止められ、恐怖を感じさせるイメージを帯びた概念になっていることは確かです。



しかし、コースの言うところでは、実際には、最後の審判は、イェシュアの助けを受けながら、私たちみんなで取り組むことなのだということです。


 最後の審判は、刑罰なんかではなく、正しい価値判断を行うプロセスを経て、正しい心の状態を回復させて、最終的な癒しをなすことだといいます。

 この正しい評価のプロセスを経ることによって、誰もがみんな、最終的には、自分自身が創造したもの(誤って創造したものも含めて)を眺めて、良いものだけを選んで、それだけを保つようになります。

つまり、心は、誤って創造したものと縁切りをすることになります。

そして、誤って創造したものは心が信じるがゆえに存在できていただけなので、もはや信じられなくなったら、消え去ることになります。

 ここに至って、心は自らが創造したものを、それらの真価のゆえに、初めて愛をこめて見ることができるようになります。

このように最後の審判は、イメージとは真逆で、死ではなく真の生命へと続く戸口だということです。

 このような最後の審判は贖罪を完了するプロセスということができます。

 贖罪が完了し、知覚の領域を越えたら、もはや価値判断をして裁くということは不可能になります。

 その意味で、価値判断の終わり、つまり、まさに「最後の審判」なのです。

 神の最後の審判は次のような裁きだといいます。

「Holy are you, eternal, free and whole, at peace forever in the Heart of God.
あなたは、永遠に自由にして完全な聖なる者であり、神の心の中で永遠に平安に包まれている。

Where is the world, and where is sorrow now?
世界はどこに行ったのだろう、そして、今、どこに悲しみがあるというのだろう。」

これを完全に自分のことと信じて受け入れることが、この世界にいる私たちのゴールだといいます。

そのためには、神の裁きを伝えてくれる自分の中にいる聖霊の声に耳を澄まし、聖霊の役割である評価、価値判断、裁きを横取りしてしまうことのないようにしなければならない、聖霊の声を聴くために心を静かにしなければならないといいます。

そして、幻想にすぎないこの世界が差し出すようなつまらない捧げ物(これまた幻)などに惑わされることなく、神が約束してくれる最後の審判(自分が聖なる神の子であるとの自覚)を世界中に差し延べることによって自分のものにするようにということです。


T2-8 最後の審判


Manual for Teachers
教師のためのマニュアル

Section 15 Is Each One to Be Judged in the End?
第15節 誰もが最後には審判を受けることになるのか




1. Indeed, yes!
 もちろん、その通りです。

 No one can escape God's Final Judgment.
 神の最後の審判から逃れられる者はひとりもいません。

 Who could flee forever from the truth?
 誰が真理から永遠に逃げ続けることができるでしょうか。

 But the Final Judgment will not come until it is no longer associated with fear.
 しかし、そんな最後の審判も、それが恐怖と関連づけられることがもはやなくなるそのときまでは、やってくることはありません。

 One day each one will welcome it, and on that very day it will be given him.
 いつの日か、誰もが最後の審判を喜んで迎えることになります。そして、まさにその日にこそ、最後の審判が彼に与えられることになります。

 He will hear his sinlessness proclaimed around and around the world, setting it free as God's Final Judgment on him is received.
 彼が自分に与えられた神の最後の審判を受け入れるとき、この世界が解放され、彼は自らが無罪であるとの宣言が世界中にこだまするのを聞くことになります。

 This is the Judgment in which salvation lies.
 これこそが、救済を見出すことのできる裁きです。

 This is the Judgment that will set him free.
 これこそが、その人を解放する裁きです。

 This is the Judgment in which all things are freed with him.
 これこそが、その人と一緒にありとあらゆるものが自由になる裁きです。

 Time pauses as eternity comes near, and silence lies across the world that everyone may hear this Judgment of the Son of God:
 永遠が近づくにつれて、時間は休止します。そして、誰もが神の子についての次の審判を聞くことができるようにと、静寂が世界を覆います。




Holy are you, eternal, free and whole, at peace forever in the Heart of God.
あなたは、永遠に自由にして完全な聖なる者であり、神の大いなる心の中で永遠に平安に包まれている。

Where is the world, and where is sorrow now?
世界はどこにあるというのだろう、そして、今、どこに悲しみがあるというのだろう。




2. Is this your judgment on yourself, teacher of God?
 神の教師よ、あなたは自分自身をこのように判断できているでしょうか。

 Do you believe that this is wholly true?
 あなたは、この裁きが完全に真実であると信じられるでしょうか。

 No; not yet, not yet.
 いいえ。まだまだあなたには信じられないでしょう。

 But this is still your goal; why you are here.
 しかし、これこそ、今なお、あなたの目標なのです。だからこそあなたはここにいるのです。

 It is your function to prepare yourself to hear this Judgment and to recognize that it is true.
 この裁きを聞いて、それが真理であることに気づけるように自分自身の準備を整えることがあなたの役割です。

 One instant of complete belief in this, and you will go beyond belief to Certainty.
 このことを完全に信じることができた瞬間、あなたは信じることを通り越して確信するに至ります。

 One instant out of time can bring time's end.
 時間の外に抜け出した一瞬が、時間の終焉をもたらすことができるのです。

 Judge not, for you but judge yourself, and thus delay this Final Judgment.
 裁いてはなりません。なぜなら、あなたは自分自身を裁くことにしかならず、そうなると、この最後の審判を遅らせてしまうだけだからです。

 What is your judgment of the world, teacher of God?
 神の教師よ、あなたはこの世界にどんな裁きを下すのでしょうか。

 Have you yet learned to stand aside and hear the Voice of Judgment in yourself?
 あなたはもう、脇に退いて、自分自身の中に大いなる裁きの声を聞くことを学んだでしょうか。

 Or do you still attempt to take His role from Him?
 それとも、あなたは、なおも、聖霊から彼の役割を奪い取ろうとするのでしょうか。

 Learn to be quiet, for His Voice is heard in stillness.
 静かになることを学びなさい。というのも、聖霊の声は静寂の中でこそ聞こえるものだからです。

 And His Judgment comes to all who stand aside in quiet listening, and wait for Him.
 そして、聖霊の裁きは、静寂の中に耳を澄まして、聖霊を待ち受けるすべての者たちの許へと訪れます。




3. You who are sometimes sad and sometimes angry; who sometimes feel your just due is not given you, and your best efforts meet with lack of appreciation and even contempt; give up these foolish thoughts!
 あなたは、ときに悲しみ、ときに怒り、そして、ときには自分が受けるべき当然の報いが自分には与えられず、自分の最善の努力が何の感謝も受けないばかりか、侮辱を受けすらしているように感じています。あなたは、そんな馬鹿げた思いを放り捨てなければなりません。

 They are too small and meaningless to occupy your holy mind an instant longer.
 そんな思いは、あなたの聖なる心をほんの一瞬でも占領するには、あまりにちっぽけで無意味なものでしかありません。

 God's Judgment waits for you to set you free.
 あなたを解放するために、神の裁きがあなたのことを待ち受けています。

 What can the world hold out to you, regardless of your judgments on its gifts, that you would rather have?
 その捧げ物の価値をあなたがどう評価するかは別として、神の裁きを差し置いてわが物としたいと思うようなどんなものをこの世界があなたに差し出すことができるというのでしょうか。

 You will be judged, and judged in fairness and in honesty.
 あなたは裁かれることになっており、それは公平かつ誠実な裁きとなることでしょう。

 There is no deceit in God.
 神には偽りなどありません。

 His promises are sure.
 神の約束は確実なものです。

 Only remember that.
 ただそれだけを覚えておきなさい。

 His promises have guaranteed His Judgment, and His alone, will be accepted in the end.
 神の約束は、神の裁きが、それも神の裁きだけが最後には受け入れられることになることを保証してくれています。

 It is your function to make that end be soon.
 その最後のときが早くやってくるようにすることがあなたの役割です。

 It is your function to hold it to your heart, and offer it to all the world to keep it safe.
 神の約束を自分の心に抱き、そして、この約束が無事に果たされるように世界中に捧げることこそ、あなたの役目なのです。
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