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There Is No Spoon

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レッスン266「神の子よ、私の神聖な大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています」

レッスン266です。

今日のテーマは「の子よ、私の神聖大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています」です。




まず、身体とは何かをご覧ください。


「How many saviors God has given us!
 は、なんと数多くの救い主たちを私たちに授けてくれていることでしょうか。

 How can we lose the way to Him, when He has filled the world with those who point to Him, and given us the sight to look on them?
 がこの世界をを指し示す者たちで満たしたうえで、私たちに彼らを見る視覚も与えてくれているというのに、どうして私たちに神へと至る道を見失うことなどできるでしょうか。」

この世界が自分の敵だらけに思えているとしても、他者に対応するに際して聖霊が教える態度、つまり、愛には愛で応え、攻撃には、それが私たちの助けを求める哀訴であるがゆえに、同じく愛をもって応え、また、私たちを怒らせる兄弟を、自他を一緒に非難と攻撃のループから解放する機会を与えてくれる自分の救い主と見て、報いとして苦痛ではなく感謝を返すというスタンスで臨むなら、味方に見える者はもちろん、敵のように思える兄弟たちもみな、私たちが恐れと非難ではなく、愛と感謝を捧げるべき存在だということになります。

カプセル内視鏡を飲み込んで自分の体内世界を探検する者にとって、そこで出会うすべての細胞・器官たちは愛すべき自分自身です。

内視鏡はカメラで体内世界を覗くための覗き窓でしかないので、内視鏡を通しての眺めを体験するうちに内視鏡に愛着が湧きはするでしょうが、本当の自分が誰かを忘れないかぎり、内視鏡で体内の細胞を小突いたときのリアクションが面白いからといって、細胞いじめを楽しんだり、未知の体験の感覚を味わおうと細胞を陵辱したり虐殺したりするような真似ができるはずがありません。

正義感の強い白血球細胞が敵だと勘違いて自分を攻撃してきたとしても、反撃しようなどとはしないはずです。
「左の頬も差し出せ」の聖句(マタイによる福音書第5章第39節)が真理を語るものだということがよくわかります。


しかし、内視鏡の体内旅行からスライドさせて考えると、この世界で私たちがしているのは、本当は自分ではないカプセル内視鏡に自己同一化して、しかも、白血球の攻撃によっては内視鏡はびくともしないのに、怒りに任せて自分の一部である白血球を攻撃するような狂気の行為だということが明らかになります。



Lesson 266


My holy Self abides in you, God's Son.

の子よ、私の神聖大いなる自己は、あなたの中にそのまま残っています。



1. Father, You gave me all Your Sons, to be my saviors and my counselors in sight; the bearers of Your holy Voice to me.
 父よ、あなたは私に、あなたのすべての子供たちを与えてくれました。それは、彼らが、目に見える私の救い主にして私の助言者として、あなたの聖なる声を私に届けてくれる存在となるためです。

 In them are You reflected, and in them does Christ look back upon me from my Self.
 あなたのすべての子供たちの中にあなたは反映されており、そして、彼らの中で私の大いなる自己からキリストが私を見つめ返しています。

 Let not Your Son forget Your holy Name.
 あなたの子が、あなたの聖なる名を忘れませんように。

 Let not Your Son forget his holy Source.
 あなたの子が自らの神聖な大いなるを忘れませんように。

 Let not Your Son forget his Name is Yours.
 あなたの子が、自分の名前があなたの名前であることを忘れませんように。



2. This day we enter into Paradise, calling upon God's Name and on our own, acknowledging our Self in each of us; united in the holy Love of God.
 今日、私たちは、と私たち自身の名を呼びながら、楽園の中へと入ってゆきます。そのとき、私たちは自分たちそれぞれの中にある私たちの大いなる自己を認めて、の聖なる愛の中でひとつに結ばれます。

 How many saviors God has given us!
 は、なんと数多くの救い主たちを私たちに授けてくれていることでしょうか。

 How can we lose the way to Him, when He has filled the world with those who point to Him, and given us the sight to look on them?
 神がこの世界を神を指し示す者たちで満たしたうえで、私たちに彼らを見る視覚も与えてくれているというのに、どうして私たちに神へと至る道を見失うことなどできるでしょうか。


名称未設定



それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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