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レッスン282「今日こそ、私は愛を恐れないことにする」

レッスン282です。

「今日こそ、私は恐れないことにする」が今日のテーマです。




まず、聖霊とは何かをご覧ください。


T13-5 愛と恐れレッスン163「死は存在しない。神の子は自由だ」が参考になると思います。


「2. Father, Your Name is Love and so is mine.
 父よ、あなたの名はであり、それは私の名でもあります。

 Such is the truth.
 それこそが真理です。

 And can the truth be changed by merely giving it another name?
 そして、真理というものが、ただ単にそれに別の名前を与えることによって別のものに変えられてしまうことなどありうるでしょうか。

 The name of fear is simply a mistake.
 恐れという名前は、単なる間違いなのです。」

これまで何度も繰り返してきたように、実在するのはだけで、恐れとは、単にの不在に名前をつけたものでしかないというのが真理です。

この世界では、たとえ実在しないものであっても、ひとたび名前を与えられたら、そのとたん、実在するものと同じくらいの存在感を得ることができます。

これが言葉の力であり、概念化による錯覚の怖さです。

この言葉の力によって、さらに、この世界では、二極対立のうちの実在しないほうの極が実在する反対の極の持つ属性を帯びるように見えることすら可能となります。

つまり、恐怖の実在性を信じるほど、愛の実在性は信じられなくなるだけでなく、どんどん愛が恐怖の属性を帯びるようになって、愛が恐ろしいものに思えてしまうようになります。

そして、ひとつ前のレッスンが述べるように、私たちは「自分の思いによってしか傷つけられることはありえない」のであり、この世界の中にいる人間が自分であると信じ込んでいる場合にかぎって傷つきうるし恐怖を味わうことができるのであり、この世界で恐怖が実在するように思わせる仕組みは、自分が傷ついて死ぬことがありうる人間で、周りは敵だらけだという信念を前提に成り立つということになります。

したがって、愛を恐れないということは、自分が人間だと信じる狂気から脱して自分が神の子であると気づいて、アバターから神の子へのアイデンティティーをシフトすることと同義だということになります。

上の一文を普通の常識人が読んだら、どんなふうに思うことでしょうか。この世界からすると、奇跡のコースは何という狂気の教えなのでしょうか(笑)。

本当に、コースの主張していることは、この世界の常識に照らせば、トンデモな主張どころか狂気の沙汰の極みです。

さて、狂っているのはどちらなのでしょうか?

理屈で考えるかぎり、エゴの奉ずる理性にも論理の隙はないので、聖霊の真の理性との拮抗状態にけりをつけるのは困難と言わざるをえません。

それよりも、どちらの考え方もありだとして、どちらがより豊かで幸せになれる考え方かという発想をしてみるほうが有益でしょう。

死や病気や戦争が厳然としてあり、なんとかそれらと折り合いをつけて短い人生をつつがなく過ごすべきだという世知辛い現実認識を敷いてくるエゴの主張よりも、死や病気や戦争は幻想であり、真の豊かさに満ちた神の現実に目覚めてはどうかという聖霊の優しい教えに従うほうが幸せにつながるのは紛れもない事実ではないでしょうか?

理屈で答えが出ないときこそ、「正しくあるよりも幸せであれ」を基準に発想するようにしましょう。




Lesson 282


I will not be afraid of love today.
今日こそ、私は恐れないことにする。



1. If I could realize but this today, salvation would be reached for all the world.
 もし私が今日、恐れないことの重要性にさえ気づくことができたら、救済が全世界に届くことだろう。

 This the decision not to be insane, and to accept myself as God Himself, my Father and my Source, created me.
 恐れないことこそ、正気を失うことなく、私の父にして大いなる源である神自身が創造してくれたものとして自分自身を受け入れる決断だ。

 This the determination not to be asleep in dreams of death, while truth remains forever living in the joy of love.
 恐れないことは、真理が永遠に喜びの中で生き続けているのだから、死のの中で眠るのをやめる決断だ。

 And this the choice to recognize the Self Whom God created as the Son He loves, and Who remains my one Identity.
 そして、これは、神がそのし子として創造し、私のただひとつの真のアイデンティティーであり続ける大いなる自己を認識するという選択だ。



2. Father, Your Name is Love and so is mine.
 父よ、あなたの名は愛であり、それは私の名でもあります。

 Such is the truth.
 それこそが真理です。

 And can the truth be changed by merely giving it another name?
 そして、真理というものが、ただ単にそれに別の名前を与えることによって別のものに変えられてしまうことなどありうるでしょうか。

 The name of fear is simply a mistake.
 恐れという名前は、単なる間違いなのです。

 Let me not be afraid of truth today.
 今日こそ、私が真理恐れないようにさせてください。


名称未設定


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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