There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T27-8 夢の主人公

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今回は、テキスト 第二十七章 から八「の『主人公』」全部をご紹介します。

以前に、他人なんて本当はいない!?でこの節の一部をご紹介したことがあります。


この一節では、この世界が幻、想にすぎないことが明らかにされてゆきます。

この見の世界では、劇をリアルに見せるためのキャラクターとして、身体が登場します。



が何度も何度も繰り返して私たちに教えこもうとしているのは、こそが原因であって私たちはの結果でしかないということです。

つまり、私たちは夢の結果なのであって、夢の原因ではありえないと洗脳することによって、夢は夢のまま形を変えながら続いていくことができます。

私たちが、夢が原因ではなく、自分のほうが夢の原因であって夢見る者であると気づいたら、目を覚まして夢は消えてしまうことになってしまいます。

だから、夢は夢を見る者に夢のほうが夢見る者を生み出している原因なのだと真逆のことを信じ込ませなければならないのです。

この仕組みに気づいて、私たちが世界を自分が夢見ている夢でしかないと見て、そんな夢の中の登場人物をありのままに見たら、そのとたん、登場人物たちはもはや私たちになんの影響も及ぼすことができなくなるといいます。

その理由は、そのような登場人物たちを生じさせ、そして、彼らをリアルに見せることによってその登場人物たちに自分に対する影響力を付与していたのは、ほかならぬ私たち自身だったと理解することになるからということです。


「3. It is through these strange and shadowy figures that the insane relate to their insane world.
 これらの奇妙で影のような人物たちを通して、狂気の者たちは自らの狂気の世界と関わりを持ちます。

 For they see only those who remind them of these images, and it is to them that they relate.
 というのも、狂気の者たちは、狂気の世界のイメージを思い起こさせる者しか見えないので、狂気の者たちが関わりを持つのは、まさに奇妙で影のような人物たちだからです。

 Thus do they communicate with those who are not there, and it is they who answer them.
 かくして、狂気の者たちは、そこにはいない者たちとコミュニケーションを行っているのであり、狂気の者たちに答えているのは、狂気の者たち自身なのです。

 And no one hears their answer save him who called upon them, and he alone believes they answered him.
 そして、奇妙で影のような人物たちの答えは、その者たちに呼びかけた当の本人以外には誰にも聞こえません。そして、彼だけが奇妙で影のような人物たちに自分は答えてもらえたと信じているのです。

 Projection makes perception, and you cannot see beyond it.
 投影は知覚を作り、あなたは投影の彼方にあるものを見ることはできません。

 Again and again have you attacked your brother, because you saw in him a shadow figure in your private world.
 何度も何度もあなたは自分の兄弟を攻撃してきました。なぜなら、あなたは自分だけの世界の中の影の人物をその兄弟の中に見たからです。

 And thus it is you must attack yourself first, for what you attack is not in others.
 こうして、あなたは自分自身をまず攻撃しなければならなくなります。なぜなら、あなたが攻撃するものは他の者の中にはないからです。
 
 Its only reality is in your own mind, and by attacking others you are literally attacking what is not there.
 あなたの攻撃しようとするものが唯一の実在するのは、ただあなた自身の心の中だけです。そして、他の者を攻撃することで、あなたは文字どおり、そこにないものを攻撃していることになります。」

 
 

そして、本節では、救いの秘訣とは、他人が自分に対してしているように見えることはすべて、自分が自分で自分に対してしていることなのだと気づくことだということが示されます。

誰が敵や攻撃者の役割を演ずるにせよ、私たちが味わう痛みや苦しみの原因に見えることがどんなに深刻なものであろうと、自分で自分にしているというのが真実だということです。



さらに、この節の最後では、本来、一目瞭然なはずなのに、エゴが私たちにだけ隠そうとするせいで、私たちが知らないままでいる秘密が示されます。

その秘密とは、この世界が潔白であるために私たちが世界の罪を背負い込まなければならないということはないし、逆に、私たちが無罪であるためにこの世界が有罪でなければならないということもないということです。


世界と私たちとで、罪という導火線に火のついた爆弾を自分の許にだけは置くものかとお互いに投げ合うような爆弾ゲームをしているわけではないということです。


そもそも罪自体ないのだから、それを世界(兄弟たち)との間でなすりつけ合う必要などないということです。

そして、このことが秘密にされ、罪があるのは確かであって、世界の中で、誰かがそれを引き受けなければならないと誤信させることが、私たちに自分がこの世界から切り離された隔絶した存在であって、そして、自分とは切り離されたこの世界の中に、自分とは分離した別の存在である兄弟がいるように思わせてきたというのです。

だから、私たちが今、学ぶべきなのは、自分と世界(兄弟)の両方とも罪が無く潔白であるということだけだといいます。



そして、さらにそのうえで、私たちがまだこれから学ぶことになる唯一の秘密が明かされます。

その秘密とは、自分と世界(兄弟)は別々ではなく、一体となった神の子が潔白なのだと理解することだということです。



さて、この世界の幻想性について、の仕組みを徹底的に解き明かす本節は、(幻想に対して)相当な破壊力を秘めていると思いますので、何度も読んで理解したいところです。



もっとも、この一節を中途半端に「解釈」してしまうと、世界は、自分の生み出した幻の世界にすぎないんだから、世界の創造者として神に等しい自分が何をしようがやりたい放題だというような発想が出てきてしまう危険があります(ぜひ、他人なんて本当はいない!?をご一読いただければと思います。)。

この発想は、無数に分裂してしまっているひとつの個別の心がエゴの誤導によって陥りやすい落とし穴です。

この発想では、やりたい放題やる「本物」の自分(エゴ・身体と同一化したままの自己)と好き放題されることになる「幻」の世界や兄弟がいるということが前提になってしまっています。

本来、世界も自分のエゴ・身体も他者のエゴ・身体も全てひっくるめて、自分が見ている幻想ということなのに、、の「主人公」としての一キャラクターに過ぎない自分のエゴ・身体に同一化している小さな自己が、自分の見ているの中で、自分であるを自分と自分でない世界(自分の作り出す登場人物だと思う他者たち)とに分裂させて、自分の外側にあると思う世界や他人たちを攻撃することでしかありません。

情報として世界がだということは得ていても、本来、自分や他者をひっくるめた夢全体そのものが自分自身が作り出した幻想であって、マリオのような夢の主人公としての個別のエゴ・身体が夢見の主体なわけではなく、個別の心の意識というカメラを介して夢を見ている真の観照者は神の子としての大いなる自己であることを理解していないということです。

夢の世界もその中に登場しているたくさんの人々も、自分だと思い込んでいる主人公と同じように夢の中の登場人物にすぎない点で平等に自分の見ている幻であると気づくことによって、投げて広がった投網を逆に引き戻していくように、夢の世界へと自分を分裂させて散らばらせて投影していた自分と世界(兄弟みんな)を統合することによって、夢見る自分の大本である大いなる自己へと帰ることができるはずなのです。

なのに、好き放題やってやるという発想は、その逆を行って、世界(他者)と隔絶したエゴ・身体への引きこもりと同一化を強めていることになってしまうということです。

世界や他者は夢だ、自分が作り出した幻想だといいながらも、エゴ・身体という自分を閉じ込めて限定していた殻から抜け出して、他者へと拡張して一体化することなく、依然として、エゴ身体に同一化したままでいるのです。

エゴの都合のいいように自分勝手に解釈して、依然として、個別のエゴ・身体に一体化したままに留まっているということです。

したがって、この発想でいるかぎりは、目覚めからますます遠ざかるばかりということになろうかと思います。


そして、上に述べたように、私たちが、世界(兄弟)にも自分にも罪が無く潔白だと理解したうえでさらに、まだこれから学ばなければならない唯一の秘密は、自分と世界(兄弟)は別々ではなく、一体となった神の子が潔白なのだと理解することだということです。

この自他分離の感覚の解消こそ、コースの中でも最重要課題といえます。

これを実現することは、贖罪の完了であり、癒しの達成で救済の完結でもあります。

自分と他人が別々ではなく一体であると理解することは、分離幻想の解消であり、真の自己を知ることでもあります。


「汝自身を知れ」がまた出てくることになります。


コースのカリキュラムで知るべき自分自身とは、エゴに従う場合の小さな自己と、聖霊に従う場合の大いなる自己ということでした。

その方法は、他者との出会いを聖なる出会いとして、鏡となる他者の反応によって、自分がエゴに従っているのか聖霊に従っているのかに気づいて、エゴを選択していることに気がついたら聖霊を選択し直し続けるということでした。

本節の最後で出てくる、私たちがまだこれから学ぶことになる唯一の秘密、すなわち、自分と世界(兄弟)は別々ではなく、一体となった神の子が潔白だと理解することについては、また次回以降の機会に考えてみたいと思います。




カオナシ






テキスト 第二十七章 


VIII. The "Hero" of the Dream
八 夢の「主人公



1. The body is the central figure in the dreaming of the world.
 身体は、世界という夢想の中での主要な登場人物です。

 There is no dream without it, nor does it exist without the dream in which it acts as if it were a person to be seen and be believed.
 身体を抜きにした夢はひとつもありません。しかも、その中で、身体がまるである人物だと見られ、そう信じられるように演じることになる夢というものが無かったら、身体は存在しません。

 It takes the central place in every dream, which tells the story of how it was made by other bodies, born into the world outside the body, lives a little while and dies, to be united in the dust with other bodies dying like itself.
 それぞれの夢の中で、身体が主役の座を占めています。一つひとつの夢は、どうやってその身体が他の身体によって作られ、その身体の外側にある世界の中へと生まれ落ち、しばらくの間生きては死に、その身体と同じように死んでいく他の身体たちと塵の中で結ばれることになるかについての物語を語り続けます。

 In the brief time allotted it to live, it seeks for other bodies as its friends and enemies.
 身体に割り当てられた束の間の人生の間に、身体は友や敵として他の身体たちを探し求めます。

 Its safety is its main concern.
 身体の安全が身体の最大の関心事です。

 Its comfort is its guiding rule. 
 身体の安楽こそが身体を導くルールです。

 It tries to look for pleasure, and avoid the things that would be hurtful.
 身体は、快楽を求め、苦痛を味わうことになりそうな物事は避けようとします。

 Above all, it tries to teach itself its pains and joys are different and can be told apart.
 何よりもまず、身体は自分に、自らの感じる痛みと喜びは異なったものであり、その違いはちゃんと区別できるものだと教え込もうとします。




2. The dreaming of the world takes many forms, because the body seeks in many ways to prove it is autonomous and real.
 この世界の夢はいろいろな形をとります。その理由は、身体は自らが自律的な存在で本物だということを証明しようと数々の方法を模索しているからです。

 It puts things on itself that it has bought with little metal discs or paper strips the world proclaims as valuable and real.
 身体は、この世界によって価値があり本物であると公認された金属の小さな円盤や紙切れでできたお金で買った品々を身に纏います。

 It works to get them, doing senseless things, and tosses them away for senseless things it does not need and does not even want.
 身体はそんなお金を得るために無意味な仕事をしては、必要でもなければ欲してすらいない無駄な品々のために、せっかく手に入れたお金を投げ捨ててしまいます。

 It hires other bodies, that they may protect it and collect more senseless things that it can call its own.
 身体は、自分を守ってもらったり、身体が自分が自由にできる無駄な物品をさらに集めるために、他の身体を雇います。

 It looks about for special bodies that can share its dream.
 身体は、自分の夢を分かち合えそうな特別な身体を探し求めます。

 Sometimes it dreams it is a conqueror of bodies weaker than itself.
 ときには、身体は、自分よりも弱い他の身体の征服者になることを夢見ます。

 But in some phases of the dream, it is the slave of bodies that would hurt and torture it.
 しかし、夢のいくつかの局面においては、その身体は、自らを傷つけたり非常な責め苦を与えようとする他の身体の奴隷となります。

名称未設定


3. The body's serial adventures, from the time of birth to dying are the theme of every dream the world has ever had.
 身体が生まれた時から死ぬ時までに次々に遭遇する冒険譚こそ、この世界がこれまで宿してきたあらゆる夢のテーマです。

 The "hero" of this dream will never change, nor will its purpose.
 この夢の「主人公」は絶対に変わりません。そして、夢の目的も絶対に変わることはありません。

 Though the dream itself takes many forms, and seems to show a great variety of places and events wherein its "hero" finds itself, the dream has but one purpose, taught in many ways.
 夢そのものは色々な形をとり、その「主人公」が登場する様々な場所や出来事を多種多様な形態で見せるように思えます。それにもかかわらず、その夢にはたったひとつの目的しかなく、その目的を様々な形を通して教えこもうとしているのです。

 This single lesson does it try to teach again, and still again, and yet once more; that it is cause and not effect.
 その夢が何度も何度も繰り返し、そして、さらにもう一回としつこく繰り返して教えこもうとしているただひとつのレッスンは、夢こそが原因であって夢は結果ではないということです。

 And you are its effect, and cannot be its cause.
 つまり、あなたは夢の結果なのであって、あなたは夢の原因ではありえないということです。




4. Thus are you not the dreamer, but the dream.
 こうして、あなたは夢を見る者ではなくて、夢だということになります。

 And so you wander idly in and out of places and events that it contrives.
 だから、あなたはその夢が仕組んだ場所や出来事に出たり入ったりして、あてもなくさまよっているのです。

 That this is all the body does is true, for it is but a figure in a dream.
 本当に、身体がしているのはこんなことでしかありません。というのも、身体は単に夢の中の一登場人物にすぎないからです。

 But who reacts to figures in a dream unless he sees them as if they were real?
 しかし、その夢の中の登場人物がまるで本物のように見えないかぎり、誰が夢の中の登場人物なんかに反応するでしょうか。

 The instant that he sees them as they are they have no more effects on him, because he understands he gave them their effects by causing them and making them seem real.
 彼がその夢の中の登場人物をありのままに見たとたん、登場人物たちはもはや彼に何の影響も及ぼすことができなくなります。なぜなら、彼は、その登場人物たちを生じさせ、そして、彼らをリアルに見せることによってその登場人物たちに影響力を与えていたのはほかならぬ自分だったと理解することになるからです。


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5. How willing are you to escape effects of all the dreams the world has ever had?
 この世界が今まで目にしてきたあらゆる夢が及ぼした結果から逃れたいと、あなたはどれほど強く望んでいるでしょうか。

 Is it your wish to let no dream appear to be the cause of what it is you do?
 どんな夢であっても、夢なんかを自分が何かをする原因にさせておきたくないというのがあなたの望むところではないでしょうか。

 Then let us merely look upon the dream's beginning, for the part you see is but the second part, whose cause lies in the first.
 そうであれば、私たちで一緒にただその夢の始まりだけを見てみましょう。というのは、あなたが見ている部分は単に二次的な部分であって、夢を引き起こす原因は一次的な部分にこそあるからです。

 No one asleep and dreaming in the world remembers his attack upon himself.
 眠ったままこの世界を夢見ている者は誰も、彼が自分自身に対して攻撃したことを覚えてはいません。

 No one believes there really was a time when he knew nothing of a body, and could never have conceived this world as real.
 自分が身体について何も知らず、こんな世界が本物であるなんて想像すらしなかったときが実際にあったとは誰にも信じられません。

 He would have seen at once that these ideas are one illusion, too ridiculous for anything but to be laughed away.
 そのときなら、彼はすぐさま、身体や世界などという思いつきが、あまりに馬鹿げていて笑い飛ばすしかないような、単なる幻想であると見ていたことでしょう。

 How serious they now appear to be!
 そんな幻想が、今ではなんと深刻なものに見えていることでしょうか。

 And no one can remember when they would have met with laughter and with disbelief.
 だから、そんな幻想を誰も笑って信じようともしなかったときがあったことなど、誰も思い出せなくなっています。

 We can remember this, if we but look directly at their cause.
 もし私たちがそんな幻想を引き起こす原因を直視しさえすれば、それがお笑い草でしかないことを思い出すことができます。

 And we will see the grounds for laughter, not a cause for fear.
 そのとき、私たちは恐れの原因などではなく、笑いの根拠を見出すことになるでしょう。




6. Let us return the dream he gave away unto the dreamer, who perceives the dream as separate from himself and done to him.
 夢のことを自分自身とは分離していて自分に降りかかってくるものとして知覚している夢見る者に、彼が投げ出してしまったその夢を戻すことにしましょう。

 Into eternity, where all is one, there crept a tiny, mad idea, at which the Son of God remembered not to laugh.
 すべてがひとつである永遠の世界の中に小さな狂気の想念が忍び込んだとき、神の子はそんな狂気の想念を笑って済ませることを覚えていませんでした。

 In his forgetting did the thought become a serious idea, and possible of both accomplishment and real effects.
 神の子が笑い飛ばすことを忘れてしまっていたせいで、そんな狂気の想念が深刻な想念となり、そんな狂気を成就することや狂気が実際に影響をもたらすことまで可能となってしまいました。

 Together, we can laugh them both away, and understand that time cannot intrude upon eternity.
 一緒になら、私たちには、こうしたことを両方とも笑い飛ばすことができるし、時間が永遠の世界に侵入することなどできないことも理解できます。

 It is a joke to think that time can come to circumvent eternity, which means there is no time.
 時間がまんまと永遠を出し抜くことができるなどと考えるのはまったくの冗談でしかありません。永遠とは時間が無いことを意味するからです。

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7. A timelessness in which is time made real; a part of God that can attack itself; a separate brother as an enemy; a mind within a body all are forms of circularity whose ending starts at its beginning, ending at its cause.
 この時間のない状態において、時間が本物とされ、神の一部が自分自身を攻撃できたり、別々に分離した兄弟たちが敵として現れたり、身体の中に心があるとされたりしているのです。このようなことはすべて、夢の終わりがその始まりにおいて始まって、夢の起源において終わるという堂々巡りが形に現れたものです。

 The world you see depicts exactly what you thought you did.
 あなたの見ている世界は、あなたが自分がしたと思っていることを正確に描写しています。

 Except that now you think that what you did is being done to you.
 ただし、今のところ、あなたは自分がしたことを、自分がされたことだと思い込んでいます。

 The guilt for what you thought is being placed outside yourself, and on a guilty world that dreams your dreams and thinks your thoughts instead of you.
 あなたが考えたことに対する罪悪感は、あなた自身の外側に置かれ、あなたになり代わってあなたの夢を夢見て、あなたの思いを思っている有罪とされた世界へと押しつけられます。

 It brings its vengeance, not your own.
 このような罪悪感を押しつけられた有罪の世界は、あなた自身の報復ではなくて、有罪の世界それ自体による報復をもたらすようになります。

 It keeps you narrowly confined within a body, which it punishes because of all the sinful things the body does within its dream.
 罪悪感を押しつけられた有罪の世界は、有罪とされた夢の世界の中で身体が行う様々な罪深いことのゆえに身体を罰することによって、かろうじて、あなたを身体の中に閉じ込めたままに保っています。

 You have no power to make the body stop its evil deeds because you did not make it, and cannot control its actions nor its purpose nor its fate.
 あなたは自分でその身体を作ったわけではないので、身体の行う邪悪な所業を止める力を持たず、身体の行動も身体の目的も身体の運命もコントロールできないということになります。




8. The world but demonstrates an ancient truth; you will believe that others do to you exactly what you think you did to them.
 この世界は単に古来の真理を実証しているだけです。その真理とは、自分が他の人たちにしたと思っていることを、彼らからそっくりそのままされるのだとあなたは信じるようになるということです。

 But once deluded into blaming them you will not see the cause of what they do, because you want the guilt to rest on them.
 しかし、いったん他の人たちのせいにして非難する妄想を抱くと、あなたには彼らがやっていることの原因が自分だという真理がわからなくなってしまいます。それというのも、あなたは自分ではなく、彼らのほうに自責の念を抱かせてやりたいと願うからです。

 How childish is the petulant device to keep your innocence by pushing guilt outside yourself, but never letting go!
 自分の潔白さを保つために罪悪感を自分自身の外側に押しやっておきながら、決して罪悪感を手放そうとはしないという身勝手なからくりは、何と幼稚なものなのでしょう。

 It is not easy to perceive the jest when all around you do your eyes behold its heavy consequences, but without their trifling cause.
 あなたの目が自分の周りに見るものすべてが、夢の深刻な結果ばかりで、取るに足らないその原因が見えなければ、それが冗談でしかないと受け取ることは簡単なことではありません。

 Without the cause do its effects seem serious and sad indeed.
 そうした原因を抜きにしては、夢の結果は実に深刻でまったく悲惨なものに見えます。

 Yet they but follow.
 しかし、夢の結果は、ただその原因のあとに付き従ってくるものでしかありません。

 And it is their cause that follows nothing and is but a jest.
 そして、そんな結果の原因はといえば、何ものにも従っていないというのですから、単なる冗談というほかありません。


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9. In gentle laughter does the Holy Spirit perceive the cause, and looks not to effects.
 穏やかに笑いながら、聖霊は原因を知覚します。そして、聖霊は結果には目もくれません。

 How else could He correct your error, who have overlooked the cause entirely?
 それ以外の方法でどうやって聖霊は、原因を完全に見落としてしまっているあなたの誤りを修正できるというのでしょうか。

 He bids you bring each terrible effect to Him that you may look together on its foolish cause and laugh with Him a while.
 あなたが聖霊と一緒にその結果の馬鹿げた原因を見て、聖霊と一緒にしばらく笑うことができるようになるために、聖霊はあなたに、恐ろしい結果の一つひとつを自分の許に持ってくるようにと求めます。

 You judge effects, but He has judged their cause.
 あなたは結果を判断しようとます。しかし、聖霊はそれらの結果の原因のほうに判断を下しているのです。

 And by His judgment are effects removed.
 そして、聖霊の判断によって結果は取り除かれます。

 Perhaps you come in tears.
 もしかしたら、あなたは泣きながら聖霊の許へとやってくるかもしれません。

 But hear Him say, "My brother, holy Son of God, behold your idle dream, in which this could occur."
 しかし、聖霊が「私の兄弟よ、聖なる神の子よ、あなたの空虚な夢をよく見てください。こんな夢の中でしか、こうしたことは起こりえないのですよ。」と言うのを聞いてください。

 And you will leave the holy instant with your laughter and your brother's joined with His.
 そうすれば、あなたの笑い声と兄弟の笑い声が聖霊の笑い声に加わって、あなたは神聖な瞬間をあとにすることになります。




10. The secret of salvation is but this: that you are doing this unto yourself.
 救いの秘訣とは、次のことに気づくことでしかありません。それは、あなたがこうしたことを自分で自分自身にしているのだということです。

 No matter what the form of the attack, this still is true.
 攻撃がどんな形をとるにせよ、あなたが夢の中で自分を攻撃をしたのだということは、依然として真実のままです。

 Whoever takes the role of enemy and of attacker, still is this the truth.
 誰が敵や攻撃者の役割を演ずるにせよ、依然として、あなたは自分で自分を攻撃しているというのが真実です。

 Whatever seems to be the cause of any pain and suffering you feel, this is still true.
 あなたの味わっている痛みや苦しみの原因がどのようなものに見えようとも、それでもなお、これは真実です。

 For you would not react at all to figures in a dream you knew that you were dreaming.
 というのは、あなたもさすがに、自分が夢見ていると自分でわかっている夢の中の登場人物に対して反応しようとは思わないはずだからです。

 Let them be as hateful and as vicious as they may, they could have no effect on you unless you failed to recognize it is your dream.
 夢の中の登場人物をいくらでも憎々しく邪悪な存在にさせるがよいでしょう。それがあなたの夢の中のことだと気づき損ねないかぎり、そんな登場人物はあなたに何の影響も及ぼすことはできないからです。

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11. This single lesson learned will set you free from suffering, whatever form it takes.
 このたったひとつのレッスンさえ習得できたら、あなたはどのような形の苦しみからも解放されることになります。

 The Holy Spirit will repeat this one inclusive lesson of deliverance until it has been learned, regardless of the form of suffering that brings you pain.
 この解放のための包括的なひとつのレッスンが習得されるまで、聖霊はそのレッスンを繰り返すでしょう。あなたに苦しみをもたらす苦難がどのような形をとろうとも、聖霊はそんなことは問題にしません。

 Whatever hurt you bring to Him He will make answer with this very simple truth.
 あなたがどのような痛みを聖霊の許に持っていこうとも、聖霊はこの実に単純な真理をもって答えてくれるでしょう。

 For this one answer takes away the cause of every form of sorrow and of pain.
 というのは、このひとつの答えが、ありとあらゆる形の悲しみや痛みの原因を取り去るからです。

 The form affects His answer not at all, for He would teach you but the single cause of all of them, no matter what their form.
 あなたの悲しみや痛みの形態が聖霊の答えに影響を及ぼすことはまったくありません。というのは、聖霊はそんな悲しみや痛みがどんな形をしているかに関わりなく、それらすべての唯一の原因だけを教えようとするからです。

 And you will understand that miracles reflect the simple statement, "I have done this thing, and it is this I would undo."
 そして、あなたは、「私がこれをしたのだ。そして、私が取り消したいのはこれだ。」という簡単な声明を奇跡が反映していることを理解するようになります。





12. Bring, then, all forms of suffering to Him Who knows that every one is like the rest.
 それゆえに、どんな形の苦しみであれ、どれもみな残りの苦しみと同じであるとわかっている聖霊のところへ、すべて持っていくがよいでしょう。

 He sees no differences where none exists, and He will teach you how each one is caused.
 聖霊は、元々そこには何も存在しないので、どんな違いも見ることはしません。そして、聖霊はあなたにそのひとつひとつがどういう原因で起こったのかを教えてくれます。

 None has a different cause from all the rest, and all of them are easily undone by but a single lesson truly learned.
 どれを見ても、その残りの苦しみすべてと違う原因を持っているものはひとつもないし、どれもみな唯一のレッスンを本当に習得しさえすれば、それによって簡単に取り消されてしまいます。

 Salvation is a secret you have kept but from yourself.
 救いとは、あなたが自分自身に対してだけ隠してきた秘密なのです。

 The universe proclaims it so.
 あなたにだけ救いが隠されていることは、全宇宙が明らかに示しています。

 Yet to its witnesses you pay no heed at all.
 ところが、そのことを明らかにする証人たちに、あなたはまったく注意を払ってはいません。

 For they attest the thing you do not want to know.
 なぜなら、それらの証人たちは、あなたが知りたくないものを証明してしまうからです。

 They seem to keep it secret from you.
 それらの証人たちのほうが、あなたに対して救いを秘密のままにしておこうとしているように思えます。

 Yet you need but learn you chose but not to listen, not to see.
 しかし、あなたに必要なのは、自分が聞くことも見ることもしない選択をしていただけだと学ぶことだけです。

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13. How differently will you perceive the world when this is recognized!
 このことを認識したなら、あなたはこの世界をどれほど違ったように知覚するようになるでしょう。

 When you forgive the world your guilt, you will be free of it.
 あなたが自分の罪悪感投影していたこの世界を赦すなら、あなたは罪悪感から解放されます。

 Its innocence does not demand your guilt, nor does your guiltlessness rest on its sins.
 この世界が潔白であるために、あなたが有罪であることが求められるわけではありません。同じく、あなたが無罪であるためにはこの世界が有罪でなければならないわけでもありません。

 This is the obvious; a secret kept from no one but yourself.
 これはきわめて明白なことですが、これは、ただあなた自身にだけ隠されてきた秘密です。

 And it is this that has maintained you separate from the world, and kept your brother separate from you.
 そして、この秘密が、あなたをこの世界から引き離されたままにして、そして、あなたの兄弟をあなたから離れたままにしてきたのです。

 Now need you but to learn that both of you are innocent or guilty.
 今、あなたが学ぶ必要があるのは、あなたと世界(兄弟)は揃って潔白であるのか、それとも有罪なのかということだけです。

 The one thing that is impossible is that you be unlike each other; that they both be true.
 ただひとつ不可能なことは、あなたと世界(兄弟)が互いに違っていて、どちらかが有罪でどちらかが潔白であることが両立するのが真実だということです。

 This is the only secret yet to learn.
 このことは、まだこれから学ぶことになる唯一の秘密です。

 And it will be no secret you are healed.
 これを学べば、あなたが癒されているということは秘密ではなくなるでしょう。

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