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There Is No Spoon

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レッスン334「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」

レッスン334です。

今日のレッスンは「今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる」です。




まず、エゴってなに?をご覧ください。


1.「 Illusions are all vain, and dreams are gone even while they are woven out of thoughts that rest on false perceptions.
 幻想はすべて空疎なものであり、間違った知覚に基づく思考からが紡ぎ出されるまさにその合間にすら、は消え去ってしまいます。

 Let me not accept such meager gifts again today.
 今日こそ、もう二度と、私がそのようなみすぼらしい贈り物を受け入れませんように。」

「2. I seek but the eternal.
 私は永遠だけを求めます。

 For Your Son can be content with nothing less than this.
 というのも、あなたの大いなる子が永遠に満たないもので満足できるはずがないからです。」



私たちには、この世界の差し出す贈り物で究極の満足が得られないだろうということは薄々察することはできますが、それでも、でもいい、幻想でかまわないから、宝くじに高額当選してあれこれやってみたい!、憧れのあの人と付き合いたい、会社の社長にまで上り詰めたらさぞ見晴らしがいいだろう、プライベートジェットを所有して豪邸や高級ホテル暮らしも悪くない、と、この世界の提供する贈り物がみすぼらしいなどとは思えません。

当然、今自分が操縦しているアバターの置かれた境遇や能力等のリソースによる制約があるので、実際にこの世界の贈り物を受け取って、それが満足いかなくなっても、次の偶像を追いかけての繰り返しになってしまいます。

だから、実際にとことんトライしてこの世界の贈り物が詫びしいということを実感して理解しようとしても、その前に死が訪れてしまうでしょう。

そもそも、仕組み的に、飽き飽きしてこの世界の贈り物なんていらないという境地に到達することはありません。

この世界の贈り物として自分が追い求めるものを振り返ってみてください。
すべてエゴ・身体というアバターの満足に関連する物事であるはずです。

そして、エゴは、私たちが飽きもせずに、この世界の贈り物が自分を満たしてくれると期待して思いを投じて、兄弟たちと愛憎劇を繰り広げることによって、分離幻想を維持してエゴを存続させられるのだから、エゴに従うかぎり、私たちがこの世界の贈り物に虚しさを覚えてそれを追求するのをやめることはありえません。

だから、エゴ・身体という欲望と憎悪の生産装置をフル稼働させているかぎり、自分が虚しい贈り物を追い求めていると気づくことも、自分が永遠にしか満足できないと気づくこともできません。

そこで、赦しによって真のアイデンティティーを取り戻し、エゴ・身体への自己同一化から解放されることが必要となります。


はたらく細胞的な観点で見るなら、身体の持ち主である魂、心にとっては、個々の細胞や器官が身体世界が提供する贈り物に執着して各自が他の細胞を犠牲にしてまでも自分の利益を追求し始めるのは、細胞の癌化と癌の増殖を意味することがわかります。

けれど、癌化して自分の欲望の追求に取り憑かれた細胞は、利己的な観点からしかものが見えなくなっているので、自分の追い求める贈り物が空疎で周囲の仲間や世界をも破壊してしまうものだということがわかりません。

その細胞に必要なのは、愛です。

この世界の贈り物に執着して追い求める私たちは、この癌細胞と似ていないでしょうか。

行き着く先が本当に見えたなら、表面上、世界の贈り物を欲することで望んでいる奥底の真に求めているものが愛であることに気付いて、早々に道を引き返して、エゴへの奉仕から他者への奉仕に行動を切り替えて聖霊に従うことを誰もが選択するでしょう。






Lesson 334


Today I claim the gifts forgiveness gives.
今日こそ私は、赦しが与えてくれる贈り物を手に入れる。



1. I will not wait another day to find the treasures that my Father offers me.
 私は、大いなる父が私に差し延べてくれている宝物を見つけるために、もう一日でも長く待つつもりはありません。

 Illusions are all vain, and dreams are gone even while they are woven out of thoughts that rest on false perceptions.
 幻想はすべて空疎なものであり、間違った知覚に基づく思考からが紡ぎ出されるまさにその合間にすら、は消え去ってしまいます。

 Let me not accept such meager gifts again today.
 今日こそ、もう二度と、私がそのようなみすぼらしい贈り物を受け入れませんように。

 God's Voice is offering the peace of God to all who hear and choose to follow Him.
 神の大いなる声である聖霊は、彼に耳を貸して神に従うことを選ぶ者たちみんなに神の平安を差し延べてくれます。

 This is my choice today.
 今日、私が選ぶのは、この神の平安です。

 And so I go to find the treasures God has given me.
 だから、私は、神が私に授けてくれている宝物を見つけに行くことにします。



2. I seek but the eternal.
 私は永遠だけを求めます。

 For Your Son can be content with nothing less than this.
 というのも、あなたの大いなる子が永遠に満たないもので満足できるはずがないからです。

 What, then, can be his solace but what You are offering to his bewildered mind and frightened heart, to give him certainty and bring him peace?
 そうだとすれば、神の子の混乱した思考と怯えきった心に対して、あなたが差し延べるもの以外の何が、彼を慰めて確信平安を与えられるというのでしょう。

 Today I would behold my brother sinless.
 今日こそ、私は、自分の兄弟を罪なきものとして見るつもりです。

 This Your Will for me, for so will I behold my sinlessness.
 これこそ、あなたが私のために意図することです。というのも、そうすることで、私は自分の罪のなさを見つめることになるからです。

それでは、ブリトニーさんのレッスンです。




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