There Is No Spoon

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T19-3 無罪!

今回は、テキスト第十九章から、罪の非実在性についての一節をご紹介します。



テキスト第十九章

III. The Unreality of Sin  
三 罪が実在しないということ


1. The attraction of guilt is found in sin, not error.
 罪悪感の魅力は、誤りの中にではなくて、罪の中に見出されます。

 Sin will be repeated because of this attraction.
 こんな罪悪感の持つ魅力のために、罪が繰り返されることになります。

 Fear can become so acute that the sin is denied the acting out.
 恐怖心があまりに強烈になりすぎて、罪が行動化されないこともありえます。

 But while the guilt remains attractive the mind will suffer, and not let go of the idea of sin.
 しかし、罪悪感に魅力を感じるうちは、心は苦しみながらも、罪という想念を手放そうとはしないでしょう。

 For guilt still calls to it, and the mind hears it and yearns for it, making itself a willing captive to its sick appeal.
 なぜなら、罪悪感はなおも罪を呼び求め、心は罪の呼び声を聞いて罪を熱望し、罪の病んだ魅力に喜んで自ら虜になろうとするからです。

 Sin is an idea of evil that cannot be corrected, and yet will be forever desirable.
 罪とは、修正不能でありながら、それでもなお、絶えず望ましいものに思える邪悪な想念です。

 As an essential part of what the ego thinks you are, you will always want it.
 罪はエゴがあなたであると思っているものの本質的な部分なので、あなたは罪をつねに望むことになります。

 And only an avenger, with a mind unlike your own, could stamp it out through fear.
 そして、罪を根絶できるとしても、それは、あなた自身の心とは異なる心を持つ復讐者だけが、恐れを通してなしうるものだということになります。




2. The ego does not think it possible that love, not fear, is really called upon by sin, and always answers.
 エゴは、罪が本当に求めているもので、必ずその求めに答えるのは、恐れではなく愛だということなど、ありえないと思っています。

 For the ego brings sin to fear, demanding punishment.
 というのも、エゴは、処罰を求めて、罪を恐怖へともたらすからです。

 Yet punishment is but another form of guilt's protection, for what is deserving punishment must have been really done.
 しかし、処罰は罪悪感を保護する別の形態でしかありません。というのは、処罰に値するものは実際に行われたものでなければならないからです。

 Punishment is always the great preserver of sin, treating it with respect and honoring its enormity.
 処罰はつねに罪の強力な保護者であり、罪を丁重に遇しては、罪の凶悪性を称賛します。

 For what you think is real you want, and will not let it go.
 というのも、あなたは自分が本物であると思うものを欲し、それを手放そうとはしないからです。


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3. An error, on the other hand, is not attractive.
 他方で、誤りには魅力はありません。

 What you see clearly as a mistake you want corrected.
 自分が明らかに間違いだとわかることについては、あなたは修正したいと望むはずです。

 Sometimes a sin can be repeated over and over, with obviously distressing results, but without the loss of its appeal.
 ときに罪は、明らかに苦痛に満ちた結果が伴うというのに、その魅力を失うことなく、何度も何度も繰り返されることがありえます。

 And suddenly, you change its status from a sin to a mistake.
 そして、突然、あなたがその罪の位置づけを罪から間違いへと変えるとします。

 Now you will not repeat it; you will merely stop and let it go, unless the guilt remains.
 そうなれば、もうあなたはそれを繰り返さなくなって、単にそれをやめて手放すようになります。ただし、罪悪感が残っている場合は別です。

 For then you will but change the form of sin, granting that it was an error, but keeping it uncorrectable.
 なぜなら、罪悪感が残っている場合、あなたは罪が誤りだったと認めてはいても、罪を修正不能なものとして保ったまま、単に罪の形を変えているにすぎないからです。

 This is not really a change in your perception, for it is sin that calls for punishment, not error.
 これでは、あなたの知覚の仕方が本当に変化することにはなりません。というのは、処罰を要求するのは罪であって誤りではないからです。




4. The Holy Spirit cannot punish sin.
 聖霊には、罪を罰することはできません。

 Mistakes he recognizes, and would correct them all as God entrusted him to do.
 間違いについては、聖霊はそれを認識し、神からそうするようにと委ねられている通りに、間違いを全部修正してくれます。

 But sin he knows not, nor can he recognize mistakes that cannot be corrected.
 しかし、罪については、聖霊の知るところではありません。また、聖霊は、修正できないような間違いを認識することもできません。

 For a mistake that cannot be corrected is meaningless to him.
 というのも、聖霊にとって、修正できないような間違いは意味をなさないからです。

 Mistakes are for correction, and they call for nothing else.
 間違いは修正を要するものであり、間違いには修正以外に何も必要ありません。

 What calls for punishment must call for nothing.
 処罰を要求するものは、無を求めているに違いないのです。

 Every mistake must be a call for love.
 間違いはひとつ残らず、愛を求める呼び声に違いないのです。

 What, then, is sin?
 そうだとすれば、罪とはいったい何なのでしょうか。

 What could it be but a mistake you would keep hidden; a call for help that you would keep unheard and thus unanswered?
 罪は、あなたが隠したままに保とうとするただの間違いでしかないのではないでしょうか。それは、あなたが聞こえないようにすることで、答えられないままに保とうとする助けを求める呼び声でしかないのではないでしょうか。

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5. In time, the Holy Spirit clearly sees the Son of God can make mistakes.
 聖霊には、時間の中では神の子が過ちを犯すことができるということが、はっきりわかっています。

 On this you share his vision.
 この時間の中で間違うことがありうるという点については、あなたも聖霊のヴィジョンを分かち合っています。

 Yet you do not share his recognition of the difference between time and eternity.
 しかし、時間と永遠との違いについては、あなたは聖霊の認識を分かち合ってはいません。

 And when correction is completed, time is eternity.
 そして、修正が完了したとき、時間は永遠となります。

 The Holy Spirit can teach you how to look on time differently and see beyond it, but not while you believe in sin.
 聖霊はあなたに、どのようにして時間をそれまでとは違うふうに見て、時間を超えて見ればよいか教えることができます。しかし、あなたが罪を信じている間は、聖霊はそれを教えることができません。

 In error, yes, for this can be corrected by the mind.
 あなたが間違いを信じているのであれば、聖霊は教えることができます。というのも、間違いは心で修正できることだからです。

 But sin is the belief that your perception is unchangeable, and that the mind must accept as true what it is told through it.
 しかし、罪とは、あなたの知覚することは変えられないものであり、その知覚を通して告げられることを、心は真実として受け入れなければならないと信じることです。

 If it does not obey, the mind is judged insane.
 もし知覚の告げることに従わなければ、心は狂気に陥っていると判断されてしまいます。

 The only power that could change perception is thus kept impotent, held to the body by the fear of changed perception which its Teacher, Who is one with it, would bring.
 このようにして、知覚の仕方を変えることができる唯一の力は、知覚の変化に対する恐怖によって、身体に縛りつけられて無力にされてしまいます。その知覚の変化は、心と一体である大いなる心の教師がもたらしてくれるはずなのです。




6. When you are tempted to believe that sin is real, remember this:
 罪は本当にあると信じたいという誘惑にあなたが駆られるときには、次のことを思い出してください。

 If sin is real, Both God and you are not.
 もし罪が実在するとすれば、神もあなたも共に実在しないことになります。

 If creation is extension, the Creator must have extended himself, and it is impossible that what is part of him is totally unlike the rest.
 もし創造が拡張することであるなら、創造主は自身を拡張したに違いないし、神の一部であるものが、その残りの部分とまったく異なるものであるということはありえません。

 If sin is real, God must be at war with himself.
 もし罪が実在するなら、神は自分自身と交戦状態にあることになってしまいます。

 He must be split, and torn between good and evil; partly sane and partially insane.
 神は分裂して善と悪とに引き裂かれ、部分的に正気で、部分的に狂気でもあるということになってしまいます。

 For he must have created what wills to destroy him, and has the power to do so.
 というのも、神は、神自らを破滅させる意志と破滅させる力を持ったものを創造したに違いないということになるからです。

 Is it not easier to believe that you have been mistaken than to believe in this?
 こんなことを信じるより、あなたが間違っていたと信じるほうが容易ではないでしょうか。

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7. While you believe that your reality or your brother's is bounded by a body, you will believe in sin.
 あなたが自分の本当の姿や兄弟の本当の姿を身体に束縛されたものと信じているうちは、あなたは罪を信じてしまうでしょう。

 While you believe that bodies can unite, you will find guilt attractive and believe that sin is precious.
 身体と身体をひとつに結びつけることができると信じるうちは、あなたは罪悪感に魅力を感じて、罪はかけがえのないものだと信じることになります。

 For the belief that bodies limit mind leads to a perception of the world in which the proof of separation seems to be everywhere.
 なぜなら、身体が心を限界づけているという信念が、分離を証明するものが至るところにあると思えるような世界を知覚させることになるからです。

 And God and his creation seem to be split apart and overthrown.
 そして、神と神に創造されたものは、別々に引き離され、打ち滅ぼされてしまったかのように見えます。

 For sin would prove what God created holy could not prevail against it, nor remain itself before the power of sin.
 というのも、罪は神が聖なるものとして創造したものさえその罪には勝てなかったし、罪の力を前にして聖なるものであり続けることもできなかったと証明することになるからです。

 Sin is perceived as mightier than God, before which God himself must bow, and offer his creation to its conqueror.
 罪は神よりも強力なものとして知覚されて、罪を前にしては、神自らが屈服し、自らの創造物をその征服者に差し出さなくてはならないことになります。

 Is this humility or madness?
 これは謙虚さでしょうか、それとも狂気でしょうか。




8. If sin is real, it must forever be beyond the hope of healing.
 もし罪が本当にあるとすれば、罪が癒される望みは永遠にないことになるはずです。

 For there would be a power beyond God's, capable of making another will that could attack his will and overcome it; and give his Son a will apart from his, and stronger.
 なぜなら、神の大いなる意志を攻撃して、それに打ち勝つことができるもうひとつの意志を作り出し、神の子に神の大いなる意志とは別のより強大な意志を与えることができるような神の力をも凌ぐ力が存在することになるからです。

 And each part of God's fragmented creation would have a different will, opposed to his, and in eternal opposition to him and to each other.
 そして、神の創造物のばらばらに断片化した部分がそれぞれに異なった意志を持ち、神の大いなる意志に逆らって、神に対しても、お互いに対しても、永遠に対立することになります。

 Your holy relationship has, as its purpose now, the goal of proving this is impossible.
 あなたの神聖な関係には、今やその目的として、そんなことは不可能だと証明するという目標が備わっています。

 Heaven has smiled upon it, and the belief in sin has been uprooted in its smile of love.
 天国はあなたの神聖な関係に微笑みかけ、その愛の微笑みの中で罪に対する信仰は根絶されています。

 You see it still, because you do not realize that its foundation has gone.
 あなたがなおも罪を見ているのは、あなたが罪の基盤が去ってしまっていることに気づいていないからです。

 Its source has been removed, and so it can be cherished but a little while before it vanishes.
 罪の源はすでに取り除かれているのだから、罪を大切にしていられるのも、単に罪が消え去るまでのほんのしばらくの間だけです。

 Only the habit of looking for it still remains.
 単に罪を探そうとする習慣がなおも残っているだけです。


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9. And yet you look with Heaven's smile upon your lips, and Heaven's blessing on your sight.
 それでも、あなたは口許に天国の微笑みを浮かべながら、自分の目に映る視界に天国の祝福を注ぎながら見ることになります。

 You will not see sin long.
 あなたが罪を目にするのも、そう長くは続かないでしょう。

 For in the new perception the mind corrects it when it seems to be seen, and it becomes invisible.
 というのは、この新たな知覚においては、心は罪が見えそうになるとそれを修正するので、罪は見えなくなっていくからです。

 Errors are quickly recognized and quickly given to correction, to be healed, not hidden.
 誤りは即座に認識され、隠すためではなく癒されるために、すぐさま修正へともたらされることになります。

 You will be healed of sin and all its ravages the instant that you give it no power over your brother.
 あなたが兄弟に影響を及ぼす力を罪に与えなくなったとたん、あなたは罪と罪が荒廃させたすべてから癒されることでしょう。

 And you will help each other overcome mistakes by joyously releasing on another from the belief in sin.
 そして、罪を信じることからお互いを喜んで解放することによって、あなたたちはお互いが間違いを克服する手助けをすることになります。




10. In the holy instant, you will see the smile of Heaven shining on both of you.
 神聖な瞬間において、あなたは自分たちの両方に天国の微笑みが輝いているのを見るようになります。

 And you will shine upon each other, in glad acknowledgment of the grace that has been given you.
 そして、あなたたちは、神の恵みが自分に授けられていることを喜んで認めて、お互いを輝きで照らすようになるでしょう。

 For sin will not prevail against a union Heaven has smiled upon.
 というのは、天国が微笑みかけたひとつの結びつきに、罪が打ち勝つことはないからです。

 Your perception was healed in the holy instant Heaven gave you.
 天国があなたに授けてくれた神聖な瞬間の中で、あなたの知覚は癒されたのです。

 Forget what you have seen, and raise your eyes in faith to what you now can see.
 自分が今まで見てきたものなど、忘れてしまいなさい。そして、信頼をもって、今自分に見えるものに目を向けるがよいでしょう。

 The barriers to Heaven will disappear before your holy sight, for you who were sightless have been given vision, and you can see.
 あなたの神聖な視覚を前にして、天国への障壁は消えてなくなります。というのは、盲目だったあなたにヴィジョンが与えられて、あなたは見ることができるようになったからです。

 Look not for what has been removed, but for the glory that has been restored for you to see.
 すでに取り除かれたものを探そうとなどしないで、見るためにあなたへと戻された栄光を探してください。


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11. Look upon your Redeemer, and behold what he would show you in your brother, and let not sin arise again to blind your eyes.
 あなたの大いなる救い主を見てください。そして、救い主があなたに、あなたの兄弟の中に見せてくれようとするものをしっかり見てください。そして、あなたを盲目にするために再び罪を浮かび上がらせてはなりません。

 For sin would keep you separate, but your Redeemer would have you look upon your brother as yourself.
 というのは、罪はあなたたちを引き離しておこうとしますが、大いなる救い主はあなたに、兄弟をあなた自身として見させようとしているからです。

 Your relationship is now a temple of healing; a place where all the weary ones can come and rest.
 あなたの関係は今や癒しの神殿となります。そこは、すべての疲れ果てた者たちが訪れて休息することのできる場所です。

 Here is the rest that waits for all, after the journey.
 ここには、旅路を終えた者たちみんなを待ち受けている安息があります。

 And it is brought nearer to all by your relationship.
 そして、その安息は、あなたとの関係によって、すべての人たちの許へとより近くまで運ばれることになるのです。


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