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There Is No Spoon

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レッスン355「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安と喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」

レッスン355です。

今日のレッスンは「私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。それがどうして今日であってならないのだろうか」です。





まず、私とは何かをご覧ください。


ワークブックでは、今日のレッスンと同じように、つねに救済が「今日」達成されると語ってきました。

救済はすでに成就しており、私たちは記憶媒体に保管されている動画ファイルをクリックして再生するように、すでに終わった世界という幻想、偽りの記憶を私たちというブラウザを介して再生して、あたかも世界が現在進行形で存在しているかのように見ています。

このようにすでに成就している救済がいまだ成就していない世界の中で自分が生きているという記憶、つまり、真実としてあったことのない偽りの記憶を再生しているわけなので、本当の記憶力の使い方は、現在を思い出すこと(T28-1 現在の記憶)ということになります。

本を開いて小説を読んで物語の世界の主人公になりきって物語世界を体験している人にとって、本を読んでいるかぎりは、物語世界の中の時間進行に縛られたままですが、家人からの呼び声で夕食時間だと気づいて我に返って本を閉じて物語世界から現実に戻るのは、いつでもそのとき読んでいたページに描かれている物語世界の「今日」であり、私たちが救済に達するのも必ずこの世界の「今日」なのです。


Lesson 355


There is no end to all the peace and joy, and all the miracles that I will give, when I accept God's Word.
私が神の言葉を受け入れるとき、すべての平安喜びが果てることはないし、私が与える奇跡のすべてが尽きることもない。

Why not today?
それがどうして今日であってならないのだろうか。



1. Why should I wait, my Father, for the joy You promised me?
 わが父よ、あなたが私に約束してくれた喜びをどうして私が待たねばならないのでしょう。

 For You will keep Your Word You gave Your Son in exile.
 というのも、あなたは、流寓するわが子に授けた自らの言葉を守ってくれるはずだからです。

 I am sure my treasure waits for me, and I need but reach out my hand to find it.
 私は、自分の宝物が私を待っていると確信しています。だから、私は自分の宝物を見つけるために、ただ自分の手を伸ばしさえすればよいのです。

 Even now my fingers touch it.
 今この時ですら、私の指先はその宝物に触れています。

 It is very close.
 宝物はとても近くにあります。

 I need not wait an instant more to be at peace forever.
 私は、永遠平安であるために、もう一瞬も待つ必要はないのです。

 It is You I choose, and my Identity along with You.
 私が選ぶのはあなたであり、あなたと一緒に本当の自分を思い出すことも選んだことになります。

 Your Son would be Himself, and know You as his Father and Creator, and his Love.
 あなたの子は、真の自分自身となり、あなたのことを自らの大いなる父にして創造主であり、自らの大いなる愛であると知るのです。


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。



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