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最終レッスン

ワークブックも残りわずかになりました。

今回は最終レッスンの序論です。




Final Lessons – Introduction
最終レッスン ― 序論


1. Our final lessons will be left as free of words as possible.
 私たちの最終レッスンは、できるかぎり言葉に縛られることのないようにしてあります。

 We use them but at the beginning of our practicing, and only to remind us that we seek to go beyond them.
 私たちは、実習を始める際にのみ言葉を用います。それはただ、私たちが言葉を超えて進もうとしていることを思い出すためです。

 Let us turn to Him Who leads the way and makes our footsteps sure.
 を先導して私たちの足取りを確かなものにしてくれる聖霊に頼りましょう。

 To Him we leave these lessons, as to Him we give our lives henceforth.
 私たちはこれから聖霊に自分たちの生命を託すのだから、これからのレッスンは聖霊に委ねることにしましょう。

 For we would not return again to the belief in sin that made the world seem ugly and unsafe, attacking and destroying, dangerous in all its ways, and treacherous beyond the hope of trust and the escape from pain.
 というのも、私たちは、この世界を醜く危険で、攻撃と破壊、あらゆる面で危機にさらされ、信頼する希望もなく、苦痛から解放されることもまったく期待できないように見せていた罪に対する信念になど二度と再び戻るつもりはないからです。



2. His is the only way to find the peace that God has given us.
 聖霊こそ、神が私たちに授けてくれている平安を見出すための唯一のです。

 It is His way that everyone must travel in the end, because it is this ending God Himself appointed.
 聖霊こそ、誰もが最終的には旅しなければならないです。なぜなら、神自身が定めたのはこの結末だからです。

 In the dream of time it seems to be far off.
 時間という夢の中では、その結末は遠く離れたところにあるように見えます。

 And yet, in truth, it is already here; already serving us as gracious guidance in the way to go.
 それでも、本当は、その結末はすでにここにあり、進むべきを親切に案内する導きとして、すでに私たちを助けてくれています。

 Let us together follow in the way that truth points out to us.
 私たちで一緒に、真理が私たちに指示してくれる道に沿って歩みましょう。

 And let us be the leaders of our many brothers who are seeking for the way, but find it not.
 そして、私たちで、道を探し求めながらも見出せずにいる多くの兄弟たちの導き手になりましょう。




3. And to this purpose let us dedicate our minds, directing all our thoughts to serve the function of salvation.
 そして、この目的のために私たちの心を捧げることにして、私たちのすべての思いを救済という役目に奉仕するように方向づけましょう。

 Unto us the aim is given to forgive the world.
 私たちには、この世界を赦すという目的が与えられています。

 It is the goal that God has given us.
 それこそが、神が私たちに授けてくれた目標です。

 It is His ending to the dream we seek, and not our own.
 私たちが探し求めているのは、夢に対して神が定める結末であり、私たちが自分で終わらせることではありません。

 For all that we forgive we will not fail to recognize as part of God Himself.
 というのは、私たちは、自分たちが赦すすべてについて、神自身の一部であることに気づき損ねることはなないからです。

 And thus His memory is given back, completely and complete.
 こうして、神の記憶がすっかり戻ってきて完全なものとなります。



4. It is our function to remember Him on earth, as it is given us to be His Own completion in reality.
 この地上で神を思い出すことこそ、私たちの役目です。それは、現実においては、神自身を完成させることが私たちの役目だからです。

 So let us not forget our goal is shared, for it is that remembrance which contains the memory of God, and points the way to Him and to the Heaven of His peace.
 だから、私たちの目標が分かち合われているということを忘れないようにしましょう。というのも、それを思い出すことによって神の記憶が戻り、神への道と神の平安のある天国が示されるからです。

 And shall we not forgive our brother, who can offer this to us?
 だから、これを私たちに差し延べることのできる兄弟のことを赦そうではありませんか。

 He is the way, the truth and life that shows the way to us.
 その兄弟こそ、道であり、私たちに道を示してくれる真理であり生命なのです。

 In him resides salvation, offered us through our forgiveness, given unto him.
 彼の中に救済があり、私たちが彼に与える赦しを通して、私たちに差し延べられることになります。



5. We will not end this year without the gift our Father promised to His holy Son.
 私たちは、私たちの父がその聖なる子に対して約束してくれた贈り物を得ることなくしてこの一年を終えることはありません。

 We are forgiven now.
 もう私たちは赦されています。

 And we are saved from all the wrath we thought belonged to God, and found it was a dream.
 そして、私たちは、自分たちが神のものと思っていたすべての天罰から救われており、それらは夢だったのだと気づきました。

 We are restored to sanity, in which we understand that anger is insane, attack is mad, and vengeance merely foolish fantasy.
 私たちは正気を取り戻し、正気の中で、私たちは怒りというのは狂気であり、攻撃することは狂気の沙汰であり、そして、復讐することは単に愚かしい空想でしかないと理解します。

 We have been saved from wrath because we learned we were mistaken.
 私たちは天罰から救われています。なぜなら、私たちは、自分たちが間違っていたと学んだからです。

 Nothing more than that.
 それだけのことです。

 And is a father angry at his son because he failed to understand the truth?
 それに、父はわが子が真実を理解し損ねたからといって子に怒ったりなどするでしょうか。




6. We come in honesty to God and say we did not understand, and ask Him to help us to learn His lessons, through the Voice of His Own Teacher.
 私たちは正直に神に向かい、自分たちが理解していなかったと言って、神に対して自分たちが神自身の大いなる教師の声を通して神のレッスンを学ぶのを手助けしてほしいと求めましょう。

 Would He hurt His Son?
 神が、神の子を傷つけるようなことをするでしょうか。

 Or would He rush to answer him, and say, "This is My Son, and all I have is his"?
 それとも、神は子に答えようと急いで「これこそわが子であり、私が持っているすべては彼のものだ」と言うでしょうか。

 Be certain He will answer thus, for these are His Own words to you.
 神が後者のように答えてくれることを確信しなさい。というのも、これらの言葉は、あなたへの神自身の言葉だからです。

 And more than that can no one ever have, for in these words is all there is, and all that there will be throughout all time and in eternity.
 そして、これからも誰もそれ以上のものを得ることはできません。というのも、これらの言葉の中に存在するすべてがあり、すべての時間と永遠性を通して存在しうるすべてがあるからです。


それでは、ブリトニーさんのレッスンです。





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