There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T13-Intro 罪のない世界

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テキスト第十三章「のない世界」の序論をご紹介します。




Chapter 13 THE GUILTLESS WORLD
第十三章 なき世界


Introduction
序論


1. If you did not feel guilty you could not attack, for condemnation is the root of attack.
 もしあなたが罪悪感を抱いていなかったなら、あなたは攻撃などできないはずです。なぜなら、非難することが攻撃の根源だからです。

 It is the judgment of one mind by another as unworthy of love and deserving of punishment.
 非難することは、ある心が別の心に対して、その心は愛に値せず、当然に処罰に値すると価値判断して裁きを下すことです。

 But herein lies the split.
 しかし、まさにここに分裂を見出すことができます。

 For the mind that judges perceives itself as separate from the mind being judged, believing that by punishing another, it will escape punishment.
 というのは、裁く心は自分と裁かれる他の心とは別々に分離していると知覚しており、他の心を罰することによって、自分は処罰を免れることができると信じているからです。

 All this is but the delusional attempt of the mind to deny itself, and escape the penalty of denial.
 このようなことはすべて、心が自分自身を否認しておきながら、否認したことに対する処罰は逃れようとする心の妄想的な試みでしかありません。

 It is not an attempt to relinquish denial, but to hold on to it.
 それは否認することを放棄しようとするどころか、否認にしがみつき続けようとすることです。

 For it is guilt that has obscured the Father to you, and it is guilt that has driven you insane.
 というのは、あなたにとって大いなる父を覆い隠してしまったのは罪悪感であり、あなたを狂気に駆り立てているのも罪悪感だからです。




2. The acceptance of guilt into the mind of God's Son was the beginning of the separation, as the acceptance of the Atonement is its end.
 神の子が心に罪悪感を受け入れたことが分離の始まりでした。これに対して、贖罪を受け入れることが分離の終りとなります。

 The world you see is the delusional system of those made mad by guilt.
 あなたが見ている世界は、罪悪感によって発狂した者たちの妄想が組み合わさった集合体です。

 Look carefully at this world, and you will realize that this is so.
 この世界を注意深く見てみなさい。そうすれば、あなたにも、これがその通りだとわかるはずです。

 For this world is the symbol of punishment, and all the laws that seem to govern it are the laws of death.
 なぜなら、この世界は懲罰を象徴するものだし、この世界を支配しているように見える法則は、どれをとってもみな死の法則だからです。

 Children are born into it through pain and in pain.
 子供たちは痛みを通して苦しみの中で、この世界の中へと生まれ落ちます。

 Their growth is attended by suffering, and they learn of sorrow and separation and death.
 彼らの成長には苦悩がつきまといます。そして、彼らは悲嘆と離別、そして死を学びます。

 Their minds seem to be trapped in their brain, and its powers to decline if their bodies are hurt.
 子供たちの心は彼らの脳の中に幽閉されているように思えるし、彼らの心の力は彼らの肉体が傷つくと低下してしまうように見えます。

 They seem to love, yet they desert and are deserted.
 彼らは愛するように見えても、見捨てることもあれば、見捨てられることもあります。

 They appear to lose what they love, perhaps the most insane belief of all.
 彼らは自分の愛するものを失うことになるように見えますが、恐らくこれこそがすべての信念の中でも最も狂気の信念でしょう。

 And their bodies wither and gasp and are laid in the ground, and are no more.
 そして、彼らの肉体は老衰し、息が止まり、埋葬され、それでお終いです。

 Not one of them but has thought that God is cruel.
 彼らの中で、神が残酷だと思ったことのない者など、ひとりもいないはずです。


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3. If this were the real world, God would be cruel.
 もしこんな世界が真の世界であったとすれば、確かに神は残酷といえるでしょう。

 For no Father could subject his children to this as the price of salvation and be loving.
 というのは、救いの代償としてわが子をこんな死の法則に服従させるような父が、愛に満ち溢れる存在であるはずがないからです。

 Love does not kill to save.
 愛は、救うために殺したりしません。

 If it did, attack would be salvation, and this is the ego's interpretation, not God's.
 もしそうだったとしたら、攻撃が救いだということになりますが、そんなものはエゴの解釈であって、神の解釈ではありません。

 Only the world of guilt could demand this, for only the guilty could conceive of it.
 ただ罪悪感で成り立つ世界だけがこんなことを要求できるのです。なぜなら、罪の意識を持つ者にしかそんなことを思いつくことはできないからです。

 Adam's "sin" could have touched no one, had he not believed it was the Father Who drove him out of Paradise.
 もしアダムが自分を楽園から追放したのが大いなる父だと信じ込んでしまうことさえなかったなら、アダムの「罪」は誰にも影響を及ぼすことはできなかったでしょう。

 For in that belief the knowledge of the Father was lost, since only those who do not understand him could believe it.
 というのは、大いなる父を理解しない者にしか、父がアダムを罰したなどということを信じることはできなかったので、そう信じることで、大いなる父についての知識が失われることになってしまったからです。




4. This world is a picture of the crucifixion of God's Son.
 この世界は、神の子の磔刑を描写した光景そのものです。

 And until you realize that God's Son cannot be crucified, this is the world you will see.
 そして、神の子が磔にされるはずがないことを理解するまでは、これがあなたの見ることになる世界です。

 Yet you will not realize this until you accept the eternal fact that God's Son is not guilty.
 しかし、あなたが神の子は無罪だという永遠の真実を受け入れないかぎり、あなたは神の子が磔にされるはずがないことに気づかないでしょう。

 He deserves only love because he has given only love.
 神の子には、ただ愛だけがふさわしいものです。なぜなら、神の子はただ愛だけを与えてきたからです。

 He cannot be condemned because he has never condemned.
 神の子が咎められることは決してありえません。なぜなら、神の子は一度も非難したことなどないからです。

 The Atonement is the final lesson he need learn, for it teaches him that, never having sinned, he has no need of salvation.
 贖罪こそが神の子が学ぶべき最終レッスンです。なぜなら、贖罪は神の子に、彼が一度も罪を犯したことがないので、彼には救済の必要などまったくないと教えてくれるからです。


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