There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T31-3 自らを咎める者

0   0

今回は、テキスト第三十一章から、自らを咎める者という一節をご紹介します。





テキスト第三十一章 


III. The Self-Accused
三 自らを咎める者



1. Only the self-accused condemn.
 自責の念を抱く者だけが咎めようとします。

 As you prepare to make a choice that will result in different outcomes, there is first one thing that must be overlearned.
 違う帰結をもたらす選択をあなたが下すための準備として、繰り返し学ばなければならないことがまずひとつ存在します。

 It must become a habit of response so typical of everything you do that it becomes your first response to all temptation, and to every situation that occurs.
 それは、どのような誘惑にさらされようとも、また、いかなる状況が生じようとも、それに対してあなたがまっ先に示す反応となるくらい通常の反応となるように習慣化しなければなりません。

 Learn this, and learn it well, for it is here delay of happiness is shortened by a span of time you cannot realize.
 これを学んでください。それも、しっかりと学んでください。というのは、そうすることで、幸せがやってくるのが遅れていた時間が自分でも信じられないほど短縮されるからです。

 You never hate your brother for his sins, but only for your own.
 あなたは決して自分の兄弟のせいで彼を憎むのではなく、ただ自分自身ののゆえに彼を憎むのです。

 Whatever form his sins appear to take, it but obscures the fact that you believe them to be yours, and therefore meriting a "just" attack.
 兄弟がどんな形をとるように見えようと、それは単に、あなたが彼のを自分のだと信じており、それゆえに「正当な」攻撃に値すると信じているという事実を覆い隠しているだけです。




2. Why should his sins be sins, if you did not believe they could not be forgiven in you?
 もしあなたがそれらのを自分の中で赦すことができないものだと信じていなかったとしたら、なぜ彼の罪が罪であらねばならないのでしょう。

 Why are they real in him, if you did not believe that they are your reality?
 もしあなたがそれらの罪が自分にとって現実であると信じていなかったなら、どうして、それらの罪が兄弟にとって現実だといえるでしょうか。

 And why do you attack them everywhere except you hate yourself?
 そして、あなたが自分自身を憎んでいるのでなければ、どうして、あなたは至るところでそれらの罪を攻撃しようとするのでしょうか。

 Are you a sin?
 あなたは有罪でしょうか。

 You answer "yes" whenever you attack, for by attack do you assert that you are guilty, and must give as you deserve.
 あなたが攻撃するたびに、あなたは「はい」と答えているのです。というのも、攻撃することによって、あなたは自分は有罪であると断言しているのであり、自分が受けるに値するのと同じものを与えざるをえないからです。

 And what can you deserve but what you are?
 そして、あなたは、本当の自分以外の何に値するというのでしょう。

 If you did not believe that you deserved attack, it never would occur to you to give attack to anyone at all.
 もしあなたが自分は攻撃されるに値すると信じなかったなら、あなたには誰かに攻撃を加えることなど絶対に思いつきもしなかったはずです。

 Why should you?
 なぜあなたは攻撃しなければならないのでしょう。

 What would be the gain to you?
 あなたにとって何の得があるというのでしょうか。

 What could the outcome be that you would want?
 あなたが望む結果とは、どんなものでありうるのでしょう。

 And how could murder bring you benefit?
 そして、どうして、人を殺すことがあなたに利益をもたらすことがありうるというのでしょうか。

名称未設定


3. Sins are in bodies.
 罪は身体の中にあります。

 They are not perceived in minds.
 罪は、の中に知覚されるわけではありません。

 They are not seen as purposes, but actions.
 罪は、目的として見られるのではなく、行動として見られます。

 Bodies act, and minds do not.
 身体は行動しますが、は行動しません。

 And therefore must the body be at fault for what it does.
 したがって、身体こそが、身体が行なうことについて咎められるべきだということになります。

 It is not seen to be a passive thing, obeying your commands, and doing nothing of itself at all.
 身体は、あなたの命令に従い、身体それ自体では何かをすることなどまったくない受動的なものだとはみなされてはいません。

 If you are sin you are a body, for the mind acts not.
 もしあなたが有罪であるなら、あなたは身体であるということになります。というのは、は行動しないからです。

 And purpose must be in the body, not the mind.
 そして、目的は、ではなく身体の中にあるに違いないということになります。

 The body must act on its own, and motivate itself.
 身体はそれ自体で行動し、それ自体で動機を持つということになります。

 If you are sin you lock the mind within the body, and you give its purpose to its prison house, which acts instead of it.
 もしあなたが有罪であるとすれば、あなたはを身体の中に閉じ込めたうえで、そのの目的をその牢獄に与え、この牢獄が心の代わりに行動することになります。

 A jailer does not follow orders, but enforces orders on the prisoner.
 看守である身体は命令に従う者ではなく、囚人である心に命令を押しつける存在だということになります。



4. Yet is the body prisoner, and not the mind.
 ところが、身体のほうが囚人なのであって、心は囚人ではないのです。

 The body thinks no thoughts.
 身体は一切思考を抱くことはありません。

 It has no power to learn, to pardon, nor enslave.
 身体には、学んだり赦したり、奴隷にしたりする力などありません。

 It gives no orders that the mind need serve, nor sets conditions that it must obey.
 身体は、心が従う必要のある命令を何も与えることはないし、心が従わなければならないような条件を定めることもありません。

 It holds in prison but the willing mind that would abide in it.
 身体は、ただ自ら望んで身体に住もうとする心しか、牢獄としての身体に収容できません。

 It sickens at the bidding of the mind that would become its prisoner.
 身体は、身体の囚人となろうとする心の命ずるままに病気にもなります。

 And it grows old and dies, because that mind is sick within itself.
 そして、身体は年老いて死にます。なぜなら、心そのものが病んでいるからです。

 Learning is all that causes change.
 学ぶことだけが変化を引き起こします。

 And so the body, where no learning can occur, could never change unless the mind preferred the body change in its appearances, to suit the purpose given by the mind.
 したがって、心が自らの与える目的に沿うように身体の外観を変えたいと思う場合を除いては、その中でいかなる学習も起こりえない身体が変化することは決してできません。

 For mind can learn, and there is all change made.
 というのは、心は学習することができるし、すべての変化が生じるのは心においてだからです。

名称未設定


5. The mind that thinks it is a sin has but one purpose; that the body be the source of sin, to keep it in the prison house it chose and guards and holds itself at bay, a sleeping prisoner to the snarling dogs of hate and evil, sickness and attack; of pain and age, of grief and suffering.
 自分のことを有罪だと思い込んでいる心にはひとつの目的しかありません。その目的とは、身体を罪の源にすることです。それは、心が自ら選んだ牢獄に自らを幽閉し、眠り込んだ囚人を、憎悪や不幸、病気や攻撃、苦痛や老化、悲嘆や苦難という牙を剥いて唸る犬たちによって追いつめて見張って支配するためなのです。

 Here are the thoughts of sacrifice preserved, for here guilt rules, and orders that the world be like itself; a place where nothing can find mercy, nor survive the ravages of fear except in murder and in death.
 ここに数々の犠牲の想念が保存されています。というのは、ここは罪悪感が統治し、世界が罪悪感そのものと同じような場所になるようにと命ずるからです。そこでは、何ものも慈悲を見出すことができず、殺害と死による以外は、恐怖という破滅的な荒波を乗り切ることはできません。

 For here are you made sin, and sin cannot abide the joyous and the free, for they are enemies which sin must kill.
 なぜなら、ここではあなたは有罪にされるので、罪には、喜びに満ちた者や自由な者たちに我慢がならないからです。それは、喜びや自由に満ちた者たちは、罪が殺さねばならない敵だからです。

 In death is sin preserved, and those who think that they are sin must die for what they think they are.
 死ぬことによって罪は温存され、自分が有罪だと思っている者たちは、自分の抱く自己像のゆえにどうしても死ぬことになってしまうのです。




6. Let us be glad that you will see what you believe, and that it has been given you to change what you believe.
 あなたは自分の信じるものを見るようになること、そして、あなたには自分の信じることを変える力がすでに与えられていることを私たちで一緒に喜びましょう。

 The body will but follow.
 身体は、ただ従うだけです。

 It can never lead you where you would not be.
 身体には、あなたが行くつもりのないところにあなたを導くことは決してできません。

 It does not guard your sleep, nor interfere with your awakening.
 身体は、あなたの眠りを守ることも、あなたの目覚めを邪魔することもしません。

 Release your body from imprisonment, and you will see no one as prisoner to what you have escaped.
 あなたの身体を監禁状態から解放してください。そうすれば、あなたは誰のことも、牢獄囚人として見ることはなくなるでしょう。その牢獄をあなたはすでに脱出しているのです。

 You will not want to hold in guilt your chosen enemies, nor keep in chains, to the illusion of a changing love, the ones you think are friends.
 あなたは自分が選んだ敵を罪悪感の中に縛りつけようとは思わないし、自分が友だと思っている者たちを、移り変わる愛の幻想に鎖でつなぎ留めようとも思わなくなるでしょう。

名称未設定


7. The innocent release in gratitude for their release.
 罪のない者は、自分たちが解放されていることに感謝して、喜んで解放します。

 And what they see upholds their freedom from imprisonment and death.
 そして、彼らの目にするものが、彼らが幽閉や死から解放されていることを裏づけてくれます。

 Open your mind to change, and there will be no ancient penalty exacted from your brother or yourself.
 変化に対してあなたの心を開いてください。そうすれば、兄弟やあなた自身に古来の懲罰が強要されることなどなくなります。

 For God has said there is no sacrifice that can be asked; there is no sacrifice that can be made.
 というのは、神は、求められうるいかなる犠牲もなく、捧げることのできるいかなる犠牲もないと述べているからです。


名称未設定



いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアルメッセージへ
にほんブログ村


ポチッとお願いします!

2air_rankクリックお願いします
関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://thereisnospoon.jp/tb.php/634-6c531e75
該当の記事は見つかりませんでした。