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T17-6 目的地を設定してください

今回は、テキストから目標を定めることについての一節をご紹介します。



苦しいのが気持ちいいってどういうこと?

苦しいのが気持ちいいってどういうこと?が参考になると思います。





テキスト第十七章

VI. Setting the Goal
六 目標を定める


1. The practical application of the Holy Spirit's purpose is extremely simple, but it is unequivocal.
 聖霊の目的を実際に適用するのはきわめて簡単なことですが、それは曖昧なことではありません。

 In fact, in order to be simple it must be unequivocal.
 それどころか、簡単であるためには曖昧であってはなりません。

 The simple is merely what is easily understood, and for this it is apparent that it must be clear.
 簡単なこととは、単に容易に理解できるものをいいます。そして、容易に理解できるために、それが明確でなければならないのは自明のことです。

 The setting of the Holy Spirit's goal is general.
 聖霊の目標の設定の仕方は一般的なものです。

 Now he will work with you to make it specific.
 今から、聖霊は目標を具体化するために、あなたと一緒に働いてくれます。

 There are certain very specific guidelines he provides for any situation, but remember that you do not yet realize their universal application.
 どのような状況にも聖霊が適用するきわめて具体的な一定のガイドラインがあります。しかし、あなたはまだそのガイドラインの普遍的な適用の仕方を理解していないことを覚えておきなさい。

 Therefore, it is essential at this point to use them in each situation separately, until you can more safely look beyond each situation, in an understanding far broader than you now possess.
 したがって、今あなたが理解しているよりも、さらに理解の幅が広まって、一つひとつの状況を超越してあなたがより安全に状況を見ることができるようになるまで、現段階においては、そのガイドラインを個々の状況に即して別々にあてはめることが重要です。




2. In any situation in which you are uncertain, the first thing to consider, very simply, is "What do I want to come of this? What is it for?"
 どのような状況であれ、あなたが確信を持つことができないときに第一に考慮すべきことは、ごく単純に「私はこの状況からどんな結果を得たいだろうか。この状況は、いったい何のためにあるのだろうか」ということです。

 The clarification of the goal belongs at the beginning, for it is this which will determine the outcome.
 ゴールを明確にすることが最初になされるべきなのです。というのは、結果を決めるのは明確な目標だからです。

 In the ego's procedure this is reversed.
 エゴアプローチでは、これが逆になります。

 The situation becomes the determiner of the outcome, which can be anything.
 状況が成り行きを決定するものとなり、結果はどのようにもなりえます。

 The reason for this disorganized approach is evident.
 エゴがこんな混沌たるアプローチをする理由は明白です。

 The ego does not know what it wants to come of the situation.
 エゴはその状況から自分がどんな結果を望むのかわかっていないのです。

 It is aware of what it does not want, but only that.
 エゴは自分が何を望まないのかはわかっていますが、それしか自覚していません。

 It has no positive goal at all.
 エゴには積極的な目標が何ひとつないのです。

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3. Without a clear-cut, positive goal, set at the outset, the situation just seems to happen, and makes no sense until it has already happened.
 最初に輪郭のはっきりとした明確な目標が設定されていなければ、その状況はただ偶然起こったように見えるだけで、その状況がすでに起こってしまうまでは、まったく何の意味もなさないことになります。

 Then you look back at it, and try to piece together what it must have meant.
 そのあとになって、あなたはその状況を振り返って、その状況が何を意味していたに違いないか、その状況の断片をつなぎ合わせてみようとします。

 And you will be wrong.
 そして、あなたは間違うことになります。

 Not only is your judgment in the past, but you have no idea what should happen.
 あなたの判断は過去に基盤を置いているだけでなく、あなたには将来、何が起こるはずなのかまったく見当もつかないのです。

 No goal was set with which to bring the means in line.
 手段をそれに調和させるための目標がまったく定まっていないのです。

 And now the only judgment left to make is whether or not the ego likes it; is it acceptable, or does it call for vengeance?
 だから、今となっては、唯一、下すことのできる残された判断は、エゴがそれを気に入るかどうかだけということになります。すなわち、それが受け入れることのできるものなのか、それとも、報復を必要とするものなのかということです。

 The absence of a criterion for outcome, set in advance, makes understanding doubtful and evaluation impossible.
 結果を評価するための基準が前もって設定されていないことによって、理解は不確実なものとなり、評価することなど不可能になってしまいます。




4. The value of deciding in advance what you want to happen is simply that you will perceive the situation as a means to make it happen.
 あなたが前もって何が起こってほしいのか決めておくメリットは、単純にあなたが、状況を自分の望みを実現させるための手段として知覚できるようになることです。

 You will therefore make every effort to overlook what interferes with the accomplishment of your objective, and concentrate on everything that helps you meet it.
 したがって、あなたは自分の目標を達成するのを妨害するものに煩わされないよう無視することに可能なかぎりの注意を払い、そして、自分が目標を達成するのに役立つあらゆることに集中できるようになります。

 It is quite noticeable that this approach has brought you closer to the Holy Spirit's sorting out of truth and falsity.
 このアプローチが、あなたを聖霊による真理と虚偽の選別により近づけてくれることは実に注目に値します。

 The true becomes what can be used to meet the goal.
 真実であるものは、目標を達成するために使うことのできる手段になります。

 The false becomes the useless from this point of view.
 この観点からすると、偽りであるものは役に立たなくなります。

 The situation now has meaning, but only because the goal has made it meaningful.
 今やその状況は意味を持つことになります。もっとも、それは目標がその状況を意味あるものにしたからにすぎません。


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5. The goal of truth has further practical advantages.
 真理を目標にすることには、より実用的な利点があります。

 If the situation is used for truth and sanity, its outcome must be peace.
 もし状況が真理と正気のために用いられるなら、その状況から生じる結果は平安であるに違いないということです。

 And this is quite apart from what the outcome is.
 そして、このことは、その結果がどんなものになるかということにはまったく関係しません。

 If peace is the condition of truth and sanity, and cannot be without them, where peace is they must be.
 もし平安真理と正気の条件であり、平安真理と正気と一緒でなければ存在しえないとすれば、平安があるところには、真理と正気もあるに違いありません。

 Truth comes of itself.
 真理はひとりでに訪れるものです。

 If you experience peace, it is because the truth has come to you and you will see the outcome truly, for deception cannot prevail against you.
 もしあなたが心に安らぎを感じるなら、それは真理があなたの許に訪れ、あなたが真理のもたらす結果を偽りなく見るようになったからです。なぜなら、欺瞞があなたを欺くことなどできないからです。

 You will recognize the outcome because you are at peace.
 あなたは心が平安であるがゆえに、真理の結果に気づくようになります。

 Here again you see the opposite of the ego's way of looking, for the ego believes the situation brings the experience.
 ここにおいて再び、あなたはエゴのものの見方とは正反対に見ることになります。というのは、エゴは状況が経験をもたらすものと信じているからです。

 The Holy Spirit knows that the situation is as the goal determines it, and is experienced according to the goal.
 聖霊は、状況は目標が決めるとおりのものであり、その目標に沿って経験されるものであることを知っています。




6. The goal of truth requires faith.
 真理を目標とするためには、信頼が必要です。

 Faith is implicit in the acceptance of the Holy Spirit's purpose, and this faith is all-inclusive.
 信頼は、聖霊の目的を受け入れることのうちに含まれています。そして、この信頼はすべてを包含する信頼です。

 Where the goal of truth is set, there faith must be.
 真理という目標が定められたところには、必ず信頼があります。

 The Holy Spirit sees the situation as a whole.
 聖霊は、状況を全体として見ます。

 The goal establishes the fact that everyone involved in it will play his part in its accomplishment.
 目標は、その状況に関わる者たち全員がその目標の達成のためにそれぞれの役割を果たすという事実を確かなものにします。

 This is inevitable.
 こうなることは必然です。

 No one will fail in anything.
 誰ひとりとして、何事をなすにおいても失敗することはありません。

 This seems to ask for faith beyond you, and beyond what you can give.
 こんなことはあなたにとって信じられる範囲を超えていて、あなたに差し出すことのできる限界を超える信頼を求められているように思えるはずです。

 Yet this is so only from the viewpoint of the ego, for the ego believes in "solving" conflict through fragmentation, and does not perceive the situation as a whole.
 しかし、そんなふうに思えるのはエゴの観点から見たときだけです。なぜなら、エゴは葛藤を断片化することで「解決できる」と信じており、状況を全体的なものとして知覚しようとはしないからです。

 Therefore, it seeks to split off segments of the situation and deal with them separately, for it has faith in separation and not in wholeness.
 したがって、エゴは状況をいくつもの断片に分割し、それらの断片を個別に処理しようとします。なぜなら、エゴは全体性ではなく分離を信頼しているからです。

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7. Confronted with any aspect of the situation that seems to be difficult, the ego will attempt to take this aspect elsewhere, and resolve it there.
 一見して困難な局面に直面すると、それがどんな局面であれ、エゴはその局面を別のところへ持って行き、そこでその難局を解決しようと試みます。

 And it will seem to be successful, except that this attempt conflicts with unity, and must obscure the goal of truth.
 そして、そうすることは一見うまく行くように思えます。ただし、そんな試みは統一性に矛盾しており、必ず真理という目標を覆い隠してしまいます。

 And peace will not be experienced except in fantasy.
 そうなると、空想の中でしか平安は経験できなくなってしまいます。

 Truth has not come because faith has been denied, being withheld from where it rightfully belonged.
 本来、信頼するのが当然なものに信頼が与えられずに信頼が拒絶されたせいで、真理が訪れてはいないのです。

 Thus do you lose the understanding of the situation the goal of truth would bring.
 かくして、あなたは真理を目標とすることによってもたらされていたはずの状況を理解する力を失ってしまうことになります。

 For fantasy solutions bring but the illusion of experience, and the illusion of peace is not the condition in which truth can enter.
 というのも、空想による解決は単に体験しているという幻想をもたらすことしかできず、平安の幻想は、その中に真理が入り込むことができる状態ではないからです。


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