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T22-3 誤りの形

今回はテキスト第二十二章から「理性誤りの諸態」という一節をご紹介します。



テキスト第二十二章

III. Reason and the Forms of Error
三 理性誤りの諸


1. The introduction of reason into the ego's thought system is the beginning of its undoing, for reason and the ego are contradictory.
 エゴの思考システムに理性を導入することが、エゴの思考システムを取り消す手はじめとなります。というのも、理性エゴは両立しないものだからです。

 Nor is it possible for them to coexist in your awareness.
 そしてまた、あなたの自覚の中で、理性エゴが共存することも不可能なことです。

 For reason's goal is to make plain, and therefore obvious.
 なぜなら、理性の目標は簡単にすることによって、明快に理解できるものにすることだからです。

 You can see reason.
 あなたには理性を理解することができます。

 This is not a play on words, for here is the beginning of a vision that has meaning.
 これは言葉遊びではありません。というのも、理性を理解することにこそ、意味のあるヴィジョンの始まりを見出せるからです。

 Vision is sense, quite literally.
 ヴィジョンとは、きわめて文字どおりの意味で、理解する感覚をいいます。

 If it is not the body's sight, it must be understood.
 もしヴィジョンが身体の視覚ではないのなら、ヴィジョンとは理解できるものであるはずです。

 For it is plain, and what is obvious is not ambiguous.
 というのは、ヴィジョンはわかりやすいし、明白なものには曖昧さなどないからです。

 It can be understood.
 ヴィジョンは理解できるものです。

 And here do reason and the ego separate, to go their separate ways.
 そして、ここで理性とエゴは分離し、それぞれ別々の道を進むことになります。




2. The ego's whole continuance depends on its belief you cannot learn this course.
 あなたにはこのコースの教えを学ぶことができないというエゴの信念に、全面的にエゴの存亡がかかっています。

 Share this belief, and reason will be unable to see your errors and make way for their correction.
 この信念を分かち合うなら、理性は、あなたの誤りを見て、誤り修正に進むことができなくなってしまいます。

 For reason sees through errors, telling you what you thought was real is not.
 というのも、理性は、あなたが本当だと思っていたことが本当ではないとあなたに知らせることで、誤りを見通すからです。

 Reason can see the difference between sin and mistakes, because it wants correction.
 理性は、間違いの違いを見分けることができます。なぜなら、理性は修正することを望んでいるからです。

 Therefore, it tells you what you thought was uncorrectable can be corrected, and thus it must have been an error.
 したがって、理性は、あなたが修正不可能だと思っていたことは修正可能なことであり、それゆえに、それは単なる間違いであったに違いないと教えてくれます。

 The ego's opposition to correction leads to its fixed belief in sin and disregard of errors.
 エゴは修正に対して抵抗して、を固く信じ、誤りを無視するように仕向けます。

 It looks on nothing that can be corrected.
 エゴは、修正可能なものには何ひとつ目を向けようとはしません。

 Thus does the ego damn, and reason save.
 このようにして、エゴは罰し、理性は救うのです。

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3. Reason is not salvation in itself, but it makes way for peace and brings you to a state of mind in which salvation can be given you.
 理性それ自体は救いではありません。しかし、理性は平安への道を拓き、あなたを救いを与えてもらえる心境へともたらしてくれます。

 Sin is a block, set like a heavy gate, locked and without a key, across the road to peace.
 というのは、平安に至る道を塞ぐ障害であり、鍵の抜かれた錠前のかかった重厚な門扉のようなものです。

 No one who looks on it without the help of reason would try to pass it.
 理性の助けなしその扉を見る者は誰も、そこを通り抜けようとはしないでしょう。

 The body's eyes behold it as solid granite, so thick it would be madness to attempt to pass it.
 肉眼で見るなら、その扉は堅固な花崗岩のように見えて、あまりに分厚いので、その扉を通り抜けようと試みるのは狂気の沙汰ということになります。

 Yet reason sees through it easily, because it is an error.
 しかし、理性は簡単にそんな扉を見通してしまいます。なぜなら、それは誤りだからです。

 The form it takes cannot conceal its emptiness from reason's eyes.
 誤りがどんな態をとろうとも、理性の目には、誤りが空虚で無意味であることを隠し立てすることはできないのです。




4. Only the form of error attracts the ego.
 エゴは誤りの外観にだけ目を奪われます。

 Meaning it does not recognize, and does not see if it is there or not.
 エゴは、誤りが何を意味するかということには気づかないし、誤りに意味があるかないかすら、見ようとはしません。

 Everything the body's eyes can see is a mistake, an error in perception, a distorted fragment of the whole without the meaning that the whole would give.
 肉眼に見えるものはすべて誤りであって、知覚における誤りであり、その全体が与えてくれるはずの意味を伴わない全体の歪んだ断片なのです。

 And yet mistakes, regardless of their form, can be corrected.
 それでも、間違いは、それがどのような態をとろうとも、修正することが可能です。

 Sin is but error in a special form the ego venerates.
 というのは、単にエゴが崇める特別なをした誤りでしかありません。

 It would preserve all errors and make them sins.
 エゴはあらゆる誤りを保存して、それらをに変えてしまおうとします。

 For here is its own stability, its heavy anchor in the shifting world it made; the rock on which its church is built, and where its worshippers are bound to bodies, believing the body's freedom is their own.
 というのも、あらゆる誤りをにすることにこそ、エゴが自分の作り上げた移り変わる世界に重い錨を下ろしてエゴそれ自体の安定を図るための基盤だからです。その礎石の上には、エゴの教会が建立され、その教会では、エゴの崇拝者たちが、身体の自由こそが自分たちの自由だと信じて、身体に束縛されることになります。

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5. Reason will tell you that the form of error is not what makes it a mistake.
 理性は、誤りの態がその誤りを間違いたらしめているわけではないと教えてくれます。

 If what the form conceals is a mistake, the form cannot prevent correction.
 もしが隠しているものが間違いだとすれば、その形には修正を妨げることはできません。

 The body's eyes see only form.
 肉眼は形だけを見ています。

 They cannot see beyond what they were made to see.
 肉眼には、肉眼が見るようにと作られたものを通り越しては見ることができません。

 And they were made to look on error and not see past it.
 すなわち、肉眼は誤りを見るために作られていて、誤りを越えては見ないように作られているのです。

 Theirs is indeed a strange perception, for they can see only illusions, unable to look beyond the granite block of sin, and stopping at the outside form of nothing.
 肉眼の知覚というものは、実に奇妙な知覚です。というのも、肉眼はただ幻想だけを見ることができ、花崗岩の塊のような罪の向こう側を見ることはできず、無の外側の形を見るところで止まってしまうからです。

 To this distorted form of vision the outside of everything, the wall that stands between you and the truth, is wholly true.
 このヴィジョンの歪曲版にとっては、すべてのものの外側、つまり、あなたと真理との間に立ちはだかる壁こそが、全面的な真理ということになります。

 Yet how can sight that stops at nothingness, as if it were a solid wall, see truly?
 しかし、無を前にして、それがまるでそれが堅固な壁であるがごとくに停止してしまうような視覚に、本当に見るということがどうしてできるでしょうか。

 It is held back by form, having been made to guarantee that nothing else but form will be perceived.
 肉眼は、形態以外には何も知覚しないことを確かなものにするように作られているので、形態によって足止めを食らってしまうのです。




6. These eyes, made not to see, will never see.
 このような肉眼は、見ないために作られているので、決して見えるようにはなりません。

 For the idea they represent left not its maker, and it is their maker that sees through them.
 というのは、肉眼が描写する想念は、その作り主を離れてはいないし、肉眼を通して見ているのは、その作り主だからです。

 What was its maker's goal but not to see?
 肉眼の作り主の目標は、見ないということ以外の何であったでしょうか。

 For this the body's eyes are perfect means, but not for seeing.
 肉眼はこの見ないという目標のためには最適の手段ですが、見るための手段にはなりません。

 See how the body's eyes rest on externals and cannot go beyond.
 いかに肉眼が外面的なものに囚われて、それを越えて進むことができないか、その様を見てください。

 Watch how they stop at nothingness, unable to go beyond the form to meaning.
 いかに肉眼が無を前にして止まってしまい、形態を越えて意味あるものにまで到達することができないか、じっくりと観察してみてください。

 Nothing so blinding as perception of form.
 形態を知覚することほど、盲目的にさせるものはありません。

 For sight of form means understanding has been obscured.
 というのも、形を見るというのは、理解が曇らされたということだからです。


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7. Only mistakes have different forms, and so they can deceive.
 ただ間違いだけが多様な形態をとることができ、だからこそ、間違いは欺くことができるのです。

 You can change form because it is not true.
 あなたは形を変えることができます。なぜなら、形態は真理ではないからです。

 It could not be reality because it can be changed.
 形は現実ではありえません。なぜなら、形は変えることができるからです。

 Reason will tell you that if form is not reality it must be an illusion, and is not there to see.
 もし形が現実ではないのなら、形は錯覚に違いないし、そこに見えるものとして存在しないはずだと理性が教えてくれます。

 And if you see it you must be mistaken, for you are seeing what can not be real as if it were.
 だから、もしあなたが形を見ているのなら、あなたは勘違いしているに違いありません。なぜなら、あなたは本物ではありえないものをまるで本物であるかのように見ているからです。

 What cannot see beyond what is not there must be distorted perception, and must perceive illusions as the truth.
 そこに存在しないものを越えて見ることができない肉眼の視覚は歪んだ知覚とならざるをえないので、必ず幻想のことを真実として知覚してしまいます。

 Could it, then, recognize the truth?
 そうだとすれば、そんな肉眼に真実を見分けることなどできるでしょうか。




8. Let not the form of his mistakes keep you from him whose holiness is yours.
 誰かの犯した間違いの形によって、その人を自分から遠ざけたままにしてはなりません。彼の神聖さはあなたの神聖さでもあるからです。

 Let not the vision of his holiness, the sight of which would show you your forgiveness, be kept from you by what the body's eyes can see.
 あなたに自分が赦されていることを見せてくれる彼の神聖さのヴィジョンが、肉眼で見えるものによって、あなたから隠されてしまうことのないようにしなさい。

 Let your awareness of your brother not be blocked by your perception of his sins and of his body.
 あなたが彼の罪と身体を知覚することによって、あなたが自分の兄弟に気づくのを妨げられないようにしなさい。

 What is there in him that you would attack except what you associate with his body, which you believe can sin?
 罪を犯すことができるとあなたが信じている彼の身体に関連するもの以外に、彼の中にあなたが攻撃したくなる何が存在するというのでしょうか。

 Beyond his errors is his holiness and your salvation.
 彼の数々の誤りを越えたところに、彼の神聖さとあなたの救いがあります。

 You gave him not his holiness, but tried to see your sins in him to save yourself.
 あなたは、彼に彼のものである神聖さを与えずにおいて、自分自身を救おうとして自分の罪を彼の中に見ようとしていたのです。

 And yet, his holiness is your forgiveness.
 それでも、彼の神聖さこそがあなたの赦しなのです。

 Can you be saved by making sinful the one whose holiness is your salvation?
 その人の神聖さこそがあなたの救いだというのに、彼を罪深い者にすることによって、あなたが救われることなどできるでしょうか。


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9. A holy relationship, however newly born, must value holiness above all else.
 いかに新たに生まれたばかりであろうとも、神聖な関係は必ず、何にもまして神聖さに価値を置きます。

 Unholy values will produce confusion, and in awareness.
 神聖でない価値観は意識の中に混乱を生み出してしまいます。

 In an unholy relationship, each one is valued because he seems to justify the other's sin.
 神聖でない関係においては、お互いが相手の罪を正当化するように思えるという理由で、各自に価値が置かれます。

 Each sees within the other what impels him to sin against his will.
 各自が相手の中に、自分の意志に反して罪に駆り立てられる思いをさせる何かを見ています。

 And thus he lays his sins upon the other, and is attracted to him to perpetuate his sins.
 こうして、彼は自分の罪を相手になすりつけたうえで、相手の罪を永続させるために相手に引きつけられることになります。

 And so it must become impossible for each to see himself as causing sin by his desire to have sin real.
 だから、双方にとって、罪を本物にしたいという自らの願望によって罪を引き起こしているのが自分自身だということに気づくことが不可能になってしまうに違いありません。

 Yet reason sees a holy relationship as what it is; a common state of mind, where both give errors gladly to correction, that both may happily be healed as one.
 しかし、理性は神聖な関係をあるがままに見ます。すなわち、理性は、神聖な関係とは、関係の当事者双方が幸せに一なるものとして癒してもらえるようにと、二人揃って誤りを喜んで修正するように差出せる通じ合った心の状態として見るのです。

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Comments 2

Kino

10

kenさんこんにちは。今日のテクスト、"理性"という語が聖霊側(?)の文脈で使われていて幾分意外でした。"理性"は価値判断や誤りを生み出す知覚エゴ側で書かれているような他の小論が頭にあったからかもしれません。概念単語の定義は書物ごとに差異がありますね。

ともあれ、肉眼知覚の当てにならなさは私もよくよく感じるので、ヴィジョンに到達できるよう精進したいと存じます。いつも有難うございます!

2014-09-22 (Mon) 13:49 | EDIT | REPLY |   

 ken

Re: 10


Kinoさん

いつもありがとうございます。
そうですね。リアリティー・トランサーフィンなどでは、理性と魂というような用語法で訳されているので、「理性」が聖霊側の用語として出てくると混乱してしまいますよね。

reasonの訳としては、理由、道理、理性、思考力、判断力、分別、良識、正気等があります。

簡単に言えば、価値判断する力に属する精神作用です。

奇跡のコースでは、真の価値判断をなす能力は聖霊のみが備えているのであって、「正気」ではないエゴには真の価値判断をすることはできないとします。

ですので、エゴとしての私たちが狭い了見でなす判断をいう理性ではなく、正気の価値判断というニュアンスで捉えると聖霊側の用語であることについての違和感は小さくなるかと思います。

2014-09-22 (Mon) 18:23 | EDIT | REPLY |   

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