There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T29-1 隙間を閉じる

0   0

今回は、テキスト第二十九章から、隙間を閉じるという一節をご紹介します。





テキスト第29章

I. The Closing of the Gap  
一 隙間を閉じる


1. There is no time, no place, no state where God is absent.
 神がいない時間も場所も状態も一切、存在しません。

 There is nothing to be feared.
 恐れるべきものは何もありません。

 There is no way in which a gap could be conceived of in the Wholeness that is His.
 神のものである大いなる完全性の中に、何らかの隔たりを想像することなど不可能です。

 The compromise the least and littlest gap would represent in His eternal love is quite impossible.
 神の永遠のの中であっても、最も少なくて最も小さな隔たりなら見出せるはずだと譲歩することすら絶対に不可能です。

 For it would mean His Love could harbor just a hint of hate, His gentleness turn sometimes to attack, and His eternal patience sometimes fail.
 なぜなら、それは神の大いなるがほんのかすかに憎しみを抱いたり、神の優しさがときに攻撃に転じることがあったり、神の永遠の忍耐がときに挫かれたりすることがありうることを意味するからです。

 All this do you believe, when you perceive a gap between your brother and yourself.
 あなたが自分の兄弟と自分自身の間に隔たりを知覚するとき、あなたはこうしたことのすべてを信じているのです。

 How could you trust Him, then?
 そのような隔たりを知覚しながら、どうしてあなたに神を信頼するができるでしょうか。

 For He must be deceptive in His Love.
 というのも、そんな神のは当てにならないものに違いないからです。

 Be wary, then; let Him not come too close, and leave a gap between you and His Love, through which you can escape if there be need for you to flee.
 そうなると、神をあまり近寄らせすぎないように警戒して、あなたが逃げる必要があるときには、いつでも逃げられるように、あなたと神のの間に隔たりを残しておくべきだということになります。




2. Here is the fear of God most plainly seen.
 ここに、神への恐れが最もはっきり見てとれます。

 For love is treacherous to those who fear, since fear and hate can never be apart.
 というのも、恐れ憎しみは決して切り離すことができないので、恐れを抱く者にとっては当てにならないものになるからです。

 No one who hates but is afraid of love, and therefore must he be afraid of God.
 憎しみを抱く者は誰でも、恐れずにはいられません。だから、彼は必ず神を恐れることになります。

 Certain it is he knows not what love means.
 確実なのは、彼には愛の意味がわかっていないということです。

 He fears to love and loves to hate, and so he thinks that love is fearful; hate is love.
 彼は愛することを恐れ、憎むことを愛しており、したがって、彼は愛は恐ろしいものであり、憎しみが愛であると思っています。

 This is the consequence the little gap must bring to those who cherish it, and think that it is their salvation and their hope.
 これこそが、小さな隔たりを自分たちの救いであり希望であると考えて大切にしている者たちに対して、その隔たりがもたらす結果です。

名称未設定


3. The fear of God!
 神を恐れるとは、何たることでしょう。

 The greatest obstacle that peace must flow across has not yet gone.
 この平安が流れ渡らなければならない最大の障害は、まだ去ってはいません。

 The rest are past, but this one still remains to block your path, and make the way to light seem dark and fearful, perilous and bleak.
 ほかの障害は過ぎ去りましたが、この障害はいまだに残ってあなたの行く手を阻み、光への道を暗くて恐ろしく、危険で荒涼たるものに見せています。

 You had decided that your brother is your enemy.
 あなたは自分の兄弟のことを、自分の敵だと決めつけてきました。

 Sometimes a friend, perhaps, provided that your separate interests made your friendship possible a little while.
 もしかすると、ときには、あなたたちが別々の利害を持っていることがしばらくの間の好関係を可能にする場合にかぎっては、兄弟を味方だと決めたことはあったかもしれません。

 But not without a gap perceived between you and him, lest he turn again into an enemy.
 しかし、その好関係も、兄弟が再び敵に変節した場合に備えて、あなたと兄弟の間の隔たりを知覚したままのものでした。

 Let him come close to you, and you jumped back; as you approached, did he but instantly withdraw.
 彼を自分に近寄らせたときは、あなたは後ろに飛び退き、あなたが近寄ると、彼はただすぐに引き下がるだけでした。

 A cautious friendship, and limited in scope and carefully restricted in amount, became the treaty that you had made with him.
 限られた範囲で、深く関わりすぎないよう注意深く制限された慎重な好関係が、あなたと兄弟が交わした協定だったのです。

 Thus you and your brother but shared a qualified entente, in which a clause of separation was a point you both agreed to keep intact.
 したがって、あなたと兄弟は、分離に関する条項を完全に遵守することにつき双方が合意するという条件つきの協定を取り交わしたにすぎません。

 And violating this was thought to be a breach of treaty not to be allowed.
 だから、分離条項を破ることは、絶対に許されない協定違反であると考えられることになったのです。

名称未設定


4. The gap between you and your brother is not one of space between two separate bodies.
 あなたと兄弟との間にある隙間は、二つの分離した身体身体の間にある空間のことをいうのではありません。

 And this but seems to be dividing off your separate minds.
 この身体身体の間の空間は、あなたたちの分離した心同士を区切っているように見えているだけです。

 It is the symbol of a promise made to meet when you prefer, and separate till you and he elect to meet again.
 それは、あなたたちが都合のいいときにだけ会い、そして、あなたと兄弟が再び出会うことを選択するまでは離れていることにするという約束を象徴しています。

 And then your bodies seem to get in touch, and thereby signify a meeting place to join.
 こうして、あなたたちの身体同士は連絡し合っているように見えるので、身体はひとつに結びつくための出合いの場を意味するように見えます。

 But always is it possible for you and him to go your separate ways.
 しかし、あなたと兄弟はいつでも、別々に自分の道を進むことが可能です。

 Conditional upon the "right" to separate will you and he agree to meet from time to time, and keep apart in intervals of separation, which do protect you from the "sacrifice" of love.
 離れる「権利」を条件にして、あなたと兄弟は時々会い、分離している期間は離れたままでいることに同意し、その分離期間があなたを愛の「犠牲」になることから守ってくれるというわけです。

 The body saves you, for it gets away from total sacrifice and gives to you the time in which to build again your separate self, which you truly believe diminishes as you and your brother meet.
 あなたは自分が兄弟と会うとき、自分の分離した自己が衰弱するものと本気で信じています。それゆえ、身体は、完全に犠牲になることから逃れて、あなたに自分の分離した自己を再構築するための時間を与えてくれるので、身体こそがあなたを救ってくれるということになります。

名称未設定


5. The body could not separate your mind from your brother's unless you wanted it to be a cause of separation and of distance seen between you and him.
 あなたが身体をあなたと兄弟の間に見られる分離や隔たりの原因にしたいと望まないかぎり、身体には、あなたの心をあなたの兄弟の心から引き離すことなどできません。

 Thus do you endow it with a power that lies not within itself.
 このようにして、あなたは身体に、身体がそれ自体の内に持ち合わせていない力を授けます。

 And herein lies its power over you.
 そして、ここにこそ、身体があなたを支配する力を見出すことができます。

 For now you think that it determines when your brother and you meet, and limits your ability to make communion with your brother's mind.
 というのは、今やあなたは、身体が、あなたの兄弟とあなたがいつ会うのかを決め、そして、その兄弟の心と霊的な交流を図るためのあなたの能力を制限するものと思っているからです。

 And now it tells you where to go and how to go there, what is feasible for you to undertake, and what you cannot do.
 そうなると今や、身体はあなたに、どこに行くべきか、そこにどうやって行くべか、あなたが取りかかるうえで何ができて何ができないかといったことを命じるようになります。

 It dictates what its health can tolerate, and what will tire it and make it sick.
 身体は、身体の健康状態は何に耐えられるか、何が身体を疲労させ、身体を病気にさせるかについて指図するようになります。

 And its "inherent" weaknesses set up the limitations on what you would do, and keep your purpose limited and weak.
 そして、身体の「生来」の脆弱さが、あなたがなそうとすることに限界を定め、あなたの目的を制限された脆弱なものに保つことになります。




6. The body will accommodate to this, if you would have it so.
 もしあなたが身体をそうさせるつもりなら、身体はこうしたことに順応することでしょう。

 It will allow but limited indulgences in "love," with intervals of hatred in between.
 身体は、その合間に憎しみの期間を差し挟むことで、限定的に「愛」に耽るだけなら容認するでしょう。

 And it will take command of when to "love," and when to shrink more safely into fear.
 そして、身体は、いつ「愛」し、いつより安全に恐れの中に引きこもるべきか、指揮を執るようになります。

 It will be sick because you do not know what loving means.
 あなたが愛することが何を意味するかわかっていないために、身体は病気になります。

 And so you must misuse each circumstance and everyone you meet, and see in them a purpose not your own.
 そうなると、あなたは必ず、自分が直面するあらゆる状況や自分が出会う人たち全員に対して誤った対応をすることになり、それらの状況や人々の中に自分が持っているものとは異なる目的を見ることになってしまいます。

名称未設定


7. It is not love that asks a sacrifice.
 犠牲を求めるものは、愛ではありません。

 But fear demands the sacrifice of love, for in love's presence fear cannot abide.
 しかし、恐れは愛を犠牲にするように要求します。というのは、愛のあるところに恐れは留まることができないからです。

 For hate to be maintained, love must be feared; and only sometimes present, sometimes gone.
 憎しみを抱き続けるためには、愛は恐れられる必要があるし、そして、その愛はたまにしか存在せず、しばしば去ってしまうようなものでなければなりません。

 Thus is love seen as treacherous, because it seems to come and go uncertainly, and offer no stability to you.
 かくして、愛は当てにできないものとみなされるようになります。なぜなら、愛は、気まぐれに来たかと思えば去っていくように思え、あなたに何の安定も差し出してはくれないように見えるからです。

 You do not see how limited and weak is your allegiance, and how frequently you have demanded that love go away, and leave you quietly alone in "peace."
 あなたには、自分の忠誠心がいかに限定された脆弱なものでしかないか、そして、あなたがいかに頻繁に自分が「平安」の中にひとり静かに居られるように、愛に消え去るようにと要求してきたかわかっていません。




8. The body, innocent of goals, is your excuse for variable goals you hold, and force the body to maintain.
 身体が目標について何も知らないことが、あなたが掲げ、身体に維持することを強いる目標がころころと変わることについてのあなたの弁解の理由となります。

 You do not fear its weakness, but its lack of strength or weakness.
 あなたは身体の脆弱さを恐れているのではなく、身体には強さも弱さも欠けていることを恐れているのです。

 Would you know that nothing stands between you and your brother?
 あなたは、自分と兄弟の間を遮るものなど何もないということを知りたいと思うでしょうか。

 Would you know there is no gap behind which you can hide?
 あなたは、自分がその陰に隠れることができるような隔たりなど存在しないことを知りたいと思うでしょうか。

 There is a shock that comes to those who learn their savior is their enemy no more.
 自分の救い主がもはや敵ではないとわかるようになった者たちには、一種の衝撃が訪れます。

 There is a wariness that is aroused by learning that the body is not real.
 身体は実在しないと学ぶことによって、警戒心が湧き起こります。

 And there are overtones of seeming fear around the happy message, "God is Love."
 そして、「神は愛である」との幸せなメッセージの周囲には恐ろしげな雰囲気が醸し出されています。


名称未設定

9. Yet all that happens when the gap is gone is peace eternal.
 しかし、隔たりが去ったときに生じるのは、永遠の平安のみです。

 Nothing more than that, and nothing less.
 それ以上でも、それ以下でもありません。

 Without the fear of God, what could induce you to abandon Him?
 神に対する恐れがなくなったとしたら、いったい何があなたに神を見限らせることができるでしょうか。

 What toys or trinkets in the gap could serve to hold you back an instant from His Love?
 隔たりの中にあるどんな玩具やつまらない飾りものが、あなたを一瞬でも神の愛から引き戻すのに役立つでしょうか。

 Would you allow the body to say "no" to Heaven's calling, were you not afraid to find a loss of self in finding God?
 神を見出すことで自己を失うことになるとあなたが恐れていたのでなければ、天国からの呼びかけに対して、身体が「嫌だ」だと言うのをあなたは許すでしょうか。

 Yet can your self be lost by being found?
 しかし、見出されることによって、あなたの自己が失われることなどありうるでしょうか。

名称未設定



いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!


ポチッとお願いします!

2air_rankクリックお願いします
関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://thereisnospoon.jp/tb.php/656-05b1e527
該当の記事は見つかりませんでした。