There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T26-10 不正の終わり

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今回は、テキスト第二十六章から不正の終わりという一節をご紹介します。




テキスト第二十六章

X. The End of Injustice   
十 不正の終わり



1. What, then, remains to be undone for you to realize Their Presence?
 それでは、あなたが神と神の子の臨在に気づくために、取り消されなければならないものとして何が残っているでしょうか。

 Only this; you have a differential view of when attack is justified, and when you think it is unfair and not to be allowed.
 それはただ次のものだけです。それは、あなたが、攻撃正当化されるときと、攻撃不正で許されるべきではないと思うときとが区別できるという見方をしているということです。

 When you perceive it as unfair, you think that a response of anger now is just.
 あなたが攻撃不正であると知覚するとき、あなたは、その時に怒りで反応することは正当なことだと思っています。

 And thus you see what is the same as different.
 こうしてあなたは同じであるものを違ったふうに見てしまいます。

 Confusion is not limited.
 混乱は無制限に起こります。

 If it occurs at all it will be total.
 もし少しでも混乱するなら、混乱は全面的なものになります。

 And its presence, in whatever form, will hide Their Presence.
 そして、いかなる形であろうとも、混乱が存在することは、彼らの隣在を隠してしまいます。

 They are known with clarity or not at all.
 彼らは、明快にわかるか、まったくわらないかのいずれかです。

 Confused perception will block knowledge.
 混乱した知覚は、知識を妨げます。

 It is not a question of the size of the confusion, or how much it interferes.
 それは、混乱の規模や、混乱がどれほどの障害になるかという問題ではありません。

 Its simple presence shuts the door to Theirs, and keeps Them there unknown.
 単に混乱の存在そのものが、彼らに通じる扉を閉めることになり、そこに彼らを知られないままに留めることになります。


名称未設定

2. What does it mean if you perceive attack in certain forms to be unfair to you?
 もしあなたが特定の形での攻撃が自分にとって不正なものだと知覚するとすれば、それは何を意味するのでしょうか。

 It means that there must be some forms in which you think it fair.
 それは、あなたが正当だと思う形態の攻撃が存在するに違いないということを意味します。

 For otherwise, how could some be evaluated as unfair?
 なぜなら、そうでなければ、その他の形態の攻撃のことを不正であると評価することなどできないからです。

 Some, then, are given meaning and perceived as sensible.
 そうして、いくらかの形の攻撃には意味が与えられ、分別のあることだと知覚されることになります。

 And only some are seen as meaningless.
 そして、ただ他の形の攻撃だけが無意味だとみなされます。

 And this denies the fact that all are senseless, equally without a cause or consequence, and cannot have effects of any kind.
 そして、このことは、あらゆる攻撃は無意味で、等しく原因もその結果もないし、どのような結果も生じることができないという事実を否定することになります。

 Their Presence is obscured by any veil that stands between Their shining innocence, and your awareness that it is your own and equally belongs to every living thing along with you.
 神と子の輝ける潔白さは、あなた自身のものであるとともに生きとし生けるものが平等に持っているものだということを、あなたが自覚するのを妨げているヴェールによって、彼らの隣在は覆い隠されてしまいます。

 God limits not.
 神が制限することはありません。

 And what is limited cannot be Heaven.
 そして、制限されているものが天国であるはずがありません。

 So it must be hell.
 だとすれば、それは地獄に違いないのです。




3. Unfairness and attack are one mistake, so firmly joined that where one is perceived the other must be seen.
 不正と攻撃とは同一の間違いであり、本当に固く結びついているので、一方が知覚されたところには、もう一方も必ず見られることになります。

 You cannot be unfairly treated.
 あなたが不当に扱われるということはありえません。

 The belief you are is but another form of the idea you are deprived by someone not yourself.
 あなたが自分は不当に扱われていると信じ込んでいるとすれば、それは単にあなたが、自分自身以外の誰かによって自分のものを奪われているという考えが別の形をとっているだけです。

 Projection of the cause of sacrifice is at the root of everything perceived to be unfair and not your just deserts.
 正当ではないとか自分にとって正当な報いではないと知覚されることのすべての根底には、犠牲の原因の投影があります。

 Yet it is you who ask this of yourself, in deep injustice to the Son of God.
 しかし、自分自身にこんなことを要求しているのはあなたなのであり、あなたは無意識に、神の子に不当な仕打ちをしているのです。

 You have no enemy except yourself, and you are enemy indeed to him because you do not know him as yourself.
 あなたには自分自身以外にははいないのですが、あなたは自分自身が神の子であることがわからないので、あなたは確かに彼にとってのなのです。

 What could be more unjust than that he be deprived of what he is, denied the right to be himself, and asked to sacrifice his Father's Love and yours as not his due?
 神の子が自分本来の姿を奪われ、自分自身でいる権利を否定され、父の愛とあなたの愛を受けるにはふさわしくないとして、父とあなたの愛を犠牲にするよう求められること以上に不当なことがほかにありうるでしょうか。

名称未設定


4. Beware of the temptation to perceive yourself unfairly treated.
 自分が不当に扱われていると知覚したくなる誘惑に注意してください。

 In this view, you seek to find an innocence that is not Theirs but yours alone, and at the cost of someone else's guilt.
 この観点では、あなたは、ほかの誰かに罪悪感を押しつけてでも、神と子のものではなく自分だけのものである潔白さを見出そうとすることになります。

 Can innocence be purchased by the giving of your guilt to someone else?
 あなたの罪悪感をほかの誰かに渡すことによって潔白さを買収することなどできるでしょうか。

 And is it innocence that your attack on him attempts to get?
 そして、あなたが神の子を攻撃して手に入れようとしているのは、本当に潔白さなのでしょうか。

 Is it not retribution for your own attack upon the Son of God you seek?
 あなたが求めているのは、自分が神の子を攻撃したことに対する報復なのではないでしょうか。

 Is it not safer to believe that you are innocent of this, and victimized despite your innocence?
 自分はこのような罪を犯していないし、自分は潔白であるにもかかわらず不当にも犠牲になっていると信じるほうが安全ということにならないでしょうか。

 Whatever way the game of guilt is played, there must be loss.
 どのような方法で罪悪感のゲームがなされたとしても、必ず損失が伴います。

 Someone must lose his innocence that someone else can take it from him, making it his own.
 誰かがほかの誰かから潔白さを奪い取って、自分のものにするためには、必ず誰かが自分の潔白さを失う羽目になるというわけです。




5. You think your brother is unfair to you because you think that one must be unfair to make the other innocent.
 あなたは、ほかの誰かを潔白にするためには、誰かが不公平にならなければならないと考えるので、あなたは自分の兄弟が自分にとって不公平だと思っています。

 And in this game do you perceive one purpose for your whole relationship.
 そして、こんなゲームの中で、あなたは自分が関わるすべての関係についてひとつの目的を知覚するようになります。

 And this you seek to add unto the purpose given it.
 そして、あなたは、関係に授けられている目的に、この目的を付け加えようとします。

 The Holy Spirit's purpose is to let the Presence of your holy Guests be known to you.
 聖霊の目的は、あなたの聖なる賓客の隣在をあなたに知らせることです。

 And to this purpose nothing can be added, for the world is purposeless except for this.
 そして、この目的には何も付け加えることはできません。というのも、これ以外にはこの世界にいかなる目的もないからです。

 To add or take away from this one goal is but to take away all purpose from the world and from yourself.
 この唯一の目標に何かを加えたり、取り去ったりすることは、この世界とあなた自身から、すべての目的を取り上げることになるだけです。

 And each unfairness that the world appears to lay upon you, you have laid on it by rendering it purposeless, without the function that the Holy Spirit sees.
 そして、この世界があなたに押しつけてくるように思える不公平な物事はことごとく、この世界を聖霊が見ている役目を持たない無目的なものにしようとすることによって、あなたが自分で、この世界に押しつけたものなのです。

 And simple justice has been thus denied to every living thing upon the earth.
 こうして、この地上の生きとし生けるものに対する単純な正義が否認されてきたのです。

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6. What this injustice does to you who judge unfairly, and who see as you have judged, you cannot calculate.
 こうした不正が、不公平な判断をし、自分が判断するとおりに見るあなたに対して何をなすことになるのか、あなたには見当もつきません。

 The world grows dim and threatening, not a trace of all the happy sparkle that salvation brings can you perceive to lighten up your way.
 この世界はだんだん薄暗く恐ろしい場所になっていき、救いがもたらす幸せの煌きで自分の道を照らそうにも、その跡形もありません。

 And so you see yourself deprived of light, abandoned to the dark, unfairly left without a purpose in a futile world.
 だから、あなたは、自分自身のことを、光を奪われて闇の中へと放置され、不当にも、不毛な世界に目的もないままに置き去りにされた者として見ることになります。

 The world is fair because the Holy Spirit has brought injustice to the light within, and there has all unfairness been resolved and been replaced with justice and with love.
 しかし、この世界は公平です。なぜなら、聖霊が不正を内なる光へともたらし、そこで不公平なことはすべて解消され、正義と愛に置き換えられているからです。

 If you perceive injustice anywhere, you need but say:
 もしあなたがどこかに不正を知覚するなら、あなたに必要なのは、ただ次のように言うことだけです。


"By this do I deny the Presence of the Father and the Son.
私が不正を知覚することで、私は、父と子の隣在を否定することになってしまう。

And I would rather know of Them than see injustice, which Their Presence shines away."
だから、私は不正を見るよりも、彼らのことを知りたいと思う。そんな不正など、彼らの隣在が光で消し去ってしまうのだから。

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