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T16-5 特別な愛が地獄ってどういうこと?

テキスト第十六章から、「完成のための選択」という一節をご紹介します。










第十六章 

V. The Choice for Completion
五 完成のための選択



1. In looking at the special relationship, it is necessary first to realize that it involves a great amount of pain.
 特別な関係を見るに際しては、まず、特別な関係には必然的に多大な苦しみが伴うことをしっかりと理解しておく必要があります。

 Anxiety, despair, guilt and attack all enter into it, broken into by periods in which they seem to be gone.
 不安感や絶望感、罪悪感そして攻撃などのすべてが、ときには、それらが去ってしまったように思える時期はあるにしても、特別な関係の中に入り込んできます。

 All these must be understood for what they are.
 これらのことすべてを、ありのままに理解しなければなりません。

 Whatever form they take, they are always an attack on the self to make the other guilty.
 それらがいかなる形をとろうとも、それらはつねに他の者に罪悪感を抱かせるために自己に対してなされる攻撃です。

 I have spoken of this before, but there are some aspects of what is really being attempted that have not been touched upon.
 私はこのことについて前にも述べたことがあります。もっとも、実際に試みられていることのうちで、まだ言及していない側面がいくつかあります。




2. Very simply, the attempt to make guilty is always directed against God.
 端的に言って、相手に罪悪感を抱かせようとする試みは、必ず神に対して向けられます。

 For the ego would have you see Him, and Him alone, as guilty, leaving the Sonship open to attack and unprotected from it.
 なぜなら、エゴはあなたに、神の子全体を攻撃にさらされ、攻撃に対して無防備のままに放置している罪は神に、それも神のみにあると思わせようとするからです。

 The special love relationship is the ego's chief weapon for keeping you from Heaven.
 特別な愛情関係は、エゴがあなたを天国から遠ざけておくために用いる最大の武器です。

 It does not appear to be a weapon, but if you consider how you value it and why, you will realize what it must be.
 特別な愛情関係は武器であるようには見えません。しかし、もしあなたが自分が特別な愛情関係にどれほど価値を置いているか、そして、それがなぜなのかよく考えてみれば、特別な愛情関係が武器であるに違いないことが理解できるはずです。

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3. The special love relationship is the ego's most boasted gift, and one which has the most appeal to those unwilling to relinquish guilt.
 特別な愛情関係は、エゴが最も鼻にかけている贈り物であり、罪悪感を手放したくないと思っている者たちにとって最も魅力的な贈り物です。

 The "dynamics" of the ego are clearest here, for counting on the attraction of this offering, the fantasies that center around it are often quite overt.
 ここに、エゴの「力学」が最も明確に現れています。というのは、こんな特別な愛情関係という捧げ物の魅力を目当てにして、多くの夢想がその関係を取り巻いていることは、たいていの場合、実に明白だからです。

 Here they are usually judged to be acceptable and even natural.
 この地上では、普通、そのような夢想は容認されているばかりか、自然なことであるとさえ判断されています。

 No one considers it bizarre to love and hate together, and even those who believe that hate is sin merely feel guilty, but do not correct it.
 誰も、同時に愛しながら憎むことを異様なことだとは考えません。そして、憎むことは罪であると信じる者ですら、ただ罪悪感を抱くだけで、それを修正しようとはしません。

 This is the "natural" condition of the separation, and those who learn that it is not natural at all seem to be the unnatural ones.
 これが分離の「自然な」状態なのです。だから、そんなことはまったく自然なことではないと気づいた者のほうが異常だと思われるのです。

 For this world is the opposite of Heaven, being made to be its opposite, and everything here takes a direction exactly opposite of what is true.
 なぜなら、この世界は天国と逆になるように作られたがゆえに、天国とは正反対であるし、この世界においては、あらゆるものは真実であるものとは正反対の方向に向かうからです。

 In Heaven, where the meaning of love is known, love is the same as union.
 愛の意味が知られている天国では、愛はひとつに結びつくことと同じです。

 Here, where the illusion of love is accepted in love's place, love is perceived as separation and exclusion.
 愛だと錯覚させる幻想が愛の居場所に受け入れられてしまっているこの世界では、愛することは分離して排除することとして知覚されています。




4. It is in the special relationship, born of the hidden wish for special love from God, that the ego's hatred triumphs.
 神から特別に愛されたいという秘めた欲求から生まれる特別な関係においてこそ、エゴの憎悪が勝利を収めます。

 For the special relationship is the renunciation of the Love of God, and the attempt to secure for the self the specialness that He denied.
 というのは、特別な関係は、神の大いなる愛を放棄して、神が否認した特別性を自己のために確保しようと試みることだからです。

 It is essential to the preservation of the ego that you believe this specialness is not hell, but Heaven.
 エゴが存続するためには、この特別性が地獄ではなく天国であるとあなたが信じることが不可欠となります。

 For the ego would never have you see that separation could only be loss, being the one condition in which Heaven could not be.
 というのは、エゴは、分離とは天国が存在できない唯一の状態であるがゆえに、分離は喪失にしかなりえないということを絶対にあなたに理解させたがらないからです。

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5. To everyone Heaven is completion.
 誰にとっても、天国とは完成を意味します。

 There can be no disagreement on this, because both the ego and the Holy Spirit accept it.
 このことに関しては異論を差し挟む余地はありません。なぜなら、天国が完成であることはエゴと聖霊の双方が受け入れることだからです。

 They are, however, in complete disagreement on what completion is, and how it is accomplished.
 しかしながら、エゴと聖霊とでは、完成とは何であるか、そして、完成がどのように成就されるのかについては完全に意見が異なります。

 The Holy Spirit knows that completion lies first in union, and then in the extension of union.
 聖霊は、完成は、まずひとつに結びつくことの中にあり、次にその結合を拡張させるところに見出せるということを知っています。

 To the ego completion lies in triumph, and in the extension of the "victory" even to the final triumph over God.
 エゴにとっては、完成は他を打ち負かして勝利を収めることの中にあり、そして、最終的には神すらをも打ち負かすまで、その「征服」を拡大していくことに完成が見出せるとします。

 In this it sees the ultimate freedom of the self, for nothing would remain to interfere with the ego.
 このように神にまで征服を拡大していくことで、自己の究極的な解放が得られるとエゴは思っています。というのは、そうなれば、エゴを邪魔立てするものは何も残らなくなるからです。

 This is its idea of Heaven.
 これがエゴが思い描く天国です。

 And therefore union, which is a condition in which the ego cannot interfere, must be hell.
 したがって、エゴが邪魔立てできない状態である和合の状態は、間違いなく地獄であるということになります。




6. The special relationship is a strange and unnatural ego device for joining hell and Heaven, and making them indistinguishable.
 特別な関係は、地獄と天国を結びつけて両者の見分けがつかないようにするためにエゴが用いる異常で不自然な仕掛けです。

 And the attempt to find the imagined "best" of both worlds has merely led to fantasies of both, and to the inability to perceive either as it is.
 そして、両方の世界の想像上の「最良」の部分を見出そうという試みは、単に両方の世界についての夢想を引き起こして、両方の世界をありのままに知覚できなくさせただけでした。

 The special relationship is the triumph of this confusion.
 特別な関係とは、このような混同の勝利のことなのです。

 It is a kind of union from which union is excluded, and the basis for the attempt at union rests on exclusion.
 特別な関係とは、結合の一種ではありますが、それはすべてがひとつに結ばれることを排除した結合であり、自分たち以外をすべて排除することによって結合しよう試みる基盤となるものです。

 What better example could there be of the ego's maxim, "Seek but do not find"?
 「求めよ、されど、見出すなかれ」というエゴの格言を表す実例として、これに勝るものがあるでしょうか。

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7. Most curious of all is the concept of the self which the ego fosters in the special relationship.
 とりわけ奇妙なのは、特別な関係の中でエゴが育む小さな自己についての概念です。

 This "self" seeks the relationship to make itself complete.
 この「自己」は、それ自体を完成させるために関係性を探し求めます。

 Yet when it finds the special relationship in which it thinks it can accomplish this it gives itself away, and tries to "trade" itself for the self of another.
 ところが、その関係の中で自身の完成を成就できるとその自己が思うような特別な関係を見つけると、その自己は自らを放り出して、自分自身を相手の自己と「交換」しようとします。

 This is not union, for there is no increase and no extension.
 こんなことは、ひとつに結びつくことにはなりません。なぜなら、そこには増大もなければ拡張もないからです。

 Each partner tries to sacrifice the self he does not want for one he thinks he would prefer.
 パートナーはお互いに、自分がより好ましいと思う自己を手に入れようとして、自分の望まない自己を、その代わりに犠牲にしようとします。

 And he feels guilty for the "sin" of taking, and of giving nothing of value in return.
 そして、彼は、望みのものを手に入れるために相手から奪いながら、その見返りに何の価値もないものを与えるという「罪」についての罪悪感を抱いてしまいます。

 How much value can he place upon a self that he would give away to get a "better" one?
 彼が「より良い」自己を得るためであれば放り出してしまうような自己に、彼がどれほどの価値を置くことができるというのでしょうか。




8. The "better" self the ego seeks is always one that is more special.
 エゴが追い求める「より良い」自己とは、必ずより特別な自己のことです。

 And whoever seems to possess a special self is "loved" for what can be taken from him.
 そして、特別な自己を持っているように見える人は、誰であれ、その人から奪うことができる何かのゆえに「愛される」というわけです。

 Where both partners see this special self in each other, the ego sees "a union made in Heaven. "
 二人のパートナーが、こんな特別な自己を相手の中に見出すとき、エゴはこれこそ「天国で結ばれた縁組」であるとみなします。

 For neither one will recognize that he has asked for hell, and so he will not interfere with the ego's illusion of Heaven, which it offered him to interfere with Heaven.
 というのは、どちらのパートナーも、自分が好んで相手から地獄を求めているのだとは思いも寄らないので、その人はエゴが本当の天国を妨害するために差し出す天国の幻想に口出ししようとはしないからです。

 Yet if all illusions are of fear, and they can be of nothing else, the illusion of Heaven is nothing more than an "attractive" form of fear, in which the guilt is buried deep and rises in the form of "love. "
 しかし、もしすべての幻想が恐れから生じ、恐れ以外からは生じないとすれば、幻想の天国は「魅力的」な形をとった恐れでしかなく、そこには、罪悪感が深く埋め込まれ、「愛」のような形をとって姿を現わすことになります。

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9. The appeal of hell lies only in the terrible attraction of guilt, which the ego holds out to those who place their faith in littleness.
 地獄の魅力は、ただ罪悪感の凄まじい魅力にのみ存在します。この魅力をエゴは卑小さを信頼する者たちに差し出します。

 The conviction of littleness lies in every special relationship, for only the deprived could value specialness.
 一つひとつの特別な関係の中には、卑小さへの確信があります。というのも、欠乏している者だけが、特別であることに価値を置くことができるからです。

 The demand for specialness, and the perception of the giving of specialness as an act of love, would make love hateful.
 特別扱いを要求すること、そして、特別扱いを捧げることが愛の行為であると知覚することが、愛を憎悪に満ちたものに変えてしまいます。

 The real purpose of the special relationship, in strict accordance with the ego's goals, is to destroy reality and substitute illusion.
 特別な関係の真の目的は、エゴの目標と正確に一致するものであり、それは現実を破壊して、その代わりに幻想で置き換えるということです。

 For the ego is itself an illusion, and only illusions can be the witnesses to its "reality. "
 というのも、エゴそれ自体が幻想なので、ただ幻想のみがエゴの「実在性」の証人となることができるからです。




10. If you perceived the special relationship as a triumph over God, would you want it?
 もしあなたが特別な関係のことを神を打ち負かすことだと知覚したなら、あなたは特別な関係など望むでしょうか。

 Let us not think of its fearful nature, nor of the guilt it must entail, nor of the sadness and the loneliness.
 ここでは特別な関係の恐ろしい本性や、特別な関係に必然的に伴う罪悪感、悲しみ、そして孤独などは考えないことにしましょう。

 For these are only attributes of the whole religion of separation, and of the total context in which it is thought to occur.
 というのは、これらの心情は単に分離についての信仰全体が持つ属性にすぎず、その中で特別な関係が生じると思い込まれている状況全体が持つ属性にすぎないからです。

 The central theme in its litany to sacrifice is that God must die so you can live.
 分離の信仰において、犠牲のために唱えられる祈祷の主な題目は、あなたが生き残るためには神が死ななければならないというものです。

 And it is this theme that is acted out in the special relationship.
 そして、これこそが、特別な関係の中で上演される演題です。

 Through the death of your self you think you can attack another self, and snatch it from the other to replace the self that you despise.
 あなたは、自分の自己が死ぬことで、あなたは他者の自己を攻撃できるし、自分が軽蔑している自己と取り替えるために、他者からその自己を奪い取ることができると思っています。

 And you despise it because you do not think it offers the specialness that you demand.
 そして、あなたは、自分の自己があなたの要求どおりに特別性を提供してくれないと思うがゆえに、自分の自己を軽蔑しているのです。

 And hating it you have made it little and unworthy, because you are afraid of it.
 そして、あなたは自分の自己を憎むことで、自分の自己を卑小で無価値なものにしてしまいます。なぜなら、あなたは自分の自己に恐れを抱いているからです。


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11. How can you grant unlimited power to what you think you have attacked?
 自分が攻撃したと思っているものに対して、どうしてあなたが無限の力を与えることなどできるでしょうか。

 So fearful has the truth become to you that unless it is weak and little, you would not dare to look upon it.
 真理は、あなたにとってあまりに恐ろしいものとなってしまったので、真理が卑小で脆弱なものでなければ、あなたはあえて真理を見てみようとはしません。

 You think it safer to endow the little self you made with power you wrested from truth, triumphing over it and leaving it helpless.
 あなたは、真理を打ち負かして、真理を無力なままにすることで真理から奪い取った力を、自分で作った卑小な自己に授けるほうが安全であると思っています。

 See how exactly is this ritual enacted in the special relationship.
 こんなお決まりの儀式が、いかに厳密にそのまま特別な関係の中で演じられているか見てみるがよいでしょう。

 An altar is erected in between two separate people, on which each seeks to kill his self, and on his body raise another self to take its power from his death.
 二人の分離した者たちの間に祭壇が建てられます。その祭壇では、各自が自分の自己を殺そうとし、自分が死ぬことによって相手の自己の力を手に入れようとして、自分の身体の上に別の自己を復活させようとします。

 Over and over and over this ritual is enacted.
 延々とこんな儀式が繰り返し演じられているのです。

 And it is never completed, nor ever will be completed.
 しかし、それは決して完了しないし、これからも、完了する見込みはありません。

 The ritual of completion cannot complete, for life arises not from death, nor Heaven from hell.
 この自己完成の儀式が完了するはずがありません。というのは、生命が死から生じることはないし、天国が地獄から生じることもないからです。




12. Whenever any form of special relationship tempts you to seek for love in ritual, remember love is content, and not form of any kind.
 いかなる形の特別な関係であれ、特別な関係があなたに儀式の中に愛を探すように誘惑してくるときはつねに、愛は内容なのであっていかなる種類の形式でもないことを思い出してください。

 The special relationship is a ritual of form, aimed at raising the form to take the place of God at the expense of content.
 特別な関係は、内容を犠牲にしたうえで、形式を祭り上げて神に置き換えることを目的とする形式的な儀式なのです。

 There is no meaning in the form, and there will never be.
 形式そのものには何の意味もないし、これからも、意味を持つ見込みは決してありません。

 The special relationship must be recognized for what it is; a senseless ritual in which strength is extracted from the death of God, and invested in His killer as the sign that form has triumphed over content, and love has lost its meaning.
 特別な関係をありのままに見極めなければなりません。特別な関係は、無意味な儀式です。その儀式においては、神の死から力が引き出され、形式が内容を打ち負かして愛が意味を失った印として、神を殺した者に神から引き出された力が授けられるというのです。

 Would you want this to be possible, even apart from its evident impossibility?
 こんなことが不可能であることが明らかなのは別にしても、あなたはこんなことが可能であってほしいと思うでしょうか。

 If it were possible, you would have made yourself helpless.
 もしこんなことが可能だったなら、あなたは自分自身を救いのないものにしてしまっていたことでしょう。

 God is not angry.
 神は怒ってなどいません。

 He merely could not let this happen.
 神はただ、こんなことを起こるに任せることができなかったです。

 You cannot change His Mind.
 あなたには、神の大いなる心を変えることなどできません。

 No rituals that you have set up in which the dance of death delights you can bring death to the eternal.
 死の舞踏で自分を喜ばせようとしてあなたが用意したどんな儀式も、永遠なるものに死をもたらすことはできません。

 Nor can your chosen substitute for the Wholeness of God have any influence at all upon it.
 そして、神の完全性の代わりにあなたが選んだどんな代用も、神の完全性に何らの影響も与えることはできないのです。

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13. See in the special relationship nothing more than a meaningless attempt to raise other gods before Him, and by worshipping them to obscure their tininess and His greatness.
 特別な関係は、神を差し置いて他の神々を祀り上げて礼拝することによって、その神々の矮小さと真の神の偉大さを不明瞭にしようとする無意味な試みでしかないことに気づいてください。

 In the name of your completion you do not want this.
 あなたの完成のために、あなたはこんなことを望んではなりません。

 For every idol that you raise to place before Him stands before you, in place of what you are.
 なぜなら、あなたが真の神の前に置こうと偶像を祀り上げるたびに、その偶像が本来のあなたに取って代わって、あなたの前に立ちはだかることになってしまうからです。




14. Salvation lies in the simple fact that illusions are not fearful because they are not true.
 幻想が錯覚であり真実でないがゆえに、恐ろしいものではないという単純な事実にこそ、救いがあります。

 They but seem to be fearful to the extent to which you fail to recognize them for what they are; and you will fail to do this to the extent to which you want them to be true.
 幻想は、あなたが幻想をありのままに認識し損ねる程度に応じて、それだけ恐ろしく見えてきます。そして、幻想が本物であってほしいとあなたが願う程度に応じて、それだけ、あなたは幻想が本物ではないと認識できなくなってしまいます。

 And to the same extent you are denying truth, and so are failing to make the simple choice between truth and illusion; God and fantasy.
 だから、あなたが真理を否認する程度に応じて、あなたは真理と幻想、つまり、神と空想のどちらを取るかという簡単な選択すらできなくなってしまいます。

 Remember this, and you will have no difficulty in perceiving the decision as just what it is, and nothing more.
 このことを覚えておきなさい。そうすれば、あなたはこの決断を、ありのままに、ただそれだけのものとして知覚することに困難を覚えることはなくなるでしょう。


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15. The core of the separation illusion lies simply in the fantasy of destruction of love's meaning.
 分離という幻想の核心は、単に愛の意味が破壊されたという空想の中にだけ存在します。

 And unless love's meaning is restored to you, you cannot know yourself who share its meaning.
 そして、あなたに愛の意味が回復されないかぎり、あなたには愛の意味を共有している自分自身を知ることはできません。

 Separation is only the decision not to know yourself.
 分離とは、ただあなた自身を知らずにいようとする決断でしかありません。

 This whole thought system is a carefully contrived learning experience, designed to lead away from truth and into fantasy.
 この思考システム全体は、学び手を真理から逸れて空想の中へと導くように設計されている、巧妙に仕組まれた学習体験だといえます。

 Yet for every learning that would hurt you, God offers you correction and complete escape from all its consequences.
 しかし、あなたを妨害しようとする学びの一つひとつに対して、神はあなたに学びの修正を与えてくれるし、あなたを妨害しようとする学びがあなたに及ぼすあらゆる結果からもあなたを完全に免れさせてくれます。




16. The decision whether or not to listen to this course and follow it is but the choice between truth and illusion.
 このコースに耳を傾けて、それに従うかどうか決断することは、真理と幻想の間の選択にほかなりません。

 For here is truth, separated from illusion and not confused with it at all.
 というのも、このコースの中には、幻想から隔離されて、まったく幻想と混同されることのないままの真理があるからです。

 How simple does this choice become when it is perceived as only what it is.
 この真理と幻想という選択肢をありのままに知覚したなら、この選択をすることはなんと簡単になることでしょう。

 For only fantasies make confusion in choosing possible, and they are totally unreal.
 というのも、ただ色々な空想だけが選択に際して混乱させることができるのですが、そんな空想は全面的に実在しないものだからです。

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17. This year is thus the time to make the easiest decision that ever confronted you, and also the only one.
 したがって、今年は、これまであなたが決断を迫られてきた中でも、最も簡単であると同時に唯一の決断を下すときです。

 You will cross the bridge into reality simply because you will recognize that God is on the other side, and nothing at all is here.
 あなたは現実へと橋を渡って行くことになります。その理由は単に、神がその橋の向こう側にいて、こちら側にはまったく何も無いことをあなたが認めるようになるからです。

 It is impossible not to make the natural decision as this is realized.
 このことに気づいたなら、この当然の決断を下さないでいることなど不可能になります。


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