There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T26-8 救いはもう、済んでいる

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テキスト第二十六章から「救済の即時性」をご紹介します。

タイトルは、北斗の拳の「お前はもう、死んでいる」の感覚で読んでください。

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テキスト第二十六章

VIII. The Immediacy of Salvation
八 救済の即時性






1. The one remaining problem that you have is that you see an interval between the time when you forgive, and will receive the benefits of trusting in your brother.
 まだあなたに残ってているひとつの問題は、自分が赦す時から兄弟を信用することによる恩恵を受け取るまでに時間的な隔たりがあるとあなたが思い込んでいることです。

 This but reflects the little you would keep between you and your brother, that you and he might be a little separate.
 これは、兄弟からわずかでも離れているために、自分と兄弟の間にわずかな隔たりを保っておきたいというあなたの思いの反映にほかなりません。

 For time and space are one illusion, which takes different forms.
 なぜなら、時間と空間はひとつの幻想であって、それが様々な形態をとっているだけだからです。

 If it has been projected beyond your mind you think of it as time.
 もしそのひとつの幻想があなたの心を超えて投影されると、あなたはそれを時間として考えます。

 The nearer it is brought to where it is, the more you think of it in terms of space.
 それが存在するところにより近くもたらされるほど、あなたはそれを空間という観点から考えるようになります。




2. There is a distance you would keep apart from your brother, and this space you perceive as time because you still believe you are external to him.
 あなたが自分の兄弟との間に保とうとしている隔たりが存在します。そして、あなたはこの間隔のことを時間として知覚します。なぜなら、あなたはまだ自分はその兄弟の外側にいると信じているからです。

 This makes trust impossible.
 このことが信頼することを不可能にしてしまいます。

 And you cannot believe that trust would settle every problem now.
 そして、あなたには、信頼さえすれば、すべての問題が今すぐに解決してしまうとは信じられないのです。

 Thus do you think it safer to remain a little careful and a little watchful of interests perceived as separate.
 かくして、あなたは、分離として知覚される利害関係には、少し注意し、少し警戒していたほうが安全だと思っています。

 From this perception you cannot conceive of gaining what forgiveness offers now.
 こんな知覚からは、今、赦しが差し延べてくれているものを手に入れることなど、あなたには思いもよりません。

 The interval you think lies in between the giving and receiving of the gift seems to be one in which you sacrifice and suffer loss.
 贈り物を与えることと受け取ることの間に存在するとあなたが思っている隔たりにおいては、あなたが犠牲になったり損失を被ったりするように思えます。

 You see eventual salvation, not immediate results.
 あなたは、やがては救われるとしても、即座に成果は得られないと見ているのです。


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3. Salvation is immediate.
 しかし、救済は即座に起きるものです。

 Unless you so perceive it, you will be afraid of it, believing that the risk of loss is great between the time its purpose is made yours and its effects will come to you.
 あなたがすぐに起きるものとして救いを知覚しないかぎり、あなたは、救いを自らの目的とした時から救いの結果があなたの許にやってくるまでの間に、損失を被る危険が大きいと信じてしまうために、救いのことを恐れるようになります。

 In this form is the error still obscured that is the source of fear.
 このような考え方の中で、誤りが依然として不明瞭にされたままとなり、それが恐れの源になります。

 Salvation would wipe out the space you see between you still, and let you instantly become as one.
 救済は、あなたがまだ、あなたたちの間に見ている空間を一掃し、あなたたちを即座にひとつにさせようとします。

 And it is here you fear the loss would lie.
 そして、あなたが損失が生じるのではないかと恐れているのは、ここなのです。

 Do not project this fear to time, for time is not the enemy that you perceive.
 このような恐れを時間に投影してはなりません。というのは、時間はあなたが知覚するような敵ではないからです。

 Time is as neutral as the body is, except in terms of what you see it for.
 あなたが時間が何のためにあると見ているのかという点を除けば、時間は身体と同じように中立的なものです。

 If you would keep a little space between you and your brother still, you then would want a little time in which forgiveness is withheld a little while.
 もしあなたがなおも、自分と兄弟の間に少し空間を保っておきたいと思うなら、あなたは、赦しがしばらくの間、与えずにおかれる多少の時間が欲しくなることでしょう。

 And this but makes the interval between the time in which forgiveness is withheld from you and given seem dangerous, with terror justified.
 そして、このことが、あなたが赦しを与えずにおかれる時と赦しが与えられる時までの隔たりを危険に思わせ、恐怖心を抱くことを正当化してしまうのです。




4. Yet space between you and your brother is apparent only in the present, now, and cannot be perceived in future time.
 しかし、あなたとあなたの兄弟との間にある空間は、ただ現在、今においてだけ見えているものであって、未来において知覚できるものではありません。

 No more can it be overlooked except within the present.
 また、その空間を見過ごすことがありうるのも、現在においてのことでしかありません。

 Future loss is not your fear.
 あなたが恐れているのは、未来に失うことではないのです。

 But present joining is your dread.
 しかし、あなたは今ひとつに結びつくことを非常に恐れています。

 Who can feel desolation except now?
 いったい誰が、今をおいてほかに、寂しさを感じることができるでしょうか。

 A future cause as yet has no effects.
 未来の原因には、今のところ何の結果も生じていません。

 And therefore must it be that if you fear, there is a present cause.
 したがって、もしあなたが恐れているとすれば、現在に原因があるに違いないのです。

 And it is this that needs correction, not a future state.
 だから、修正を要するのは、この現在の原因であって、未来の状態ではないのです。

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5. The plans you make for safety all are laid within the future, where you cannot plan.
 あなたが安全のために立てる計画はすべて未来に置かれていますが、あなたが未来に行って計画を立てることは不可能です。

 No purpose has been given it as yet, and what will happen has as yet no cause.
 未来にはまだ何の目的も与えられてはいないし、未来に何が起こるにしても、その原因はまだ何もありません。

 Who can predict effects without a cause?
 いったい誰が原因もないのに、結果を予測できるでしょうか。

 And who could fear effects unless he thought they had been caused, and judged disastrous now?
 それに、原因となるものが起こったと思い、それが今災いをもたらすと判断しないかぎり、誰がその結果を恐れたりできるでしょうか。

 Belief in sin arouses fear, and like its cause, is looking forward, looking back, but overlooking what is here and now.
 罪を信じることは、恐怖心を生み出し、罪の原因と同じように、先のことを見たり、振り返って見たりはしますが、今ここにあることは見落としてしまいます。

 Yet only here and now its cause must be, if its effects already have been judged as fearful.
 しかし、もしすでにその結果が恐ろしいことだと判断されているとすれば、その原因はただ今ここにしかないはずです。

 And in overlooking this, is it protected and kept separate from healing.
 そして、今ここにしか原因がないということを見落とすことで、罪への信仰が守られ、癒されることのないままに保たれることになります。

 For a miracle is now.
 なぜなら、奇跡とはまさに今のことだからです。

 It stands already here, in present grace, within the only interval of time that sin and fear have overlooked, but which is all there is to time.
 その奇跡はすでにここに、現在の恵みの中、すなわち、罪や恐れが見落とした唯一の時間の間隔の中にあるのですが、時間というのはただそれだけのものです。




6. The working out of all correction takes no time at all.
 すべての修正を成し遂げること自体には、少しも時間はかかりません。

 Yet the acceptance of the working out can seem to take forever.
 しかし、修正が完了していることを容認することには、永遠の時を要するように思えます。

 The change of purpose the Holy Spirit brought to your relationship has in it all effects that you will see.
 聖霊があなたの関係の目的を変えてくれたことで、あなたには、すべての結果が見えるようになります。

 They can be looked at now.
 それらの結果は、今、見ることができます。

 Why wait till they unfold in time and fear they may not come, although already there?
 すでにそこに結果があるというのに、どうして、それらが時間の中で展開するまで待ったり、それらが起こらないかもしれないと恐れたりするのでしょう。

 You have been told that everything brings good that comes from God.
 あなたは今まで、神に由来するものはすべて、幸いをもたらしてくれると告げられてきました。

 And yet it seems as if this is not so.
 ところが、まるでそんなことはないように思えています。

 Good in disaster's form is difficult to credit in advance.
 災い転じて福と成すということがあるとしても、それを前もって信頼するのは難しいものです。

 Nor is there really sense in this idea.
 それに、こんな考え方には、実際のところ意味などありません

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7. Why should the good appear in evil's form?
 どうして、善なるものが害悪や不幸の形をとって現われなければいけないのでしょうか。

 And is it not deception if it does?
 それに、もしそのように現われるとすれば、それは誤魔化しではないでしょうか。

 Its cause is here, if it appears at all.
 いやしくも、それが現われるとすれば、その原因はここにあるはずです。

 Why are not its effects apparent, then?
 そうだとすれば、どうしてその結果は明らかではないのでしょうか。

 Why in the future?
 どうして未来のことになるのでしょうか。

 And you seek to be content with sighing, and with "reasoning" you do not understand it now, but will some day.
 それでも、あなたはため息をつきながら、今は理解できないとしても、いつの日にか理解できるようになるだろうという「理性的判断」をすることで納得しようとしています。

 And then its meaning will be clear.
 その時が来たら、その意味が明らかになるだろうと。

 This is not reason, for it is unjust, and clearly hints at punishment until the time of liberation is at hand.
 しかし、こんなことは理性的な判断などではありません。なぜなら、それは不公平だし、明らかに、解放の時が近づくまでは罰を受けうることを仄めかしているからです。

 Given a change of purpose for the good, there is no reason for an interval in which disaster strikes, to be perceived as "good" some day but now in form of pain.
 善なるもののために目的が変更されたのであれば、災難に見舞われる時間的間隔のことを、今は苦痛の形をとってはいても、いつの日にか「善」となるものとして知覚すべき理由などどこにもありません。

 This is a sacrifice of now, which could not be the cost the Holy Spirit asks for what He gave without a cost at all.
 こんなことは今を犠牲にすることです。このような犠牲が、何の見返りもなしに与えたものに対して聖霊が求める代価であるはずがありません。




8. Yet this illusion has a cause which, though untrue, must be already in your mind.
 しかし、こうした錯覚には原因があり、その原因は真実ではないにもかかわらず、すでにあなたの心の中にあるに違いありません。

 And this illusion is but one effect that it engenders, and one form in which its outcome is perceived.
 そして、この錯覚は単に原因が引き起こすひとつの結果にすぎず、原因の結果を知覚できるひとつの形にすぎません。

 This interval in time, when retribution is perceived to be the form in which the "good" appears, is but one aspect of the little space that lies between you, unforgiven still.
 このように、天罰のように知覚される形の中に「よいこと」が現われてくるという時間の中の間隔は、単に、いまだに赦されていないわずかな空間があなたたちの間にあることの別の側面にすぎません。

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9. Be not content with future happiness.
 未来の幸せになど満足しないでください。

 It has no meaning, and is not your just reward.
 未来の幸福など何の意味もないし、それはあなたにとっての正当な報いではありません。

 For you have cause for freedom now.
 というのも、あなたには今、自由になれる理由があるからです。

 What profits freedom in a prisoner's form?
 囚人の身のまま解放されたとして、それに何の益があるというのでしょうか。

 Why should deliverance be disguised as death?
 なぜ、解放が死の仮面を被らなければならないのでしょうか。

 Delay is senseless, and the "reasoning" that would maintain effects of present cause must be delayed until a future time, is merely a denial of the fact that consequence and cause must come as one.
 遅らせることに意味などありません。そして、今ある原因の結果を未来にまで引き延ばす必要があると「理性的判断」をすることは、単に原因とその結果が必ずひとつのものとして生じるという事実を否認することでしかありません。

 Look not to time, but to the little space between you still, to be delivered from.
 そこから解放されるために、時間ではなくて、あなたたちの間に依然としてあるわずかな空間を見てください。

 And do not let it be disguised as time, and so preserved because its form is changed and what it is cannot be recognized.
 そして、そのわずかな空間が時間のふりをして自らをそのまま保持しようとするのを容認しないようにしなさい。なぜなら、そのわずかな隙間は形を変えて、それが何なのか見分けがつかなってしまうからです。

 The Holy Spirit's purpose now is yours.
 今や、聖霊の目的はあなたの目的なのです。

 Should not His happiness be yours as well?
 そうであるなら、聖霊の幸福は、同じくあなたのものになるべきではないでしょうか。


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