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T27-4 静かな答え

今回はテキスト第二十七章から「静かな答え」という一節をご紹介します。







テキスト第二十七章

IV. The Quiet Answer
四 静かな答え



1. In quietness are all things answered, and is every problem quietly resolved.
 静けさの中で、すべてのことに答えが与えられ、どんな問題もみな静かに解決されます。

 In conflict there can be no answer and no resolution, for its purpose is to make no resolution possible, and to ensure no answer will be plain.
 対立の中には、いかなる答え解決もありえません。というのも、対立の目的はどんな解決も不可能にし、どんな答えも明確にならないようにすることだからです。

 A problem set in conflict has no answer, for it is seen in different ways.
 対立の中に位置づけられた問題は、いかなる答えも持つことがありません。それは、問題が違う視点で見られることになるからです。

 And what would be an answer from one point of view is not an answer in another light.
 だから、ひとつの観点からすると答えになりえたことでも、別の観点からすると、答えではなくなります。

 You are in conflict.
 あなたはまさに対立の中にいます。

 Thus it must be clear you cannot answer anything at all, for conflict has no limited effects.
 したがって、あなたには何ひとつ答えることができないことがはっきりしたはずです。というのも、対立の及ぼす影響には限りがないからです。

 Yet if God gave an answer there must be a way in which your problems are resolved, for what He wills already has been done.
 しかし、もし神が答えを与えてくれたのであれば、あなたの問題解決する方法が必ずあるはずです。というのも、神が意図することはすでに成し遂げられているからです。




2. Thus it must be that time is not involved and every problem can be answered now.
 したがって、時間は無関係となるので、すべての問題はどれも、今、答えられることが可能であるに違いありません。

 Yet it must also be that, in your state of mind, solution is impossible.
 しかしまた、あなたの心境では、解決が不可能であるということも間違いありません。

 Therefore, God must have given you a way of reaching to another state of mind in which the answer is already there.
 そうだとすれば、神はきっとあなたに、すでに答えの存在する別の心境に到達するための方法を授けてくれているはずです。

 Such is the holy instant.
 これこそが神聖な瞬間です。

 It is here that all your problems should be brought and left.
 この神聖な瞬間にこそ、あなたのすべての問題を持ってきて任せるべきなのです。

 Here they belong, for here their answer is.
 あなたのすべての問題は、神聖な瞬間にあるべきです。というのは、ここにその答えがあるからです。

 And where its answer is, a problem must be simple and be easily resolved.
 そして、その答えがあるところでなら、問題は簡単になるに違いないので、簡単に解決されます。

 It must be pointless to attempt to solve a problem where the answer cannot be.
 答えがありえないところで問題を解決しようと試みるのは、無意味なはずです。

 Yet just as surely it must be resolved, if it is brought to where the answer is.
 しかし、それと同じくらい確実なことは、もし問題をその答えがあるところに持ってくれば、それは必ず解決されるということです。

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3. Attempt to solve no problems but within the holy instant's surety.
 神聖な瞬間の確かさの中において以外は、どんな問題も解決しようと試みてはなりません。

 For there the problem will be answered and resolved.
 というのは、問題が答えを得て解決されるのは神聖な瞬間においてだからです。

 Outside there will be no solution, for there is no answer there that could be found.
 それ以外のところでは、いかなる解決もありえません。というのも、そこにはひとつも答えは見つからないからです。

 Nowhere outside a single, simple question is ever asked.
 それ以外のところでは、今までひとつの単純な質問もされたことがありません。

 The world can only ask a double question.
 この世界では裏表のある質問しかできません。

 One with many answers can have no answers.
 ひとつの質問にたくさんの答えがあるとすれば、それは、ひとつも答えがないのと同じです。

 None of them will do.
 どの答えも役に立ちません。

 It does not ask a question to be answered, but only to restate its point of view.
 この世界は、答えてもらうために質問するのではなくて、ただその観点を言い換えるためにだけ質問しているのです。




4. All questions asked within this world are but a way of looking, not a question asked.
 この世界の中で尋ねられる質問はすべて、単にものの見方を尋ねているにすぎず、質問が尋ねられているわけではありません。

 A question asked in hate cannot be answered, because it is an answer in itself.
 憎しみの中で尋ねられる質問に答えることはできません。なぜなら、その質問それ自体の中に答えがあるからです。

 A double question asks and answers, both attesting the same thing in different form.
 裏表のある質問は質問しながら答えていることになり、質問と答えの両方が、同一のものを異なる形で証明しているのです。

 The world asks but one question.
 この世界はただひとつの質問を尋ねているだけです。

 It is this: "Of these illusions, which of them is true?
 それは、「これらの幻想の中で一体どれが本物だろうか。

 Which ones establish peace and offer joy?
 どの幻想が平安を確立して、喜びをもたらしてくれるだろうか。

 And which can bring escape from all the pain of which this world is made?"
 どの幻想がこの世界を構成している苦しみのすべてから逃れる手段をもたらしてくれるだろうか。」という質問です。

 Whatever form the question takes, its purpose is the same.
 この質問がどんな形をとろうとも、その目的は同じです。

 It asks but to establish sin is real, and answers in the form of preference.
 それは、ただ罪が実在することを確立するために質問し、自分の好みの形で答えるだけです。

  "Which sin do you prefer?
 「あなたは、どちらの罪がお好みでしょうか。

 That is the one that you should choose.
 それこそ、あなたが選ぶべき罪です。

 The others are not true.
 それ以外は本物ではありません。

 What can the body get that you would want the most of all?
 あなたが何にもまして欲しいもので身体が得ることができるのは何でしょうか。

 It is your servant and also your friend.
 その身体はあなたの下僕であり、友でもあるのです。

 But tell it what you want, and it will serve you lovingly and well."
 ただ身体にあなたの望みを伝えてください。そうすれば、身体は愛情深く、かつ、申し分なくあなたに奉仕してくれるでしょう。」と。

 And this is not a question, for it tells you what you want and where to go for it.
 これらは質問ではありません。というのは、それは、あなたが何を望み、それを得るにはどこへ行けばいいか言っているからです。

 It leaves no room to question its beliefs, except that what it states takes question's form.
 ただ、言っていることが質問の形になっているだけのことで、その信念に対して疑問を差し挟もうにも、それを受けつける余地はないのです。


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5. A pseudo-question has no answer.
 見せかけの質問には答えなどありません。

 It dictates the answer even as it asks.
 それは、質問するときでさえ、その答えを押しつけているのです。

 Thus is all questioning within the world a form of propaganda for itself.
 かくして、この世界における質問はすべて、世界自体の宣伝活動の一形態だということになります。

 Just as the body's witnesses are but the senses from within itself, so are the answers to the questions of the world contained within the questions that are asked.
 それはちょうど、身体を証明するものは、身体自体に由来する感覚だけであるのと同じように、この世界での質問に対する答えは、その尋ねられている質問の中に含まれているのです。

 Where answers represent the questions, they add nothing new and nothing has been learned.
 答えがその質問の別の表現だとしたら、答えは何も新しいものを付け加えることはないし、何も学ばれることはありません。

 An honest question is a learning tool that asks for something that you do not know.
 正直な質問は、あなたが知らないことを尋ねる学習の道具です。

 It does not set conditions for response, but merely asks what the response should be.
 正直な質問は、返答に条件をつけようとはせず、ただ返答がどのようなものであるのか尋ねるだけです。

 But no one in a conflict state is free to ask this question, for he does not want an honest answer where the conflict ends.
 しかし、対立の状態にある人は誰も自由にこの質問をすることができません。というのも、その人はその対立を終わらせてしまうような正直な答えを望んではいないからです。




6. Only within the holy instant can an honest question honestly be asked.
 神聖な瞬間においてのみ、正直な質問を正直に尋ねることができます。

 And from the meaning of the question does the meaningfulness of the answer come.
 そして、その質問が持つ意味からその答えの意味が訪れます。

 Here is it possible to separate your wishes from the answer, so it can be given you and also be received.
 神聖な瞬間においては、答えからあなたの欲求を切り離すことができるので、答えがあなたに与えられるようになり、また、答えが受け入れられることもできるようになります。

 The answer is provided everywhere.
 その答えは至るところで提供されます。

 Yet it is only here it can be heard.
 しかし、その答えが聞こえるのはここだけです。

 An honest answer asks no sacrifice because it answers questions truly asked.
 正直な答えは、真に問われる質問に答えるので、何の犠牲も求めません。

 The questions of the world but ask of whom is sacrifice demanded, asking not if sacrifice is meaningful at all.
 この世界の質問は、誰に犠牲が要求されているか尋ねるだけで、はたして犠牲に意味があるのかについてはまったく尋ねようとはしません。

 And so, unless the answer tells "of whom," it will remain unrecognized, unheard, and thus the question is preserved intact because it gave the answer to itself.
 だから、その答えが「誰から」のものなのか示さないかぎり、答えは気づかれもせず耳にすることもないままとなり、こうしてその質問はそれ自体に答えを与えたのでそのまま温存されることになります。

 The holy instant is the interval in which the mind is still enough to hear an answer that is not entailed within the question asked.
 神聖な瞬間は、尋ねられた質問の中に含意されていない答えを聞くのに十分なほど心が静まった時間的な間隔です。

 It offers something new and different from the question.
 神聖な瞬間は、質問とは異なった新しい何かを差し延べています。

 How could it be answered if it but repeats itself?
 もし質問が質問それ自体を繰り返しているだけなら、どうしてその質問に答えられるでしょう。


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7. Therefore, attempt to solve no problems in a world from which the answer has been barred.
 したがって、答えることが禁じられている世界の中では、いかなる問題も解決しようとなどしないことです。

 But bring the problem to the only place that holds the answer lovingly for you.
 ただその問題を、あなたのために愛情深く答えを保っている唯一の場所に持ってきてください。

 Here are the answers that will solve your problems because they stand apart from them, and see what can be answered; what the question is.
 ここにこそあなたの問題を解決してくれる答えがあります。なぜなら、答えが問題から離れて別になっているので、何に答えることができるか、いったい何が問題なのかがわかるからです。

 Within the world the answers merely raise another question, though they leave the first unanswered.
 この世界においては、答えは、最初の質問に答えないままで、別の疑問を呈するだけです。

 In the holy instant, you can bring the question to the answer, and receive the answer that was made for you.
 神聖な瞬間には、あなたは質問をその答えへともたらすことができ、あなたのために用意された答えを受け取ることができます。


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