There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T25-3 知覚と選択

0   0

今回は、テキスト第二十五章から「知覚選択」という一節をご紹介します。





テキスト第二十五章

III. Perception and Choice
三 知覚選択


1. To the extent to which you value guilt, to that extent will you perceive a world in which attack is justified.
 あなたが罪悪感に価値を置くかぎり、その程度に応じて、あなたは攻撃が正当化される世界を知覚することになります。

 To the extent to which you recognize that guilt is meaningless, to that extent you will perceive attack cannot be justified.
 あなたが罪悪感が無意味だと認識するなら、その程度に応じて、あなたは攻撃は正当化できないと知覚するようになります。

 This is in accord with perception's fundamental law: You see what you believe is there, and you believe it there because you want it there.
 このことは、あなたは自分がそこにあると信じるものを目にするし、あなたがそれがそこにあってほしいと思うがゆえに、あなたはそれがそこにあると信じるという知覚の基本法則と一致しています。。

 Perception has no other law than this.
 知覚には、これ以外に他の法則などありません。

 The rest but stems from this, to hold it up and offer it support.
 その他のことは、ただこの法則を維持し支援するために、この法則から派生するものでしかありません。

 This is perception's form, adapted to this world, of God's more basic law; that love creates itself, and nothing but itself.
 これは、愛は愛そのものを創造し、愛以外の何ものをも創造することはないという神のより根本的な法をこの世界に適合させた知覚の仕方といえます。


名称未設定

2. God's laws do not obtain directly to a world perception rules, for such a world could not have been created by the Mind to which perception has no meaning.
 神の法が、知覚の支配する世界に直接的に行き渡ることはありません。というのは、大いなる心にとって知覚は何の意味も持たないので、大いなる心によってこんな世界が創造されたはずがないからです。

 Yet are His laws reflected everywhere.
 それにもかかわらず、神の法はあらゆるところに反映されています。

 Not that the world where this reflection is, is real at all.
 もっとも、この反映が存在するということが、その世界が実在することを示すものではまったくありません。

 Only because His Son believes it is, and from His Son's belief He could not let Himself be separate entirely.
 世界に神の法が反映されているのは、単に神の子が世界が本当にあると信じており、神はわが子の信じていることから、神自身を全面的に分離させるわけにはいかなかったためにすぎません。

 He could not enter His Son's insanity with him, but He could be sure His sanity went there with him, so he could not be lost forever in the madness of his wish.
 神には、子の狂気の中に、子と一緒になって入り込むことなどできませんでした。しかし、神には、自らの正気が子の狂気の中で必ず子に伴って行くようにすることができました。だから、子は自分の願望という狂気の中に永遠に迷い込んだままでいることはできなかったのです。




3. Perception rests on choosing; knowledge does not.
 知覚は選択に基盤を置きますが、知識が選択に基盤を置くことはありません。

 Knowledge has but one law because it has but one Creator.
 知識には唯一の創造主しかないので、知識にはひとつの法則しかありません。

 But this world has two who made it, and they do not see it as the same.
 しかし、この世界には、それを作った作り主が二人いて、その二人はこの世界を同じものとしては見てはいません。

 To each it has a different purpose, and to each it is a perfect means to serve the goal for which it is perceived.
 それぞれにとって、この世界には違う目的があり、それぞれにとって、この世界は、それぞれが知覚する目標に奉仕する完璧な手段となります。

 For specialness, it is the perfect frame to set it off; the perfect battleground to wage its wars, the perfect shelter for illusions which it would make real.
 特別であろうとする者にとって、この世界は、特別性を引き立たせるのに最適の舞台であり、特別さを競って争うにはうってつけの戦場であり、特別性が本物に仕立て上げようとする幻想にとっての完璧な避難所となるからです。

 Not one but it upholds in its perception; not one but can be fully justified.
 特別であろうとする者が知覚するもので、特別性を支持しないものは何ひとつないし、それを十分に正当化できないものも何ひとつありません。


名称未設定

4. There is another Maker of the world, the simultaneous Corrector of the mad belief that anything could be established and maintained without some link that kept it still within the laws of God; not as the law itself upholds the universe as God created it, but in some form adapted to the need the Son of God believes he has.
 この世界には、もうひとりの大いなる作り主がいます。その作り主は、神の諸法則の効力の及ぶ範囲内に保つ何のつながりもないどんなものでも確立して維持することができるという狂気の信念を誰かが抱くと同時に、それを正す大いなる修正者です。ここで神の諸法則というのは、神が創造した通りに宇宙を維持する神の法そのものではなく、神の子が自分が持っていると信じ込んでいる必要性に神の法をいくらか適応させた形のものです。

 Corrected error is the error's end.
 誤りが修正されることで、誤りは終わります。

 And thus has God protected still His Son, even in error.
 こうして、神は誤りの中ですら、依然として子を護っていてくれているのです。




5. There is another purpose in the world that error made, because it has another Maker Who can reconcile its goal with His Creator's purpose.
 誤りが作り出した世界には、もうひとつの目的があります。なぜなら、この世界には、世界の目標を創造主の目的と和解させることのできるもうひとりの大いなる作り主がいるからです。

 In His perception of the world, nothing is seen but justifies forgiveness and the sight of perfect sinlessness.
 その大いなる作り主のこの世界の知覚においては、赦しと完全にのない光景を正当化するものしか見えません。

 Nothing arises but is met with instant and complete forgiveness.
 何事が起ころうとも、それらはすべて、瞬時に完全な赦しに出会うことになります。

 Nothing remains an instant, to obscure the sinlessness that shines unchanged, beyond the pitiful attempts of specialness to put it out of mind, where it must be, and light the body up instead of it.
 変わることなく輝く潔白さを不明瞭にするようなものは何ひとつとして、ただの一瞬も残ることはありません。そして、特別であろうとする思いが潔白さをそれがあるべき場所である心から追い出して、潔白さの代わりに身体を照らし出そうとしても、そんなことは虚しい試みに終わります。

 The lamps of Heaven are not for mind to choose to see them where it will.
 天国の灯火は、個別の心がそれを見たい場所を自由に選べるようなものではありません。

 If it elects to see them elsewhere from their home, as if they lit a place where they could never be, then must the Maker of the world correct your error, lest you remain in darkness where the lamps are not.
 もし心がその灯火をその故郷である天国以外の場所に見ることを選び、まるでそれらの灯火が絶対にあるはずがない場所に灯っているように見ようと決めるなら、そのとき、世界の大いなる作り主は、あなたがその灯火のない闇に留まることのないように、あなたの間違いを修正してくれるに違いありません。




6. Everyone here has entered darkness, yet no one has entered it alone.
 この世界にいる誰もがみな、闇に入り込んでいるのですが、誰も闇に自分ひとりで入ったわけではありません。

 Nor need he stay more than an instant.
 それに、彼は一瞬以上長く、闇の中に留まっている必要もありません。

 For he has come with Heaven's Help within him, ready to lead him out of darkness into light at any time.
 なぜなら、彼は自らの内に天国の助け手を伴って来ているのであって、その聖霊には、いつでも闇から光へと連れ出す準備ができているからです。

 The time he chooses can be any time, for help is there, awaiting but his choice.
 彼がその時を選ぶのは、いつであってもかまいません。というのも、助け手がそこにいてくれて、ただ彼が選択することだけを待ちうけているからです。

 And when he chooses to avail himself of what is given him, then will he see each situation that he thought before was means to justify his anger turned to an event which justifies his love.
 そして、彼が自分に与えられているものを利用することを選んだなら、そのとき彼は、それ以前には自分の怒りを正当化する手段だと思っていた状況が、ことごとく自分の愛を正当化する出来事に様変わりするのを目にすることになります。

 He will hear plainly that the calls to war he heard before are really calls to peace.
 彼が以前には戦争への呼びかけとして聞いていたのは、本当は平和への呼び声なのだと、はっきり聞こえるようになります。

 He will perceive that where he gave attack is but another altar where he can, with equal ease and far more happiness, bestow forgiveness.
 彼は、自分がかつて攻撃したところは、同じ容易さで、しかもはるかに大きな幸せのために、赦しを与えることができるもうひとつの祭壇でしかないと知覚するようになります。

 And he will reinterpret all temptation as just another chance to bring him joy.
 そして、彼はすべての誘惑のことを、ただ自分に喜びをもたらしてくれる新たな機会として解釈しなおすようになります。




7. How can a misperception be a sin?
 間違って知覚することが、どうしてになりうるでしょうか。

 Let all your brother's errors be to you nothing except a chance for you to see the workings of the Helper given you to see the world He made instead of yours.
 あなたの兄弟の誤りのすべてを、あなたの作った世界の代わりに救済者が作った世界をあなたが見ることができるようにとあなたに与えられた大いなる救済者の働きを目にするための自分にとっての機会としてください。

 What, then, is justified?
 そうであるなら、何が正当化されるのでしょうか。

 What do you want?
 あなたは何を望むのでしょうか。

 For these two questions are the same.
 この二つの質問は同じものです。

 And when you see them as the same, your choice is made.
 そして、あなたがその二つを同じだと見たとき、あなたは決断を下したことになります。

 For it is seeing them as one that brings release from the belief there are two ways to see.
 なぜなら、この二つの質問を一つのものとして見ることが、二通りの見方があるという信念からの解放をもたらすからです。

 This world has much to offer to your peace, and many chances to extend your own forgiveness.
 この世界は、あなたの平安のために差し出すことのできるものが大いにあるし、あなた自身の赦しを差し延べるための機会に満ち溢れています。

 Such its purpose is, to those who want to see peace and forgiveness descend on them, and offer them the light.
 これこそが、自分たちに平安と赦しが降り注いで光を差し延べてもらえることを望む者たちにとって、この世界が持つ目的です。


名称未設定

8. The Maker of the world of gentleness has perfect power to offset the world of violence and hate that seems to stand between you and His gentleness.
 優しい世界の大いなる作り主である聖霊は、あなたと聖霊の穏やかさとの間に立ちはだかっているように見える暴力と憎しみの世界を帳消しにする完璧な力を備えています。

 It is not there in His forgiving eyes.
 聖霊の赦しに満ちた視界には、暴力や憎悪の世界など存在しません。

 And therefore it need not be there in yours.
 したがって、あなたの視界にも、暴力や憎悪の世界が存在する必要はありません。

 Sin is the fixed belief perception cannot change.
 とは、知覚することは変えられないという固定観念です。

 What has been damned is damned and damned forever, being forever unforgivable.
 断された者は呪われて、永遠に赦されざるものとして、永久に地獄に落とされて罰せられるというのです。

 If, then, it is forgiven, sin's perception must have been wrong.
 そうだとすれば、もしそれが赦されるとしたら、罪を知覚したことが間違っていたことになります。

 And thus is change made possible.
 こうして、変更は可能になります。

 The Holy Spirit, too, sees what He sees as far beyond the chance of change.
 聖霊もまた、自分の目にするものは、変わる見込みなどまったくないものとして見ています。

 But on His vision sin cannot encroach, for sin has been corrected by His sight.
 ただし、聖霊の一瞥によって罪は修正されているので、聖霊のヴィジョンに罪が侵入することはできません。

 And thus it must have been an error, not a sin.
 したがって、それは罪ではなくて間違いだったに違いないということになります。

 For what it claimed could never be, has been.
 なぜなら、決してありえないと断言されてきた修正が、すでになされたことになるからです。

 Sin is attacked by punishment, and so preserved.
 罪は処罰によって攻撃され、そうすることで保存されます。

 But to forgive it is to change its state from error into truth.
 しかし、罪を赦すことは、その罪の状態を誤りから真理に変えることなのです。




9. The Son of God could never sin, but he can wish for what would hurt him.
 神の子は決して罪を犯すことはできません。しかし、彼は自分を傷つけようとするものを願望することはできます。

 And he has the power to think he can be hurt.
 そして、彼には、自分が傷つくことができると思う力を持っています。

 What could this be except a misperception of himself?
 こんなことは、自分自身について間違って知覚しているとしか言いようがないのではないでしょうか。

 Is this a sin or a mistake, forgivable or not?
 これは罪でしょうか、それとも間違いでしょうか、赦せることでしょうか、それとも赦せないことでしょうか。

 Does he need help or condemnation?
 彼に必要なのは助けでしょうか、それとも非難することでしょうか。

 Is it your purpose that he be saved or damned?
 あなたの目的は、彼が救われることなのでしょうか、それとも、彼が地獄に落とされることなのでしょうか。

 Forgetting not that what he is to you will make this choice your future?
 あなたにとって彼がどんな存在であるとするかということが、この選択をあなたの未来にすることになるのを忘れてはなりません。

 For you make it now, the instant when all time becomes a means to reach a goal.
 というのは、あなたが今その選択すれば、その瞬間、すべての時間が目標に達するための手段となるからです。

 Make, then, your choice.
 それでは、自分の選択をするがよいでしょう。

 But recognize that in this choice the purpose of the world you see is chosen, and will be justified.
 ただし、この選択によってあなたの見ている世界の目的が選ばれることになり、それが正当化されることになるということを忘れないでください。


名称未設定

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアルメッセージへ
にほんブログ村


ポチッとお願いします!

2air_rankクリックお願いします
関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://thereisnospoon.jp/tb.php/694-5237ee90
該当の記事は見つかりませんでした。