There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T9-1 現実の受容

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今回は、テキスト第九章から「現実を受け入れること」という一節をご紹介します。





Chapter 9 The Acceptance of the Atonement

テキスト第九章 贖罪の受容

I. The Acceptance of Reality
一 現実を受け入れること





1. Fear of the Will of God is one of the strangest beliefs the human mind has ever made.
 神の大いなる意志恐れることは、これまでに人の心が作り出してきた信念の中でも最も不可解な信念の一つです。

 It could not possibly have occurred unless the mind were already profoundly split, making it possible for it to be afraid of what it really is.
 自分が本当は何者であるのかについて恐怖を抱きうるほどにまで心がすでに深刻な分裂を遂げていたのでなければ、神の意志恐れるという信念など生じなかったはずです。

 Reality cannot "threaten" anything except illusions, since reality can only uphold truth.
 現実真理を支持することしかできないので、幻想を除いては、現実が何ものかを「脅かす」ということはありえません。

 The very fact that the Will of God, which is what you are, is perceived as fearful, demonstrates that you are afraid of what you are.
 本当のあなたのことである神の大いなる意志が恐ろしいものとして知覚されているという、まさにその事実が、あなたが本当の自分に対して恐れを抱いていることを実証しています。

 It is not, then, the Will of God of which you are afraid, but yours.
 したがって、あなたが恐れを抱いているのは、神の大いなる意志に対してではなくて、自分の意志に対してだということになります。




2. Your will is not the ego's, and that is why the ego is against you.
 あなたの意志エゴの意志ではありません。だからこそ、エゴはあなたに逆らおうとするのです。

 What seems to be the fear of God is really the fear of your own reality.
 神に対する恐れのように見えているものは、実際にはあなた自身の本当の姿に対する恐怖なのです。

 It is impossible to learn anything consistently in a state of panic.
 恐怖によって混乱した状態では、何事であれ首尾一貫して学ぶことなど不可能です。

 If the purpose of this course is to help you remember what you are, and if you believe that what you are is fearful, then it must follow that you will not learn this course.
 たとえこのコースの目的があなたが本当の自分を思い出すことを手助けすることだとしても、もしあなたが本当の自分のことを恐ろしいものだと信じているなら、当然あなたはこのコースを学ぼうとはしないでしょう。

 Yet the reason for the course is that you do not know what you are.
 しかし、あなたが本当の自分を知らないからこそ、このコースを学ぶ必要があるのです。

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3. If you do not know what your reality is, why would you be so sure that it is fearful?
 もしあなたが本当は自分が何者であるかわかっていないのなら、どうしてあなたはそれが恐ろしいものだとそこまで確信が持てるのでしょうか。

 The association of truth and fear, which would be highly artificial at most, is particularly inappropriate in the minds of those who do not know what truth is.
 真理と恐怖を結びつけることは、好意的に見ても非常に不自然だというのがせいぜいのところで、何が真理であるか知らない者たちの心においては、ひときわ不適切なことだといえます。

 All this could mean is that you are arbitrarily associating something beyond your awareness with something you do not want.
 真理恐れを関連づけることがなんらかの意味を持ちうるとしても、それはただ、あなたが自分に自覚できないものを自分の望まないものに自分勝手に結びつけて考えているという意味くらいです。

 It is evident, then, that you are judging something of which you are totally unaware.
 そうであるなら、自分がまったく自覚してもいない何かについてあなたが価値判断して裁いているのは明らかです。

 You have set up this strange situation so that it is impossible to escape from it without a Guide Who does know what your reality is.
 あなたがこんな異常な状況を作り上げてしまったので、何があなたの本当の姿なのかを確かに知っている偉大な案内役なしには、あなたがそんな状況から脱出することは不可能になってしまっています。

 The purpose of this Guide is merely to remind you of what you want.
 この案内役である聖霊の目的は単に、あなたに自分が何を望んでいるのかを思い出させることだけです。

 He is not attempting to force an alien will upon you.
 聖霊はあなたに対して、あなたの意志とは相容れない意志を押しつけようとしているわけではありません。

 He is merely making every possible effort, within the limits you impose on him, to re-establish your own will in your awareness.
 聖霊は単に、あなたから課される制限の範囲内で、あなたが自分の意志を再び確立して自覚できるようにするために、あらゆる手立てを講じるだけです。




4. You have imprisoned your will beyond your own awareness, where it remains, but cannot help you.
 あなたは自分の意志を自分では自覚できないところに幽閉してしまっています。あなたの意志は、そこに残ったままですが、あなたを助けられずにいます。

 When I said that the Holy Spirit's function is to sort out the true from the false in your mind, I meant that he has the power to look into what you have hidden and recognize the Will of God there.
 あなたの心の中で間違いから真理を選り分けるのが聖霊の役目だと私が述べたとき、私が意味していたのは、聖霊はあなたが隠しているものを見通して、そこにおいて神の大いなる意志を見分ける力を持っているということでした。

 His recognition of this Will can make it real to you because he is in your mind, and therefore he is your reality.
 あなたが隠し持つ神の大いなる意志を見分けることによって、聖霊は、神の大いなる意志をあなたにとって現実のものにすることができます。なぜなら、聖霊はあなたの心の中におり、したがって、聖霊こそがあなたの本当の姿だからです。

 If, then, his perception of your mind brings its reality to you, he is helping you to remember what you are.
 それゆえ、もし聖霊があなたの心を知覚することであなたの心の真の姿をあなたにもたらすのなら、聖霊は確かにあなたが本当の自分を思い出す手助けをしていることになります。

 The only source of fear in this process is what you think you will lose.
 こうしたプロセスにおいてただ一つ恐れの源があるとすれば、それは、自分が失うことになってしまうとあなたが思っているものだけです。

 Yet it is only what the Holy Spirit sees that you can possibly have.
 しかし、あなたが本当に持つことができるのは、ただ聖霊が見るものだけなのです。

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5. I have emphasized many times that the Holy Spirit will never call upon you to sacrifice anything.
 何度も強調してきましたが、聖霊は絶対にあなたに何ものをも犠牲にするように要求することはありません。

 But if you ask the sacrifice of reality of yourself, the Holy Spirit must remind you that this is not God's Will because it is not yours.
 しかし、もしあなたが自分自身の真の姿を犠牲にすることを求めるなら、聖霊は、そんなことはあなたの意志ではないので、神の大いなる意志でもないことをあなたに気づかせなければなりません。

 There is no difference between your will and God's.
 あなたの意志と神の大いなる意志との間には、何の違いもありません。

 If you did not have a split mind, you would recognize that willing is salvation because it is communication.
 もしあなたが分裂した心を持っていなかったなら、あなたは意志することこそが救済であると気づいていたことでしょう。なぜなら、意志することはコミュニケーションを取ることだからです。




6. It is impossible to communicate in alien tongues.
 異なる言語を介してコミュニケーションを取るのは不可能です。

 You and your Creator can communicate through creation, because that, and only that is Your joint Will.
 あなたとあなたの大いなる創造主は、創造を通してコミュニケーションを行なうことができます。というのは、創造すること、ただそれだけがあなたと創造主の一つに結び合わさった大いなる意志だからです。

 A divided mind cannot communicate, because it speaks for different things to the same mind.
 分割された心はコミュニケーションを取ることができません。なぜなら、分割された心は同じ心に対して異なる物事を代弁して語るからです。

 This loses the ability to communicate simply because confused communication does not mean anything.
 このことは、コミュニケーションを行なう能力を失わせてしまいます。それは単純に、混乱したコミュニケーションはまったく何も意味しないからです。

 A message cannot be communicated unless it makes sense.
 そのメッセージが意味をなさないかぎり、メッセージが伝わるはずがありません。

 How sensible can your messages be, when you ask for what you do not want?
 自分の望んでもいないものを自分が求めてしまうとしたら、あなたのメッセージがどんな意味を持ちうるというのでしょうか。

 Yet as long as you are afraid of your will, that is precisely what you are asking for.
 しかし、あなたが自分の意志に恐れを抱いているかぎり、あなたが求めているのはまさに、自分が望んでもいないことなのです。

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7. You may insist that the Holy Spirit does not answer you, but it might be wiser to consider the kind of questioner you are.
 聖霊は自分に答えてくれないと、あなたは主張するかもしれません。しかし、まず、あなたがどんな種類の質問者なのか、それをよく考えてみるほうがより賢明でしょう。

 You do not ask only for what you want.
 あなたは自分の望むものだけを求めてはいません。

 This is because you are afraid you might receive it, and you would.
 それはあなたが、本当に自分の望むものを受け取ることになってしまうかもしれないと恐れているからです。そして、求めるなら、確かにあなたは受け取ることになります。

 That is why you persist in asking the teacher who could not possibly give you what you want.
 だからこそ、あなたは自分の望むものをあなたに与えてくれそうにもない教師に執拗に求めつづけているのです。

 Of him you can never learn what it is, and this gives you the illusion of safety.
 その教師からであれば、あなたは自分の望むものが何なのかを決して学ぶことはできないので、このことが、あなたに安全であるという錯覚を与えてくれます。

 Yet you cannot be safe from truth, but only in truth.
 しかし、あなたは、真理から免れて安全でいることなどできないのであって、ただ真理の中においてのみ安全でいられるのです。

 Reality is the only safety.
 現実こそ唯一の安全です。

 Your will is your salvation because it is the same as God's.
 あなたの意志こそがあなたの救いです。というのも、あなたの意志は神の意志と同じものだからです。

 The separation is nothing more than the belief that it is different.
 分離とは、あなたの意志と神の意志とは別のものだという信念にすぎません。




8. No right mind can believe that its will is stronger than God's.
 正しい心であるかぎり、自らの意志が神の意志より強いなどと信じられるはずがありません。

 If, then, a mind believes that its will is different from his, it can only decide either that there is no God or that God's Will is fearful.
 ゆえに、もしある心が自らの意志は神の意志とは違うと信じるとしたら、その心は、神は存在しないとするか、または神の意志は恐ろしいものだとするか、そのどちらかに決めることしかできません。

 The former accounts for the atheist and the latter for the martyr, who believes that God demands sacrifices.
 前者は無神論者の依って立つ基盤となり、後者は、神が犠牲を要求すると信じる殉教者の基盤となります。

 Either of these insane decisions will induce panic, because the atheist believes he is alone, and the martyr believes that God is crucifying him.
 こんな正気とは言いがたい決心は、いずれにせよ恐怖心による混乱状態を引き起こすことになります。なぜなら、無神論者は、自分は孤独だと信じるし、殉教者は神が自分を迫害していると信じるからです。

 Yet no one really wants either abandonment or retaliation, even though many may seek both.
 とはいえ、たとえ多くの者たちがその両方を求めてしまうかもしれないとしても、本当は誰も見捨てられたり、報復されたりすることを望んでなどいません。

 Can you ask the Holy Spirit for "gifts" such as these, and actually expect to receive them?
 あなたは、聖霊にこんな「贈り物」を頼んでおいて、実際に、そんなものを受け取ることができるなどと思っているのでしょうか。

 He cannot give you something you do not want.
 聖霊には、あなたが望んでいないものをあなたに与えることなどできません。

 When you ask the Universal Giver for what you do not want, you are asking for what cannot be given because it was never created.
 あなたが普遍的な与え主に自分が欲しくもないものを頼むなら、あなたは、与えられようのないものを求めていることになります。なぜなら、あなたが望まないものは創造されたことなど一度もないからです。

 It was never created, because it was never your will for you.
 それは、一度も創造されなかったのです。なぜなら、それが自分のためのあなたの意志であったことなど一度もなかったからです。

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9. Ultimately everyone must remember the Will of God, because ultimately everyone must recognize himself.
 究極的には、すべての者は必ず神の大いなる意志を思い出すことになります。なぜなら、究極的には、誰もが自分自身を認識するに違いないからです。

 This recognition is the recognition that his will and God's are one.
 この自己認識は、自分の意志と神の大いなる意志とは一つだと認めることです。

 In the presence of truth, there are no unbelievers and no sacrifices.
 真理を前にしては、不信心な者はひとりもいないし、いかなる犠牲もありません。

 In the security of reality, fear is totally meaningless.
 現実の安全さの中にあっては、恐れなど完全に無意味です。

 To deny what is can only seem to be fearful.
 実在するものを否認することが、ただ恐ろしく見えうるだけです。

 Fear cannot be real without a cause, and God is the only Cause.
 原因なしに恐れが現実になるはずがなく、そして、神こそが唯一の大いなる原因なのです。

 God is Love and you do want him.
 神は大いなる愛です。そして、あなたが神を望んでいるのは確かです。

 This is your will.
 大いなる愛である神を望むことこそ、まさにあなたの意志です。

 Ask for this and you will be answered, because you will be asking only for what belongs to you.
 これを求めなさい。そうすれば、あなたの願いは叶えられるでしょう。なぜなら、あなたはただ単に自分に属するものを求めているだけだからです。




10. When you ask the Holy Spirit for what would hurt you he cannot answer because nothing can hurt you, and so you are asking for nothing.
 あなたが自分を傷つけるようなものを聖霊に頼むなら、聖霊はそれに応えることができません。なぜなら、あなたを傷つけうるものなど何ひとつないので、あなたは無を求めていることになるからです。

 Any wish that stems from the ego is a wish for nothing, and to ask for it is not a request.
 エゴから生ずる願望はどれも無への願望であり、無を求めることは依頼することにはなりません。

 It is merely a denial in the form of a request.
 それは単に依頼をするという形で拒絶しているだけなのです。

 The Holy Spirit is not concerned with form, being aware only of meaning.
 聖霊は意味だけを感知するので、形式には関心を持ちません。

 The ego cannot ask the Holy Spirit for anything, because there is complete communication failure between them.
 エゴは、聖霊に何も頼むことはできません。なぜなら、エゴと聖霊の間にはコミュニケーションが完全に欠落しているからです。

 Yet you can ask for everything of the Holy Spirit, because your requests to him are real, being of your right mind.
 しかし、あなたは聖霊にあらゆるものを頼むことができます。なぜなら、あなたの聖霊への依頼は、あなたの正しい心から発するものなで、現実のものだからです。

 Would the Holy Spirit deny the Will of God?
 聖霊が神の大いなる意志を拒んだりするでしょうか。

 And could he fail to recognize it in his Son?
 そして、神に、わが子の中にある自らの意志に気づき損ねることなどできるでしょうか。


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11. You do not recognize the enormous waste of energy you expend in denying truth.
 あなたは、自分が真理を否認するために、どれほど途方もない無駄なエネルギーを費やしているか気づいていません。

 What would you say of someone who persists in attempting the impossible, believing that to achieve it is to succeed?
 ある人が、不可能なことを達成することこそが成功であると信じて、あくまでも不可能なことに挑戦することに固執しているとしたら、その人のことをあなたは何と評するでしょうか。

 The belief that you must have the impossible in order to be happy is totally at variance with the principle of creation.
 幸福になるために自分は不可能なものを手に入れなければならないと信じることは、創造の原理と全面的に矛盾しています。

 God could not will that happiness depended on what you could never have.
 あなたには絶対に得ることのできないものにあなたの幸福が左右されることを神が意図したはずがありません。

 The fact that God is Love does not require belief, but it does require acceptance.
 神が大いなる愛であるという事実は、信じることを必要とはしませんが、それを受け入れることを必要とするのは確かです。

 It is indeed possible for you to deny facts, although it is impossible for you to change them.
 あなたが事実を変えるということは不可能ですが、あなたには事実を否認することが可能なのは確かなことです。

 If you hold your hands over your eyes, you will not see because you are interfering with the laws of seeing.
 もしあなたが両手で自分の目を覆うなら、あなたは何も見えなくなります。なぜなら、そのとき、あなたは見るための法則を妨げているからです。

 If you deny love, you will not know it because your cooperation is the law of its being.
 もしあなたが愛を否認するなら、あなたが愛を知ることはないでしょう。なぜなら、あなたが協力することが愛が実在するための法則だからです。

 You cannot change laws you did not make, and the laws of happiness were created for you, not by you.
 あなたは自分で作っていない法則を変えることはできません。そして、幸福の法則はあなたのために創造されたものではあっても、あなたによって創造されたものではないのです。




12. Any attempt to deny what is must be fearful, and if the attempt is strong it will induce panic.
 ありのままの現実を否認しようとするのは恐ろしいことであるに違いありません。そして、もし強引にそれを試みるなら、恐怖で混乱を引き起こすことになるでしょう。

 Willing against reality, though impossible, can be made into a very persistent goal even though you do not want it.
 現実に逆らう意志を持つことは不可能なことではありますが、たとえあなたがそんなことを望んでいない場合であっても、それが非常に持続的な目標とされてしまうことがありえます。

 But consider the result of this strange decision.
 しかし、こんな奇妙な決断に導かれる結果についてよく考えてみてください。

 You are devoting your mind to what you do not want.
 あなたは、自分が望んでもいないものに自らの心を捧げているのです。

 How real can this devotion be?
 こんな献身がどうして現実のものとなりうるでしょうか。

 If you do not want it, it was never created.
 もしあなたがそれを望まないのなら、それは一度も創造されてはいないのです。

 If it were never created, it is nothing.
 もしそれが一度も創造されたことがないとすれば、それは無だということです。

 Can you really devote yourself to nothing?
 あなたは、無に対して、自分自身を本当に捧げられるでしょうか。


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13. God in his devotion to you created you devoted to everything, and gave you what you are devoted to.
 あなたに深い愛を注ぐ神は、あらゆるものに愛を捧げる存在としてあなたを創造しました。だから、神は、あなたが自らを捧げることができるものをあなたに与えてくれました。

 Otherwise you would not have been created perfect.
 そうでなかったら、あなたは完全に創造されたとはいえなかったことでしょう。

 Reality is everything, and you have everything because you are real.
 現実とはすべてのことです。そして、あなたこそが現実なので、あなたはすべてを持っているということになります。

 You cannot make the unreal because the absence of reality is fearful, and fear cannot be created.
 あなたは実在しないものを作り出すことはできません。なぜなら、実在性を欠いた状態は恐れに満ちていますが、恐れが創造されることなどありえないことだからです。

 As long as you believe that fear is possible, you will not create.
 恐れることは可能だとあなたが信じるかぎり、あなたが創造することはないでしょう。

 Opposing orders of reality make reality meaningless, and reality is meaning.
 現実に相対立する序列があるとすれば、現実は無意味なものになってしまいます。そして、現実とは意味のことです。




14. Remember, then, that God's Will is already possible, and nothing else will ever be.
 それゆえに、神の大いなる意志は予てより可能なことであり、神の意志以外のなんらかの意志が可能になることなど永遠にないことを覚えておいてください。

 This is the simple acceptance of reality, because only that is real.
 これは、現実をただ単に受け入れることです。なぜなら、それだけが実在することだからです。

 You cannot distort reality and know what it is.
 あなたは、現実を歪めておいて、何が本当にあるものなのか知ることはできません。

 And if you do distort reality you will experience anxiety, depression and ultimately panic, because you are trying to make yourself unreal.
 そして、もしあなたが現実を歪曲するなら、あなたは不安になったり、憂鬱になったり、究極的にはパニックに陥ることでしょう。なぜなら、あなたは自分自身を実在しないものにしようとしているわけだからです。

 When you feel these things, do not try to look beyond yourself for truth, for truth can only be within you.
 あなたがこれらの感情を抱くとき、真理を自分自身を越えたところに探そうとしてはなりません。なぜなら、真理はあなたの中にのみ在ることができるものだからです。

 Say, therefore:
 ゆえに、次のように言いなさい。



Christ is in me, and where he is God must be, for Christ is part of him.
キリストは私の中にいる。そして、キリストがいるところにこそ神がいるに違いない。なぜなら、キリストは神の一部だからだ。



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