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T15-4 神聖な瞬間を実践する

今回は、テキスト第十五章から、「神聖瞬間の実践」という一節をご紹介します。




テキスト第十五章

IV. Practicing the Holy Instant
四 神聖瞬間の実践







1. This course is not beyond immediate learning, unless you believe that what God wills takes time.
 あなたが神が意図することには時間がかかるものと信じているのでないかぎり、このコースは即座に習得できないものではありません。

 And this means only that you would rather delay the recognition that His Will is so.
 そして、あなたが神が意図することには時間がかかると信じることは、単にあなたが神の大いなる意志をありのままに認めることを先送りしたいと思っていることを意味するにすぎません。

 The holy instant is this instant and every instant.
 神聖瞬間とは、この一瞬のことであり、そして、すべての瞬間のことです。

 The one you want it to be it is.
 あなたが神聖瞬間であってほしいと願うその一瞬こそが神聖瞬間となります。

 The one you would not have it be is lost to you.
 あなたが神聖瞬間にしたくないと思う瞬間はあなたから失われてしまいます。

 You must decide when it is.
 あなたは神聖な瞬間をいつにするのか自分で決めなければなりません。

 Delay it not.
 この決断を遅らせないでください。

 For beyond the past and future, where you will not find it, it stands in shimmering readiness for your acceptance.
 なぜなら、あなたが神聖な瞬間を見出すことのできない過去や未来を超越したところで、神聖な瞬間は準備を整えてきらきらと輝きながら、あなたに受け入れられるのを待ち構えているからです。

 Yet you cannot bring it into glad awareness while you do not want it, for it holds the whole release from littleness.
 ただし、あなたが望まないかぎり、あなたは神聖な瞬間を喜びに満ちて自覚することはできません。というのは、神聖な瞬間は卑小さからの完全な解放を秘めているからです。




2. Your practice must therefore rest upon your willingness to let all littleness go.
 したがって、あなたが実践するかしないかは、あなたがすべての卑小さを放棄する意欲を持つかどうかにかかっています。

 The instant in which magnitude dawns upon you is but as far away as your desire for it.
 あなたに偉大さがわかりはじめることになるその瞬間がいつ到来するかは、ただあなたが偉大さを切望する度合いに応じて決まります。

 As long as you desire it not and cherish littleness instead, by so much is it far from you.
 あなたが偉大さを望まず、代わりに卑小なものを大切にしている間は、それだけ神聖な瞬間はあなたから遠のいてしまいます。

 By so much as you want it will you bring it nearer.
 あなたが強く望めば望むほど、あなたは神聖な瞬間を自分の近くに引き寄せることになります。

 Think not that you can find salvation in your own way and have it.
 ただし、あなたの自己流のやり方で救いを見出して、救いを自分のものにできると思ってはなりません。

 Give over every plan you have made for your salvation in exchange for God's.
 そうではなく、神の計画と引き換えに、自分が救われるためにあなたが自分で作り出した計画をひとつ残らず手放してください。

 His will content you, and nothing else can bring you peace.
 神の計画はあなたを満足させてくれますが、ほかのものは何ひとつあなたに平安をもたらすことはできません。

 For peace is of God, and no one beside Him.
 というのも、平安は神から生じ、神以外の何ものからも生じないからです。


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3. Be humble before Him, and yet great in Him.
 神を前にしては謙虚でありなさい。それでもなお、神の内にあっては偉大でありなさい。

 And value no plan of the ego before the plan of God.
 そして、神の計画を差し置いて、エゴのどんな計画にも価値を置いてはなりません。

 For you leave empty your place in His plan, which you must fill if you would join with me, by your decision to join in any plan but His.
 というのは、あなたが神の計画以外のどんな計画であれ、それに加わる決心をするなら、あなたは、もしあなたが私に協力するつもりでいるなら神の計画の中であなたが占めなければならない自分の持ち場を空けたままにすることになってしまうからです。

 I call you to fulfill your holy part in the plan that He has given to the world for its release from littleness.
 神がこの世界を卑小さから解放するために与えてくれた計画に加わってあなたの神聖な役割を全うするようにと、私はあなたに呼びかけているのです。

 God would have His host abide in perfect freedom.
 神は自らをもてなし宿す者を、完璧な自由の中に住まわせてくれます。

 Every allegiance to a plan of salvation apart from Him diminishes the value of His Will for you in your own mind.
 あなたが神から離れた救いの計画に忠誠を誓うたびに、あなた自身の心の中で、あなたにとって神の大いなる意志が持つ価値を減ずることになります。

 And yet it is your mind that is the host to Him.
 しかし、それでも依然として、あなたの心こそが神をもてなし宿す主なのです。




4. Would you learn how perfect and immaculate is the holy altar on which your Father has placed Himself?
 あなたは自らの大いなる父が自身を託す聖なる祭壇がどれほど完璧で一点の穢れもないものであるか学びたくはないでしょうか。

 This you will recognize in the holy instant, in which you willingly and gladly give over every plan but His.
 神聖な瞬間の中で、あなたはこのことを認識することになります。そして、その瞬間の中で、あなたは自発的に喜んで神の計画以外の計画をひとつ残らず手放すでしょう。

 For there lies peace, perfectly clear because you have been willing to meet its conditions.
 というのは、あなたは平安の条件を自ら進んで満たそうとしてきたので、そこには、完璧なまでに明らかに、平安が存在しているからです。

 You can claim the holy instant any time and anywhere you want it.
 あなたが望むなら、いつであろうとどこであろうと、あなたは神聖な瞬間を得ることができます。

 In your practice, try to give over every plan you have accepted for finding magnitude in littleness.
 あなたが神聖な瞬間を実践する際には、卑小さの中に偉大さを見出そうとしてあなたが受け入れてきた計画のすべてを手放すように努めなさい。

 It is not there.
 偉大さは、そこにはありません。

 Use the holy instant only to recognize that you alone cannot know where it is, and can only deceive yourself.
 あなたひとりでは偉大さがどこにあるのか知ることはできず、ただ自分自身を欺くことしかできないと気づくためにだけ神聖な瞬間を用いてください。

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5. I stand within the holy instant, as clear as you would have me.
 私は、あなたが望むだけの明瞭さで、神聖な瞬間の中に立っています。

 And the extent to which you learn to accept me is the measure of the time in which the holy instant will be yours.
 そして、あなたが私をどの程度まで受け入れることを学ぶかが、神聖な瞬間があなたのものになるまでに要する時間を示す尺度となります。

 I call to you to make the holy instant yours at once, for the release from littleness in the mind of the host of God depends on willingness, and not on time.
 神聖な瞬間を今すぐに自分のものにするようにと、私はあなたに呼びかけています。なぜなら、神を宿しもてなす者の心が卑小なものから解放されるかどうかは、時間にかかっているのではなくて、彼の意欲にかかっているからです。




6. The reason this course is simple is that truth is simple.
 このコースが単純である理由は、真理というものが単純なものだからです。

 Complexity is of the ego, and is nothing more than the ego's attempt to obscure the obvious.
 複雑さはエゴから生じるのであり、明白なものを不明瞭にしようとするエゴの企てでしかありません。

 You could live forever in the holy instant, beginning now and reaching to eternity, but for a very simple reason.
 あなたは、今を起源として永遠へと至る神聖な瞬間の中に永久に生きることができます。もっとも、その理由はきわめて単純なものです。

 Do not obscure the simplicity of this reason, for if you do, it will be only because you prefer not to recognize it and not to let it go.
 この理由の単純さを不明瞭にしてはなりません。というのは、もしあなたが理由の単純さを覆い隠そうとするなら、その理由は、単にあなたが、できればその理由の単純さを認めたくないし、単純なままにしておきたくないと思っているからでしかないからです。

 The simple reason, simply stated, is this: The holy instant is a time in which you receive and give perfect communication.
 この単純な理由は、簡単に次のように述べることができます。すなわち、神聖な瞬間とは、あなたが完璧なコミュニケーションを受け取り与える時間だということです。

 This means, however, that it is a time in which your mind is open, both to receive and give.
 このことが意味するのは、とにかく、神聖な瞬間とは、あなたの心が受け取ることと与えることの両方に対して開かれる時間であるということです。

 It is the recognition that all minds are in communication.
 神聖な瞬間は、すべての心はコミュニケーションを保っていると認識することなのです。

 It therefore seeks to change nothing, but merely to accept everything.
 したがって、神聖な瞬間は、何ひとつ変えようとすることはなく、ただあらゆるものを受け入れようとするのです。

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7. How can you do this when you would prefer to have private thoughts and keep them?
 あなたが自分だけのプライベートな思いを抱き、それを秘密のままに保つことを選びたいと思っているとすれば、そんなあなたに、どうしてあらゆるものを受け入れることができるでしょうか。

 The only way you could do that would be to deny the perfect communication that makes the holy instant what it is.
 あなたが私的な思いを自分だけで持つということを可能にするために、あなたにできる唯一の方法といえば、神聖な瞬間をあるがままの姿にする完全なコミュニケーションを拒絶することだけです。

 You believe you can harbor thoughts you would not share, and that salvation lies in keeping thoughts to yourself alone.
 あなたは自分には自分が共有したくない思いを隠し持っておくことができるし、そんな思いを自分ひとりの心にだけ保っておくことにこそ救いを見出せると信じています。

 For in private thoughts, known only to yourself, you think you find a way to keep what you would have alone, and share what you would share.
 というのは、プライベートな思いの中であれば、自分しか知る者はいないので、自分ひとりだけで保っておきたいことは保持しておきながら、他の者と共有したいと思うことだけを共有するための方法を自分は見出せるとあなたは思い込んでいるからです。

 And then you wonder why it is that you are not in full communication with those around you, and with God Who surrounds all of you together.
 それでいながら、あなたは、どうして自分は周りの者たちと、そして、自分や周りの者たち全員を一緒に包み込んでいる神と、十分なミュニケーションを取ることができないのだろうかと不思議に思っているのです。




8. Every thought you would keep hidden shuts communication off, because you would have it so.
 あなたが隠したままにしておこうとする思いの一つひとつがコミュニケーションを断絶させてしまいます。なぜなら、あなたがそのようにしておくことを意図したからです。

 It is impossible to recognize perfect communication while breaking communication holds value to you.
 コミュニケーションを途絶することがあなたにとって価値を持っている間は、完全なコミュニケーションを認識するのは不可能です。

 Ask yourself honestly, "Would I want to have perfect communication, and am I wholly willing to let everything that interferes with it go forever? "
 あなた自身に正直に尋ねてみなさい。「私は完全なコミュニケーションを望んでいるだろうか。そして、私は完全なコミュニケーションを妨害するものすべてを永久に手放したいと心の底から望んでいるだろうか」と。

 If the answer is no, then the Holy Spirit's readiness to give it to you is not enough to make it yours, for you are not ready to share it with Him.
 その答えがノーだとすれば、完全なコミュニケーションをあなたに与えるための準備が聖霊の側に整っていても、それだけでは完全なコミュニケーションをあなたのものにするには十分ではありません。なぜなら、完全なコミュニケーションを聖霊と共有する準備があなたの側にできていないからです。

 And it cannot come into a mind that has decided to oppose it.
 そして、完全なコミュニケーションは、それに抵抗すると決めた心の中には入り込むことができません。

 For the holy instant is given and received with equal willingness, being the acceptance of the single Will that governs all thought.
 というのも、神聖な瞬間は、すべての思いを統べる唯一の大いなる意志を受け入れることなので、与えられるにも、受け取られるにも等しい意欲をもってなされるものだからです。

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9. The necessary condition for the holy instant does not require that you have no thoughts that are not pure.
 神聖な瞬間のための必要条件として、あなたが不浄な思いを一切持っていないことが求められるわけではありません。

 But it does require that you have none that you would keep.
 もっとも、神聖な瞬間の必要条件として、あなたが不浄な思いを保ちたいという意図を一切持たないことが求められるのは確かです。

 Innocence is not of your making.
 潔白であることは、あなたが自分で作り出すものではありません。

 It is given you the instant you would have it.
 潔白さは、あなたが潔白さを得たいと意図した瞬間にあなたに与えられるものです。

 Atonement would not be if there were no need for it.
 贖罪は、その必要が存在しなかったら、存在しなかったはずです。

 You will not be able to accept perfect communication as long as you would hide it from yourself.
 あなたが完全なコミュニケーションを自分から隠そうとしているかぎり、あなたは完全なコミュニケーションを受け入れることはできません。

 For what you would hide is hidden from you.
 というのも、あなたが隠そうと思うものは、あなたから隠されてしまうからです。

 In your practice, then, try only to be vigilant against deception, and seek not to protect the thoughts you would keep to yourself.
 それゆえ、あなたが神聖な瞬間を実践するに際しては、ただ自己欺瞞に警戒し、あなたが自分だけの胸に秘めておこうとする思考を守ろうとしないようにしてください。

 Let the Holy Spirit's purity shine them away, and bring all your awareness to the readiness for purity He offers you.
 聖霊の清らかさの輝きに、そんな思考を追い払ってもらいなさい。そして、聖霊があなたに差し出してくれる清らかさを受け入れる用意を整えることに全意識を集中させてください。

 Thus will He make you ready to acknowledge that you are host to God, and hostage to no one and to nothing.
 こうして、聖霊は、あなたが神を宿しもてなす者であり、誰の虜でもなく何ものにも束縛されない存在であると承認するための準備を整えさせてくれます。


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