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T18-4 ささやかな意欲

今回は、テキスト第十八章から「ささやかな意欲」という一節をご紹介します。




テキスト第十八章

IV. The Little Willingness
四 ささやかな意欲



1. The holy instant is the result of your determination to be holy.
 神聖な瞬間は、神聖であろうとあなたが決意した結果です。

 It is the answer.
 神聖な瞬間は答えです。

 The desire and the willingness to let it come precede its coming.
 その一瞬を招きたいという願望と意欲が、その一瞬の到来に先行します。

 You prepare your mind for it only to the extent of recognizing that you want it above all else.
 あなたは、自分がその一瞬をほかの何にもまして望んでいると認識する程度まで、その瞬間のために自分の心を準備することになります。

 It is not necessary that you do more; indeed, it is necessary that you realize that you cannot do more.
 あなたは、それ以上のことをする必要はありません。それどころか、自分にはそれ以上のことはできないのだと悟ることこそ必要です。

 Do not attempt to give the Holy Spirit what he does not ask, or you will add the ego to him and confuse the two.
 聖霊が求めてもいないものを聖霊に渡そうとしないことです。さもないと、あなたは、聖霊にエゴを付け加えようとすることになり、聖霊とエゴを混同してしまうことになります。

 He asks but little.
 聖霊は、ほんのわずかなことしか求めていません。

 It is he who adds the greatness and the might.
 偉大さや力を付加してくれるのは、聖霊のほうです。

 He joins with you to make the holy instant far greater than you can understand.
 神聖な瞬間をあなたの理解をはるかに越えた偉大なものにするために、聖霊はあなたとひとつに結びついてくれます。

 It is your realization that you need do so little that enables him to give so much.
 なすべきことが自分にはほとんどないと気づくことが、聖霊があなたに本当に多くのものを与えることを可能にするのです。


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2. Trust not your good intentions.
 自分の善意を信用しないでください。

 They are not enough.
 善意だけでは足りません。

 But trust implicitly your willingness, whatever else may enter.
 しかし、ほかにどんなことが思い浮かぼうとも、自分の意欲だけは無条件に信頼してください。

 Concentrate only on this, and be not disturbed that shadows surround it.
 この自分の意欲のみに心を集中して、自分の意欲を取り囲んでいる影に心乱されないようにしてください。

 That is why you came.
 影があなたの意欲を取り囲んでいるからこそ、あなたはここに来たのです。

 If you could come without them you would not need the holy instant.
 もしあなたがそんな影を伴わずに来られたなら、あなたには神聖な瞬間は必要なかったことでしょう。

 Come to it not in arrogance, assuming that you must achieve the state its coming brings with it.
 神聖な瞬間がもたらす境地を自分で獲得しなければならないと思いこむような傲慢さを抱くことなく、神聖な瞬間に臨んでください。

 The miracle of the holy instant lies in your willingness to let it be what it is.
 神聖な瞬間という奇跡は、その一瞬をあるがままにさせようとするあなたの意欲にかかっています。

 And in your willingness for this lies also your acceptance of yourself as you were meant to be.
 そして、神聖な瞬間をあるがままにさせようとするあなたの意欲の中には、自分自身を本来意図されたままの姿で受け入れようとするあなたの意欲もまた見出すことができます。




3. Humility will never ask that you remain content with littleness.
 謙虚さは、決してあなたに、卑小さで満足したままでいるように求めることはありません。

 But it does require that you be not content with less than greatness that comes not of you.
 しかし、謙虚であるには、あなたに由来するのではない偉大さに及ばないものであなたが満足しないことが絶対に必要です。

 Your difficulty with the holy instant arises from your fixed conviction that you are not worthy of it.
 あなたにとって神聖な瞬間の実現が難しいのは、自分は神聖な瞬間に値しないとあなたが頑なに信じこんでいることに起因します。

 And what is this but the determination to be as you would make yourself?
 そして、このことは、あなたが自分自身をこのように作り替えたいという姿のままにしておこうという決心以外の何ものでもないでしょう。

 God did not create his dwelling place unworthy of him.
 神は、自分にふさわしくない住み処など創造しませんでした。

 And if you believe he cannot enter where he wills to be, you must be interfering with his will.
 だから、もしあなたが神が神自身がいたいと意図するところに入ることができないと信じているなら、あなたは神の意志を妨げているに違いありません。

 You do not need the strength of willingness to come from you, but only from his will.
 あなたには、自分から生み出す意欲の強さなど必要ありません。あなたに必要なのはただ神の意志から来る意欲の力だけなのです。

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4. The holy instant does not come from your little willingness alone.
 神聖な瞬間は、あなたのささやかな意欲だけから生じるのではありません。

 It is always the result of your small willingness combined with the unlimited power of God's Will.
 神聖な瞬間はつねに、あなたのささやかな意欲が神の大いなる意志の無限の力と結び合さった結果なのです。

 You have been wrong in thinking that it is needful to prepare yourself for him.
 あなたはこれまで、神のために自分自身の準備を整える必要があると思いこんできましたが、それは間違いだったのです。

 It is impossible to make arrogant preparations for holiness, and not believe that it is up to you to establish the conditions for peace.
 傲慢にも自力で神聖さを得ようとする準備をしておきながら、平安を得るための条件を定めるのは自分次第だと信じずにいることなど不可能です。

 God has established them.
 平安の条件は、すでに神が確立しています。

 They do not wait upon your willingness for what they are.
 平安の条件が何であるかは、あなたの意欲を待って決まるわけではないのです。

 Your willingness is needed only to make it possible to teach you what they are.
 あなたの意欲が必要なのは、ただ単に、平安の条件が何なのかを、あなたに教えることを可能にするためにすぎません。

 If you maintain you are unworthy of learning this, you are interfering with the lesson by believing that you must make the learner different.
 もしあなたが自分は平安の条件を学ぶに値しないと言い張るなら、あなたは、自分が学習者を違うものへと変えなければならないと信じることによって、そのレッスンを学ぶことを妨げていることになります。

 You did not make the learner, nor can you make him different.
 あなたが学習者を作ったのではないし、あなたには学習者を違うものに変えることもできません。

 Would you first make a miracle yourself, and then expect one to be made for you?
 あなたは、自分で先に奇跡を起こしておきながら、そのあとになって、自分のために奇跡を起こしてもらうことを待ち望んだりするでしょうか。




5. You merely ask the question.
 あなたは単に質問するだけでよいのです。

 The answer is given.
 その答えは与えられます。

 Seek not to answer, but merely to receive the answer as it is given.
 自分で答えようとするのではなく、ただ与えられるままに、その答えを受け取ってください。

 In preparing for the holy instant, do not attempt to make yourself holy to be ready to receive it.
 神聖な瞬間の到来に備えるに際して、神聖な瞬間を受け取るための準備として自分自身を神聖にしようとなど試みてはなりません。

 That is but to confuse your role with God's.
 そんなことをしても、それはあなたの役割と神の役割を混同するだけです。

 Atonement cannot come to those who think that they must first atone, but only to those who offer it nothing more than simple willingness to make way for it.
 自分こそ真っ先に償いをしなければならないと思っている者の許へと贖罪はやってくることはできません。贖罪はただ、償いのために道を譲る単純な意欲だけを捧げる者の許にのみやってきます。

 Purification is of God alone, and therefore for you.
 浄化は神のみに由来するものであり、したがって、あなたのためのものです。

 Rather than seek to prepare yourself for him, try to think thus:
 自分自身を神のために準備しようとするよりも、むしろ次のように考えるように努めてください。


I who am host to God am worthy of him.
神を宿しもてなす者である私は、神にふさわしい。

He who established His dwelling place in me created it as he would have it be.
私の中に自らの住み処を定めた神は、神がその住み処をこうしたいと望むとおりに創造したのだ。

It is not needful that I make it ready for him, but only that I do not interfere with his plan to restore to me my own awareness of my readiness, which is eternal.
私が神のためにその住み処を用意する必要はない。私に必要なのは、ただ私の準備が永遠に整っているという自覚を私自身に取り戻させようとする神の計画の邪魔をしないことだけだ。

I need add nothing to his plan.
私は、神の計画に何ひとつ付け加える必要はない。

But to receive it, I must be willing not to substitute my own in place of it.
ただし、神の計画を受け取るために、私は絶対に、神の計画に代えて自分の計画で代用させないという意欲を持たなければならない。

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6. And that is all.
 これだけです。

 Add more, and you will merely take away the little that is asked.
 これ以上、何かを付け加えるなら、あなたは、求められているわずかなことすら取り去ってしまうだけです。

 Remember you made guilt, and that your plan for the escape from guilt has been to bring Atonement to it, and make salvation fearful.
 あなたが自分で罪悪感を作り出したことを思い出してください。そして、その罪悪感から逃れるためのあなたの計画は、贖罪を罪の許へともたらし、救済を恐れに満ちたものにすることだったということを思い出してください。

 And it is only fear that you will add, if you prepare yourself for love.
 だから、もしあなたが愛のために自分自身を準備しようとしても、それは単に恐怖心を増すことにしかなりません。

 The preparation for the holy instant belongs to him who gives it.
 神聖な瞬間のための準備は、それを与えてくれる聖霊に任せておけばよいのです。

 Release yourself to him whose function is release.
 解放することを役割とする聖霊に、あなた自身を明け渡してください。

 Do not assume his function for him.
 聖霊に代わって聖霊の役割を勝手に引き取ろうとしないでください。

 Give him but what he asks, that you may learn how little is your part, and how great is his.
 聖霊から求められるものだけを聖霊に捧げなさい。そうすれば、あなたにも、自分の役割がいかに小さく、聖霊の役割がいかに大きいか学べるでしょう。




7. It is this that makes the holy instant so easy and so natural.
 このことは、神聖な瞬間を本当に容易で実に自然なものにします。

 You make it difficult because you insist there must be more that you need do, and it is very hard for you to realize it is not personally insulting that your contribution and the Holy Spirit's are so extremely disproportionate.
 神聖な瞬間を難しいものにしてしまうのはあなたなのです。なぜなら、あなたは自分がなさなければならないことがもっとあるはずだと執拗にこだわっているので、あなたにとっては、自分の貢献と聖霊の貢献の度合いが実に極端なまでに不均衡であることが個としての自分が蔑ろにされているわけではないと理解するのがきわめて困難だからです。

 You are still convinced that your understanding is a powerful contribution to the truth, and makes it what it is.
 あなたは依然として、自分が理解することこそが、真理に到達するうえでの大きな要因なのであって、真理をあるがままの真理たらしめるものであるはずだと確信しています。

 Yet we have emphasized that you need understand nothing.
 しかし、私たちがすでに強調しておいたように、あなたは何も理解する必要はないのです。

 Salvation is easy just because it asks nothing you cannot give right now.
 救済が容易であるのは、単に、救済はあなたが今すぐに差し出せないようなものを何も要求しないからです。


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8. Forget not that it has been your decision to make everything that is natural and easy for you impossible.
 あなたにとって自然で簡単な物事を、ことごとく不可能にしてしまうのは、あなた自身の決断だったことを忘れないでください。

 If you believe the holy instant is difficult for you, it is because you have become the arbiter of what is possible, and remain unwilling to give place to One Who knows.
 もしあなたが神聖な瞬間が自分にとって難しいことだと信じているとすれば、それはあなたが何が可能であるかを決める最終権威者となり、それを知る大いなる存在にその権威を渡そうとしないでいるからなのです。

 The whole belief in orders of difficulty in miracles is centered on this.
 奇跡に難しさの序列があるという信念の全体は、このことを中核としています。

 Everything God wills is not only possible, but has already happened.
 神が意図することは何ごとであれ、単に可能であるだけでなく、すでに起こっていることなのです。

 And that is why the past has gone.
 これが、過去が過ぎ去っている理由です。

 It never happened in reality.
 現実においては、過去は一度も起こっていないのです。

 Only in your mind, which thought it did, is its undoing needful.
 過去を取り消すことが必要なのは、過去が起こったと思ったあなた心の中においてのみのことです。


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