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T22-2 あなたの兄弟が無罪であること

今回はテキスト第二十二章から「あなたの兄弟無罪であること」という一節をご紹介します。




テキスト第二十二章

II. Your Brother's Sinlessness
二 あなたの兄弟無罪であること




1. The opposite of illusions is not disillusionment but truth.
 幻想の反対は、幻想から目覚めて幻滅することではなく、真理です。

 Only to the ego, to which truth is meaningless, do they appear to be the only alternatives, and different from each other.
 エゴにとって真理は無意味なので、ただそんなエゴにとってのみ、幻想と幻滅しか選択肢がなく、両者は違うものであるように思えます。

 In truth they are the same.
 実際のところ、両者は同じものです。

 Both bring the same amount of misery, though each one seems to be the way to lose the misery the other brings.
 それぞれが、もう一方がもたらす悲惨さをなくす方法であるかのように見えてはいても、どちらも同じくらいの悲惨さをもたらすことになります。

 Every illusion carries pain and suffering in the dark folds of the heavy garments in which it hides its nothingness.
 一つひとつの幻想は、その幻想が虚無であることを隠している重苦しい覆いの奥深い襞の中に、苦痛や苦悩を携えています。

 Yet by these dark and heavy garments are those who seek illusions covered, and hidden from the joy of truth.
 しかし、幻想を求める者は、こうした暗くて重苦しい覆いによって包み込まれているせいで、真理の喜びを知らないままにされています。

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2. Truth is the opposite of illusions because it offers joy.
 真理は、喜びを差し延べるがゆえに、幻想の反対だといえます。

 What else but joy could be the opposite of misery?
 喜び以外のいったい何が、悲惨さの反対になりうるでしょうか。

 To leave one kind of misery and seek another is hardly an escape.
 ある種の苦難から逃れて、別の苦難を探すことは、とうていその惨めさからの脱出とはいえません。

 To change illusions is to make no change.
 幻想と幻想を交換することは、何も変えないことです。

 The search for joy in misery is senseless, for how could joy be found in misery?
 苦難の中に喜びを探し出そうとするのは無意味なことです。どうして悲惨さの中に喜びが見つかるでしょうか。

 All that is possible in the dark world of misery is to select some aspects out of it, see them as different, and define the difference as joy.
 悲惨な闇の世界においてできることといえば、そんな世界からいくつかの側面を選び出して、それらの側面を他の側面とは違うものとみなして、その相違のことを喜びとして定義することくらいです。

 Yet to perceive a difference where none exists will surely fail to make a difference.
 しかし、何の相違も存在しないところに、相違があるとみなそうとしても、相違を作り出し損ねるのは目に見えています。




3. Illusions carry only guilt and suffering, sickness and death, to their believers.
 幻想はその信奉者たちに、ただ罪悪感や苦しみや病気や死だけをもたらします。

 The form in which they are accepted is irrelevant.
 どんな形で幻想が受け入れられるかは重要ではありません。

 No form of misery in reason's eyes can be confused with joy.
 理性の目で見れば、惨めさはいかなる形をとろうとも、喜びと混同されるはずがありません。

 Joy is eternal.
 喜びは永遠に続くものです。

 You can be sure indeed that any seeming happiness that does not last is really fear.
 実際、一見どんなに幸せに思えるとしても、それが長続きしないなら、そんな思いは、実は恐れであることにあなたは確信を持ってよいのです。

 Joy does not turn to sorrow, for the eternal cannot change.
 永遠であるものは変化することはできないので、喜びが悲しみに変わるということはありません。

 But sorrow can be turned to joy, for time gives way to the eternal.
 しかし、悲しみは喜びに変わることができます。なぜなら、時間は永遠へと道を譲るからです。

 Only the timeless must remain unchanged, but everything in time can change with time.
 時間を超えるものだけが、変化することなく存続するに違いありません。しかし、時間の中にあるすべてのものは、時間と共に変化しうるものです。

 Yet if the change be real and not imagined, illusions must give way to truth, and not to other dreams that are but equally unreal.
 しかし、もしその変化が想像上のものではなく本物であるとすれば、幻想は、同様に本物ではない別の夢にではなく、真理に道を譲るはずです。

 This is no difference.
 幻想が別の夢に変わったところで、何の違いもないからです。

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4. Reason will tell you that the only way to escape from misery is to recognize it and go the other way.
 理性はあなたに、惨めさから逃れる唯一の方法は、惨めであることを認めて、別の道を行くことにすることだと教えてくれます。

 Truth is the same and misery the same, but they are different from each other in every way, in every instance and without exception.
 真理はどれも同じものであり、惨めさもどれも同じです。しかし、真理と悲惨さの二つは、すべての点において、どの一瞬においても異なっており、このことにはいかなる例外もありません。

 To believe that one exception can exist is to confuse what is the same with what is different.
 例外がひとつでもありうると信じることは、同じであるものを違っているものとして混同することです。

 One illusion cherished and defended against the truth makes all truth meaningless, and all illusions real.
 ひとつでも幻想を大切にして、それを真理に対抗して防衛するなら、それがすべての真理を無意味にし、すべての幻想を本物にしてしまいます。

 Such is the power of belief.
 これこそ、信念の力です。

 It cannot compromise.
 信念は、妥協することなどできません。

 And faith in innocence is faith in sin, if the belief excludes one living thing and holds it out, apart from its forgiveness.
 そして、潔白さを信頼したとしても、もしその信念がひとつでも生命あるものを締め出して、それを拒絶して、それに赦しを与えずにおくなら、それはを信じることになります。




5. Both reason and the ego will tell you this, but what they make of it is not the same.
 理性とエゴの両方があなたにこれについて教えようとします。しかし、両者の解釈の仕方は同じではありません。

 The ego will assure you now that it is impossible for you to see no guilt in anyone.
 エゴは今こそ、あなたが誰に目を向けようとも、あなたにはその人の中に罪悪感を見ずにいることなど不可能だと請け合います。

 And if this seeing is the only means by which escape from guilt can be attained, then the belief in sin must be eternal.
 そしてもし、こんな見方が罪悪感からの脱出を達成しうる唯一の手段だとすれば、に対する信念は永遠に続くに違いないということになります。

 Yet reason looks on this another way, for reason sees the source of an idea as what will make it either true or false.
 しかし、理性はこれを別の見方で見ます。なぜなら、理性は、ある想念を正しいものにするのも間違ったものにするのも、その想念の源次第だと見ているからです。

 This must be so, if the idea is like its source.
 もし想念がその源と同質のものだとすれば、このことは確かにその通りのはずです。

 Therefore, says reason, if escape from guilt was given to the Holy Spirit as his purpose, and by one to whom nothing he wills can be impossible, the means for its attainment are more than possible.
 したがって、理性は、もし罪悪感から逃れることが聖霊に授けられた目的であったなら、そして、自らが意図することに何ひとつ不可能なことなどない大いなる存在がそれを聖霊に授けたのであったなら、その目的を達成するための手段があるのは確かなはずだと言います。

 They must be there, and you must have them.
 そのような手段は確かに存在し、あなたはその手段を持っているに違いないのです。


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6. This is a crucial period in this course, for here the separation of you and the ego must be made complete.
 これは、このコースの教えを学ぶうえで、きわめて決定的な段階です。というのも、ここであなたとエゴの分離が完了されなければならないからです。

 For if you have the means to let the Holy Spirit's purpose be accomplished, they can be used.
 というのは、もしあなたが聖霊の目的を達成させる手段を持っているとすれば、それらの手段を使うことができるはずだからです。

 And through their use will you gain faith in them.
 そして、あなたはそうした手段を使うことを通して、それらの手段のことを信頼するようになるでしょう。

 Yet to the ego this must be impossible, and no one undertakes to do what holds no hope of ever being done.
 ただし、エゴにとっては、こうしたことは不可能なはずです。そして誰も、決して成し遂げられる見込みがまったくないようなことに取りかかろうとする者はいません。

 You know what your Creator wills is possible, but what you made believes it is not so.
 あなたは自らの大いなる創造主が意図することは可能だとわかっています。しかし、あなたの作り出した自己像はそうではないと信じています。

 Now must you choose between yourself and an illusion of yourself.
 今こそ、あなたは自分自身と自分自身だと錯覚している幻想との間で、そのどちらかを選択しなければなりません。

 Not both, but one.
 両方ではなく、一方のみです。

 There is no point in trying to avoid this one decision.
 この決断を避けようとすることには、何の意味もありません。

 It must be made.
 この決断は必ず下さなければならないものです。

 Faith and belief can fall to either side, but reason tells you misery lies only on one side and joy upon the other.
 あなた自身とあなた自身についての幻想のどちらも、信頼して信じることはできます。しかし、理性は一方にのみ悲惨さがあり、他方には喜びが見出せることを教えてくれます。




7. Forsake not now your brother.
 今になって、あなたの兄弟を見捨てないでください。

 For you who are the same will not decide alone nor differently.
 というのは、同じものであるあなたと兄弟は、ひとりきりで決めるのでも、それぞれに違ったふうに決めるのでもないからです。

 Either you give each other life or death; either you are each other's savior or his judge, offering him sanctuary or condemnation.
 あなたたちはお互いに、生命か死のいずれかを与え合うことになります。すなわち、あなたたちはお互いに相手にとっての救い主か裁き主となり、相手に対して庇護を提供するか有罪判決を言い渡すことになります。

 This course will be believed entirely or not at all.
 このコースは、全面的に信じられるかまったく信じられないか、そのいずれかです。

 For it is wholly true or wholly false, and cannot be but partially believed.
 なぜなら、このコースは全面的に真実か、全面的に間違っているかのどちらかであり、ただ部分的にだけ信じるということができないものだからです。

 And you will either escape from misery entirely or not at all.
 だから、あなたは悲惨さから完全に脱出するか、まったく逃れられないかのどちらかでしかないのです。

 Reason will tell you that there is no middle ground where you can pause uncertainly, waiting to choose between the joy of Heaven and the misery of hell.
 理性はあなたに、天国の喜びと地獄の惨めさのどちらを選ぼうか確信のないまま立ち止まって待っていられる中間地帯など存在しないと告げます。

 Until you choose Heaven, you are in hell and misery.
 つまり、あなたが天国を選ぶまでは、あなたは地獄の悲惨さの中にいるのです。

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8. There is no part of Heaven you can take and weave into illusions.
 天国には、あなたが一部だけを取ってきて、幻想の中へと織り込むことができるような部分などひとつも存在しません。

 Nor is there one illusion you can enter Heaven with.
 同じく、あなたが天国にそれを携えて入ることができる幻想などひとつも存在しません。

 A savior cannot be a judge, nor mercy condemnation.
 救い主は裁き主にはなれないし、慈悲が咎めるということもありえません。

 And vision cannot damn, but only bless.
 そして、ヴィジョンには罰することはできず、ただ祝福できるだけです。

 Whose function is to save, will save.
 自らの役目が救いである存在は、救うことでしょう。

 How he will do it is beyond your understanding, but when must be your choice.
 救い主がどのようにして救いを成し遂げるのかは、あなたの理解の及ぶところではありません。しかし、救いの時をいつにするかは、あなたが選ぶべきことです。

 For time you made, and time you can command.
 なぜなら、時間はあなたが作ったものなので、時間であれば、あなたは意のままに支配できるからです。

 You are no more a slave to time than to the world you made.
 あなたは自分で作り出した世界の奴隷でないのと同じように、時間の奴隷でもないのです。




9. Let us look closer at the whole illusion that what you made has power to enslave its maker.
 あなたが作り出したものには、その作り主であるあなたを奴隷にしてしまう力があるという幻想の全貌を、よりじっくりと見てみましょう。

 This is the same belief that caused the separation.
 これは分離の原因となった信念と同じ信念です。

 It is the meaningless idea that thoughts can leave the thinker's mind, be different from it and in opposition to it.
 それは、想念はそれを思いついた当人の心を離れることができるし、その心とは異なるものになったり、その心に敵対したりできるという無意味な想念です。

 If this were true, thoughts would not be the mind's extensions, but its enemies.
 もしこれが本当だとすれば、想念は心が拡張したものではなくて、心の敵だということになってしまいます。

 And here we see again another form of the same fundamental illusion we have seen many times before.
 そして、ここで私たちは、以前に何度も見てきた同じ根本的な幻想を再び、別の形で見ることになります。

 Only if it were possible the Son of God could leave his Father's Mind, make himself different and oppose his will, would it be possible that the self he made, and all it made, should be his master.
 もし神の子が彼の父の大いなる心から離れることができ、自分自身を父の意志とは違うものにしたり、父の意志に敵対するものとすることができる場合にのみ、彼の作り出した小さな自己と、その自己が作り出したすべてのものが、神の子を支配する者となることが可能となります。

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10. Behold the great projection, but look on it with the decision that it must be healed, and not with fear.
 広大な投影の結果をよく見てください。ただし、この投影は必ず癒されるという決意をもって恐れることなく見つめてください。

 Nothing you made has any power over you unless you still would be apart from your Creator, and with a will opposed to his.
 あなたが依然として自らの創造主から離れたままで、創造主とは敵対する意志を持っていようとしないかぎり、あなたが作り出したものは何ひとつとして、あなたを支配するいかなる力も持ちえません。

 For only if you would believe his Son could be his enemy does it seem possible that what you made is yours.
 というのも、ただ、あなたが神の子が創造主の敵となることができると信じようとするときにだけ、あなたの作り出したものがあなたの敵となることが可能であるように思えるからです。

 You would condemn his joy to misery, and make him different.
 あなたは創造主の喜びを惨めさだと非難して有罪判決を下すことで、創造主を違ったものにしようとしたのです。

 And all the misery you made has been your own.
 そうすれば、あなたの作り上げた悲惨さのすべてを、あなたは自分のものとして持っていることができたからです。

 Are you not glad to learn it is not true?
 これが本当ではないとわかって嬉しくはないでしょうか。

 Is it not welcome news to hear not one of the illusions that you made replaced the truth?
 あなたの作り出した幻想が何ひとつ真理に取って代ってなどいないということは、喜んで受け取るべき吉報ではないでしょうか。




11. Only your thoughts have been impossible.
 ただ、あなたの思ったことが不可能だっただけです。

 Salvation cannot be.
 救いが不可能ということはありえません。

 It is impossible to look upon your savior as your enemy and recognize him.
 自分の救い主のことを敵として見ておきながら、彼が誰なのか気づこうとしても、それは不可能というものです。

 Yet it is possible to recognize him for what he is, if God would have it so.
 しかし、神がそうさせようと望んでいるのなら、彼の本当の姿を見極めることは可能です。

 What God has given to your holy relationship is there.
 神があなたの神聖な関係に授けてくれたものがそこに存在します。

 For what he gave the Holy Spirit to give to you he gave.
 というのは、神があなたに与えるようにと聖霊に渡したものを聖霊はあなたに与えてくれているからです。

 Would you not look upon the savior that has been given you?
 あなたは自分に与えられている救い主をしっかりと見てみたいとは思わないでしょうか。

 And would you not exchange, in gratitude, the function of an executioner you gave him for the one he has in truth?
 そして、あなたは、自分が彼に与えた死刑執行人の役目を、彼の真の役目と喜んで交換したいとは思わないでしょうか。

 Receive of him what God has given him for you, not what you tried to give yourself.
 あなたが自分自身に与えようとしたものではなくて、彼があなたのために神から与えられているものを彼から受け取ってください。


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12. Beyond the bodies that you interposed between you, and shining in the golden light that reaches it from the bright, endless circle that extends forever, is your holy relationship, beloved of God himself.
 あなたが自分たちの間に置いた身体を越えて、そして、明るく永遠に拡張する無限の輪からそこへと届く金色の光の中で、神自身が愛するあなたの神聖な関係が光輝いています。

 How still it rests, in time and yet beyond, immortal yet on earth.
 時間の中にありつつも時間を超越し、この地上にありながらも不滅のものであるそのあなたの神聖な関係は、なんと静かに安らいでいることでしょうか。

 How great the power that lies in it.
 そのあなたの神聖な関係の中には、なんと偉大な力が備わっていることでしょうか。

 Time waits upon its will, and earth will be as it would have it be.
 時間はその意志に奉仕し、地はその意のままとなります。

 Here is no separate will, nor the desire that anything be separate.
 ここには、別々に分離した意志はなく、何かが別々であってほしいという願望もありません。

 Its will has no exceptions, and what it wills is true.
 その意志にはひとつの例外もなく、それが意図することは真理です。

 Every illusion brought to its forgiveness is gently overlooked and disappears.
 その赦しを得るためにもたらされる幻想はことごとく、優しく見過ごされて消え去っていきます。

 For at its center Christ has been reborn, to light his home with vision that overlooks the world.
 というのも、あなたの神聖な関係の中心でキリストが再生し、この世界を見通すヴィジョンで、キリストの家を照らすからです。

 Would you not have this holy home be yours as well?
 あなたも、この聖なる家を、わがものにしたいとは思わないでしょうか。

 No misery is here, but only joy.
 ここには、悲惨さなど一切なく、ただ喜びだけがあります。




13. All you need do to dwell in quiet here with Christ is share his vision.
 あなたがここに静かにキリストと共に住むために必要なのは、ただキリストのヴィジョンを分かち合うことだけです。

 Quickly and gladly is his vision given anyone who is but willing to see his brother sinless.
 ただ自分の兄弟に罪はないと見る意欲がありさえすれば、誰にでも、すぐにキリストのヴィジョンが喜んで与えてもらえます。

 And no one can remain beyond this willingness, if you would be released entirely from all effects of sin.
 そして、もしあなたが罪の結果や影響のすべてから完全に解放してもらいたいと望むなら、罪なき者として見ようという意欲の及ばない者を誰ひとり残したままにしておくことはできません。

 Would you have partial forgiveness for yourself?
 あなたは自分自身のために不公平で部分的な赦しを得たいとでもいうのでしょうか。

 Can you reach Heaven while a single sin still tempts you to remain in misery?
 ただのひとつでも、あなたが依然として罪に惑わされて惨めな思いをしているというのに、そんなあなたが天国に辿り着くことなどできるでしょうか。

 Heaven is the home of perfect purity, and God created it for you.
 天国は、完璧な純粋さの家であり、神はそれをあなたのために創造してくれたのです。

 Look on your holy brother, sinless as yourself, and let him lead you there.
 あなた自身と同じように罪なき者であるあなたの聖なる兄弟を見てください。そして、彼に、自らを天国まで導いてもらうがよいでしょう。


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