There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T7-6 警戒から平安へ

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今回は、テキスト第七章から「警戒から平安へ」という一節をご紹介します。




テキスト第七章

VI. From Vigilance to Peace
六 警戒から平安


1. Although you can love the Sonship only as one, you can perceive it as fragmented.
 あなたは、神の子全体をただひとつのものとしてしか愛することができません。ただし、あなたは、神の子をばらばらに分裂したものとして知覚することはできます。

 It is impossible, however, to see something in part of it that you will not attribute to all of it.
 とはいえ、あなたが神の子全体の属性としてみなそうとしないものを、神の子の一部の中に見出すことは不可能です。

 That is why attack is never discrete, and why it must be relinquished entirely.
 これが、攻撃が決して個々の部分に限られたものとして捉えることができない理由であり、したがって、攻撃が全面的に放棄されなければならない理由でもあります。

 If it is not relinquished entirely it is not relinquished at all.
 もし攻撃が全面的に放棄されないなら、それはまったく攻撃が放棄されてはいないということです。

 Fear and love make or create, depending on whether the ego or the Holy Spirit begets or inspires them, but they will return to the mind of the thinker and they will affect his total perception.
 エゴが生み出すか、または、聖霊が霊感を与えるかによって、恐れが作り出すのか愛が創造するのかが左右されます。しかし、作り出され、または、創造されたものは、その思いを抱いた者の心に戻ってくるので、それらは思考者の知覚全体に影響を及ぼすことになります。

 That includes his concept of God, of his creations and of his own.
 影響を受ける知覚には、思考者の抱く神の概念、そして、神の創造物と思考者自らが創造したものに関する概念も含まれます。

 He will not appreciate any of Them if he regards Them fearfully.
 もし思考者が神や神の創造物、そして思考者自身の創造物のことを恐ろしいものとみなすなら、彼には、それらのうちのいずれについても、その真価を見出すことができないでしょう。

 He will appreciate all of Them if he regards Them with love.
 もし彼が愛を込めて神や神の創造物やあなたが創造するものたちを見るなら、彼は、それらすべての真価を認めることでしょう。




2. The mind that accepts attack cannot love.
 攻撃を容認する心は、愛することができません。

 That is because it believes it can destroy love, and therefore does not understand what love is.
 なぜなら、攻撃を受け入れる心は、自分には愛を破壊することができると信じており、それゆえに、愛が何であるのか理解していないからです。

 If it does not understand what love is, it cannot perceive itself as loving.
 もしその心が愛が何であるか理解していないなら、そんな心が自分自身のことを愛に満ち溢れるものとして知覚できるはずがありません。

 This loses the awareness of being, induces feelings of unreality and results in utter confusion.
 このことが、心に実在するという自覚を失わせて、非現実感を引き起こし、そして、まったくの混乱という結果を招きます。

 Your thinking has done this because of its power, but your thinking can also save you from this because its power is not of your making.
 あなたの思考が持つ力のゆえに、あなたの思考がこんな状態を引き起こしたのですが、あなたの思考は同じように、こんな状態からあなたを救うこともできます。なぜなら、あなたの思考の力は、あなたが作り出すものではないからです。

 Your ability to direct your thinking as you choose is part of its power.
 自分の思考を自ら選ぶ方向に向けるあなたの能力も、あなたの思考の備える力の一部です。

 If you do not believe you can do this you have denied the power of your thought, and thus rendered it powerless in your belief.
 もしあなたが自分には自分の思考を方向づけることができると信じないなら、あなたは自分自身の思考の持つ力を否認したことになり、したがって、自分の信念の中で自分の思考力を無力化してしまったことになります。


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3. The ingeniousness of the ego to preserve itself is enormous, but it stems from the very power of the mind the ego denies.
 自分自身を存続させようとするエゴの巧妙さは並外れたものです。しかし、その巧妙さは、エゴが否認する、まさにその心の力に由来するものです。

  This means that the ego attacks what is preserving it, which must result in extreme anxiety.
 これは、エゴが自分を維持しているものを攻撃していることを意味します。この事実は結果的に、極度の不安をもたらすに違いありません。

 That is why the ego never recognizes what it is doing.
 だから、エゴは自分が何をしているのか決して認識しようとはしません。

 It is perfectly logical but clearly insane.
 エゴは、完璧に論理的ではあっても、明らかに常軌を逸しています。

 The ego draws upon the one source that is totally inimical to its existence for its existence.
 エゴは、自らが存在するために、エゴの存在にとってはまったく都合の悪い唯一の源に頼っているのです。

 Fearful of perceiving the power of this source, it is forced to depreciate it.
 この源の力を知覚することが恐ろしいために、エゴはその源のことを軽視することを余儀なくされます。

 This threatens its own existence, a state which it finds intolerable.
 自らが頼る源の力を軽視することはエゴそのものの存在を脅かし、エゴはその状態に耐えきれなくなります。

 Remaining logical but still insane, the ego resolves this completely insane dilemma in a completely insane way.
 論理的でありつつも、依然として狂気に陥ったままのエゴは、この完全に狂気の沙汰である板挟み状態のジレンマを、完全に狂った方法で解決します。

 It does not perceive its existence as threatened by projecting the threat onto you, and perceiving your being as nonexistent.
 エゴは、その脅威をあなたに投影し、あなたの実在を存在しないものとみなすことによって、自らの存在を脅威にさらされているものとして知覚しないようにするのです。

 This ensures its continuance if you side with it, by guaranteeing that you will not know your own safety.
 もしあなたがエゴに与するなら、この投影は、あなたが自分自身が安全であることを知らないままでいることを確かなものとし、それによって、エゴの存続は保証されることになります。




4. The ego cannot afford to know anything.
 何であれ、知るということは、エゴの能力の及ばないことです。

 Knowledge is total, and the ego does not believe in totality.
 知識とは全体的なものですが、エゴは全体性を信じません。

 This unbelief is its origin, and while the ego does not love you it is faithful to its own antecedents, begetting as it was begotten.
 この全体性に対する不信こそがエゴの起源です。そして、エゴがあなたを愛することはありませんが、エゴは自らの出自には忠実なので、自分が作り出されたように作り出そうとします。

 Mind always reproduces as it was produced.
 他方で、心は必ず自分が生み出されたように再び生み出します。

 Produced by fear, the ego reproduces fear.
 恐れによって生み出されたので、エゴは恐れを再生産します。

 This is its allegiance, and this allegiance makes it treacherous to love because you are love.
 恐れを増殖させることこそ、エゴの忠誠であり、そして、この恐れへの忠誠がエゴのことを愛を裏切るものにしてしまいます。なぜなら、あなたは愛だからです。

 Love is your power, which the ego must deny.
 愛こそあなたの力であり、それをエゴは否認しなければならないのです。

 It must also deny everything this power gives you because it gives you everything.
 この愛の力があなたにすべてのものを与えるのは確かなので、エゴはまた、その力があなたに与える一切のものをも否認せざるをえません。

 No one who has everything wants the ego.
 あらゆるものを持っている者は、誰ひとりとしてエゴを必要とはしません。

 Its own maker, then, does not want it.
 それゆえ、エゴ自体を作り出した者も、エゴを必要としてはいないということになります。

 Rejection is therefore the only decision the ego could possibly encounter, if the mind that made it knew itself.
 したがって、もしエゴを作った心がその心自体のことを知りさえすれば、エゴは、ただエゴを拒絶する決断に直面することしかできなくなります。

 And if it recognized any part of the Sonship, it would know itself.
 そして、もしその心がどこであれ神の子全体の一部でも認識したなら、その心は自分自身のことを知ることになります。


名称未設定

5. The ego therefore opposes all appreciation, all recognition, all sane perception and all knowledge.
 したがって、エゴは、真価を認めることのすべて、すべての気づき、すべての正気での知覚、そしてすべての知識に反対します。

 It perceives their threat as total, because it senses that all commitments the mind makes are total.
 エゴは、これらのことからの脅威を全面的なものとして知覚します。なぜなら、エゴは、心が関わりを持つことはすべて全面的なものだと感づいているからです。

 Forced, therefore, to detach itself from you, it is willing to attach itself to anything else.
 したがって、エゴは、自分自身をあなたから引き離すことを余儀なくされるので、喜んで自分自身をあなた以外のほかのものに結合させようとします。

 But there is nothing else.
 しかし、あなた以外にはほかのものなど何も存在しません。

 The mind can, however, make up illusions, and if it does so it will believe in them, because that is how it made them.
 それでも、心は幻想を作り上げることができるし、もし実際に心が幻想を作り出すなら、心はそんな幻想を信じ込むことになります。なぜなら、存在しないものが存在すると信じるという方法によって心は幻想を作り上げたわけだからです。




6. The Holy Spirit undoes illusions without attacking them, because he cannot perceive them at all.
 聖霊は、それを攻撃することなくして幻想を取り消します。なぜなら、聖霊幻想をまったく知覚できないからです。

 They therefore do not exist for him.
 したがって、聖霊にとっては幻想は存在しません。

 He resolves the apparent conflict they engender by perceiving conflict as meaningless.
 聖霊は幻想が生み出す見かけ上の矛盾や衝突を、そんな葛藤など無意味だと知覚することによって解消します。

 I have said before that the Holy Spirit perceives the conflict exactly as it is, and it is meaningless.
 以前に述べたように、聖霊葛藤を正確にありのまま知覚します。そして、葛藤は無意味なものです。

 The Holy Spirit does not want you to understand conflict; he wants you to realize that, because conflict is meaningless, it is not understandable.
 聖霊は、あなたに矛盾葛藤を理解してほしいと望んではいません。聖霊は、ただあなたに、矛盾葛藤は無意味だから、そんなものは理解しようのないものなのだと悟ってほしいと望んでいるのです。

 As I have already said, understanding brings appreciation and appreciation brings love.
 すでに述べたことですが、理解することがその真価を認めて感謝することを導き、真価を認めて感謝することが愛することを導きます。

 Nothing else can be understood, because nothing else is real and therefore nothing else has meaning.
 それ以外のことは何ひとつ理解できるものではありません。なぜなら、その他のことは何ひとつ現実のものではないし、それゆえ、それ以外のことには何の意味もないからです。


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7. If you will keep in mind what the Holy Spirit offers you, you cannot be vigilant for anything but God and his kingdom.
 もしあなたが聖霊が自分に差し延べてくれるものを心に保ち続けようとするなら、あなたはただ、神と神の王国にのみ注意を払うようにならずにはいられないはずです。

 The only reason you may find this hard to accept is because you may still think there is something else.
 あなたがこのことを受け入れがたいと感じることがあるとしたら、それは、あなたがいまだに注意を払うべきものがほかにも何かあるのではないかと思っていることだけがその唯一の理由です。

 Belief does not require vigilance unless it is conflicted.
 信念は、それが葛藤を起こしていないかぎりは、警戒を必要としません。

 If it is, there are conflicting components within it that have led to a state of war, and vigilance has therefore become essential.
 もし信念が衝突して葛藤を起こしているなら、その信念の中には矛盾する要素が入っていて、それらが紛争状態を導いたということであり、それゆえに、警戒することが不可欠になるということです。

 Vigilance has no place in peace.
 平安の中においては、警戒心に持ち場などありません。

 It is necessary against beliefs that are not true, and would never have been called upon by the Holy Spirit if you had not believed the untrue.
 警戒心が必要なのは、真実ではない信念に対してであって、あなたが偽りを信じたりしなかったなら、決して聖霊によって警戒心が求められることもなかったはずです。

 When you believe something, you have made it true for you.
 あなたが何かを信じるとき、あなたは、それをあなたにとっての真実にしたことになります。

 When you believe what God does not know, your thought seems to contradict his, and this makes it appear as if you are attacking him.
 あなたが神が関知しないことを信じたりすると、あなたの思考は神の思考と矛盾するように見えるし、このことによって、まるであなたが神を攻撃しているかのように思えてきます。




8. I have repeatedly emphasized that the ego does believe it can attack God, and tries to persuade you that you have done this.
 何度も強調してきたように、エゴは、本当に自分には神を攻撃することができると信じていて、あなたは現に神を攻撃したのだとあなたを説得しようとします。

 If the mind cannot attack, the ego proceeds perfectly logically to the belief that you must be a body.
 もし心が攻撃できないとすれば、あなたは身体であるに違いないと信じるしかない、とエゴは完璧に論理的に論を進めます。

 By not seeing you as you are, it can see itself as it wants to be.
 あなたをありのままに見ないでおくことによって、エゴは、エゴがそうありたいと望む通りにエゴ自身を見ることができます。

 Aware of its weakness the ego wants your allegiance, but not as you really are.
 自分の弱みを自覚しているので、エゴはあなたの忠誠心を望んでいます。しかし、それは本当のあなたとしての忠誠心ではありません。

 The ego therefore wants to engage your mind in its own delusional system, because otherwise the light of your understanding would dispel it.
 それゆえ、エゴはあなたの心をエゴ自身の妄想システムの中に取り込んでしまおうと望みます。なぜなら、そうしなければ、あなたの理解という光がそんな妄想システムを払拭してしまうはずだからです。

 It wants no part of truth, because the ego itself is not true.
 エゴは真理など、ひとかけらも欲しいとは思ってはいません。なぜなら、エゴそのものが真実ではないからです。

 If truth is total, the untrue cannot exist.
 もし真理が全体的なものであるなら、真実でないものは存在できるはずがありません。

 Commitment to either must be total; they cannot coexist in your mind without splitting it.
 真理または虚偽のどちらに関わり合うにせよ、それは全面的なものにならざるをえません。あなたの心を分裂させることなくして、真理と虚偽の双方があなたの心の中で共存することなどできないのです。

 If they cannot coexist in peace, and if you want peace, you must give up the idea of conflict entirely and for all time.
 もし真理と虚偽が平安のうちに共存することができないのであれば、そして、もしあなたが平安を望むのであれば、あなたは矛盾する考えを全面的に、それも永久に放棄しなければなりません。

 While you believe that two totally contradictory thought systems share truth, your need for vigilance is apparent.
 あなたが二つのまったく相反する思考システムが真理を共有していると信じているかぎりは、あなたに警戒心が必要なのは明らかなことです。


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9. Your mind is dividing its allegiance between two kingdoms, and you are totally committed to neither.
 あなたの心は、自らの忠誠心を二つの王国に分割して捧げています。だから、あなたは、どちらに対しても全面的に忠誠を尽くしているとはいえません。

 Your identification with the Kingdom is totally beyond question except by you, when you are thinking insanely.
 あなたが王国と同一であることにはまったく疑いの余地はありません。ただし、あなたが狂気の考え方をしているときに、あなたによってそのことが疑われることがありうるだけです。

 What you are is not established by your perception, and is not influenced by it at all.
 あなたが本当は何者であるかということは、あなたの知覚によって定まるものではないし、あなたの知覚によってまったく影響されるものでもありません。

 Perceived problems in identification at any level are not problems of fact.
 いかなるレベルであろうとも、あなたのアイデンティティーに関して知覚される問題は事実の問題ではありません。

 They are problems of understanding, since their presence implies a belief that what you are is up to you to decide.
 それは解釈の問題です。というのも、あなたのアイデンティティーに関して問題が存在するということは、本当のあなたが何者なのか、それを決めるのはあなた次第であると信じていることを暗黙の前提にしているからです。

 The ego believes this totally, being fully committed to it.
 エゴは完全にこの問題に没頭しているので、あなたが何者なのかを決めるのはあなた次第だという信念を全面的に信じ込んでいます。

 It is not true.
 しかし、あなたの本質を決めるのがあなたの決断次第だなどということは真実ではありません。

 The ego therefore is totally committed to untruth, perceiving in total contradiction to the Holy Spirit and to the knowledge of God.
 したがって、エゴは偽りに全面的に身を投じているし、聖霊と神の知識とに全面的に矛盾する見方をしているのです。




10. You can be perceived with meaning only by the Holy Spirit because your being is the knowledge of God.
 あなたはただ聖霊によってのみ意味を持って知覚されることができます。なぜなら、あなたが実在することこそ、まさに神の知識だからです。

 Any belief you accept apart from this will obscure God's Voice in you, and will therefore obscure God to you.
 どんな信念であれ、あなたの実在が神の知識であるということとは違う別の信念を受け入れるなら、あなたは自分の内なる神の声を不明瞭にしてしまい、その結果、あなたにとって神が覆い隠されてしまうことになります。

 Unless you perceive his creation truly you cannot know the Creator, since God and his creation are not separate.
 あなたが神が創造したものを正しく知覚しないかぎり、あなたは大いなる創造主を知ることはできません。なぜなら、神と神の創造したものとは分離してはいないからです。

 The Oneness of the Creator and the creation is your wholeness, your sanity and your limitless power.
 創造主とその創造物とが一体であることこそ、あなたの完全さであり、あなたの正気であり、そして、あなたの無限の力なのです。

 This limitless power is God's gift to you, because it is what you are.
 この無限の力はあなたへの神からの贈り物です。なぜなら、その無限の力こそ、本当のあなただからです。

 If you dissociate your mind from it you are perceiving the most powerful force in the universe as if it were weak, because you do not believe you are part of it.
 もしあなたが自分の心をその無限の力から切り離して考えるなら、あなたは、この宇宙で最も強大な力をまるで脆弱なものであるかのように知覚していることになります。なぜなら、あなたは自分がその強大な力の一部だとは信じていないことになるからです。


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11. Perceived without your part in it, God's creation is seen as weak, and those who see themselves as weakened do attack.
 あなたがその一部分を占めないものと知覚されるなら、神が創造したものは脆弱なものとして見えることになります。そして、自分自身を弱体化させられた存在として見る者たちが攻撃しようとするのは確かなことです。

 The attack must be blind, however, because there is nothing to attack.
 しかしながら、その攻撃は盲目的なものとならざるをえません。なぜなら、攻撃すべきものなど何ひとつ存在しないからです。

 Therefore they make up images, perceive them as unworthy and attack them for their unworthiness.
 したがって、彼らは、自分で色々な虚像を作り上げては、それらを無価値なものと知覚して、その無価値さを理由にそれらの虚像を攻撃することになります。

 That is all the world of the ego is.
 エゴの世界とは、こんなものでしかありません。

 Nothing.
 無です。

 It has no meaning.
 エゴの世界には、何の意味もありません。

 It does not exist.
 そんな世界は存在しないのです。

 Do not try to understand it because, if you do, you are believing that it can be understood and is therefore capable of being appreciated and loved.
 エゴの世界を理解しようとなどしてはなりません。なぜなら、もしあなたがそんなことをすれば、あなたはエゴの世界は理解可能であるし、したがって、エゴの世界の価値を認めたり、エゴの世界を愛する可能性もあると信じていることになるからです。

 That would justify its existence, which cannot be justified.
 エゴの世界を理解しようとすることは、エゴの世界の存在を正当化しようとすることです。しかし、エゴの世界の存在は正当化されえないものです。

 You cannot make the meaningless meaningful.
 あなたには、無意味なものを意味あるものにすることなどできません。

 This can only be an insane attempt.
 そんなことは、狂気の試みでしかないのです。




12. Allowing insanity to enter your mind means that you have not judged sanity as wholly desirable.
 あなたの心に狂気が入り込むのを許すことは、あなたが正気のことを完全に望ましいものとして価値判断しなかったということを意味します。

 If you want something else you will make something else, but because it is something else, it will attack your thought system and divide your allegiance.
 もしあなたが正気以外の何か別のものを望むなら、あなたは別の何かを作り出すことになります。しかし、それは正気ではない別のものだからこそ、あなたの作った別のものは、あなたの思考システムを攻撃して、あなたの忠誠心を分割することになります。

 You cannot create in this divided state, and you must be vigilant against this divided state because only peace can be extended.
 このように分割された状態においては、あなたは創造することなどできません。だから、あなたは、こんな分割された状態に対して警戒しなければなりません。なぜなら、平安のみが拡張されうるものだからです。

 Your divided mind is blocking the extension of the Kingdom, and its extension is your joy.
 あなたの分割された心が、王国の拡張を妨害しています。そして、王国を拡張することこそがあなたの喜びなのです。

 If you do not extend the Kingdom, you are not thinking with your Creator and creating as he created.
 もしあなたが王国を拡張しようとしないなら、あなたは自分の大いなる創造主と共に思考していないし、神が創造したようには創造していないことになります。


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13. In this depressing state the Holy Spirit reminds you gently that you are sad because you are not fulfilling your function as co-creator with God, and are therefore depriving yourself of joy.
 こんな暗澹たる状況の中で、聖霊は、あなたが悲しいのは、あなたが神との共同創造者としての自分の役割を全うしておらず、そのために、自分自身から喜びを奪っているためなのだと優しく気づかせてくれます。

 This is not God's choice but yours.
 あなたが神の共同創造者としての役割を果たしていないのは、神が選択したことではなく、あなたが選んだことです。

 If your mind could be out of accord with God's, you would be willing without meaning.
 もしあなたの心が神の大いなる心と調和しないでいることができたとすれば、あなたは意味もないままに意図していることになります。

 Yet because God's Will is unchangeable, no conflict of will is possible.
 しかし、神の大いなる意志は不変であるので、意志が矛盾するということはまったく不可能なことです。

 This is the Holy Spirit's perfectly consistent teaching.
 これこそ聖霊の完璧に首尾一貫した教えです。

 Creation, not separation, is your will because it is God's, and nothing that opposes this means anything at all.
 分離することではなくて、創造することこそがあなたの意志です。なぜなら、創造こそまさに神の意志だからであり、このことに矛盾するものは何事であろうとまったく意味を持たないからです。

 Being a perfect accomplishment, the Sonship can only accomplish perfectly, extending the joy in which it was created, and identifying itself with both its Creator and its creations, knowing They are One.
 完璧に成就した存在であるがゆえに、全体としての神の子がひとつになることは、ただ完璧に成し遂げられるだけです。その完璧な成就は、神の子が、自らがその中に創造された喜びを拡張させて、創造主と創造物の両方と自分自身が一体であることを確認して、自らの創造主と自らが創造したものたちがひとつであることを知ることを通してなされるのです。

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