There Is No Spoon

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レッスン17「私は、何ひとつ中立なものを見ていない」

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レッスン17です。

今日のテーマは、「私は、何ひとつ中立なものを見ていない」です。


レッスンでは、私たちが中立なものを見ていないのは、私たちが中立思いを持っていないからだと言います。
つまり、思いが先にあるせいで、中立な物を見ないようになるのであって、外にあるものが中立でないから、中立でないように見えるのではないということです。



Workbook Lesson 17

I see no neutral things.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。





I see no neutral things.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。


1. This idea is another step in the direction of identifying cause and effect as it really operates in the world.
 この考えは、原因と結果がこの世界で実際に作用している通りに確認することを目的とするもう一つの歩みです。

 You see no neutral things because you have no neutral thoughts.
 あなたは何も中立なものを見ていません。なぜなら、あなたには中立思いなど持っていないからです。

 It is always the thought that comes first, despite the temptation to believe that it is the other way around.
 見ることのほうが先のはずだと信じたい誘惑に駆られるでしょうが、必ず思いのほうが先に来るのです。

 This is not the way the world thinks, but you must learn that it is the way you think.
 この世界の考えでは、思いが先だという考え方にはなりません。しかし、あなたは、思いが先で見ることが後に来ることこそ、自分の考える順序だということを学ばなければなりません。

 If it were not so, perception would have no cause, and would itself be the cause of reality.
 もし心が先でないとしたら、知覚は原因を持たないことになります。そうなると、知覚そのものが現実を作る原因だということになります。

 In view of its highly variable nature, this is hardly likely.
 知覚の非常に変わりやすい性質という観点で見るかぎり、こんなことはまずありえません。



2. In applying today's idea, say to yourself, with eyes open:
 今日の考えを適用する際には、目を開けたまま、自分に次のように言い聞かせてください。


I see no neutral things because I have no neutral thoughts.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。なぜなら、私は中立思いを持っていないからだ。


 Then look about you, resting your glance on each thing you note long enough to say:
 それから、自分の周りを見回して、あなたの目についた一つひとつの物に十分長く目線を停めて、次のように言ってください。


I do not see a neutral ______ because my thoughts about ______ are not neutral.
私は、中立な(   )を見ていない。なぜなら、私の(   )に関する思いは中立ではないからだ。


 For example, you might say:
 例えば、次のように言うことになります。


I do not see a neutral wall, because my thoughts about walls are not neutral.
私は、中立な壁を見ていない。なぜなら、私の壁に関する思いが中立ではないからだ。


I do not see a neutral body, because my thoughts about bodies are not neutral.
私は、中立な身体を見ていない。なぜなら、私の身体に関する思いが中立ではないからだ。




3. As usual, it is essential to make no distinctions between what you believe to be animate or inanimate; pleasant or unpleasant.
 いつもと同じように、対象となる物について、自分が生物だと信じているものか生物でないと信じているものかであるとか、快適に感じるものか不快に感じるものかということによって、それらの間に一切の区別をつけないようにすることが肝要です。

 Regardless of what you may believe, you do not see anything that is really alive or really joyous.
 あなたがどのように信じていようと、そんなことに関わりなく、あなたは本当に生きているものも、本当に喜ばしいものも何も目にしてはいないのです。

 That is because you are unaware as yet of any thought that is really true, and therefore really happy.
 その理由は、あなたがまだ今のところ、それが本当に真実である思い、したがって、本当に幸せな思いを自覚していないためです。




4. Three or four specific practice periods are recommended, and no less than three are required for maximum benefit, even if you experience resistance.
 3,4回の具体的な実習の時間を取ることを勧めます。たとえ、あなたが抵抗を感じるとしても、最大の効果を発揮するには、少なくとも3回の実習は必要です。

 However, if you do, the length of the practice period may be reduced to less than the minute or so that is otherwise recommended.
 しかし、もしあなたが抵抗を感じるなら、実習時間の長さは、本来なら望ましい1分程度よりも短くしてかまいません。

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