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There Is No Spoon

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レッスン17「私は、何ひとつ中立なものを見ていない」


レッスン17です。

今日のテーマは、「私は、何ひとつ中立なものを見ていない」です。


このレッスンは、私たちが中立なものを見ていないのは、私たちが中立な思考を抱いていないからだと言います。

つまり、思考が先にあるせいで、物事が中立でないように見えるのであって、外にあるものが中立でないから、中立でないように見えるのではないということです。




これは心が世界を生み出しているのであり、原因は心で、結果が世界だという正しい因果律を示しています。

私たちが世界から教え込まれることはすべて、エゴが存続するために幻想世界を維持するための真理の反対の偽りであり虚構です。

天国の神の現実には、真理である生命、愛、平安、光等実在するものしかありませんが、この幻想世界では、これらが反映されて、実在するものの反映と実在の不在の反映が影として姿かたちをなすものに名前がつけられて同等の存在感を持って実在に対立するものとして存在するようになります(なお、このサイトでは、神の現実にある状態、コース本文で、"real","being"という用語で表現されるものを指す呼称として「実在」、この幻想世界にある状態、"there is","exist"という用語で表現されるものを指す呼称として「存在」を用いています)。

この影が厳然として存在するように見せかけるには、実在する真理とは真逆にひっくりかえしたものが本当だという信念を形成するのが役に立ちます。

というよりも、こうするよりほかに手立てはないので、複雑さを本質的な特質とする幻想世界にあっても、幻想のプロセスは素朴なまでに実在のプロセスとは真逆を張るものにしかなりえません。

これがさらに裏の裏をかくようなことになるとややこしいですが、この点だけは複雑にねじくれる幻想に一貫する点で、ある意味、幻想を手放すことに取り組む私たちにとっての鍵と言えるかもしれません。

ですから、この世で常識とされるやり方でうまくいかない場合に、それを真逆にひっくり返してアプローチするという方法があらゆる側面で活用できるといえます。



Workbook Lesson 17

I see no neutral things.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。





I see no neutral things.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。



1. This idea is another step in the direction of identifying cause and effect as it really operates in the world.
 この考えは、原因と結果をそれがこの世界で実際に作用している通りに見極めることに向けてもう一歩を踏み出すものです。

 You see no neutral things because you have no neutral thoughts.
 あなたが何ひとつ中立な思考を抱いてはいないがゆえに、あなたは何も中立なものを見ていません。

 It is always the thought that comes first, despite the temptation to believe that it is the other way around.
 見ることのほうが先のはずだと信じたい誘惑に駆られるでしょうが、必ず思考のほうが先に来るのです。

 This is not the way the world thinks, but you must learn that it is the way you think.
 この世界の考えでは、思考が先だという考え方にはなりません。しかし、あなたは、思考が先で見ることが後に来ることこそ、自分の思考の順序だと学ばなければなりません。

 If it were not so, perception would have no cause, and would itself be the cause of reality.
 もし思考が先でなかったとしたら、知覚はそれを引き起こす原因を持たないことになり、知覚そのものが現実を作る原因だということになります。

 In view of its highly variable nature, this is hardly likely.
 しかし、知覚の非常に変わりやすい性質に照らして見るかぎり、どうみても、これが真実なはずがありません。



2. In applying today's idea, say to yourself, with eyes open:
 今日の考えを適用する際には、目を開けたまま、自分に次のように言い聞かせてください。


I see no neutral things because I have no neutral thoughts.
私は、何ひとつ中立なものを見ていない。なぜなら、私は何ひとつ中立な思考を抱いてはいないからだ。


 Then look about you, resting your glance on each thing you note long enough to say:
 それから、自分の周りを見回して、あなたの目に留まった一つひとつの物に十分長く目線を留めたまま、次のように言ってください。


I do not see a neutral ______ because my thoughts about ______ are not neutral.
私は、中立な(   )を見ていない。なぜなら、私の(   )に関する思いは中立ではないからだ。


 For example, you might say:
 たとえば、次のように言うことになります。


I do not see a neutral wall, because my thoughts about walls are not neutral.
私は、中立な壁を見ていない。なぜなら、私の壁に関する思いは中立ではないからだ。

I do not see a neutral body, because my thoughts about bodies are not neutral.
私は、中立な身体を見ていない。なぜなら、私の身体に関する思いは中立ではないからだ。



3. As usual, it is essential to make no distinctions between what you believe to be animate or inanimate; pleasant or unpleasant.
 いつもと同じように、自分が対象となる物を、生物か無生物か、快適なものか不快なものか等、どんなものと信じているかによって一切区別しないようにすることが肝要です。

 Regardless of what you may believe, you do not see anything that is really alive or really joyous.
 あなたがどのように信じていようと、そんなことに関わりなく、あなたは本当に生きているものも、本当に喜ばしいものも何も目にしてはいないのです。

 That is because you are unaware as yet of any thought that is really true, and therefore really happy.
 その理由は、あなたがまだ今のところ、それが本当に真実である思考、したがって、本当に幸せな思いを自覚していないためです。



4. Three or four specific practice periods are recommended, and no less than three are required for maximum benefit, even if you experience resistance.
 3、4回の具体的な実習の時間をとることを勧めます。たとえあなたが抵抗を感じるとしても、最大限の効果を発揮するには、少なくとも3回の実習は必要です。

 However, if you do, the length of the practice period may be reduced to less than the minute or so that is otherwise recommended.
 しかし、もしあなたが抵抗を感じるなら、実習時間の長さは、本来なら望ましい1分程度よりも短くしてかまいません。


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