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T13-10 罪悪感からの解放


今回はテキスト第十三章から「罪悪感からの解放」という一節をご紹介します。

罪悪感から解放されることは可能なのか?もお読みいただければと思います。





「13. Like you, my faith and my belief are centered on what I treasure.
 あなたと同じように、私も自分の大切にするものに信頼を寄せて信念を抱きます

 The difference is that I love only what God loves with me, and because of this I treasure you beyond the value that you set on yourself, even unto the worth that God has placed upon you.
 あなたと私とで違う点は、私は神が私とともにするものだけをしていることです。これこそ、私が、あなたが自分に定めた価値を越えて、神があなたに置いている真価にふさわしいほどにまで、あなたのことを大切にする理由です。


解離性同一障害によって生じた無数の副人格である私たちと主人格であるイェシュアとの関係性について、イェシュアが語る箇所です。

これととても似た表現がテキストの第1章でも出てきました。

「There is nothing about me that you cannot attain.
 私の持ち合わせるもので、あなたたちが手に入れられないものは何ひとつありません。

 I have nothing that does not come from God.
 私の持つもので神に由来しないものは何ひとつありません。

 The difference between us now is that I have nothing else.
 今のところ、あなたたちと私との違いは、私が神から授かったもの以外には何も持っていないということです。

 This leaves me in a state which is only potential in you.
 このことが、あなたたちにとってはまだ可能性にとどまっている境地に私を置いているのです。」(T1-2 啓示と奇跡はどう違うの?時間とはどんな関係にある? 3.)

私たちとイェシュアは同じ神の子であるけれど、ひとつに結ばれずにいるのは、私たちが神とともにするものだけをすることなく、神から授かっていない幻想を抱いて、それに着しているせいだということです。

この幻想は、神からの分離という罪、それについての罪悪感、神からの報復への恐怖、それからの現実逃避として、解離性同一性障害による自己の分裂と投影による世界とエゴ、身体、これらを維持するための個別の自己の間でのお互いの敵視と罪悪感を燃料とする非難攻撃の応酬というように展開してゆきます。

この幻想を去らせるうえで、罪悪感を抱き、それを他者に投影して罪悪感を抱かせようとする罪悪感から免れることが欠かせません。

そして、自分ひとりだけで罪悪感を免れることはできません。

「10. Release from guilt as you would be released.
 あなたが解放されるように、兄弟を罪悪感から解放しなさい。」

自分だけで罪悪感から解放されようとすることは、「俺は悪くない。あいつのせいだ。あの環境のせいだ。」と、罪悪感を投影することにしかなりません。そうなると、罪悪感を投影した先を非難して責任を取らせようというお決まりの罪悪感のなすりつけ合いの爆弾ゲームが始まるだけです。

そうではなく、罪があると信じている他者に罪悪感を抱かせて思い知らせてやろうという発想は他者が有罪だという錯覚に基盤を置く誤りであることに気づいて、兄弟を罪悪感から解放することで自らも罪悪感から解放されることになります。

つまり、赦し、他者の罪は実在しない幻想だという真理を見極め、その認識通りに看過することです。






テキスト第十三章

X. Release from Guilt
十 罪悪感からの解放


1. You are accustomed to the notion that the mind can see the source of pain where it is not.
 あなたは、心には、それがありもしないところに苦痛のを見ることができると考えることに慣れています。

 The doubtful service of such displacement is to hide the real source of guilt, and keep from your awareness the full perception that it is insane.
 このように苦痛のをそれが存在しないところに置き換えてしまうことには、罪悪感の真のを隠して、罪悪感を抱くことが狂気の沙汰であることをあなたが完全に知覚しないように、あなたの意識から遠ざけておく怪しげな作用があります。

 Displacement always is maintained by the illusion that the source of guilt, from which attention is diverted, must be true; and must be fearful, or you would not have displaced the guilt onto what you believed to be less fearful.
 罪悪感から注意を逸らされているとはいえ、罪悪感は本物で恐ろしいものに違いないという幻想によって、この苦痛ののすり替えは恒常的に維持されています。そうでなければ、あなたは罪悪感を自分が罪悪感ほどは恐ろしくないと信じるものにすり替えようとはしなかったはずです。

 You are therefore willing to look upon all kinds of "sources," provided they are not the deeper source to which they bear no real relationship at all.
 したがって、あなたは、それらがより深いところにある源と真の関係をまったく持たないという条件つきであれば、厭うことなくどんな種類の「源」でも見ようとするのだといえます。

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2. Insane ideas have no real relationships, for that is why they are insane.
 狂気の想念同士が真の関係を持つことはありません。なぜなら、真の関係を持たないからこそ、そんな想念は狂気に陥るわけだからです。

 No real relationship can rest on guilt, or even hold one spot of it to mar its purity.
 いかなる真の関係も、罪悪感の上には成り立たたないし、真の関係の清らかさを損ねてしまう罪悪感を少しも保つことすらできません。

 For all relationships that guilt has touched are used but to avoid the person and the guilt.
 というのは、罪悪感に侵された関係はすべて、その関係の当事者を避け、自分の罪悪感を免れるためにのみ利用されることになるからです。

 What strange relationships you have made for this strange purpose!
 こんな異常な目的のために、あなたはなんと異様な関係を結んできたことでしょうか。

 And you forgot that real relationships are holy, and cannot be used by you at all.
 そして、あなたは真の関係は神聖なものであって、あなたが少しでも利用できるようなものではないということを忘れてしまっています。

 They are used only by the Holy Spirit, and it is that which makes them pure.
 真の関係は聖霊のみが用いるものであり、聖霊が用いることでその関係は清浄なものになります。

 If you pre-empt for your own ends what you should have given him, he cannot use it for your release.
 もしあなたが自分が聖霊に渡すべきであったものを横取りして自分の目的のために先に使ってしまったなら、聖霊は、その関係をあなたの解放のために使えなくなってしまいます。
 
 No one who would unite in any way with anyone for his individual salvation will find it in that strange relationship.
 自分ひとりが救済されるためであれば、どうにかして誰とでも結びつこうとする者は誰であろうと、そんな異常な関係の中で自らの救いを見出すことはないでしょう。

 It is not shared, and so it is not real.
 その関係は共有されないがゆえに、そんな関係は実在しないからです。



3. In any union with a brother in which you seek to lay your guilt upon him, or share it with him or perceive his own, you will feel guilty.
 それがどのような関係であれ、あなたが兄弟に自分の罪悪感をなすりつけようとしたり、自分の罪悪感を兄弟と分かち合おうとしたり、兄弟が罪悪感を持っていることを知覚しようとするような兄弟との結びつきの中にあっては、あなたは罪悪感を抱いてしまうでしょう。

 Nor will you find satisfaction and peace with him, because your union with him is not real.
 またあなたは、そのように結ばれた兄弟と一緒に満足感や平安を見出すことはできないでしょう。なぜなら、そのようなあなたと兄弟の結びつきは真の結びつきではないからです。

 You will see guilt in that relationship because you put it there.
 自分がその関係に罪悪感を押しつけたがゆえに、あなたはそんな関係に罪悪感を覚えるようになります。

 It is inevitable that those who suffer guilt will attempt to displace it, because they do believe in it.
 罪悪感に苦しむ者たちが罪悪感をどこかほかに移そうと試みることは避けがたいことです。なぜなら、彼らは本当に罪悪感があると信じているからです。

 Yet though they suffer, they will not look within and let it go.
 しかし、彼らは苦しんではいるものの、自分の内面を見つめて罪悪感を手放そうとはしません。

 They cannot know they love, and cannot understand what loving is.
 彼らには、自分がしていると知ることはできないし、することが何なのか理解できません。

 Their main concern is to perceive the source of guilt outside themselves, beyond their own control.
 彼らは、自分自身の外側の自分のコントロールが及ばないところに罪悪感の源があると知覚することにしか関心がないからです。

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4. When you maintain that you are guilty but the source of your guilt lies in the past, you are not looking inward.
 あなたが自分は有罪だとしても自らの罪悪感の源は過去にあると主張するとき、あなたは自分の内面を見つめているとはいえません。

 The past is not in you.
 過去はあなたの中にはないからです。

 Your weird associations to it have no meaning in the present.
 あなたが過去に結びつけて連想する奇妙な思い出は、現在において何の意味も持ちません。

 Yet you let them stand between you and your brothers, with whom you find no real relationships at all.
 それにもかかわらず、あなたは、過去から連想する奇妙な思い出を自分と兄弟たちとの間に立ちはだからせて、兄弟たちとの真の関係をまったく見出せずにいるのです。

 Can you expect to use your brothers as a means to "solve" the past, and still to see them as they really are?
 過去に「ケリを」つけるための道具として自分の兄弟たちを利用しておきながら、彼らの真の姿を見ることができるはずがありません。

 Salvation is not found by those who use their brothers to resolve problems that are not there.
 存在しない問題を解決するために自分の兄弟を利用している者には救いを見つけられることはできません。

 You wanted not salvation in the past.
 過去にあなたが望んでいたのは、救いではありませんでした。

 Would you impose your idle wishes on the present, and hope to find salvation now?
 あなたが空疎な救い以外の願望を現在に押しつけているというのに、今、救いを見つけられる見込みなどあるでしょうか。



5. Determine, then, to be not as you were.
 そこで、かつてそうであった自分とは違う自分になると決断してください。

 Use no relationship to hold you to the past, but with each one each day be born again.
 自分を過去に縛りつけるために、いかなる関係性も利用しないでください。そうではなく、一つひとつの関係性を用いて、日々、生まれ変わってください。

 A minute, even less, will be enough to free you from the past, and give your mind in peace over to the Atonement.
 一分どころか、それより短い時間でさえ、あなたを過去から解放し、あなたの心を平安のうちに贖罪に委ねるには十分なはずです。

 When everyone is welcome to you as you would have yourself be welcome to your Father, you will see no guilt in you.
 あなた自身が大いなる父からこのように歓迎されたいと望むような仕方で、あなたがすべての者たちを歓迎するようになるとき、あなたは自分の中に一切の罪悪感を見なくなるでしょう。

 For you will have accepted the Atonement, which shone within you all the while you dreamed of guilt, and would not look within and see it.
 というのは、そのとき、あなたは贖罪を受け入れたことになるからです。贖罪は、あなたが罪の意識を抱きながら罪の夢を見て、自分の内面を見て贖罪を見ようとしなかった間も、ずっとあなたの中で輝いていたのです。

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6. As long as you believe that guilt is justified in any way, in anyone, whatever he may do, you will not look within, where you would always find Atonement.
 たとえどんな方法であれ、誰に関してであれ、兄弟が何をしたにせよ、彼が罪の意識を抱くのは当然だとあなたが信じている間は、あなたは、いつでも贖罪を見出せるはずの自分の内面を見つめようとはしないでしょう。

 The end of guilt will never come as long as you believe there is a reason for it.
 罪悪感を抱く理由があるとあなたが信じるかぎり、罪悪感に終わりが訪れることは決してないでしょう。

 For you must learn that guilt is always totally insane, and has no reason.
 なぜなら、あなたは、罪悪感を抱くことはつねに完全に狂気の沙汰であり、罪悪感を抱くいかなる理由もないと学ばなければならないからです。

 The Holy Spirit seeks not to dispel reality.
 聖霊は実在するものを消し去ろうとしているわけではありません。

 If guilt were real, Atonement would not be.
 もし罪悪感が実在するなら、贖罪はありえないことになります。

 The purpose of Atonement is to dispel illusions, not to establish them as real and then forgive them.
 贖罪の目的は、幻想を払拭することであって、幻想を実在するものとして確立して、そのあとで幻想を許すことではないのです。



7. The Holy Spirit does not keep illusions in your mind to frighten you, and show them to you fearfully to demonstrate what he has saved you from.
 聖霊はあなたを怖がらせるために、あなたの心の中に幻想を残しておくようなことはしません。また、自分がどんなものからあなたを救い出してやったのか示そうと、恐ろしげに幻想をあなたに見せつけるようなこともしません。

 What he has saved you from is gone.
 聖霊がそこからあなたを救い出してくれた幻想はすでに消え去っているからです。

 Give no reality to guilt, and see no reason for it.
 罪悪感に実在性を与えてはなりません。そして、罪悪感を抱くいかなる理由も見つけてはなりません。

 The Holy Spirit does what God would have him do, and has always done so.
 聖霊は神が聖霊に行わせようと意図することを行うのであり、聖霊はつねにそうしてきました。

 He has seen separation, but knows of union.
 聖霊は分離を目にしてきましたが、すべてはひとつに結ばれていると知っています。

 He teaches healing, but he also knows of creation.
 聖霊は癒しを教えますが、聖霊はまた創造することも知っています。

 He would have you see and teach as he does, and through him.
 聖霊は、聖霊が見たり教えたりするのと同じように、あなたが聖霊を通して見たり教えたりするようにさせてくれます。

 Yet what he knows you do not know, though it is yours.
 しかし、聖霊の知っていることはあなたのものだというのに、あなたはそのことを知らないのです。

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8. Now it is given you to heal and teach, to make what will be now.
 まさに今、あなたには、いずれそうなるものを今に変えるために、癒す力と教える力が与えられています。

 As yet it is not now.
 ただし、今のところは、まだそうはなってはいません。

 The Son of God believes that he is lost in guilt, alone in a dark world where pain is pressing everywhere upon him from without.
 神の子は、自分は罪悪感の中で道を見失ってしまって、外部の至るところから自分に苦痛が押しつけられる闇の世界の中に孤立していると信じこんでいます。

 When he has looked within and seen the radiance there, he will remember how much his Father loves him.
 神の子が自分の内面を見つめ、そこに光り輝くものを見たとき、彼は自らの大いなる父がどんなに深く自分のことをしてくれているのか思い出すでしょう。

 And it will seem incredible that he ever thought his Father loved him not, and looked upon him as condemned.
 そして、神の子には、自分がかつて、父が自分をしてくれていないと考えて、自分は父から有罪判決を宣告されたものとみなしていたことが信じられないように思えてきます。

 The moment that you realize guilt is insane, wholly unjustified and wholly without reason, you will not fear to look upon the Atonement and accept it wholly.
 罪の意識を抱くのは狂気であり、正当化する余地のない完全に根拠に欠けるものだとあなたが気づいたその瞬間に、あなたは恐れることなく贖罪に目を向け、贖罪を完全に受け入れるでしょう。



9. You who have been unmerciful to yourself do not remember your Father's Love.
 あなたは自分自身に対して無慈悲であったために、自らの父の大いなるを覚えていません。

 And looking without mercy upon your brothers, you do not remember how much you love him.
 そして、何の慈悲もなく自分の兄弟たちを見ているので、あなたは自分がどれほど深く神をしているのか思い出せないのです。

 Yet it is forever true.
 しかし、神があなたを愛し、あなたが神を愛していることは永遠の真実です。

 In shining peace within you is the perfect purity in which you were created.
 あなたの内面の輝ける平安は完璧に清浄なものであり、その清らかさの中であなたは創造されたのです。

 Fear not to look upon the lovely truth in you.
 あなたの中にある美しい真理を目にするのを恐れないでください。

 Look through the cloud of guilt that dims your vision, and look past darkness to the holy place where you will see the light.
 あなたのヴィジョンを曇らせてしまう罪悪感の暗雲を通り抜け、闇を通り越して、その向こう側にある神聖な場所を見つめてください。あなたはそこに光を見るでしょう。

 The altar to your Father is as pure as he who raised it to himself.
 父なる神を祀る祭壇は、それを自らのために建てた神と同じように清らかです。

 Nothing can keep from you what Christ would have you see.
 キリストがあなたに見せようとするものからあなたを遠ざけておけるものなど、何もありません。

 His will is like his Father's, and he offers mercy to every child of God, as he would have you do.
 キリストの意志は彼の父の意志と同じものです。だから、キリストは、あなたにそうさせたいと望む通りに、神の子供の一人ひとりに慈悲を差し延べているのです。

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10. Release from guilt as you would be released.
 あなたが解放されるように、兄弟を罪悪感から解放しなさい。

 There is no other way to look within and see the light of love, shining as steadily and as surely as God himself has always loved his Son.
 これ以外には、内面に目を向けて愛の光を見る方法はありません。その愛の光は、神自身がいつでもわが子を愛してきたように、絶え間なく確実に輝いています。

 And as his Son loves him.
 そして、神がつねに子を愛しているのと同じように、子もつねに神を愛しています。

 There is no fear in love, for love is guiltless.
 愛の中には恐れがありません。なぜなら、愛とは罪のないことだからです。

 You who have always loved your Father can have no fear, for any reason, to look within and see your holiness.
 大いなる父をつねに愛してきたあなたには、内面を見つめて自分の神聖さを見ることを恐れる理由など何もないはずです。

 You cannot be as you believed you were.
 あなたが、かつて自分はこのような存在だと信じ込んでいたあなたであるはずがありません。

 Your guilt is without reason because it is not in the Mind of God, where you are.
 あなたには罪悪感を抱く理由がありません。なぜなら、神の大いなる心の中には罪悪感はなく、あなたがいるのはその神の大いなる心の中だからです。

 And this is reason, which the Holy Spirit would restore to you.
 そして、これこそ聖霊があなたに回復させようとしている理性なのです。

 He would remove only illusions.
 聖霊はただ幻想だけを取り除こうとします。

 All else he would have you see.
 聖霊は、幻想以外のすべてをあなたに見せてくれるはずです。

 And in Christ's vision he would show you the perfect purity that is forever within God's Son.
 そして、キリストのヴィジョンの中で、聖霊は、神の子の内面に永遠に存在する完璧な純粋さをあなたに見せてくれるでしょう。



11. You cannot enter into real relationships with any of God's Sons unless you love them all and equally.
 あなたが神の子の全員を平等に愛さないかぎり、あなたは神の子供たちのうちの誰とも真の関係性を結ぶことはできません。

 Love is not special.
 愛は特別なものではないからです。

 If you single out part of the Sonship for your love, you are imposing guilt on all your relationships and making them unreal.
 もしあなたが自分の愛を捧げる対象として神の子全体のうちの誰かを選り抜くなら、あなたは自分の関わるすべての関係性に罪悪感を押しつけて、自分の関与する関係を架空のものにしようとしているのです。

 You can love only as God loves.
 あなたは、神が愛するようにしか愛せません。

 Seek not to love unlike him, for there is no love apart from his.
 神と違うように愛そうとしないでください。なぜなら、神の愛以外に別の愛などないからです。

 Until you recognize that this is true, you will have no idea what love is like.
 これが真実だとあなたが認めるまでは、あなたには愛がどんなものなのか、まるっきり見当もつかないでしょう。

 No one who condemns a brother can see himself as guiltless and in the peace of God.
 兄弟に罪があると咎める者は誰も、自分自身のことを無罪で神の平安の中にいるとみなすことはできません。

 If he is guiltless and in peace and sees it not, he is delusional, and has not looked upon himself.
 もし彼が無罪で平安の中にありながら自分でそのことがわからないとすれば、彼は妄想を抱いて、自分が誰だかわからなくなっているのです。

 To him I say:
 そんな彼に私はこう言いましょう。


Behold the Son of God, and look upon his purity and be still.
神の子を見つめなさい。そして、神の子の清らかさを見て、心を静めなさい。

In quiet look upon his holiness, and offer thanks unto his Father that no guilt has ever touched him.
静寂のうちに神の子の神聖さを眺めて、どんな罪も一度も神の子を傷つけてなどいないことについて彼の大いなる父に感謝を捧げるがよいでしょう。

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12. No illusion that you have ever held against him has touched his innocence in any way.
 あなたがこれまで兄弟のせいにしてきたいかなる幻想も、いかようにも兄弟の潔白さに影響を及ぼしたことはありません。

 His shining purity, wholly untouched by guilt and wholly loving, is bright within you.
 兄弟の煌めくような清らかさは、まったく罪悪感に穢されることなく、完全に愛に満ちてあなたの中で輝きを放っています。

 Let us look upon him together and love him.
 私たちで一緒にその兄弟を見つめて、彼を愛しましょう。

 For in love of him is your guiltlessness.
 なぜなら、彼を愛することで、あなたが無罪だとわかるようになるからです。

 But look upon yourself, and gladness and appreciation for what you see will banish guilt forever.
 ただ自分自身をよく見てください。そうすれば、あなたがそこに見る姿についての喜びと感謝の念が永久に罪悪感を払い除けてくれるはずです。

 I thank You, Father, for the purity of Your most holy Son, whom You have created guiltless forever.
 大いなる父よ、あなたが永遠に罪なきものとして創造してくれた最も神聖な神の子の清らかさに感謝を捧げます。



13. Like you, my faith and my belief are centered on what I treasure.
 あなたと同じように、私も自分の大切にするものに信頼を寄せて信念を抱きます。

 The difference is that I love only what God loves with me, and because of this I treasure you beyond the value that you set on yourself, even unto the worth that God has placed upon you.
 あなたと私とで違う点は、私は神が私とともに愛するものだけを愛していることです。これこそ、私が、あなたが自分に定めた価値を越えて、神があなたに置いている真価にふさわしいほどにまで、あなたのことを大切にする理由です。

 I love all that he created, and all my faith and my belief I offer unto it.
 私は神が創造したすべてのものたちを愛しています。だから、私は自分の全面的な信頼と信念を神が創造したすべてのものたちに捧げます。

 My faith in you is as strong as all the love I give my Father.
 私があなたに対して寄せる信頼は、私が大いなる父に捧げる愛のすべてと同じくらい強力なものです。

 My trust in you is without limit, and without the fear that you will hear me not.
 私はあなたを限りなく信頼しているので、私はあなたが私の言うことに耳を貸してくれないのではないかと心配してなどいません。

 I thank the Father for your loveliness, and for the many gifts that you will let me offer to the Kingdom in honor of its wholeness that is of God.
 私はあなたの素晴らしさについて、大いなる父に感謝を捧げます。そして、あなたが私に、神のものである王国の完全さを讃えて王国に捧げられるようにしてくれているたくさんの贈り物について、大いなる父に感謝を捧げます。

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14. Praise be to you who make the Father one with his own Son.
 大いなる父が自らの大いなる子とひとつに結ばれるよう仲立ちするあなたに讃えあれ。

 Alone we are all lowly, but together we shine with brightness so intense that none of us alone can even think of it.
 ひとりきりでは、私たちはみな凡夫でしかありません。しかし、一緒になれば、私たちは、私たちがひとりでいるときには誰も想像することさえできないほどの本当に強烈な輝きを放つ存在となります。

 Before the glorious radiance of the Kingdom guilt melts away, and transformed into kindness will never more be what it was.
 王国の壮麗な輝きを前にしては、罪悪感は溶け去って優しさへと変容し、もう二度とかつてそうであったものへと戻ることはありません。

 Every reaction you experience will be so purified that it is fitting as a hymn of praise unto your Father.
 あなたの経験する一つひとつの反応は十分に浄化されるので、大いなる父に捧げる讃歌と呼ぶにふさわしいものとなります。

 See only praise of him in what he has created, for he will never cease his praise of you.
 大いなる父が創造したものの中に父の称賛だけを見てください。というのも、父はあなたを賛美することを決してやめることはないからです。

 United in this praise we stand before the gates of Heaven where we will surely enter in our sinlessness.
 この賛美の中で私たちはひとつに結ばれて天国の門の前に立ちます。そこから、私たちは、自分たちの潔白さの中で、確実に天国へと入ってゆくのです。

 God loves you.
 神はあなたを愛しています。

 Could I, then, lack faith in you and love him perfectly?
 そうだとすれば、そのあなたを信頼しないままに、私が完璧に神を愛することなどできるでしょうか。


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