There Is No Spoon

ARTICLE PAGE

T22-1 神聖な関係のメッセージ

今回はテキスト第二十二章から『神聖な関係メッセージ」という一節をご紹介します。





テキスト第二十二章

I. The Message of the Holy Relationship
一 神聖な関係メッセージ




1. Let reason take another step.
 理性がもう一歩を踏み出せるようにしてください。

 If you attack whom God would heal and hate the one he loves, then you and your Creator have a different will.
 もしあなたが神が癒そうとする者を攻撃し、神が愛している者を憎むとすれば、あなたとあなたの創造主とは違う意志を持っていることになります。

 Yet if you are his will, what you must then believe is that you are not yourself.
 しかし、もしあなたが神の意志であるとすれば、あなたは自分のことを自分自身ではないものと信じているに違いないということになります。

 You can indeed believe this, and you do.
 あなたは確かに自分のことを自分自身ではないものであると信じることができるし、あなたは現にそう信じてもいます。

 And you have faith in this and see much evidence on its behalf.
 そして、あなたは自分が自分自身ではないと信頼しているし、このことを支持する証拠をたくさん目にしてもいます。

 And where, you wonder, does your strange uneasiness, your sense of being disconnected, and your haunting fear of lack of meaning in yourself arise?
 そうでありながら、あなたは自分の奇妙な居心地の悪さや、つながりを絶たれているような感覚、そして、自分自身の中に意味が欠落しているという執拗につきまとう恐怖心は、いったいどこから生じるのだろうかと不思議に思ってもいます。

 It is as though you wandered in without a plan of any kind except to wander off, for only that seems certain.
 まるであなたは、迷子になること以外にはいかなる種類の計画も持たないままに、この世界に迷い込んでしまったようです。というのも、ただ横道に迷い込むことだけが確かなことに思えるからです。




2. Yet we have heard a very similar description earlier, but it was not of you.
 さて、私たちは以前にこれと実によく似た描写を耳にしたことがあります。ただし、それはあなたのことではありませんでした。

 But still this strange idea which it does accurately describe, you think is you.
 しかし、それなのに、実に正確に描写されているこの奇妙な想念のことを、あなたは自分のことを描写するものだと思っています。

 Reason would tell you that the world you see through eyes that are not yours must make no sense to you.
 理性はあなたに、あなたが自分のものではない目を通して見ている世界は、あなたにとって何の意味もなさないに違いないと教えようとしてくれます。

 To whom would seeing such as this send back its messages?
 このあなたのものではない目は、それ自体が見るものについてのメッセージをいったい誰に送り返すのでしょうか。

 Surely not you, whose sight is wholly independent of the eyes that look upon the world.
 それがあなたに向けてではないことは確かです。というのも、あなたの視力はこの世界を見るための肉眼にはまったく依存していないからです。

 If this is not your vision, what can it show to you?
 もし肉眼で見えるものがあなたのヴィジョンでないのなら、肉眼に映るものはあなたに何を見せることができるというのでしょうか。

 The brain cannot interpret what your vision sees.
 頭脳には、あなたのヴィジョンに見えているものを解釈することができません。

 This you would understand.
 このことは、あなたにも理解できるはずです。

 The brain interprets to the body, of which it is a part.
 頭脳は、頭脳自体がその一部をなしている身体に向けて通訳します。

 But what it says you cannot understand.
 ところが、その頭脳が告げることをあなたは理解できません。

 Yet you have listened to it.
 それにもかかわらず、あなたは頭脳が告げることに耳を傾けてきました。

 And long and hard you tried to understand its messages.
 そして、あなたは長い間、必死になって、頭脳が伝えようとするメッセージを理解しようとしてきたのです。


名称未設定

3. You have not realized it is impossible to understand what fails entirely to reach you.
 あなたはまだ、あなたに到達することが完全にできないものを理解するのは不可能だということがわかっていません。

 You have received no messages at all you understand.
 あなたは自分が理解できるようなメッセージをひとつも受け取ったことがありません。

 For you have listened to what can never communicate at all.
 というもの、あなたはコミュニケーションを取ることがまったくできないものに耳を傾けていたからです。

 Think, then, what happens.
 そのとき、何が起こっているのか考えてみてください。

 Denying what you are, and firm in faith that you are something else, this "something else" that you have made to be yourself becomes your sight.
 自分の真の姿を否認し、自分は何か別のものだと頑固に信じ込むことで、あなたが自分自身に仕立てあげたこの「何か別のもの」があなたの視覚となります。

 Yet it must be the "something else" that sees, and as not you, explains its sight to you.
 しかし、何かを見て、あなたではないものとして、自分が見るものをあなたに対して説明するのは、この「何か別のもの」に違いありません。

 Your vision would, of course, render this quite unnecessary.
 もちろん、あなたのヴィジョンは、このようなことをまったく不要なものにすることでしょう。

 Yet if your eyes are closed and you have called upon this thing to lead you, asking it to explain to you the world it sees, you have no reason not to listen, nor to suspect that what it tells you is not true.
 しかし、もしあなたの目が閉じられていて、あなたがそんなものに自分の導き役を任せ、それに見えている世界を自分に説明してほしいと頼んだままでいるなら、あなたには、それに耳を貸さずにいる理由も、それが告げることが真実ではないのではないかと疑う理由もありません。

 Reason would tell you it cannot be true because you do not understand it.
 理性は、それがあなたに告げることをあなたが理解できないがゆえに、そんなことは真実ではありえないのだと教えてくれます。

 God has no secrets.
 神には何ひとつ秘密がありません。

 He does not lead you through a world of misery, waiting to tell you, at the journey's end, why he did this to you.
 神は、なぜ神があなたをそんな目に遭わせるのか旅が終わるまで教えないまま、あなたに惨めな世界を通り抜けるよう仕向けたりはしません。




4. What could be secret from God's Will?
 神の大いなる意志から、いったい何を秘密にしておけるというのでしょう。

 Yet you believe that you have secrets.
 それなのに、あなたは自分が秘密を持っているのは確かだと信じています。

 What could your secrets be except another "will" that is your own, apart from his?
 あなたの秘密とは、神の意志とは別のあなた自身の「意志」以外の何でありうるでしょうか。

 Reason would tell you that this is no secret that need be hidden as a sin.
 理性はあなたに、そんなものは罪として隠さなければならないような秘密ではないと教えてくれます。

 But a mistake indeed!
 しかし、神の意志とは別のあなた自身の「意志」があることが間違いであるのは、本当に確かなことです。

 Let not your fear of sin protect it from correction, for the attraction of guilt is only fear.
 罪に恐怖心を抱いて、そんな間違いが修正されないように守ってはなりません。なぜなら、罪悪感に引き寄せられるのは恐怖心だけだからです。

 Here is the one emotion that you made, whatever it may seem to be.
 この恐れこそ、たとえそれがどのように見えるとしても、あなたが作り出した唯一の感情です。

 This is the emotion of secrecy, of private thoughts and of the body.
 これこそ秘密の感情であり、個人的な思いや身体から生じる感情です。

 This is the one emotion that opposes love, and always leads to sight of differences and loss of sameness.
 これこそが愛を妨げて、つねに相違点が目につくように仕向けて、同一性が失われた様が見えるようにさせる感情です。

 Here is the one emotion that keeps you blind, dependent on the self you think you made to lead you through the world it made for you.
 ここにこそ、あなたを盲目のままに保っておく唯一の感情があります。この唯一の感情は、あなたが自分のために作り出した世界の中を導いてもらうために、あなたが自分で作り出したと思い込んでいる小さな自己に依存しています。


名称未設定

5. Your sight was given you, along with everything that you can understand.
 あなたに理解できるものすべてと一緒にあなたの視覚は与えられました。

 You will perceive no difficulty in understanding what this vision tells you, for everyone sees only what he thinks he is.
 このヴィジョンがあなたに告げることであれば、あなたは難なくそれを理解できるはずです。というのも、誰もがこれが本当の自分だと思う姿だけを見ることになるからです。

 And what your sight would show you, you will understand because it is the truth.
 そして、あなたの視力があなたに見せるものを、それが真実であるがゆえに、あなたは理解するでしょう。

 Only your vision can convey to you what you can see.
 あなたのヴィジョンだけが、あなたに見ることができるものをあなたに伝えることができます。

 It reaches you directly, without a need to be interpreted to you.
 それは、あなたのために解釈される必要もなく、直接あなたに届きます。

 What needs interpretation must be alien.
 解釈を要するものはあなたとは異質のものであるに違いありません。

 Nor will it ever be made understandable by an interpreter you cannot understand.
 また、解釈を要するものが、あなたには理解できない解釈者によって、理解可能なものに変換されることも決してありません。




6. Of all the messages you have received and failed to understand, this course alone is open to your understanding and can be understood.
 あなたが今までに受け取りながらも理解し損ねてきた数多くのメッセージの中でも、このコースだけはあなたの理解力に馴染むので、理解されうるものです。

 This is your language.
 このコースの言葉こそがあなたの母語なのです。

 You do not understand it yet only because your whole communication is like a baby's.
 あなたがまだそれを理解していないのは、単に、あなたのコミュニケーションがまったく赤ん坊のコミュニケーションのようなものでしかないからです。

 The sounds a baby makes and what he hears are highly unreliable, meaning different things to him at different times.
 赤ん坊の発する声やその子が聞く音は、その時どきによってその子にとって異なることを意味するので、まったく当てになりません。

 Neither the sounds he hears nor sights he sees are stable yet.
 その子が聞く音声も、その子が見る光景もまだ安定してはいません。

 But what he hears and does not understand will be his native tongue, through which he will communicate with those around him, and they with him.
 しかし、その赤ちゃんが耳にしながらも理解できていない音声が、そのうち彼にとっての母国語となり、いずれ彼は、その言葉を用いて自分の周りにいる人たちとコミュニケーションを取るようになります。

 And the strange, shifting ones he sees about him will become to him his comforters, and he will recognize his home and see them there with him.
 そして、その赤ちゃんが自分の周りに見ている入れ替わり立ち代わり現れている奇妙な姿が、そのうち、彼にとって自分を安心させてくれる家族となり、彼は自分のわが家が見分けがつくようになり、自分と一緒にその人たちがそこにいるのを見るようになるのです。


名称未設定

7. So in each holy relationship is the ability to communicate instead of separate reborn.
 そのようにして、それぞれの神聖な関係において、分離する代わりにコミュニケーションを行う能力が再生します。

 Yet a holy relationship, so recently reborn itself from an unholy relationship, and yet more ancient than the old illusion it has replaced, is like a baby now in its rebirth.
 しかし、本当にごく最近、神聖でない関係から再生したばかりの神聖な関係は、それが取って代わった古い幻想である神聖でない関係よりもはるかに古くからあったとはいえ、復活したばかりの今はまだ、赤ん坊のようなものです。

 Still in this infant is your vision returned to you, and he will speak the language you can understand.
 それでも、この幼子の中において、あなたのヴィジョンがあなたに回復されることになるし、この幼子はやがてあなたに理解できる言葉を話すようになります。

 He is not nurtured by the "something else" you thought was you.
 この幼子は、あなたがかつて自分のことだと思っていた「何か別のもの」によって育てられるのではありません。

 He was not given there, nor was received by anything except yourself.
 その幼子は、あなた自身以外のほかのものによって、神聖な関係の中に与えられたのではないし、受け入れられたのでもありません。

 For no two brothers can unite except through Christ, Whose vision sees them one.
 なぜなら、二人の兄弟をひとつのものと見るキリストのヴィジョンを通してでなければ、二人の兄弟がひとつに結ばれることはありえないからです。




8. Think what is given you, my holy brother.
 私の神聖なる兄弟よ、自分が何を授かっているのか考えてみなさい。

 This child will teach you what you do not understand, and make it plain.
 この幼子こそが、あなたが理解していないことをあなたに教えてくれて、それを明快なものにしてくれます。

 For his will be no alien tongue.
 なぜなら、その幼子の言葉は異国の言葉ではないからです。

 He will need no interpreter to you, for it was you who taught him what he knows because you knew it.
 彼はあなたに教えるために通訳を必要としないでしょう。というのも、その幼子に彼の知っていることを教えたのはあなただったからです。あなたが彼に教えることができたのは、あなたがそれを知っていたからです。

 He could not come to anyone but you, never to "something else. "
 その子は、決して「何か別のもの」の許へと訪れることはできなかったのであり、あなたの許にしかやってくることができなかったのです。

 Where Christ has entered no one is alone, for never could he find a home in separate ones.
 キリストが入ってきたところでは、誰もひとりきりではありません。というのは、キリストは、分離した者たちの中にわが家を見出すことが絶対にできないからです。

 Yet must he be reborn into his ancient home, so seeming new and yet as old as he, a tiny newcomer, dependent on the holiness of your relationship to let him live.
 しかし、キリストは、新しく見えはしても、キリストと同じくらい古い彼の太古からの家の中へと再生しなければなりません。この小さな新たに生まれたキリストの成長は、あなたの関係の神聖さにかかっているのです。

名称未設定


9. Be certain God did not entrust his Son to the unworthy.
 神がわが子をその子にふさわしくない者に託すようなことはしなかったと確信してください。

 Nothing but what is part of him is worthy of being joined.
 神の一部であるもの以外は、何ものもひとつに結ばれる価値はないのです。

 Nor is it possible that anything not part of him can join.
 それに、何であれ、神の一部でないものがひとつに結びつくことは不可能です。

 Communication must have been restored to those who join, for this they could not do through bodies.
 ひとつに結ばれた者たちには、コミュニケーションが回復されているに違いありません。というのも、彼らは身体と身体を通じてはひとつに結ばれることはできなかったはずだからです。

 What, then, has joined them?
 それでは、何が彼らを結びつけたのでしょうか。

 Reason will tell you that they must have seen each other through a vision not of the body, and communicated in a language the body does not speak.
 理性はあなたに、彼らが肉眼ではなくヴィジョンを通してお互いを見て、身体には語ることのできない言語でコミュニケーションをしたに違いないと教えてくれるでしょう。

 Nor could it be a fearful sight or sound that drew them gently into one.
 それに、彼らを穏やかに引き合わせてひとつにしたものが、恐ろしい光景や音であったはずがありません。

 Rather, in each the other saw a perfect shelter where his Self could be reborn in safety and in peace.
 そうではなく、彼らはお互いに相手の中に、自らの真の自己が安全に平安のうちに再生することができる完璧な避難所を見出したのです。

 Such did his reason tell him; such he believed because it was the truth.
 彼の理性が彼に告げるのは、このようなことであり、それが真実であったがゆえに、彼はそのことを信じたのです。




10. Here is the first direct perception that you can make.
 ここに、あなたがなすことのできる最初の直接的な知覚があります。

 You make it through awareness older than perception, and yet reborn in just an instant.
 あなたは、意識の気づきによってそれをなし遂げます。この意識は、知覚よりも前からあるとはいえ、ほんの一瞬のうちに復活します。

 For what is time to what was always so?
 というのも、つねにそうであったものに対して時間は何もできないからです。

 Think what that instant brought; the recognition that the "something else" you thought was you is an illusion.
 その一瞬が何をもたらしたのか考えてみてください。それは、あなたが自分だと思っていた「何か別のもの」は錯覚だという認識です。

 And truth came instantly, to show you where your Self must be.
 そして、あなたに大いなる自己があるに違いない場所を見せるために、即座に真理が訪れたのです。

 It is denial of illusions that calls on truth, for to deny illusions is to recognize that fear is meaningless.
 幻想を否認することが真理を呼び起こすことになります。というのも、幻想を否認することは、恐怖は無意味だと認めることだからです。

 Into the holy home where fear is powerless love enters thankfully, grateful that it is one with you who joined to let it enter.
 愛は、そこに愛が入ることができるようにひとつに結びついたあなたたちとひとつになったことに感謝しながら、恐れが力を持たない聖なる家の中へと喜んで入ってきます。


名称未設定

11. Christ comes to what is like himself; the same, not different.
 キリストは、自分自身と似たもの、すなわち、異なるものではなく、同じものの許へと訪れます。

 For he is always drawn unto himself.
 というのも、キリストは、つねに自分自身に引き寄せられるからです。

 What is as like him as a holy relationship?
 神聖な関係ほどキリストに似たものがあるでしょうか。

 And what draws you together draws him to you.
 そして、あなたたちを一緒に引き寄せるものは、キリストをあなたたちに引き寄せます。

 Here are his sweetness and his gentle innocence protected from attack.
 ここでは、キリストの美しさやキリストの優しい潔白さは攻撃から守られています。

 And here can he return in confidence, for faith in one another is always faith in him.
 だから、キリストはここに確信をもって戻ってくることができます。なぜなら、お互いを信頼することは必ずキリストを信頼することだからです。

 You are indeed correct in looking on each other as his chosen home, for here you will with him and with his Father.
 あなたたちがお互いのことをキリストが選んだ家として見ているとき、あなたたちは実に正しいといえます。なぜなら、ここで、あなたはキリストと彼の大いなる父と共に意図するからです。

 This is your Father's will for you, and yours with his.
 これこそ、あなたの大いなる父があなたのために意図していることであり、あなたが父と共に意図することです。

 And who is drawn to Christ is drawn to God as surely as both are drawn to every holy relationship, the home prepared for them as earth is turned to Heaven.
 そして、キリストに引き寄せられる者は神に引き寄せられていることは確かなことです。それは、キリストと神はすべての神聖な関係に引き寄せられているのが確かなのと同じです。その神聖な関係こそ、地上が天国に変わるとき、キリストと神のために用意された安らぎの家なのです。


名称未設定

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ ACIMへ
ポチリよろしく!


ポチッとお願いします!

2air_rankクリックお願いします
関連記事
神聖な関係メッセージ理性肉眼ヴィジョン頭脳通訳コミュニケーション説明

Comments 0

Leave a reply