There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T26-7 癒しの法則

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今回は、テキスト第二十六章から「癒し法則」という一節をご紹介します。




テキスト第二十六章


VII. The Laws of Healing
七 癒し法則


1. This is a course in miracles.
 これは奇跡のコースです。

 As such, the laws of healing must be understood before the purpose of the course can be accomplished.
 したがって、このコースの目的を達成するためには、その前にまず、癒し法則を理解しなければなりません。

 Let us review the principles that we have covered, and arrange them in a way that summarizes all that must occur for healing to be possible.
 私たちでこれまでに学習してきた原則を復習して、それらの原則を癒しが可能となるために起こる必要のあることのすべてを要約して整理してみましょう。

 For when it once is possible it must occur.
 というのは、いったんそれが可能となれば、それは必ず起こることになるからです。




2. All sickness comes from separation.
 あらゆる病気は分離から生じます。

 When the separation is denied, it goes.
 分離が否認されたとき、病気は消え去ります。

 For it is gone as soon as the idea that brought it has been healed, and been replaced by sanity.
 というのは、病気をもたらした想念が癒され、正気によって取って代わられるや否や病気は去ってしまうからです。

 Sickness and sin are seen as consequence and cause, in a relationship kept hidden from awareness that it may be carefully preserved from reason's light.
 病気とは、結果とその原因とみなされますが、その関係性は自覚できないように隠されており、理性の光に当たらないように注意深く保護されています。

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3. Guilt asks for punishment, and its request is granted.
 悪感を抱くことが処罰されることを求めさせ、そして、その求めは叶えられます。

 Not in truth, but in the world of shadows and illusions built on sin.
 ただし、それは本当のことではなく、の上に築かれた幻影の世界の中でのことです。

 The Son of God perceived what he would see because perception is a wish fulfilled.
 知覚することは願望を満足させることなので、神の子は自分の見たいと意図したものを知覚したのです。

 Perception changes, made to take the place of changeless knowledge.
 変わることのない知識に置き換えるために作られたがゆえに、知覚は変化します。

 Yet is truth unchanged.
 しかし、真理は不変なるものです。

 It cannot be perceived, but only known.
 真理知覚されることはできず、ただ知られるのみです。

 What is perceived takes many forms, but none has meaning.
 知覚されるものは様々な形態をとりますが、どれひとつ意味を持ちません。

 Brought to truth, its senselessness is quite apparent.
 知覚したものを真理へともたらせば、知覚したものの無意味さは一目瞭然になります。

 Kept apart from truth, it seems to have a meaning and be real.
 真理から隔離されることで、知覚するものには意味があって本当のものであるかのように思えるのです。




4. Perception's laws are opposite to truth, and what is true of knowledge is not true of anything that is apart from it.
 知覚の法則真理に対して反対するものであり、知識について真実であることは、何であれ知識から離れているものについて真実であることはありません。

 Yet has God given answer to the world of sickness, which applies to all its forms.
 しかし、神はすでに病んだ世界に答えを与えてくれています。その答えは、病がとるあらゆる形態に適用できるものです。

 God's answer is eternal, though it works in time, where it is needed.
 神の答えは永遠のものです。けれども、神の答えは、それが必要とされる時間の中で作用することになります。

 Yet because it is of God, the laws of time do not affect its workings.
 とはいえ、神の答えは神に由来するものなので、時間の法則がその働きに影響を及ぼすようなことはありません。

 It is in this world, but not a part of it.
 神の答えは、この世界の中にありますが、この世界の一部ではありません。

 For it is real, and dwells where all reality must be.
 というのは、神の答えは現実であって、すべての現実が在るところに留まっているからです。

 Ideas leave not their source, and their effects but seem to be apart from them.
 想念はその源から離れることはありません。だから、想念の結果は、ただ想念から離れているように思えるだけです。

 Ideas are of the mind.
 想念は心に属するものです。

 What is projected out, and seems to be external to the mind, is not outside at all, but an effect of what is in, and has not left its source.
 外側に投影されて心の外部にあるように見えるものも、まったく外側にあるのではなく、単に内側にあるものの結果でしかなく、その想念の源から離れたわけではないのです。

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5. God's answer lies where the belief in sin must be, for only there can its effects be utterly undone and without cause.
 神の答えは、に対する信仰のあるに違いないところに見出せます。というのも、ただそこでのみを信じることの及ぼす影響や結果を徹底的に取り消して原因のないものにできるからです。

 Perception's laws must be reversed, because they are reversals of the laws of truth.
 知覚の法則は、逆転されなければなりません。なぜなら、知覚の法則は、真理の法を転倒させたものだからです。

 The laws of truth forever will be true, and cannot be reversed; yet can be seen as upside down.
 真理の法は永遠に真実であり、逆転させることができないものです。しかし、真理の法が逆さまに見られることは可能です。

 And this must be corrected where the illusion of reversal lies.
 だから、この真理の法を逆転させた見方は、転倒した幻想が存在するところで修正されなければならないのです。




6. It is impossible that one illusion be less amenable to truth than are the rest.
 ある幻想が他の幻想に比べて、より真理に適合するように修正しにくいということはありえません。

 But it is possible that some are given greater value, and less willingly offered to truth for healing and for help.
 ただし、いくつかの幻想には他の幻想よりも大きな価値が置かれていて、それを癒しと助けのために真理に差し出す意欲が少ししか持てないということはありえます。

 No illusion has any truth in it.
 いかなる幻想も、その中に少しだけは真理を含んでいるということは一切ありません。

 Yet it appears some are more true than others, although this clearly makes no sense at all.
 それでも、いくつかの幻想は他の幻想よりもずっと本物のように見えてしまいます。けれども、こんなことはまったく何の意味もなしません。

 All that a hierarchy of illusions can show is preference, not reality.
 数々の幻想の間の価値の序列は、現実に序列があることではなく、単に好みの程度を示すことしかできません。

 What relevance has preference to the truth?
 好みの程度が真理とどんな関連があるというのでしょう。

 Illusions are illusions and are false.
 幻想は錯覚でしかなく、偽りです。

 Your preference gives them no reality.
 あなたが贔屓にすることによって幻想が現実になるわけではありません。

 Not one is true in any way, and all must yield with equal ease to what God gave as answer to them all.
 幻想のうちのただのひとつも、どのようにしたところで、本物ではないし、すべての幻想は、神がそれらの幻想すべてに対する答えとして与えたものに対して、等しい容易さで屈服するに違いないのです。

 God's Will is One.
 神の大いなる意志はひとつです。

 And any wish that seems to go against His Will has no foundation in the truth.
 だから、神の大いなる意志に逆らうように見えるどのような願望も、真理の中に何の基盤も持たないのです。

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7. Sin is not error, for it goes beyond correction to impossibility.
 は誤りではありません。というのも、罪は修正できる範囲を越えるありえないものだからです。

 Yet the belief that it is real has made some errors seem forever past the hope of healing, and the lasting grounds for hell.
 しかし、罪が本物だと信じることが、いくつかの誤りについて、それが永遠に癒される望みのないもので、地獄が永遠に続く根拠になるように思わせてきました。

 If this were so, would Heaven be opposed by its own opposite, as real as it.
 もしこれがその通りだとすれば、天国は、天国と同じように実在性を持つ天国自体とは正反対の相手によって対抗されていることになります。

 Then would God's Will be split in two, and all creation be subjected to the laws of two opposing powers, until God becomes impatient, splits the world apart, and relegates attack unto Himself.
 そうなれば、神の大いなる意志は二つに分裂していることになり、すべての創造物は二つの対立する勢力の法則に従属することになり、やがては神は我慢しきれなくなって世界を引き裂き、自分自身を攻撃せざるをえなくなるというのです。

 Thus has He lost His Mind, proclaiming sin has taken His reality from Him and brought His Love at last to vengeance's heels.
 かくして、神は正気を失って、罪が神から神の実在性を奪い、神の愛をとうとう復讐に屈服させたことが明らかになるというのです。

 For such an insane picture an insane defense can be expected, but can not establish that the picture must be true.
 このような狂気の光景に対して狂った防衛で対応するのは予想できることではあります。しかし、そうであっても、このことが狂気の事態が真実に違いないということを確かなものにできるわけではありません。




8. Nothing gives meaning where no meaning is.
 何ものも、意味のないところに意味を与えることなどできません。

 And truth needs no defense to make it true.
 そして、真理は、真理を本当のものにするために防衛する必要など一切ありません。

 Illusions have no witnesses and no effects.
 幻想を証明する証人などいないし、幻想には何の影響も結果もありません。

 Who looks on them is but deceived.
 幻想を見ている者はただ騙されているだけです。

 Forgiveness is the only function here, and serves to bring the joy this world denies to every aspect of God's Son where sin was thought to rule.
 赦しこそ、この世界での唯一の役割です。赦しは、罪が支配しているように思われていたこの世界が否定している喜びを神の子のあらゆる側面にもたらすことに奉仕します。

 Perhaps you do not see the role forgiveness plays in ending death and all beliefs that rise from mists of guilt.
 たぶんあなたには、死を終わらせ、罪悪感の靄から湧いてくるすべての信念を終わらせるために、赦しが果たす役割がわかっていません。

 Sins are beliefs that you impose between your brother and yourself.
 罪とは、あなたが自分の兄弟とあなた自身の間に押しつけている信念です。

 They limit you to time and place, and give a little space to you, another little space to him.
 罪はあなたを時間と場所に制限し、あなたに小さな空間を与えて、別の小さな空間を兄弟に与えます。

 This separating off is symbolized, in your perception, by a body which is clearly separate and a thing apart.
 この切り離しは、あなたの知覚の中で、はっきりと分離して、別々のものとして物体化している身体に象徴されています。

 Yet what this symbol represents is but your wish to be apart and separate.
 しかし、この象徴は、離ればなれのまま分離していたいというあなたの願望の表れでしかありません。

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9. Forgiveness takes away what stands between your brother and yourself.
 赦しは、あなたの兄弟とあなた自身との間に立ちはだかっているものを取り除きます。

 It is the wish that you be joined with him, and not apart.
 赦しは、自分の兄弟と離れることなくひとつに結ばれたいというあなたの願いです。

 We call it "wish" because it still conceives of other choices, and has not yet reached beyond the world of choice entirely.
 私たちが赦しを「願い」と呼ぶのは、赦しはなおも他の選択肢を宿しており、選択が存在する世界を完全に超越するところには到達していないからです。

 Yet is this wish in line with Heaven's state, and not in opposition to God's Will.
 とはいえ、この願いは天国の状態と調和しており、神の大いなる意志と対立するものではありません。

 Although it falls far short of giving you your full inheritance, it does remove the obstacles that you have placed between the Heaven where you are, and recognition of where and what you are.
 赦しはあなたの受け継いでいるものすべてをあなたに与えるには程遠いけれど、あなたが実際にいる天国と、自分はどこにいて誰なのかについての認識との間にあなたが自分で置いた障害物を確かに取り除いてくれます。

 Facts are unchanged.
 事実が変わることはありません。

 Yet facts can be denied and thus unknown, though they were known before they were denied.
 しかし、事実は、それを否認することはできるので、たとえそれを否認する以前には知っていたとしても、知らないようになることは可能です。




10. Salvation, perfect and complete, asks but a little wish that what is true be true; a little willingness to overlook what is not there; a little sigh that speaks for Heaven as a preference to this world that death and desolation seem to rule.
 救いは完璧かつ完全なものなので、ただ真実であるものが真実であるようにとのささやかな願いを要求するだけです。それは、少しだけそこにありもしないものを見過ごすのを厭わない気になって、死と荒廃が支配するように見えるこの世界よりも天国のほうが望ましいと憧れてため息をつくだけで十分です。

 In joyous answer will creation rise within you, to replace the world you see with Heaven, wholly perfect and complete.
 あなたのささやかな願いに喜びに満ちて呼応して、あなたの中に創造がわき起こり、まったく完璧で完全な天国があなたの見ている世界に取って代わります。

 What is forgiveness but a willingness that truth be true?
 赦しとは単に、真理が真実であることを意欲することでしかないのではないでしょうか。

 What can remain unhealed and broken from a Unity Which holds all things within Itself?
 いったい何が、自らの内にすべてのものを含む統一した状態から離れて、癒されずに断片化したままでいられるでしょうか。

 There is no sin.
 罪など存在しないのです。

 And every miracle is possible the instant that the Son of God perceives his wishes and the Will of God are one.
 だから、神の子が自らの願いと神の大いなる意志とがひとつのものだと知覚した瞬間に、あらゆる奇跡が可能になるのです。

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11. What is the Will of God?
 神の大いなる意志とは何なのでしょうか。

 He wills His Son have everything.
 神はわが子があらゆるものを持つことを意図しています。

 And this He guaranteed when He created him as everything.
 そして、神は、神の子がすべてを持つということを、神の子をすべてのものとして創造したときに保証しました。

 It is impossible that anything be lost, if what you have is what you are.
 もしあなたの持っているものがあなたそのものだとすれば、何かを失うということは不可能です。

 This is the miracle by which creation became your function, sharing it with God.
 これこそ奇跡であり、この奇跡によって創造することがあなたの役目となり、あなたはその創造という役割を神と分かち合っているのです。

 It is not understood apart from Him, and therefore has no meaning in this world.
 それは神から離れては理解されないことなので、この世界では何の意味も持ちません。

 Here does the Son of God ask not too much, but far too little.
 この世界において、神の子は多くを要求しすぎているわけではありません。それどころか、神の子はあまりに何も要求しないでいるのです。

 He would sacrifice his own identity with everything, to find a little treasure of his own.
 神の子は、自分自身の取るに足らない宝物を見つけるために、万物と自分が一体だという自らのアイデンティティーすら犠牲にしようとするのです。

 And this he cannot do without a sense of isolation, loss and loneliness.
 そして、神の子には、孤立感や喪失感を味わったり孤独な思いをすることなくして、こんなことができるはずがありません。

 This is the treasure he has sought to find.
 神の子が探し求めてきた宝物とは、こんなものでしかないのです。

 And he could only be afraid of it.
 その結果、彼には自分の探し求める宝物に恐れを抱くことしかできなくなります。

 Is fear a treasure?
 恐れは宝物でしょうか。

 Can uncertainty be what you want?
 確信を持てずにいることがあなたの望みなのでしょうか。

 Or is it a mistake about your will, and what you really are?
 それとも、確信が持てずにいることは、あなたが自分の意志や自分の真の姿について誤解しているということなのでしょうか。




12. Let us consider what the error is, so it can be corrected, not protected.
 私たちで、誤りとは何なのかよく考えてみましょう。そうすれば、誤りは保護されることなく修正されることが可能になります。

 Sin is belief attack can be projected outside the mind where the belief arose.
 罪とは、攻撃という信念が生じた心の外側に攻撃を投影することができると信じることです。

 Here is the firm conviction that ideas can leave their source made real and meaningful.
 ここにおいて、想念がその源から離れることができるとの強固な確信が本物で意味を持つものとされることになります。

 And from this error does the world of sin and sacrifice arise.
 そして、この誤りから、罪と犠牲の世界が立ち現れてきます。

 This world is an attempt to prove your innocence, while cherishing attack.
 この罪と犠牲の世界は、攻撃を大事にしながら、あなたの潔白さを証明しようとする試みといえます。

 Its failure lies in that you still feel guilty, though without understanding why.
 あなたにそれがなぜなのか理解できないとしても、この試みが失敗に終わるのは、あなたが依然として罪悪感を抱いているせいです。

 Effects are seen as separate from their source, and seem to be beyond you to control or to prevent.
 結果はその源から分離しているものとみなされます。そして、結果は、あなたにとっては自分でコントロールしたり阻止したりすることのできないものに思えます。

 What is thus kept apart can never join.
 このようにして引き離されたものは、決してひとつに結ばれることはできません。

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13. Cause and effect are one, not separate.
 原因と結果はひとつであって、分離してはいません。

 God wills you learn what always has been true: that He created you as part of Him, and this must still be true because ideas leave not their source.
 神は、つねに変わらず真理であったことをあなたが学ぶことを意図しています。その真理とは、神はあなたを神の一部として創造したということ、そして、想念はその源を離れることはないがゆえに、あなたが神の一部であることは今もなお真実であるに違いないということです。

 Such is creation's law; that each idea the mind conceives but adds to its abundance, never takes away.
 創造の法とはこのようなものです。すなわち、心が抱く一つひとつの想念は、ただ心の豊かさを増すことにしかならず、決して何かを取り去ることはないのです。

 This is as true of what is idly wished as what is truly willed, because the mind can wish to be deceived, but cannot make it be what it is not.
 このことは、心から意図したことについてであろうと何気なく願ったことについてであろうと真実です。なぜなら、心は騙されたいと願うことはできても、自らを本来の姿ではないものにすることはできないからです。

 And to believe ideas can leave their source is to invite illusions to be true, without success.
 そして、想念がその源から離れることができると信じることは、成功する余地もないのに、幻想を本物になるようにと招くことです。

 For never will success be possible in trying to deceive the Son of God.
 というのは、神の子を欺こうとする試みが成功することなど決してありえないからです。




14. The miracle is possible when cause and consequence are brought together, not kept separate.
 奇跡は、原因と結果を別々に離れたままにせずに一緒に結び合せたときに可能になります。

 The healing of effect without the cause can merely shift effects to other forms.
 原因を抜きにして結果だけを癒そうとしても、単に結果をほかの形態に変えることしかできません。

 And this is not release.
 そして、これは解放とはいえません。

 God's Son could never be content with less than full salvation and escape from guilt.
 神の子が、完全な救済により罪悪感から免れるに至らないで満足できることなど絶対にありません。

 For otherwise he still demands that he must make some sacrifice, and thus denies that everything is his, unlimited by loss of any kind.
 というのも、完全に救われて罪悪感を免れるのでなければ、神の子は依然として自分は必ず何かを犠牲にすることが必要だと要求し、その結果、あらゆるものが自分のものであり、いかなる種類の喪失によっても制限されることがないということを否認してしまうからです。

 A tiny sacrifice is just the same in its effects as is the whole idea of sacrifice.
 小さな犠牲であっても、それがもたらす結果の面では、犠牲という想念全体とまったく同じ結果をもたらします。

 If loss in any form is possible, then is God's Son made incomplete and not himself.
 もし何らかの形で損失を被ることが可能だとすれば、神の子は不完全で自分自身ではないものにされてしまうことになります。

 Nor will he know himself, nor recognize his will.
 しかも、彼には、自分自身を知ることも、自分の意志を見分けることもできなくなってしまいます。

 He has forsworn his Father and himself, and made Them Both his enemies in hate.
 彼は、自らの父と自分自身を誓って否認し、憎しみの中で両者を敵に回してしまったのです。

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15. Illusions serve the purpose they were made to serve.
 幻想は、それが奉仕するために作られた目的に奉仕します。

 And from their purpose they derive whatever meaning that they seem to have.
 そして、幻想は、自分たちの目的から、幻想が持っているかのように思えるどんな意味でも引き出してきます。

 God gave to all illusions that were made another purpose that would justify a miracle whatever form they took.
 神は、いかなる形をとって現れている幻想であろうと、それらのでっちあげられた幻想のすべてに対して、奇跡を正当化することになる別の目的を与えました。

 In every miracle all healing lies, for God gave answer to them all as one.
 一つひとつの奇跡の中にすべての癒しがあります。というのも、神はそれらの幻想のすべてをひとつのものとして答えを与えたからです。

 And what is one to Him must be the same.
 そして、神にとってひとつであるものは、同じものであるに違いありません。

 If you believe what is the same is different you but deceive yourself.
 もしあなたが、同じであるものが異なったものであると信じているとしたら、あなたはただ自分自身を欺いているだけです。

 What God calls One will be forever One, not separate.
 神がひとつと呼ぶものは永遠にひとつであり続け、分離することはありません。

 His Kingdom is united; thus it was created, and thus will it ever be.
 神の王国はひとつに結ばれています。王国は、そのように創造されたがゆえに、これからもそのままなのです。




16. The miracle but calls your ancient Name, which you will recognize because the truth is in your memory.
 奇跡はただあなたの古来の名を呼ぶだけです。あなたの記憶の中には真理があるので、あなたは自分が呼ばれていることに気づくでしょう。

 And to this Name your brother calls for his release and yours.
 そして、この呼び名に向けて、あなたの兄弟は自らの解放とあなたの解放を求めて呼びかけます。

 Heaven is shining on the Son of God.
 天国が神の子を照らします。

 Deny him not, that you may be released.
 兄弟を拒んではなりません。それは、あなたが解放されるためです。

 Each instant is the Son of God reborn until he chooses not to die again.
 神の子が再び死ぬことを選択しなくなるまでは、彼は一瞬ごとに生まれ変わります。

 In every wish to hurt he chooses death instead of what his Father wills for him.
 傷つけたいと願うたびに、神の子は、父が彼のために意図することではなく、死を選んでいるのです。

 Yet every instant offers life to him because his Father wills that he should live.
 しかし、彼の父は、彼が生きることを意図しているがゆえに、すべての瞬間が彼に生命を差し延べているのです。

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17. In crucifixion is redemption laid, for healing is not needed where there is no pain or suffering.
 磔刑の中にこそ、救いが置かれています。というのは、苦痛や苦悩のないところで癒しが必要とされることはないからです。

 Forgiveness is the answer to attack of any kind.
 いかなる種類の攻撃に対しても、赦しこそがその答えです。

 So is attack deprived of its effects, and hate is answered in the name of love.
 赦しという答えによって、攻撃はその効力を奪われ、憎しみは愛の名において答えられます。

 To you to whom it has been given to save the Son of God from crucifixion and from hell and death, all glory be forever.
 磔刑や地獄や死から神の子を救い出すようにと赦しを授けられているあなたに、あらゆる栄光が永遠に注がれますように。

 For you have power to save the Son of God because his Father willed that it be so.
 なぜなら、父がそう意図したがゆえに、あなたには神の子を救う力が備わっているからです。

 And in your hands does all salvation lie, to be both offered and received as one.
 そして、救いをひとつのものとして差し延べるとともに受け取るために、あなたの掌中にすべての救済が置かれているのです。




18. To use the power God has given you as He would have it used is natural.
 神があなたに与えてくれた力を、神が望む使い方で用いることは自然なことです。

 It is not arrogant to be as He created you, nor to make use of what He gave to answer all His Son's mistakes and set him free.
 神があなたを創造した通りのあなたでいることは、傲慢なことではありません。それに、神がわが子のすべての間違いに答えるために与えてくれたものを用いて、彼を自由にすることも傲慢なことではありません。

 But it is arrogant to lay aside the power that He gave, and choose a little senseless wish instead of what He wills.
 逆に、神から授かった力を放棄して、神が意図することの代わりに取るに足らない無意味な願望を選ぶことのほうが傲慢なことです。

 The gift of God to you is limitless.
 神からあなたへの贈り物には限りがありません。

 There is no circumstance it cannot answer, and no problem which is not resolved within its gracious light.
 神からの贈り物に答えが出せないような状況はひとつもないし、その恵みに溢れた光の中で解決されない問題などひとつもありません。

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19. Abide in peace, where God would have you be.
 平安の中に留まりなさい。平安こそが神があなたを居させようと意図するところなのです。

 And be the means whereby your brother finds the peace in which your wishes are fulfilled.
 そして、あなたの兄弟が平安を見出せるように、そのよすがとなってください。その平安の中で、あなたの願いは叶えられることになります。

 Let us unite in bringing blessing to the world of sin and death.
 私たちで心をひとつにして、罪と死の世界に祝福をもたらしましょう。

 For what can save each one of us can save us all.
 なぜなら、私たちのうちの一人ひとりを救うことができるものは、私たち全員を救うことができるからです。

 There is no difference among the Sons of God.
 神の大いなる子らの間には、いかなる相違もありません。

 The unity that specialness denies will save them all, for what is one can have no specialness.
 特別性が拒絶する一体性こそが神の子全員を救います。というのも、ひとつであるものはいかなる特別性も持つことはできないからです。

 And everything belongs to each of them.
 だから、すべてのものが神の子全員の一人ひとりに属するものなのです。

 No wishes lie between a brother and his own.
 ある兄弟と彼が所有するものとの間に、いかなる願望も介在することはありません。

 To get from one is to deprive them all.
 ひとりから取り上げることは、神の子全員から奪うことです。

 And yet to bless but one gives blessing to them all as one.
 しかし、たったひとりであっても祝福することは、神の子全員をひとつのものとして祝福することなのです。




20. Your ancient Name belongs to everyone, as theirs to you.
 神の子みんなの名はあなたに属するものなので、あなたの古来の呼び名はみんなのものです。

 Call on your brother's name and God will answer, for on Him you call.
 あなたの兄弟の名を呼んでください。そうすれば、神は答えてくれます。というのも、あなたは神を呼んでいることになるからです。

 Could He refuse to answer when He has already answered all who call on Him?
 神はすでに自らを呼ぶ者たち全員に答えてくれているというのに、その神が答えることを拒むことなどありうるでしょうか。

 A miracle can make no change at all.
 奇跡は、まったく何の変化も起こすことはできません。

 But it can make what always has been true be recognized by those who know it not; and by this little gift of truth but let to be itself, the Son of God allowed to be himself, and all creation freed to call upon the Name of God as one.
 しかし、奇跡には、つねに真実であったことを、そうであると知らずにいる者たちに気づかせることができます。そして、ただこのささやかな真理の贈り物をあるがままにさせるだけで、神の子は自分自身であることができるようになり、創造されたすべてのものは、ひとつのものとして自由に神の名を呼べるようになるのです。

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