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T30-5 唯一の目的

今回はテキスト第三十章から『唯一の目的」という一節をご紹介します。




テキスト第三十章


V. The Only Purpose
五 唯一の目的


1. The real world is the state of mind in which the only purpose of the world is seen to be forgiveness.
 真の世界とは、赦すことだけがこの世界の唯一の目的だとみなされている心の状態のことです。

 Fear is not its goal, for the escape from guilt becomes its aim.
 恐れは真の世界目標ではありません。というのは、罪悪感から逃れることが真の世界目的になるからです。

 The value of forgiveness is perceived and takes the place of idols, which are sought no longer, for their "gifts" are not held dear.
 赦すことの重要性が知覚され、それが偶像に取って代ります。偶像のもたらす「贈り物」が大切にされることはなくなるので、もはや偶像が追い求められることはなくなります。

 No rules are idly set, and no demands are made of anyone or anything to twist and fit into the dream of fear.
 いかなるルールも無駄に定められることはないし、誰も、また何ものも自らを歪曲させて、恐怖の夢に適合させるように求められることはありません。

 Instead, there is a wish to understand all things created as they really are.
 その代わりに、そこには創造されたすべてのものを真にありのままに理解したいという願いがあります。

 And it is recognized that all things must be first forgiven, and then understood.
 そして、すべてのものがまず第一に赦されなければならず、そして、そのあとで理解されることになるということが認識されています。




2. Here, it is thought that understanding is acquired by attack.
 こちら側の世界では、攻撃することによって理解が得られると考えられています。

 There, it is clear that by attack is understanding lost.
 真の世界では、攻撃することによって理解が失われることは明らかです。

 The folly of pursuing guilt as goal is fully recognized.
 そこでは、罪悪感目標として追求することの愚かしさが完全に認識されています。

 And idols are not wanted there, for guilt is understood as the sole cause of pain in any form.
 そして、真の世界では、偶像が望まれることはありません。というのは、いかなる形の苦痛であれ、その唯一の原因は罪悪感であることが理解されているからです。

 No one is tempted by its vain appeal, for suffering and death have been perceived as things not wanted and not striven for.
 誰も罪悪感の虚ろな魅力に惑わされたりはしません。というのも、苦しみや死は望ましいものでもなければ、手に入れるために奮闘するに値するものでもないことが知覚されているからです。

 The possibility of freedom has been grasped and welcomed, and the means by which it can be gained can now be understood.
 自由になる可能性が理解されて歓迎されているので、自由を得るための手段も今や理解できるものとなっています。

 The world becomes a place of hope, because its only purpose is to be a place where hope of happiness can be fulfilled.
 この世界は希望の場所となります。なぜなら、この世界の唯一の目的が、幸福という希望が実現できる場所になることだからです。

 And no one stands outside this hope, because the world has been united in belief the purpose of the world is one which all must share, if hope be more than just a dream.
 そして、この希望の外側に立っている者は誰もいません。なぜなら、もし希望が単なる夢以上のものであるとすれば、この世界の目的はひとつであり、そのひとつの目的を全員で分かち合わなければならないという信念の下に、この世界がひとつに結ばれたからです。

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3. Not yet is Heaven quite remembered, for the purpose of forgiveness still remains.
 赦しという目的がまだ残っているので、まだ天国は完全に思い出されるわけではありません。

 Yet everyone is certain he will go beyond forgiveness, and he but remains until it is made perfect in himself.
 とはいえ、誰もがみな、自分が赦しを越えて進むことになると確信しています。そして、彼らは、ただ赦しが自分自身の中で完璧にされるまで留まるだけです。

 He has no wish for anything but this.
 その人には、これ以外には何の願いもありません。

 And fear has dropped away, because he is united in his purpose with himself.
 そして、恐怖心はいつの間にか去っています。なぜなら、彼は自らの目的において、自分自身とひとつに結ばれたからです。

 There is a hope of happiness in him so sure and constant he can barely stay and wait a little longer, with his feet still touching earth.
 彼の中の幸福への希望はあまりに確実で不変なるものなので、彼の足は依然として地上に着いているとはいえ、彼はかろうじて留まり、それ以上待っていられないほどの気持ちです。

 Yet is he glad to wait till every hand is joined, and every heart made ready to arise and go with him.
 それでも、彼は、みんなの手がひとつにつながって、立ち上がって彼と一緒に行くための準備がすべての心に整うまでは喜んで待っています。

 For thus is he made ready for the step in which is all forgiveness left behind.
 というのは、みんなとひとつに結ばれることでようやく、すべての赦しをあとにする一歩を踏み出すための彼自身の用意が整うからです。




4. The final step is God's, because it is but God Who could create a perfect Son and share His Fatherhood with him.
 最後の一歩は神が踏み出してくれます。なぜなら、完璧な子を創造し、自らの父性をその子と分かち合うことができるのは神しかいないからです。

 No one outside of Heaven knows how this can be, for understanding this is Heaven itself.
 天国の外側にいる者には、どうしてこんなことが可能になるのかわかりません。というのは、このことを理解することこそが天国そのものだからです。

 Even the real world has a purpose still beneath creation and eternity.
 この真の世界でさえ、その目的は依然として、創造と永遠には及ばないものです。

 But fear is gone because its purpose is forgiveness, not idolatry.
 しかし、真の世界の目的は赦しであって偶像崇拝ではないので、恐怖は去っています。

 And so is Heaven's Son prepared to be himself, and to remember that the Son of God knows everything his Father understands, and understands it perfectly with Him.
 こうして、天国の子には、自分自身に戻るための準備が整い、神の子は父が理解するすべてのこと知っており、それも父と共に完璧にその知識を理解しているということを思い出す準備が整うのです。

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5. The real world still falls short of this, for this is God's Own purpose; only His, and yet completely shared and perfectly fulfilled.
 真の世界はまだ、神の子が自分自身に戻って神の知識を思い出す状態には及ばないものです。というのは、この状態は神自身の目的であり、ただ神だけのものだからです。それでも、この状態は完全に共有され、完璧に達成されているのです。

 The real world is a state in which the mind has learned how easily do idols go when they are still perceived but wanted not.
 真の世界とは、まだ偶像が知覚されてはいても、もう望まれることがなくなれば、偶像がいかに簡単に消え去ってしまうかを学んだ心の状態です。

 How willingly the mind can let them go when it has understood that idols are nothing and nowhere, and are purposeless.
 偶像は無であり、どこにも存在することなく、何の目的もないものだと心が理解したなら、心はどんなに喜んでそれらの偶像を手放せることでしょうか。

 For only then can guilt and sin be seen without a purpose, and as meaningless.
 というのは、そのときにのみ、罪悪感や罪を目的のない無意味なものとして見ることができるようになるからです。




6. Thus is the real world's purpose gently brought into awareness, to replace the goal of sin and guilt.
 こうして、真の世界の目的が穏やかに自覚されるようになり、罪と罪悪感という目標に置き換わります。

 And all that stood between your image of yourself and what you are, forgiveness washes joyfully away.
 そして、あなたの抱く自己イメージとあなたの真の姿との間に立ちはだかっていたすべてのものを、赦しが喜びの中で洗い流してくれます。

 Yet God need not create His Son again, that what is his be given back to him.
 しかし、神の子のものを神の子に取り戻させるために、神がわが子を創造しなおす必要はありません。

 The gap between your brother and yourself was never there.
 あなたの兄弟とあなた自身との間の隔たりなど一度も存在したことなどなかったからです。

 And what the Son of God knew in creation he must know again.
 だから、神の子は必ず、自らが創造されたときに知っていたことを再び知ることになります。

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7. When brothers join in purpose in the world of fear, they stand already at the edge of the real world.
 恐怖の世界の中で、兄弟たちが目的においてひとつに結ばれるとき、彼らはすでに真の世界との境目に立っています。

 Perhaps they still look back, and think they see an idol that they want.
 たぶん彼らは、まだ後ろを振り返ってみて、自分には自分の欲しい偶像が見えると思うことでしょう。

 Yet has their path been surely set away from idols toward reality.
 しかし、彼らの進む道はすでに、偶像から離れて現実に向かうように確実に定められています。

 For when they joined their hands it was Christ's hand they took, and they will look on Him Whose hand they hold.
 というのは、彼らが手をつなぎ合ったとき、彼らが握ったのはキリストの手であったので、彼らは自分たちがその手を握り締めているキリスト自身を見ることになるからです。

 The face of Christ is looked upon before the Father is remembered.
 大いなる父を思い出す前に、キリストの顔を見ることになるのです。

 For He must be unremembered till His Son has reached beyond forgiveness to the Love of God.
 というのは、神の子が赦しを越えて神の大いなる愛に到達するまでは、神の子は父のことを思い出せないままであるに違いないからです。

 Yet is the Love of Christ accepted first.
 それでも、まずキリストの大いなる愛が受け入れられることになります。

 And then will come the knowledge They are One.
 そして、そのあとで、キリストと神はひとつであるという知識がやってくるでしょう。




8. How light and easy is the step across the narrow boundaries of the world of fear when you have recognized Whose hand you hold!
 自分が誰の手を握っているのかあなたが気づいたなら、恐怖の世界の狭い境界線を跨いで渡るのは、どんなに軽やかでたやすいことでしょう。

 Within your hand is everything you need to walk with perfect confidence away from fear forever, and to go straight on, and quickly reach the gate of Heaven itself.
 完璧な確信をもって永遠に恐怖から立ち去って、あっという間に天国そのものの門に到達するためにまっすぐ進んで行くためにあなたが必要とするすべてが、あなたの掌中にあるのです。

 For He Whose hand you hold was waiting but for you to join Him.
 というのも、あなたが手を握っているキリストは、あなたがキリストとひとつに結ばれることだけを待っていたからです。

 Now that you have come, would He delay in showing you the way that He must walk with you?
 ついにあなたが訪れた今、そのキリストがあなたと共に自分が歩まなければならない道をあなたに教えるのを遅らせようとなどするでしょうか。

 His blessing lies on you as surely as His Father's Love rests upon Him.
 彼の父の大いなる愛がキリストに注がれているのと同じくらい確実に、キリストはあなたに祝福を注いでくれています。

 His gratitude to you is past your understanding, for you have enabled Him to rise from chains and go with you, together, to His Father's house.
 キリストのあなたに対する感謝がどれほど大きなものか、あなたには理解できません。それは、あなたがキリストを鎖から解いて立ち上がらせて、あなたと一緒に大いなる父の家に行けるようにしてくれたからです。

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9. An ancient hate is passing from the world.
 古来の憎しみがこの世界から過ぎ去ろうとしています。

 And with it goes all hatred and all fear.
 そして、この往古の憎しみとともに、すべての憎しみとすべての恐れも去って行きます。

 Look back no longer, for what lies ahead is all you ever wanted in your heart.
 もうこれ以上、後ろを振り返らないでください。あなたの前途にあるのは、これまであなたが心の底から願っていたすべてなのですから。

 Give up the world!
 この世界を放棄しなさい。

 But not to sacrifice.
 しかし、それは犠牲にするためではありません。

 You never wanted it.
 あなたは一度もこの世界を望んでなどいなかったのです。

 What happiness have you sought here that did not bring you pain?
 あなたがこの地上で探し求めた幸せで、苦痛をもたらすことのなかったものがひとつでもあったでしょうか。

 What moment of content has not been bought at fearful price in coins of suffering?
 一瞬の満足を得るために、苦痛という硬貨で恐れに満ちた代償を払って買わずに済んだことがあったでしょうか。

 Joy has no cost.
 喜びには、いかなる代価もかかりません。

 It is your sacred right, and what you pay for is not happiness.
 喜びはあなたの神聖な権利であって、あなたが支払って手に入れるようなものは幸せではないのです。

 Be speeded on your way by honesty, and let not your experiences here deceive in retrospect.
 正直になることによって、あなたの道を進む歩みを速めてください。そして、この世界での自分の経験を回顧しては、そんな思い出に惑わされないようにしなさい。

 They were not free from bitter cost and joyless consequence.
 それらの体験は、容赦のない代償と喜びのない結果を免れるものではなかったはずです。




10. Do not look back except in honesty.
 虚心坦懐に見ることができるのでないかぎりは、後ろを振り返ってはなりません。

 And when an idol tempts you, think of this:  
 そして、偶像があなたを誘惑したら、次のことを考えてください。


There never was a time an idol brought You anything except the "gift" of guilt.
これまで偶像が、あなたに罪悪感という「贈り物」以外の何かをもたらしてくれたことなど一度もありません。

Not one was bought except at cost of pain, Nor was it ever paid by you alone.
しかも、苦痛という代価を払うことなしに買われたものは何ひとつなかったし、その支払いがあなたひとりだけで済んだこともありませんでした。


 Be merciful unto your brother, then.
 それゆえに、あなたの兄弟に対して慈悲深くありなさい。

 And do not choose an idol thoughtlessly, remembering that he will pay the cost as well as you.
 そして、あなたと同じようにその兄弟も代償を支払うことになることを思い出して、軽はずみに偶像を選ばないようにしなさい。

 For he will be delayed when you look back, and you will not perceive Whose loving hand you hold.
 というのは、あなたが振り返れば、兄弟が遅れることになるし、あなたも自分がキリストの愛に満ちた手を握っていることを知覚できなくなってしまうからです。

 Look forward, then, and walk with confidence, with happy hearts that beat in hope and do not pound in fear.
 それゆえ、前を向いて、恐怖で胸に早鐘を打たせるのではなく、希望に胸を高鳴らせながら、確信をもって歩みを進めてください。

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11. The Will of God forever lies in those whose hands are joined.
 神の大いなる意志は、手と手をひとつにつないだ者たちの中に永遠に見出せます。

 Until they joined, they thought He was their enemy.
 彼らがひとつに結ばれるまでは、彼らは神のことを自分たちの敵だと思い込んでいました。

 But when they joined and shared a purpose, they were free to learn their will is one.
 しかし、彼らがひとつになって、ひとつの目的を分かち合ったとき、彼らは何の妨げもなく、自分たちの意志がひとつなのだということを学んだのです。

 And thus the Will of God must reach to their awareness.
 このようにして、神の大いなる意志は、必ず彼らの自覚するところとなるのです。

 Nor can they forget for long that it is but their own.
 それに、彼らには、神の大いなる意志が自分たちの意志にほかならないということについてずっと忘れたままでいることなどできないのです。





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