There Is No Spoon

        対訳 奇跡のコース      奇跡のコース( 奇跡講座  A Course in Miracles ACIM )テキスト、ワークブック、マニュアルの和訳(日本語翻訳)

T31-7 救い主のヴィジョン

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とうとうテキストのご紹介も今回で終わりです。





ちょうどこのブログを開設した平成25年4月24日から、丸2年の節目に合わせて完結することができました。

ブログにアップするために訳文を練り直す作業をする時間は、私にとっては自分の中のイェシュアと語り合う至福のひと時でした。2年間、導いてくれたイェシュアと読者のみなさんに心から感謝と愛を捧げます。


本ブログでは、時事的なテーマは取り上げていませんし、内容が奇跡のコース一色ですから、新しい記事に価値があるとか、過去記事が陳腐化するということが全くありません。

奇跡のコースは小説のように一度読み切れば終わるものではなく、生涯の座右の書とするに値するものです。このブログも、なんども繰り返し読んで活用してもらえればと思います。


すでに記事数は800件近くになっていますので、今後は、新しい記事は追加しないようにしながら、過去の記事にエッセイを追加したり、誤字や誤訳を修正したりといった作業をしながらブラッシュアップをかけていきたいと思います。




テキスト第三十一章


VII. The Savior's Vision
七 救い主ヴィジョン


1. Learning is change.
 学習することは変化することです。

 Salvation does not seek to use a means as yet too alien to your thinking to be helpful, nor to make the kinds of change you could not recognize.
 救済は、今のところはまだ、あなたの考え方とあまりにも異質すぎて役立つものにはならない手段を用いようとはしないし、あなたが気づくことができないような種類の変化を生じさせようともしません。

 Concepts are needed while perception lasts, and changing concepts is salvation's task.
 知覚が存続する間は、色々な概念も必要なのであって、それらの概念を変えることが救いの任務です。

 For it must deal in contrasts, not in truth, which has no opposite and cannot change.
 というのも、救いが対処しなければならないのは、対立するものがなく変化することがありえない真理ではなくて、真理の中には存在しない対照的な物事だからです。

 In this world's concepts are the guilty "bad"; the "good" are innocent.
 この世界の概念においては、罪のある者は「」であり、「」なる者には罪はありません。

 And no one here but holds a concept of himself in which he counts the "good" to pardon him the "bad."
 そして、この世界では誰もが、自分の「」を許すために自らの「」を数え上げるという自分自身に関する概念を抱きます。

 Nor does he trust the "good" in anyone, believing that the "bad" must lurk behind.
 また、この世界の誰もが、いかなる人の「」の背後にも「」が潜んでいるに違いないと信じているために、他者の「」を信用しようとはしません。

 This concept emphasizes treachery, and trust becomes impossible.
 こんな概念は裏切りを強調しているので、信頼することは不可能となります。

 Nor could it change while you perceive the "bad" in you.
 しかも、あなたが自分の中に「」を知覚しているかぎり、この概念が変わることはありえません。

名称未設定


2. You could not recognize your "evil" thoughts as long as you see value in attack.
 攻撃することにあなたが価値を見出しているかぎり、あなたは自分の「い」思いに気づくことができません。

 You will perceive them sometimes, but will not see them as meaningless.
 あなたはときには自分の「い」思いを知覚することもありますが、あなたはそれを無意味なものだとはみなさないでしょう。

 And so they come in fearful form, with content still concealed, to shake your sorry concept of yourself and blacken it with still another "crime."
 したがって、「悪い」思いの内容は依然として隠されたまま、それらの思いは恐ろしい形をとってやってきては、あなたの自分自身についての惨めな概念を揺さぶって、さらに別の「罪」によってその思いをより暗いものへと穢します。

 You cannot give yourself your innocence, for you are too confused about yourself.
 あなたは、自分自身に潔白さを与えることができません。というのも、あなたは自分自身についてあまりに混乱しているからです。

 But should one brother dawn upon your sight as wholly worthy of forgiveness, then your concept of yourself is wholly changed.
 しかし、兄弟の一人でも、完全に赦されるに値する者としてあなたの目に見えはじめるようになるとすれば、そのとき、あなたの自分自身についての概念が完全に変わったということになります。

 Your "evil" thoughts have been forgiven with his, because you let them all affect you not.
 あなたの「悪い」思いは、その兄弟の「悪い」思いと一緒に赦されたということです。なぜなら、あなたはそれらの「悪い」思いが自分に影響を与えることを一切容認しなかったからです。

 No longer do you choose that you should be the sign of evil and of guilt in him.
 あなたはもうこれ以上、自分が兄弟の内なる邪悪さや罪悪感の印となるべきだと選ぶことをしなくなります。

 And as you give your trust to what is good in him, you give it to the good in you.
 そして、あなたが兄弟の中の良さを信頼するようになるにつれて、あなたは自分の良さも信用するようになります。




3. In terms of concepts, it is thus you see him more than just a body, for the good is never what the body seems to be.
 概念に関しては、あなたはこのように彼を単なる身体以上のものと見ることになります。というのは、善良さとは、決して身体がどのように見えるかということではないからです。

 The actions of the body are perceived as coming from the "baser" part of you, and thus of him as well.
 身体の作用はあなたの「低級」な部分、したがって、同じように兄弟の「低級」な部分から来ると知覚されています。

 By focusing upon the good in him, the body grows decreasingly persistent in your sight, and will at length be seen as little more than just a shadow circling round the good.
 兄弟の善良さに焦点を合わせることによって、身体は、あなたの視界の中での存在感を次第に失っていき、とうとう、その善良さの周囲を取り巻く、ただの影より少しましな程度のものとしか見られなくなります。

 And this will be your concept of yourself, when you have reached the world beyond the sight your eyes alone can offer you to see.
 そして、あなたの肉眼だけがあなたに見せている光景を越えた世界にあなたが到達したとき、これがあなた自身についてあなたが抱く概念となるでしょう。

 For you will not interpret what you see without the Aid that God has given you.
 というのも、あなたは自分の見るものを、神が与えてくれた聖霊の大いなる助けを受けずには解釈しようとしなくなるからです。

 And in His sight there is another world.
 そして、聖霊の視界には、もう一つの世界が存在しているのです。

名称未設定


4. You live in that world just as much as this.
 あなたは、この世界に生きているのと同じように、その世界にも生きています。

 For both are concepts of yourself, which can be interchanged but never jointly held.
 なぜなら、両方の世界はいずれも、あなた自身についての概念だからです。ただし、両方の概念を相互に置き換えることはできても、両方の概念を一まとめにして抱くことは絶対にできません。

 The contrast is far greater than you think, for you will love this concept of yourself, because it was not made for you alone.
 二つの概念の相違はあなたが思っているよりもはるかに大きいものなのです。というのも、この真の自己概念はあなた一人だけのために作り出されたものではないがゆえに、あなたはこの自己概念を愛するようになるからです。

 Born as a gift for someone not perceived to be yourself, it has been given you.
 この真の自己概念は、あなた自身であるとは知覚されていない誰かのための贈り物として生まれたものであり、すでにあなたに与えられているのです。

 For your forgiveness, offered unto him, has been accepted now for both of you.
 というのは、兄弟に差し延べられたあなたの赦しは、今やあなたと兄弟のために受け入れられたからです。




5. Have faith in him who walks with you, so that your fearful concept of yourself may change.
 あなたが抱く自分自身についての恐怖に満ちた概念が変わるように、あなたと共に歩む兄弟のことを信頼してください。

 And look upon the good in him, that you may not be frightened by your "evil" thoughts because they do not cloud your view of him.
 そして、彼の中に善良さを見るようにしてください。そうすれば、あなたは自分の「悪い」思いによって怯えさせられることがなくなります。なぜなら、あなたの邪悪な思いが、兄弟に対するあなたの見方を曇らせることがなくなるからです。

 And all this shift requires is that you be willing that this happy change occur.
 そして、この変化が起こるために必要なのは、あなたがこの喜ばしい変化が起こってほしいという気持ちになることだけです。

 No more than this is asked.
 あなたの意欲以上のものは求められていません。

 On its behalf, remember what the concept of yourself that now you hold has brought you in its wake, and welcome the glad contrast offered you.
 あなたがこの変化を意欲するためには、あなたが今抱いている自分自身についての概念が自分に何をもたらしてきたか、その軌跡を思い出し、そして、それとは対照的な喜ばしい真の自己概念が自分に差し延べられていることを歓迎することです。

 Hold out your hand, that you may have the gift of kind forgiveness which you offer one whose need for it is just the same as yours.
 優しい赦しという贈り物があなたのものになるように、手を差し出してください。そして、その贈り物を自分と同じように必要としている人に差し延べてください。

 And let the cruel concept of yourself be changed to one that brings the peace of God.
 そして、あなた自身についての惨めな概念を神の平安をもたらしてくれる概念に交換してもらいなさい。

名称未設定


6. The concept of yourself that now you hold would guarantee your function here remain forever unaccomplished and undone.
 あなたが今抱いている自分自身についての概念は、あなたのここでの役割がいつまで経っても果たされず、成就されることのないままになることを確かなものにしようとします。

 And thus it dooms you to a bitter sense of deep depression and futility.
 こうして、あなたが今抱いている自己概念は、あなたを深刻な憂鬱と自分が役立たずだという苦々しい思いを抱くように運命づけます。

 Yet it need not be fixed, unless you choose to hold it past the hope of change and keep it static and concealed within your mind.
 しかし、あなたが自己概念を変化する望みのないものと理解して自分の心の中に静止させて隠して保ちつづけることを選択するのでないかぎり、自分の自己概念をそのまま固定化させておく必要などありません。

 Give it instead to Him Who understands the changes that it needs to let it serve the function given you to bring you peace, that you may offer peace to have it yours.
 そんな選択なんかせずに、その自己概念を聖霊に渡してしまいなさい。聖霊は、あなたが与えられている自分たちに平安をもたらすという役目を果たすために、あなたの自己概念がどのように変化すれば、役に立つかよく理解しています。聖霊に渡せば、あなたは平安を自分のものにするために平安を差し出せるようになります。

 Alternatives are in your mind to use, and you can see yourself another way.
 今のあなたの自己概念に置き換わるものは、あなたの心の中にあって使うことができるようになっており、あなたは自分自身を別の見方で見ることができます。

 Would you not rather look upon yourself as needed for salvation of the world, instead of as salvation's enemy?
 あなたは自分自身を救済の敵としてではなく、この世界を救うために必要とされる存在として見たいとは思わないでしょうか。




7. The concept of the self stands like a shield, a silent barricade before the truth, and hides it from your sight.
 自己についての概念は、真理の前に楯のように立ちはだかり、粛然とした防塞として真理をあなたの視界から覆い隠しています。

 All things you see are images, because you look on them as through a barrier that dims your sight and warps your vision, so that you behold nothing with clarity.
 あなたが目にするものはすべて想像上のイメージです。なぜなら、あなたは自分の視界を薄暗くさせて、自分のヴィジョンを歪めてしまう障壁を通してそれらを見ているので、あなたには何ひとつ明瞭に見えていないからです。

 The light is kept from everything you see.
 光は、あなたの見るすべてのものから遠ざけられています。

 At most, you glimpse a shadow of what lies beyond.
 よくてせいぜいのところ、あなたは、その向こうにあるものの影を垣間見ることができるだけです。

 At least, you merely look on darkness, and perceive the terrified imaginings that come from guilty thoughts and concepts born of fear.
 悪くすれば、あなたはただ闇を見つめるばかりで、罪悪感に満ちた思いや恐怖から生み出される概念から生じてくる恐ろしい空想を知覚することになります。

 And what you see is hell, for fear is hell.
 つまり、あなたが見ているのは地獄です。というのは、恐れこそが地獄だからです。

 All that is given you is for release; the sight, the vision and the inner Guide all lead you out of hell with those you love beside you, and the universe with them.
 解放されるために必要なすべてのものはあなたに与えられています。視界やヴィジョンや内なるガイドたちが揃って、あなたをあなたの傍らにいるあなたの愛する者たちと一緒に、そして、全宇宙も彼らと一緒に、この地獄から連れ出してくれるのです。




8. Behold your role within the universe!
 この宇宙におけるあなたの役割をよく見てみなさい。

 To every part of true creation has the Lord of Love and Life entrusted all salvation from the misery of hell.
 大いなる愛と生命の主である神は、真の創造物のすべての部分に、地獄の悲惨さからの救いのすべてを託したのです。

 And to each one has He allowed the grace to be a savior to the holy ones especially entrusted to his care.
 そして、神はその一人ひとりに対して、特別に彼が救済の任に当たるようにと託された神聖な者たちの救い主となる栄誉を授けています。

 And this he learns when first he looks upon one brother as he looks upon himself, and sees the mirror of himself in him.
 彼が一人の兄弟を自分自身を見るように見て、兄弟の中に映し出された自分自身を見るようになってはじめて、彼はこのことを学ぶことになります。

 Thus is the concept of himself laid by, for nothing stands between his sight and what he looks upon, to judge what he beholds.
 こうして、その人の自分自身の概念が放棄されることになります。というのは、彼が見るものを価値判断するために彼の視覚と彼の見るものとの間に介在するものは何ひとつなくなるからです。

 And in this single vision does he see the face of Christ, and understands he looks on everyone as he beholds this one.
 そして、この一つのヴィジョンの中に彼は確かにキリストの顔を見ます。そして、彼は、自分がキリストの顔を見るとき、自分はすべての人たちを見ているのだということを理解します。

 For there is light where darkness was before, and now the veil is lifted from his sight.
 というのも、以前には暗闇があったところに光が射し、今や彼の視界からヴェールが取り除かれたからです。

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9. The veil across the face of Christ, the fear of God and of salvation, and the love of guilt and death, they all are different names for just one error; that there is a space between you and your brother, kept apart by an illusion of yourself that holds him off from you, and you away from him.
 キリストの顔にかけられているヴェール、神と救済に対する恐れ、罪悪感と死への愛着などのすべては、たった一つの誤りに付けられた様々に異なる名前にすぎません。その誤りとは、あなたと兄弟の間には、あなた自身についての幻想によって分離を維持して、兄弟をあなたから切り離して、あなたを兄弟から遠ざけておく空間が存在しているという錯覚です。

 The sword of judgment is the weapon that you give to the illusion of yourself, that it may fight to keep the space that holds your brother off unoccupied by love.
 裁きというこそ、あなたが自分自身についての錯覚に与える武器です。そのは、あなたの兄弟を切り離して寄せつけずにいる空間が愛に満たされて塞がれてしまわないように戦うためのものです。

 Yet while you hold this sword, you must perceive the body as yourself, for you are bound to separation from the sight of him who holds the mirror to another view of what he is, and thus what you must be.
 しかし、あなたがこの裁きのを握り締めているかぎり、あなたは必ず身体を自分自身として知覚することになります。というのは、あなたの兄弟は、彼のもう一つの別の姿、つまり、あなたの真の姿であるに違いないものを映し出すを掲げているので、あなたは兄弟を見ずに済むように距離を置いて分離していることを余儀なくされるはずだからです。

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10. What is temptation but the wish to stay in hell and misery?
 誘惑とは地獄に留まって惨めなままでいたいという願望でしかないのではないでしょうか。

 And what could this give rise to but an image of yourself that can be miserable, and remain in hell and torment?
 そして、こんな願望には、惨めになったり地獄に留まって苦悶するあなた自身の姿以外には何も描き出すことなどできないのではないでしょうか。

 Who has learned to see his brother not as this has saved himself, and thus is he a savior to the rest.
 自分の兄弟をこんな姿として見ないことを学んだ者は、自分自身を救ったのであり、それゆえに、彼は残りの者たちの救い主となります。

 To everyone has God entrusted all, because a partial savior would be one who is but partly saved.
 神は一人ひとりに全員を託したのです。なぜなら、一部分しか救わない者は、部分的にしか救われることがないからです。

 The holy ones whom God has given you to save are but everyone you meet or look upon, not knowing who they are; all those you saw an instant and forgot, and those you knew a long while since, and those you will yet meet; the unremembered and the not yet born.
 神があなたに救うようにと授けた聖なる者たちとは、彼らが誰なのかも知らずに、あなたが出会ったり見かけたりするすべての人たちのことにほかなりません。それは、あなたがほんの一瞬見かけて忘れてしまった多くの人びとや長年に亘る知り合いやあなたがこれから出会うことになっている人たち、あなたが覚えていない人たちやまだ生まれてすらいない人たち、そうしたすべての人々のことなのです。

 For God has given you His Son to save from every concept that he ever held.
 というのは、神は、神の子がこれまでに抱いたあらゆる概念から救うために、神の子をあなたに授けたからです。




11. Yet while you wish to stay in hell, how could you be the savior of the Son of God?
 しかし、あなたが地獄に留まりたいと思っているかぎり、どうしてそのあなたが神の子の救い主になることができるでしょうか。

 For holiness is seen through holy eyes that look upon the innocence within, and thus expect to see it everywhere.
 というのは、神聖さは内なる潔白さを見つめることで、潔白さをあらゆるところに見ようとする聖なる目を通して見えるものだからです。

 And so they call it forth in everyone they look upon, that he may be what they expect of him.
 したがって、聖なる目は、自らが期待するとおりの者となるようにと自らの目を向けるすべての者たちの中に神聖さを呼び起こすのです。

 This is the savior's vision; that he see his innocence in all he looks upon, and see his own salvation everywhere.
 これが救い主ヴィジョンです。すなわち、彼は自分が目にするすべてのものの中に自らの潔白さを見て、あらゆるところに自分自身の救いを見るのです。

 He holds no concept of himself between his calm and open eyes and what he sees.
 救い主は、自らの穏やかに開かれた目と、彼が目にしているものとの間に自分自身についての概念を一切差し挟むことがありません。

 He brings the light to what he looks upon, that he may see it as it really is.
 彼は、それを真にありのままの姿として見ることができるように、自分の見るものに光をもたらすのです。

名称未設定


12. Whatever form temptation seems to take, it always but reflects a wish to be a self that you are not.
 それがどのような形をとるように見えても、誘惑はつねに、本来のあなたではない自己になりたいという願望を反映するものでしかありません。
 
 And from that wish a concept rises, teaching that you are the thing you wish to be.
 そして、そんな願望からある概念が生まれ、その概念があなたに自分は自分がなりたいと思うとおりのものであると教えます。

 It will remain your concept of yourself until the wish that fathered it no longer is held dear.
 その概念を産み出した願望がもうそれ以上大切に抱かれることがなくなるまでは、それがあなた自身についての概念であり続けるのです。

 But while you cherish it, you will behold your brother in the likeness of the self whose image has the wish begot of you.
 しかし、あなたがその願望を大切にしている間は、あなたは自分から生まれた望みどおりの姿をした自己の似姿としての兄弟を見ることになります。

 For seeing can but represent a wish, because it has no power to create.
 というのは、見るという作用には、創造する力などないので、願望を表わすことしかできないからです。

 Yet it can look with love or look with hate, depending only on the simple choice of whether you would join with what you see, or keep yourself apart and separate.
 ただし、見るという作用は、あなたが自分の目にするものと一つに結ばれたいか、それとも自分自身を引き離して分離したままでいたいか、という単純な選択次第で、愛を込めて見ることもできれば、憎しみを込めて見ることもできます。




13. The savior's vision is as innocent of what your brother is as it is free of any judgment made upon yourself.
 救い主のヴィジョンは、あなた自身に対する価値判断からまったく自由であるのと同じように、あなたの兄弟が何者であるかということについても関知するものではありません。

 It sees no past in anyone at all.
 そのヴィジョンは、誰の中にもまったく過去を見ることはありません。

 And thus it serves a wholly open mind, unclouded by old concepts, and prepared to look on only what the present holds.
 したがって、その救い主のヴィジョンは、古い概念によって曇らされることなく、完全に開かれた偏りのない心に奉仕するものであり、現在が保持しているものだけを見る用意ができています。

 It cannot judge because it does not know.
 このヴィジョンは、知るものではないので、価値判断することができません。

 And recognizing this, it merely asks, "What is the meaning of what I behold?"
 自らには知ることができないと気づいているので、救い主のヴィジョンは単に「私が目にしているものの意味は何だろうか」と尋ねるだけです。

 Then is the answer given.
 そうすると、その答えが与えられます。

 And the door held open for the face of Christ to shine upon the one who asks, in innocence, to see beyond the veil of old ideas and ancient concepts held so long and dear against the vision of the Christ in you.
 そして、あなたの中にあるキリストのヴィジョンを否定しようとして、本当に長い間大切に抱かれてきた古い想念や古来の概念のヴェールの向こう側を見たいと潔白さの中で求める者には、その扉が開かれてキリストの顔が輝くことでしょう。

名称未設定


14. Be vigilant against temptation, then, remembering that it is but a wish, insane and meaningless, to make yourself a thing that you are not.
 それゆえに、誘惑はあなた自身を本来のあなたではないものに変えようとする狂った無意味な願望でしかないということ忘れずに、誘惑に対して警戒を怠らないでいてください。

 And think as well upon the thing that you would be instead.
 そして、本当の自分の代わりに、あなたがなりたいというものが、いったいどんなものなのかよく考えてみてください。

 It is a thing of madness, pain and death; a thing of treachery and black despair, of failing dreams and no remaining hope except to die, and end the dream of fear.
 あなたがなりたいと思っているものは、狂気や苦痛と死かならなるものであり、裏切りや暗黒の絶望、恐怖の夢を終らせるために残された希望は死以外にはない挫折の夢の数々で作り上げられているものなのです。

 This is temptation; nothing more than this.
 これこそが誘惑であり、これ以上の何ものでもありません。

 Can this be difficult to choose against?
 こんなものを選択しないでいることは難しいことでしょうか。

 Consider what temptation is, and see the real alternatives you choose between.
 誘惑とは何かということをよく考えて、あなたがその二つの間で選択することになる真の選択肢を見てください。

 There are but two.
 選択肢は二つしかありません。

 Be not deceived by what appears as many choices.
 色々な選択肢があるように見えても、それに騙されてはなりません。

 There is hell or Heaven, and of these you choose but one.
 あるのは地獄か天国です。そして、あなたはこの二つの選択肢の中から一つだけを選ぶことになるのです。




15. Let not the world's light, given unto you, be hidden from the world.
 あなたに授けられているこの世界の光を、この世界から隠れたままにしていてはなりません。

 It needs the light, for it is dark indeed, and men despair because the savior's vision is withheld and what they see is death.
 この世界はその光を必要としているのです。というのも、この世界は本当に暗黒の場所であり、人々には救い主のヴィジョンが与えずにおかれるために、彼らが目にするのは死だけなので、みんな絶望しているからです。

 Their savior stands, unknowing and unknown, beholding them with eyes unopened.
 彼らの救い主は、目を閉じたままで人々を見ているために、彼らのことを知ることも、彼らから知られることもないまま佇んでいます。

 And they cannot see until he looks on them with seeing eyes, and offers them forgiveness with his own.
 だから、救い主が見える目で人々を見て、彼らに自分自身の赦しとともに赦しを差し延べるまでは、彼らには見ることができません。

 Can you to whom God says, "Release My Son!" be tempted not to listen, when you learn that it is you for whom He asks release?
 神が解放するように求めているのが自分のことなのだと学んだとき、神から「私の子を自由にしなさい」と告げられているあなたが、神の告げることに耳を傾けないようにとの誘惑に負けてしまうことなどありうるでしょうか。

 And what but this is what this course would teach?
 そして、このこと以外にこのコースが教えようとする何があるというのでしょうか。

 And what but this is there for you to learn?
 これ以外にあなたに学ぶべきどんなことがあるというのでしょうか。





いつも読んでいただき、ありがとうございます!

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2 Comments

Kino says..."09"
kenさん、こんにちは。少し取り組みに間が空いてしまっていますが、この度はテキストの全紹介を2年間ちょうどという記念すべきタイミングで迎えられたこと、心よりお祝い申し上げます。

私にはこのブログの内容や更新速度も、人の業とは思えぬ異次元の出来事のようで、この世界が幻想だという気づきの一端を垣間見させて頂いた想いでおります。いつも有難うございます。

今後記事にエッセイが加わっていくとのこと、こちらも一読者として本当に楽しみにしています。幻想世界の忙しさと折合いながら、無理なくご更新下さいね。ゆっくりした歩みになり恐縮ですが、共に進んでいけたらとの想いでおりますので、何卒今後とも宜しくお願い致します。
2015.04.28 16:42 | URL | #- [edit]
 ken says..."Re: 09"
Kinoさん、こんにちは。

コメントありがとうございます!
Kinoさんには、開設当初から、質問をいただくなど色々助けていただきました。ありがとうございました。

There Is No Spoonはブログ形式でできあがってきましたが、一般のブログのように新着記事ほど鮮度が高くて価値があるという内容ではありません。

しばらく前から、記事の表示の順序の時系列を逆転させてトップページに目次をまとめて、ホームページ的な体裁にシフトチェンジをしています。

読者のみなさんにはコメント欄をご自分の学習メモ代わりに使ってもらえればと思っています。

Kinoさんもご自由に使ってくださいね。

また、これまでの記事にはたくさん誤字・脱字があります。
このサイトを通して奇跡のコースをより多くの方々に分かち合ってもらえるために、各記事がより読みやすくなるよう、誤字等に気づかれた場合に、その該当記事のコメント欄に誤字の場所を指摘してもらえるとありがたいです。

誤字を見つけるぞ、という意識で読むのは、テキスト等を集中して読むための動機付けにもなるかもしれません(笑)。

それでは、今後ともよろしくお願いします!
2015.04.28 21:31 | URL | #- [edit]

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